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三話 悲しいけど常識なのよね

但馬さんとの会話で何とも言えない後ろめたさのようなものを覚えた俺は、もともと予定していた切岸さんのレベリングを行う前に、二人に対して今回の仕事についての詳細を説明することにした。


と言っても、あくまで説明をするだけであって、意見を求めているわけではない。

なにせ今回の仕事は、我らが上司、龍星会本部長の但馬さんがギルドから正式に請けてきた仕事だ。

どれだけ文句があろうと、一構成員でしかない彼女たちに拒否権はないのである。


なので、もし彼女らが身の程を弁えずに反対意見など言おうものなら「うるせぇ。文句を言うなら給料抜き……いや、ぶち殺すぞ」と脅したうえで不眠不休で働かせる……なんてことはしないが、上司として社会のルールに従うことの大切さを説く程度のことはさせてもらうつもりだった。


しかしながら、意欲が伴わなければ良い仕事ができないというのもまた事実。


また、レベルが足りないが故に賑やかし要員にしかなれない切岸さんならまだしも、実際にメインで働くことになる奥野に対して細かい説明をしないのは不義理が過ぎるというもの。


加えて、万が一にもないとは思うが、奥野が【アイドル】って響きに負けて勧誘されたら困るという思惑もあって、今回二人には本来であれば知る必要のない裏側まできちんと説明した――もちろん、切岸さんがいるため、消息不明扱いされている上忍が辿った末路や、その経緯は伏せている――次第である。


その結果は以下の通り。


「アイドルの護衛、ですか」


「凄いじゃないですか!」


「どうだろ? 話を聞く限りだと、単純に面倒ごとを回されただけって気がするけど」


「あ~。実質奥野さんお一人で護衛をするようなものですもんねぇ」


「そうね。まぁ仕事だからやるけど、進んで関わりたいとは思わないなぁ」


「えっと、奥野さんはアイドルに憧れとかないんですか?」


「ないわ。もちろんあぁいう仕事をしている人を見下すつもりはないけど、私には関係ない。貴女だってそうでしょ?」


「そう、ですね。憧れが全くないとは言いませんけど、言ってしまえばそれだけです。少なくとも工房で働いてくれている社員の皆さんや、そのご家族の方々よりも優先するようなことではないですね」


「でしょ? そもそも興味があったからなんだって話だしねぇ」


「えー? 奥野さんならスカウトとかされてもおかしくないと思いますけど」


「はいはい。そういうのはいいから」


「いや、お世辞じゃなくて、結構本気ですよ? スカウトされたらどうします?」


「はいはい。どーも。アホなこと考えている暇があったらさっさとレベル上げて、私に楽をさせて頂戴。このままだと、そのアイドルだけじゃなくて貴女まで私が護らなきゃならいけなんだからね」


「ガ、ガンバリマス……」


と、まぁこんな感じで、奥野は『相手がアイドルだろうがなんだろうが、あくまで護衛対象は護衛対象。それ以上でも以下でもではない』と割り切ってくれている模様であった。


今も昔も変わらずプロ意識が高い少女である。


「あ、ちなみに支部長はどうです? アイドルに興味、ありますか?」


「ヒェ……」


いきなりだな。

だが、俺は慌てない。

だって、答えは決まっているのだから。


「ない」


そう。欠片もない。


基本的に外出と言えば、ギルドかダンジョンか大人のお店かコンビニ程度。それ以外は自宅――ギルドが用意したマンション――で風呂、トイレ、寝る、なんて生活を繰り返していた記憶の中の社畜時代はもちろんのこと、レベリングや情報収集に余念がない今の俺にとって、余裕と娯楽の象徴ともいえるアイドルは最も縁遠い存在と言える。


まして相手はギルドの紐付きだ。

この時点で、ビジネスパートナーとしても関わりたくない。


今回は龍星会にとって断れない仕事だからしょうがないが、もし俺に裁量権があったら絶対に断っているわ。


「そうですか。それならよかったです!」


「……まぁ助かったと言えば助かりましたよ。えぇ。本当に」


包み隠さず答えた言葉のどこかが琴線に触れたようで、いきなり上機嫌になる奥野と、なにやら黄昏ている切岸さん。


この短い応答の中にいったい何があったのやら。


……いや、本当のところはわかっている。

どこぞの鈍感系主人公と違って人の機微に敏い俺は、ここ最近、奥野が俺に依存しつつあることくらい知っているのだ。


先ほどの問いかけもそうだ。


一見あっさりとした態度で聞いてきたように見せかけていたが、内心では俺と意見が違っていないかどうかを本気で探っていたのだろう。


そしてその懸念が圧となって、切岸さんを襲っていたのだろう。


なのでもし、先ほどの質問に対して『興味がある』と言おうものなら、奥野は俺と意見が合わなかったことに対して大きなショックを受けていただろうことは想像に難くない。


いや、ショックを受けるどころか、もしかしたらいきなり『私、アイドルになります!』なんて宣言していたかもしれない。


「そうはならんやろ」と言われるかもしれないが、そんな突拍子もないことを言い出しかねないほど、今の奥野は俺に対する依存が強まっている状態なのだ。


何故か。

 

それはつい先日、上忍という世界最強の探索者に命を狙われたことや、それを俺があっさり返り討ちにしたこと、その際に自分との実力差を自覚したこと、そしてなにより、あの日からレベリングが一切できていないこと。これらが原因となって、今の彼女は余裕をなくしているのである。


まぁね。


実際に世界最強の探索者に命を狙われたら焦るだろう。

それよりもっと強い上司が傍にいるのは怖いだろう。

上司が癇癪を起したときに自衛できる程度の強さは欲しいだろう。


こんな状態に置かれたら、そりゃあ余裕の一つや二つなくすわな。

余裕をなくした結果、依存が強まることもあるわな。

依存が強まり過ぎて、無自覚に圧を垂れ流すこともあるわな。


わかる。わかるぞ。

今の奥野の状態が健全ではないということくらいわかっている。

奥野のことを考えるなら、早めに対処するべきだってのもわかっている。


だがしかし、だ。


俺の方でも『恐怖で縛るよりはマシ。なにより無関心だったり反感を抱かれるよりは、()()()依存してくれた方が、裏切りやら何やらを気にしなくてもいいから楽だ』なんて考えがあるわけで。


もっと言えば、これからレベリングをして自分の強さを再認識できれば少しは落ち着くだろうという考えもあるため、今のところ是正する必要を感じていないのである。


弱い女の心に付け込むクソ野郎? 

えぇクソ野郎ですが、それがなにか?


まぁ、俺のせいで定期的に圧を掛けられることになる切岸さんや美浦さんらには申し訳ないと思わなくもないが、その辺は”弱い自分が悪い”ということで諦めて欲しい。


『奪われるのが嫌なら強くなれ』


弱肉強食こそが世界のルールなのだから。


とまぁ、意味のない自己肯定はここまでにするとして。


俺の話はまだ終わっていない。


というか、ここまでは依頼を受けた経緯に関するあれこれを説明しただけで、全体から見たら触りも触り。本題はここからである。


「今回護衛の対象となるのは、LIVE COVERって事務所に所属している三人組のユニットらしい」


「三人もいるんですか」


「そうだ。基本は一か所に集まるようにしてもらうが、トイレだのなんだので距離を取るときもあるだろう。その場合は龍星会の女性スタッフが付き添う予定だし、少し離れたところには俺たち男性陣がいるからな。奥野は人数が多い方に付いていてくれ」


「なるほど、了解しました。あと、護衛対象の写真とか映像はありますか?」


「ない」


「え?」

「は?」


「写真や映像はない。だから、現地で紹介されるまで、俺はもちろんのこと但馬さんも誰が護衛対象なのかわからん」


「「えぇぇぇぇぇ」」


真剣な表情で聞いていた奥野だけでなく、今まで黙って聞いていた切岸さんも「それでいいんか」と言わんばかりの声を上げてきた。


うん、まぁ、そうだよな。

護衛の依頼を出しておいて護衛対象の写真も映像もないなんて、普通に考えたらありえんことよな。


「だから、君らが何とも言えない表情をしているのは当然だ。当然なんだが、一応こうなっているのにも理由がある」


「それは?」


「事務所側が龍星会を信用していない。だから情報を渡さない」


これに尽きる。


「「は?」」


そうなるよな。

わかる。わかるぞー。

でもな、これもある意味では業界の常識ってやつなんだよ。


まだ社会を知らないお二人には、その辺をきちんとレクチャーしてあげましょうかね。

閲覧ありがとうございました

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