29話 交渉は商売の華って文化はどうかと思う
今日は邪魔が入ったせいで一五階層までしか行けなかったため、予定していたレベリングはできなかったし、採取してきた素材を売って得られる金銭的な利益もかなり少なかったものの、上忍という極めて価値が高いモノをGETできたので俺的には大層有意義なダンジョン探索であった。
ただ、明日と明後日は埼玉や千葉のダンジョンを回り砕いた上忍だったモノの一部をばら撒いてダンジョンに吸収させるという仕事ができたので、奥野はお休みとした。
別に同伴させても良かったのだが、世界最強と謳われる暗殺者に命を狙われた直後だしな。
落ち着く時間が必要だろうよ。
彼女には降ってわいた休日を使って家族と触れ合ったり、友人と遊んだりと、学生らしい休日を存分に満喫して頂ければ幸いである。
ふっ。どうよ、この従業員の福利厚生に手厚いホワイト企業感。
思わず入社したくなっちゃうんじゃない?
なんて、自画自賛して悦に入ることができたのは美浦さんから話を聞くまでのことだった。
―――
「……切岸さんの父親との交渉が上手くいっていない?」
「えぇ。向こうは『融資をして貰えるなら嬉しいが、それを理由に傘下に入る気はないし、経営権を手放す気もない』って感じでして」
「え、何様?」
会議室で待っていた美浦さんから告げられたのは、再来月には不渡りを出しそうなほどに追い詰められているくらい経営状況が悪化している場末の工房との交渉が思うように進んでいない。それどころか足元を見られつつあるという、なんとも不思議な話であった。
ちょっと何を言っているのかわからないですね。
「もしかして切岸さんが言っていた『再来月には不渡りを出しそう』って情報に誤りがあったんですか?」
この部分に関してはあくまで切岸さんの主観だからな。
実際はそれほど追い詰められていないってんなら強気の姿勢も理解できる。
「いえ、それは本当みたいです。ギルドと提携している銀行から融資を断られているのも事実なら、ギルドと関係ないところからの融資も断られてるのも確認してます」
「はぁ?」
金銭的な余裕があるからコッチ側からの融資の申し入れに条件を付けてきた? と思ったが、そもそも金銭的な余裕があるなら銀行に融資の申し入れはしないわな。
てことは、なんだ。
向こうは金がないにも拘わらず融資に条件を付けてきたのか?
それも『金は貰うが経営に口は出させん!』とか、ありえんだろう。
寝言は寝て言えってんだ。
「どうもこっちから融資を持ち掛けたことで、向こうさんは自分に価値があるって勘違いしちまったみたいなんですわ」
「はぁ」
人は己の見たいものを見るってか。
溜息しか出ん……。
いや、まて。
もしかして勘違いさせたのは、俺のせいか?
元々藤本興業や龍星会にも、技術者系のジョブを持つ探索者や彼ら彼女らが使う機材。さらにはその経験者を引き入れたいという思惑はあった。
なのでわざわざ俺が干渉しなくとも、近いうちに適当な落ち目の工房を探し、硬軟入り混じった交渉をしていたはずだ。その場合、工房側に足元を見られるような甘さを見せたとは思えない。
もし甘さを見せるにしても、それは不渡りを出す直前まで待って、最後の最後に手を差し伸べるって感じで恩を売る形にしただろう。
少なくとも、不渡りを出すまで一ヶ月以上時間的な猶予があるときに交渉することはない。
この場合の猶予は余裕となる。で、余裕があるうちは少しでもいい方向に話を持っていこうとするのが、正しい経営者というもの。
むしろ余裕があるうちに交渉をしないのは経営者として落第だと言えるまである。
だから工房の主である切岸さんの父親が交渉人に対して弱みを見せず、むしろ強気の交渉したのは間違ったことではない。
間違っているのは、余裕を与えたこちら側だ。
では何故今回コッチ側が交渉の定石から外れた行動を取ったのか。
知らなかった? そんなはずがない。
偏に、俺が切岸さんを技術者として抱え込むと決めたからだ。
同じステータスであっても、それまでに得た経験やら技術やら本人の意欲やらによって出来上がるモノの品質に違いが生じることはもはや常識。
早めに彼女の実家に手を差し伸べることで切岸さんの信用を得て、高い意欲を維持させつつ高品質の装備品を造らせようとしたことが裏目に出た形となったわけだ。
だからと言って不渡りが出るギリギリまで待っていた場合、切岸さんが我々に不信を抱いていただろう。どうして早く助けてくれないの? って感じでな。
総括すると……切岸さんを抱えると決めたこちら側には、この時期に彼女の実家と交渉する必要があった。向こうは向こうで、この時期に交渉するなら弱みを見せずにより良い条件を引っ張りだそうとするのは当たり前のこと。
そこに善意も悪意もない。
あとは、あれだ。俺が切岸さんを抱えるってことで『自分の工房が潰れても娘だけはなんとかなる』って考えたのかもな。
後顧の憂いが無くなった、いわば無敵の人ってわけだ。
交渉するにあたって一番面倒なタイプだな。
本来であればここから丁々発止の交渉が繰り広げられるのだろうが、立場的には融資する側であるこちら側が圧倒的に有利であるということを忘れてはいけない。
圧倒的に有利である以上、こちら側に折れる必要などない。
むしろ今後行われるであろう他の工房や技師との交渉を考えれば、ここで折れるのはよろしくない。
美浦さんとしては有無を言わさず買収するなり不渡りを出させてから介入したいところだろうが……それをやった場合、切岸さんの心情がどう動くかわからないもんな。
もし交渉の結果切岸さんの意欲が失われた場合、損をすることになるのは別の工房を買収すればそれで済む藤本興業や龍星会ではない。彼女を抱えると決めた俺だ。
なのに、わざわざ美浦さんがこうして俺に話をしてくれるのは、俺に損をさせないよう――もしくは俺が損をするにしても納得した上で損をするよう――伝えてくれているからだろう。
”筋を通す”とでもいうのだろうか。
その気持ちは正直嬉しい。
俺の持つ力を恐れていることが前提にあるとはいえ、実力差も弁えずに”働き蟻は飼い主の命令に従って当然”って面をしながら下劣な命令を下してくるギルドの連中に比べれば何倍もマシだ。
だからこそ、俺は彼らの心意気に応える必要がある。
というかなぁ。
切岸さんの父親がより良い条件を引き出そうとして交渉に当たっているのは理解できるよ?
理解はできるけど、それだけだ。
納得はしないし、同情も譲歩もしようとは思わない。
むしろ「金も素材も提供してもらう立場の癖にしゃらくせぇことすんな!」ってのが正直な気持ちである。
そもそもの話、俺は切岸さんが絶対に必要な存在だとは思っていない。
今回俺が彼女を抱えることにしたのは、彼女の能力や背景に魅力を感じたからではなく、あくまで技術者が欲しいと思ったところに、丁度良く恩を着せることができたのが彼女だったってだけ。つまりは偶然彼女に白羽の矢が立っただけで、装備品を造るのが彼女である必要はどこにもない。
よって彼女が実家の関係で意欲をなくして高品質な装備品を造れなくなったのなら、それでもかわまない。適当に三年間飼い殺してから放逐するさ。
その後?
勝手に生きて、勝手に〇ねってやつだ。
ギルドにも、俺たちにも見放された彼女がどうやって暮らしていくのか知らんけど。
少なくとも自腹を切ってまで彼女やその一家の面倒を見たいとは思わんよ。
色々と世話になった奥野や社長の娘さんとは違うのだよ。
前提ってやつがな。
そういうわけなので、俺は今も申し訳なさそうな顔をしている美浦さんにこう言ってあげよう。
俺に配慮する必要はない、とね。
「面倒なら潰してもいいですよ?」
「……いいんですかい?」
「えぇ。そのせいで切岸さんが俺に敵対するってんならそれはそれで構いません。むしろ面倒なのを抱え込む前で良かったと思います。なにせ今はまだレベルアップの前で、装備するだけでステータスを向上させる指輪のことや、レベルアップ時にステータスの上昇率をアップさせる指輪の存在を知らないわけですし」
それらの情報を知った後であれば〇して情報の漏洩を防ぐところだが、今なら問題はない。
「もし今回の件で彼女が意欲を失ったり敵対心を抱くようならそれなりの扱いにするだけです。なので、こちらを気にせず遠慮なくやっちゃってください」
適当にレベルを上げた後は飼い殺しにして、どこぞの国で軟禁されながら延々と磁器を造らされた自称陶工みたいに、延々と微妙な装備品を造るbotにしてやんよ。
これから数年程度であれば、三〇階層くらいで採取できる素材を使って造った装備品でもそれなりの値段で売れるだろうから元は取れるし。
で、切岸さんところの親父さんは、潰れた自分の工房とbotになった娘を見て、今この時に身の程を弁えなかったことを泣いて後悔すればいいんだ。
『こんなつもりじゃなかった』ってな。
交渉を否定するつもりはない。
だけど相手と状況は弁えろ。
そんなことさえ理解できないのなら〇ね。
これはそれだけの話だよ。
「りょ、了解です。一応最後通牒を突きつけておきますんで、それに従わないようなら交渉を打ち切るって形にさせます」
「えぇ。そうしてください。面倒な交渉をさせてすみませんでした」
「いえいえいえ、そんなことは。これも業務のウチですんで」
「そう言ってもらえると助かります」
いや、本当にな。
こんな面倒事に巻き込んでしまった美浦さんと交渉に当たっている人にはあとでナニカいいモノでも差し入れよう。
現金は流石にアレだから、高い酒とかがいいか?
それともお店の割引券とかの方がいいかな?
奥野がいないときに聞いてみよ。
―――
三日後の月曜日。
なんか、土日で交渉がまとまったという報告を受けた。
一体何をどうしたら二日で結果が出るのかわからんし、なにやら切岸さんが青い顔をしているのが気になると言えば気になるが、まぁ美浦さんや担当の人が頑張ったのだろう。
そら、本職の人――それも下層に挑んでいる探索者――に本気で詰められたら怖いし折れることもあるわな。
親の都合に巻き込まれた切岸さんのことは不憫に思わなくもないが、これも運命と思って諦めて貰おう。俺には関係ないことだし。
それにしてもあれだな。
今回の週末は、レベルアップこそできなかったものの結果的に色んな問題が片付いたイイ週末だった。
今週も色んなイベントがありそうで愉しみだ。
特に、上忍が死んだことを知ったギルドの連中がどう動くか、とかな。
ははっ。
連中が揉めるのを想像しただけで嗤えるわ。
せいぜい仲間内で責任を押し付け合えばいいんだ。
その醜態が世に広まれば広まるほど、連中の価値もまた落ちることになるのだから。
堕ちるところまで堕ちてもらおう。
尤も、現時点で糞の中の糞である連中に下落する価値があるかどうかはわからんがな。
閲覧ありがとうございました。
最後にちょっとだけ黒いところを見せて二章終了です。
ナレ死した切岸さんの家にナニガあったのか。
それは誰にもわからない。
たぶん不思議なことでも起こったんじゃないですかね?(すっとぼけ)
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