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27話 人の振り見て我が振り直せ

「う、うぉぉぉぉぉぉぉ!! 〇ね! 〇ね! 〇ね! 〇ねぇぇぇぇ!!」


「ふむ」


選択を迫ったら、相手が必死で攻撃を繰り出して来た件について。


拘束されていない左手に握った短剣を顔面に突き立てたり、靴に仕込んだ刃を腹に突き立てたり、肘や膝をぶつけてきたりと、ゼロ距離かつ右腕が拘束されているとは思えないほど素早く多彩な攻撃を繰り出すさまは、流石ギルドナイト一の業師と謳われるだけのことはある。


まぁ効かないんだが。


「何故だ! 何故効かん!?」


「ははっ」


自分でもわかっているくせに。

足りないからだよ。ステータスが。


彼女のSTRでは俺のDEFは貫けない。

それだけの話。


先ほどまでは俺の技術的な錆落としを兼ねて彼女の攻撃を回避していたが、本来であれば彼女の攻撃など避けるまでもないのである。


ついでに言えば、彼女の存在に気付いた時点で状態異常耐性の指輪を装備しているので、彼女が期待しているであろう毒やら麻痺にもかからないときた。


今の俺は彼女のような搦手を得意とする探索者にとっては最悪の相手と言っても過言ではない。


「くっ! 離せ、離せぇ!!」


効かないとわかっていても攻撃を繰り返す上忍。


今、彼女が期待しているのは、俺が息もつかせぬ連撃に怯むことや、武器に塗られた毒によって状態異常にかかること……ではない。


もちろんそれも期待しているのだろうが、それ以上に期待しているのは【致命の一撃】という、忍者や上忍が習得できる、相手のDEFを貫通してダメージを与えるスキルが発動することだ。


確かに【致命の一撃】が発動すれば、今の彼女のステータスでも俺にダメージを与えることは可能だろう。当たり所によっては俺を仕留めることだってできるかもしれない。


しかし悲しいかな。逆転の目があるとわかっていて警戒しない馬鹿はいない。


そもそも【致命の一撃】は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()忍者版会心の一撃とも言える攻撃だ。


原理がわかっていれば、対処することは容易い。


なんの為に潰した右腕をずっと握っていると思っている?


右腕を拘束された上、攻撃の度に体幹を揺らされている彼女には【致命の一撃】を放つことはできない。つまり先ほどから行われている攻撃は、文字通り痛くも痒くもない無駄撃ちでしかない。


とはいえ、だ。


「そろそろいいですかねぇ?」


わざと攻撃を受けて絶望を覚えさせ、積もりに積もった鬱憤を晴らすのも悪くはない。悪くはないのだが、敵はギルドナイト一の業師と謳われた上忍だ。俺が知らない技術を隠していないとも限らない。


ここで油断して彼女に逃げられては、この後の計画に支障をきたす……どころの話ではないので、さっさと〇ぬか貴重品室に行くかを選んで欲しいところなのだが。


「はぁ……はぁ……くっ!」


これだけ自分との差を見せつけられても尚、反抗的な目を向けてくるのは流石世界最強の一角といったところか。


ただまぁ、直接的な攻撃はもちろんのこと、毒も効かない圧倒的強者に拘束されている彼女にできることなどないわけで。


それを自覚していながら彼女が諦めていないのは、その圧倒的強者が自分を赦す心算がないことや、これから自分がどのような末路を辿るのかを想像できているからだろう。


まぁね。

死ぬか、死ぬより辛い目に遭うかを選べって言われたらそうなるよね。


気持ちはわかる。

斟酌するつもりもないが、忌避する気持ちは理解できる。


俺だって嫌だし。


……そもそもの話だが、普通の人間であれば、自分の命ほど大事なものはない。


よって今回のように敵に命を握られた状態で『ここで〇ぬかギルドに送られるかを選べ』なんて言われたら、迷わず後者を選ぶ。


当たり前だ。前者は間違いなく〇ぬが、後者であれば少なくとも命は助かるのだから。

その後で色々と面倒なことになるだろうが、上忍クラスの探索者であれば多少の面倒であれば揉み消せることを考えれば、選択の余地などない。


実際、奥野は「それ、選択の意味あるんですか?」みたいな顔をしているしな。


しかし、貴重品室のことを知る人間からすれば、話はがらりと変わる。


ギルド内で貴重品室と呼ばれる施設は大きく分けて四つ存在する。


まず探索者やギルドの職員でなくとも知っているのが、ポーションやハイポーションなど、高額の物品を保管する第一貴重品室と、下層や深層でしか採取できない素材を保管する第二貴重品室。次いで大きい素材や魔石などを保管している倉庫群が第三貴重品室と呼ばれている。


ここまではいい。


問題はこの次。第四貴重品室だ。


ここは()()()()()()()()()を保管しているビルのことを指している。


その用途から一般の職員や探索者にも存在こそ知られてはいるものの、詳細は知らされていない。


尤も、連中が研究素材としてダンジョンの罠に嵌って石になった探索者や、呪いを受けたまま意識を取り戻さない探索者を()()しているなんてことを一般に公表するわけがないのだが。


当然、彼らが医療機関や企業の研究所ではなく、ギルドの貴重品室で()()されているのには、已むに已まれぬ理由がある。


といっても、あくまでギルドの都合だが。


「若くて美しい探索者、それも世界最強の一角とされる上忍の石像となれば、さぞかしいい値が付くでしょうねぇ」


「ぐっ……」


そう、ギルドの外道どもは、罠に嵌った探索者を『いつか解除の方法が見つかるかもしれない』という大義名分を翳して堂々と回収しつつ、回収された彼ら彼女らを芸術に理解のある方々に”極めて優れた芸術品”と紹介して販売しているのだ。


もちろん買う側も、ギルドに飾られている石像が元々生きていた探索者だと理解した上で”極めて優れた芸術品”として買っている。


買う側にも売る側にも人の心は無いに違いない。


で、それらの中でも特に値が付くのが、若い女性や名の知れた探索者パーティーの一員だった探索者だ。


世界に名だたる”ギルドナイト”の”上忍”である彼女の石像にはどれだけの値が付くか、俺でも想像できない。少なくとも売れ残ることはないだろうよ。


そして一度売れてしまえば、石化が解除される可能性は完全になくなる。


何故か? 購入者が手放さないし、万が一買い戻すことに成功したとしても石化の解除にかかる費用が高すぎるからだ。


俺が知る限り、現在のところ石化した探索者を元に戻す方法は発見されていないはずだ。


一五年後でもその方法は一つしか発見されていなかった。


その方法とは、一個一〇億円以上するハイポーションよりも貴重なエリクサーを使うことだ。


ただまぁ、ギルドや政府関係者が、百億以上の値が付くエリクサーを働き蟻(探索者)に使うはずもなく。結局治療の方法が判明してからも、ギルドが石化した探索者を治療したケースは一件もなかったはず。


そりゃそうよ。どこの馬の骨とも知れない探索者を救うために百億円以上の価値がある貴重な品を使うくらいなら、ダンジョンの罠に嵌って石化した阿呆を美術品として売った方が利益になるもんな。


例外があるとすれば百億円以上の価値があるとされる探索者、それこそ一五年後のギルドナイトのメンバーくらいではなかろうか。


当然、目の前で必死で攻撃を繰り出し続けている”今の彼女”にはそれだけの価値は、ない。

というか、治療法であるエリクサーが発見されてないから、貴重品室に運ばれた時点で売り出されることが確定するんだけどな!


あと、彼女に『選ばせる』とか言ったが、悪い。

あれは嘘だ。


石化させることは既に確定しているんだわ。


上忍を相手に実験できる機会なんてこれを逃したら絶対にないからな。

この機を逃すつもりはない。


あと、そろそろ決めないと本当に万が一が発生しそうで怖いし。


「時間切れです」


「っ!!」


「どうやらご自身では選べない様子なので、こちらで決めました。『ストーンボール!』」


「な、なんだその魔法は!?」


魔法っぽく唱えながら右手に取り出したのは、ボールのように加工された丸い石。

それを見て目に見えて狼狽する上忍。


それは自分の知らない魔法を見たからか、それともこの石が自分を石化させるモノだと理解したからか、はたまたその両方か。


どうでもいいな。


「恨むなら俺の情報を出さなかった黒羽か、情報がないまま俺に挑んだ自分の迂闊さを恨んでください」


「ま、まて!」


この期に及んで待つわけなかろうが。


「ふっ!」


「がっ! ……ん? なんだ? なにも、ない?」


至近距離から腹部に叩き込まれた石は、上忍に当たったもののダメージを与えることなく簡単に割れた。上忍からすれば、プラスチックでできたボールが当たったくらいの感じだろう。


それでいい。これは元々そういうモノだからな。


「ふ、ふぅ。貴様、一体何のつもりだ……あぁ!?」


何もなかったことに安堵したのもつかの間、石が当たった部分から徐々に石化していく。


「え? これ、本当に!? 本当に石化させる魔法なのか!?」


これから自分がどうなるのかを本当の意味で理解したのだろう、その表情は隠し切れない恐怖と絶望で染まっていた。


「ば、ばかな! こんな魔法聞いたことも……」


そりゃそうよ。だってこれ、魔法じゃねぇもん。


ストーンボール。別名、対探索者用拘束兵器。


発想の元となったのは、カラーボールという防犯グッズである。


コンビニなどに置かれていて、有事の際に強盗などにぶつけて中に入っている特殊な塗料を対象に付着させることで、現場から逃げ出した犯人を割り出すアレだ。


特殊な塗料を入れているカラーボールに対し、ストーンボールは、六二階層に充満していた石化ガスを凝縮させ液化させたモノを詰め込んでいる。


その効力は、当時世界最強の名を欲しいままにしていたギルドナイトのメンバー(レベル六三・旅人)であっても六〇階層でドロップした状態異常耐性の指輪がなければ石化するほど強力なモノだった。


これを開発・量産すれば一般人であっても探索者を拘束できるとあって、ギルドの上層部からは最優先でガスを集めるよう依頼がきていたくらいだ。


もちろん、俺も俺に同行するようギルドから依頼されていた剣聖らも、好き好んで自分の首を絞める趣味はなかったから、適当な理由を付けては採取する量を抑えていたがな。


そんな曰く付きの危険物を俺が持っているのは、ギルドナイトに使うためではなく、六一階層以降の魔物に通用するかどうかを試すためだったりする。


その結果は……まぁ後ほど。

重要なのは”今の彼女にはこの兵器に抗う実力も手段もない”ということだけ。


これが腕とか足なら切り飛ばして逃げたのだろうが、腹だからな。

一定以上石化が進行してしまえば、もう彼女にはどうしようもあるまいて。


「た、助けて! 貴方が望むことならなんでもするから!」


徐々に石化する恐怖の中、最後の力を振り絞って命乞いをしてくる上忍。


彼女が見せた如何にも憐れみを誘うような表情や口調に嘘はないように見える。

これを見てしまえば、人によっては絆されるかもしれない。

そうでなくとも、彼女のような美人に『なんでもできる』となれば、心が揺れるだろう。


そう考えると、俺の指示に従ってくれる奥野以外の人間がパーティーにいたら危なかったな。


かくいう俺も、彼女の性根を知らなければ「やりすぎたかな?」と思って手を差し伸べたかもしれない。


「やはり、今の俺はツいている」


俺は知っている。


彼女の執念深さも、忍者の言葉を信用してはならないということも、そして彼女の言葉を信用して手を差し伸べたが最後、ダンジョンから出たと同時に俺たちの情報が丸裸にされることも、その情報を利用して社会的に抹殺されたり、家族や周囲の人間を人質にされて奴隷のような扱いを受けるようになるということも、具体的には俺や奥野、そして龍星会と藤本興業の人たちが被害に遭う可能性が極めて高いことも、いくら強くても社会には勝てないことも、俺は誰よりも知っているのだ。


彼女が生きている限り社会が敵に回る可能性が極めて高いとなれば、彼女を生かす理由などない。


そもそも、こんなくされ外道を野放しにして誰が得をするのかって話だ。


彼女と比較的仲が良い黒羽のオッサン? 

彼女に後ろ暗い依頼を出している役人ども? 

彼女に戦闘以外の大部分を任せているギルドナイト? 


全部敵じゃん。


うん。やっぱりこの人は駄目だ。

判決、死刑。


「さようなら。貴女のことはずっと前から嫌いでしたよ」


「なっ! こ……げ……が!」


俺からの最後通牒を受けた上忍は、ナニカを叫びながら石像となった。


出来上がった石像に題名を付けるなら『慟哭』もしくは『憤慨』なんてどうだろう?

題名はともかく、売りに出したら好事家が高値を付けてくれること請け合いだ。


そんな彼女が叫んだ最期の言葉は『この外道が!』だろうか?


「ははっ」


その瞳にあらん限りの憎悪を込めたまま石化した上忍を見て俺が最初に思ったのは、知人を石化させたことに対する後ろめたさや、世界最強の一角を下した爽快感などではなく、単純に「お前がいうな」という呆れであった。

閲覧ありがとうございました。

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