24話 弓聖から弓を取ったらただの聖
あ、ありのまま、いま起こっていることを話します。
支部長と一緒にダンジョンに潜っていたらギルドナイトの【弓聖】から襲撃されました。
なにを言っているかわからないかもしれませんが、私にもよくわかっていませんでした。
さっきまでは。
今はもう、理解しています。
簡単に纏めると、亡き黒羽なんたら君のお父さんが逆恨みをして【弓聖】を嗾けてきたってだけの話でした。
うん。中々ひどい状況だと思う。
普通なら「子供を殺そうとするな」とか「子供相手にギルドナイトを嗾けるな」とか言い募るべきなのだろう。
あとは、必死に命乞いをするなり、ギルドに向けてありったけの呪詛を吐き出すのもありかもしれませんね。
なんとなくだけど、【弓聖】は私たちがそうすると思っていたんだと思います。
それを見て十分に哂ってから私たちを殺すつもりだったんじゃないかな?
しないけど。
いや、もしかしたら私が一人だったら無様に命乞いしたかもしれませんよ?
泣いて自らの運命を呪ったまま殺されたのかもしれません。
でも、残念。私は一人じゃないんだなぁ。
「シッ!」
短い掛け声と同時に私が全幅の信頼を寄せている支部長が弓聖との間合いを詰めるために突っ込んだ。
その速度は弓聖の反応速度を大きく上回りって……あれ?
「そら!」
間合いを詰めた勢いをそのままに、左手に持った棒を突き入れる支部長。
あの棒は、見た目はただの棒だけど、魔力を込めることで柔らかくもなれば硬くもなるという不思議な武器だ。
その不思議武器を全力で振るえば、如何に弓聖とはいえただでは済まない!
はずなんだけど……。
「ほう、速い。だがっ!」
何故か反応できてるんだよねぇ。
「くっ!」
「近付けばなんとかなると思ったか? 甘いぞ!」
弓聖は間合いを詰めた支部長に対し、矢を射るのではなく、弓そのものを武器のように振り回すことで対応してみせた。
そうなんだよね。私も【侍】なんてジョブを得たときに色々勉強したけど、弓術には近接戦用の技術もあるんだよね。
特に弓聖が興した小田原流は『ダンジョンで使える弓術』を謳っているからか、距離を詰められたときの対処法はいくつも存在する。
今、私の目の前で弓聖が使ったのもその一つ。
上から相手の武器に弓を叩きつけて攻撃を潰し、叩きつけの反動を利用して弓を持ち上げるようにして回す。
そうすることで敵の意識を上に向けると同時に、跳ね上げられた弓が敵が意識できていない下から襲い掛かるっていう攻防一体の技。
攻撃が下から跳ね上がってくる様子が、蛇が獲物に飛び掛かる様に似ていることから、付けられた名前は、蛇咬……だったかな?
「ちぃっ!」
自分の攻撃は潰されたものの、弓聖の攻撃もしっかり回避に成功している支部長。
表情だけ見れば余裕が無いように見えるけど、それ演技ですよね?
「ほう? 今のを避けるか」
「はぁ……はぁ……」
「回避の速度もそうだが、間合いを詰める速度や攻撃の速度も中々のものだったぞ。その歳にしては、だが」
「っ!」
あたかも「奇襲に失敗しました」みたいな感じで悔しそうにしているけど、違いますよね?
私との訓練のときはもっと速いですよね?
明らかに手を抜いていますよね?
「黒羽の坊主との決闘では魔法を使ったと聞いていたが、杖術も使えるとは驚いた。器用貧乏なりに努力をしたのだろうな」
んー。支部長の場合は”器用貧乏”っていうか”万能”だと思うんですけどね。
「弓を得物とする私を相手に魔法で戦うのは無謀。遠距離で勝てないなら近接戦に持ち込むという選択自体は間違いではない。まして先ほどまでの私は貴様を見くびっていたからな。その隙をついて、初手で己が使える最強の一撃を用いて戦いを終わらせようとしたのだろう? その判断も間違っていない。むしろ最適な判断だと褒めてやってもいい」
今の一合で支部長を理解したつもりなのか、得意げに語る弓聖。
彼女は多分今の攻防で『敵の最強の一撃を凌いだ。だからもう勝った』と勘違いしているのだろう。
「選択も行動も間違っていない。だが貴様の攻撃は届かない。何故だかわかるか? 足りないからだ。レベルが、ステータスが、探索者としての強さが!」
手を抜かれたことにも気付かずに何をほざくのやら。
これが支部長曰く油断慢心ってやつか。
うーん。すっごい恥ずかしいね。
「ちっ」
あー支部長。悔しそうな表情をしているつもりかもしれませんが、ちょっと口元が緩んでいますよ。
演技をするならもう少しちゃんとしたほうがいいと思います。
「先ほどの動きを見て確信した。確かに貴様は強い。学生相手に負けることはないだろう。もしかしたら現時点でも中層にいる探索者よりも強いかもしれん」
「……」
まぁ、強いですよね。
深層に挑んでいる人たちよりも。
「らぁっ!」
「ふっ」
わざとらしい大振りな攻撃を嗤いながら回避する弓聖。
「情報通りなら貴様がジョブを得たのは先月だろう? 事前に武術を学んでいたのだろうが、それでもこの短期間で、それも商人である貴様をそこまで鍛え上げた龍星会の育成技術は極めて優れていると言わざるを得ん。この調子であと半年ほど鍛えられていたら、この私とて先ほどの一撃で傷を負っていた可能性はある。それだけの実力を見せられれば、もしかしたら先ほどの交渉にも乗っていたかもしれんな」
傷? 致命傷のことですかねぇ
「くぅっ!」
「惜しむらくは、時間が足りなかったことだ。恨むなら十分な実力を得る前に強欲なギルドの連中に目を付けられた己の不運を恨むのだな」
突きも払いも薙ぎも、上段からの打ち込みも下段からの跳ね上げも。
支部長が行っている攻撃、その全てが余裕を持って防がれている……ように見える。
だけど実際は違う。あれは支部長が敢えて防がせているのだ。
あれだけあからさまにやれば私にだって支部長の狙いが理解できる。
なんでそんなことをするのかはわからないけど、とりあえず手を抜いている理由はわかりました。
弱者を嬲る弓聖の性格もアレだと思うけど、支部長のほうがもっとアレでしたね。
さすが支部長! さすしぶ!
っていうか、弓聖から見てもギルドの連中は強欲なんですね。
はぁ。あいつらって本当に救えないなぁ。
誰か滅ぼして欲しいんですけど。
「もういいだろう。最期の情けだ。言い残すことがあるなら聞いてやろう。あぁ、もちろんそこの小娘は一緒に送ってやるから寂しくはないぞ」
「あ”?」
支部長の演技を見破れない雑魚がなにをほざくかと思えば。
舐めるなよ?
私は貴様らギルドの狗に殺されてやるほど安くない。
私を殺せるのは支部長だけだ。
支部長になにか考えがあるみたいだから静観しているだけで、ヤろうと思えば今すぐにでもヤれるんだぞ?
「……ほう。その殺気。どうやらそこの女もただのガキではないようだな。情報では【侍】だったか。まぁ器用貧乏だけが売りの商人をここまで鍛えることができるなら、戦闘職である小娘はより強くできるだろうよ。なるほど、小僧の自信の源は貴様だったか」
私から漏れ出た殺気に反応したのか、支部長への警戒を解いてこっちに目を向けてくる弓聖。
学生が油断慢心をしていない弓聖にロックオンされたって聞けば絶体絶命のピンチなのかもしれません。
弓聖もそう思っているのでしょう。
でも残念。ピンチなのは弓聖の方ですよ。
最初から、ね。
「……もう、いい」
お、どうやら支部長がやっていたナニカは終わったみたいですね。
「ふむ。ようやく諦めたか。いや、学生にしては強かった。中々頑張ったと褒めてやろう。この私に褒められるなんてそうそうないことだ。自慢していいぞ」
いつまで上から目線なのか。
勘違いも甚だしい。
「自慢、か。それならついでにもう一つ自慢の種を増やしておこうか、ねっ!」
「貴様なにを言って……なんだこの力はっ!?」
さっきまでと同じ速さ、同じ軌道で放たれた薙ぎ払い。
でも、込められた威力は全然違うのだろう。
さっきまでと同じように防いだはずの弓聖の顔は驚愕に歪んでいる。
そして、驚愕のせいで発生した一瞬の隙を見逃すほど支部長は甘くない。
「まだまだまだまだぁ!」
「くうっ!?」
本気を出した支部長の連撃は、それなりに離れている私でも目で追うのは難しいほどに速い。
目の前で連撃を受けている弓聖は言わずもがな。
完全に攻撃を目で追えていない。
で、どれだけ頑丈なモノだろうと、限界はあるわけで。
幾度となく”防御なんか関係ねぇ!”と言わんばかりに叩きつけられる攻撃に弓が耐えられるはずもなく。
「そいやっ!」
「はぁ!?」
掛け声とともにたたきつけられた棒の一撃を受けて、弓聖が持つ弓はバキンっと大きな音を立てて真ん中から折れた。
そう、武器破壊。
これこそ支部長の狙い。
斬ろうと思えば最初の一合目でも斬れたと思うんだけど、それをしなかったのは調子に乗っていた弓聖に絶望を与えるため、かな?
まぁその辺はどうでもいいか。
重要なのは、弓聖が持つ武器の破壊に成功したことだし。
「馬鹿なっ!」
自慢の装備だったのだろう。もしかしたら深層で得られた素材で造られた特注品なのかもしれない。
それが、中層でレベリングしている子供の攻撃で破壊された。
その意味を考えれば、破壊された弓を見て彼女が呆然とするのもわからないではない。
でもさぁ。自分よりも強い敵を前にして、そんな隙を晒してもいいのかなぁ。
「弓がなくなりましたけどまだやります? それとも逃げます? まぁ逃げたら”子供に負けて任務に失敗した”って烙印を押されますけど、ここで死ぬよりはいいかもしれませんよ?」
完全に優位に立ったと確信したのか、ニタリと笑いながら弓聖に去就を確認する支部長。
逃走を促しているように聞こえますが、私にはわかります。
ここでもし弓聖が逃走を選んだところで、間違いなく逃げ切ることはできない、と。
そもそも情報を重視する支部長が、私たちの情報を得た彼女を生かして帰すはずがありませんからね。
だからこれは餌。
もし弓聖が今の言葉を『逃げてもいい』と解釈して背中を見せたら、支部長は容赦なく攻撃を加えるはず。もしかしたら私に追撃するよう指示が出るかもしれません。
その場合はこの手で弓聖を殺すことになりますが、それに関しては、まぁ別に、ねぇ?
向こうは最初から私たちを殺しに来たわけですから、失敗したらやり返されることくらい覚悟の上でしょう?
それに、そろそろ”ダンジョンで一番厄介な敵”こと探索者との戦闘経験を積まないと駄目かなぁって思っていましたし。
初めてが自分と支部長を殺しに来た弓聖なら相手に不足はありません。
容赦なく叩き斬って差し上げましょう。
だから、ね?
早く選んでくださいよ。
「さぁ、どうします? 続けますか? 逃げますか?」
「ぐっ……」
無駄な抵抗をするのか、それとも逃げるのか。
それくらいは選ばせてあげますから、ね?
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