22話 片道だけでも送迎
但馬さんにハイポーションを渡して信用の向上と資金の補充を行った次の日には、前生徒会長の退任に伴い新たな生徒会長に立候補した白河なんたら君の信任投票が行われ、無事に信任された。
そこそこ旨味のある立場なはずなのに立候補したのが彼一人だけだったのは、前生徒会長を追い落とした連中が根回しをきちんと行ったこともあるだろうが、一番の理由は時期的なものが大きかったと思われる。
まぁね。もともと他の委員会の委員長とか部活の部長とかが決まっている中、新たに立候補できる人は中々いないだろうし、役職についていない一年生が立候補するようなモノでもないからね。
同時に白河なんたら君を不信任とする理由もないため、そのまま信任されましたってところじゃないかな。
実際俺はそんな感じで”信任する”に投票したし。
あと、新しく生徒会長になった白河なんたら君は、新たなモットーを掲げることもなければ副会長ら前生徒会長によって選出されたメンバーを入れ替えるようなこともせず、とにかく波風を立てない方向で組織を運営していこうとしている感じだったので、俺たちもこれまでとなにも変わらない生活を送れそうなところも好感が持てた。
いや、まぁ、なぜか周囲の連中が俺のことを『前会長を追い落とした元凶』だの『美少女を怪しいクスリで拘束する外道』だの『商人詐欺』だのと噂するようになったり、その噂を耳にするたびに奥野が殺意を振りまくせいでますます他の生徒から距離を置かれるようになったりしているが、今のところの被害と言えばそれくらいなので特に問題はない。
その奥野についてだが、頼んだ数日後にポーションを二つ手に入れたということで、ご両親は大層喜んでいるそうな。
尤も、本人的には”両親の同僚”という実質自分が知らない人のために四〇〇〇万円を使ったようなものなのであまりいい気分ではないようだ。
これもなぁ。両親が連帯保証人みたいなものだから借金を返済するかどうかも微妙だからなぁ。
大金を貸し付けた形になる奥野が微妙な感じになるのは理解できる。
なによりこれって奥野家に余裕があるうちはいいが、余裕がなくなったら絶対に面倒なことになるだろうし。
あくまで俺個人の感想だが、恩を返す返さないでガタガタ言いそうな気がする。
そんな状況になったら、原因となった両親と奥野が揉めるだろうし、そこから始まる奥野家の離散なんて見たくない。
俺としては、せっかく今回は家族全員が幸せになれるルートが見えているのだから、彼女には寄り道をせずにその道を進んでもらいたい。
「そのためにもレベルアップは大事だと思うけど、どう思う?」
なんやかんやでやってまいりました週末、華の金曜日。
平日の探索を休みにしたのは週末に集中してダンジョンに潜るためなのだが、なにをするにせよ本人にモチベーションがなければ意味がない。
よってまずは本人の意思を確認したのだが、質問に対する彼女の答えはこんな感じであった。
「そうですねぇ。正直な話をすると、見ず知らずの人のためにポーションを二つも調達したんだし、もういいかなって。なによりお父さんもお母さんも完治しているんだから私に頼って欲しくないって感じですけど、これからのダンジョン探索で支部長の足を引っ張らないためにもレベルアップは大事だと思います!」
「うん。まぁ、そうだね」
両親とかその仲間とかどうでもよくなっているが、向こうだって大人だもんな。
『怪我をしているならまだしも、元気なんだから自分でなんとかしろ』っていう奥野の意見はなんら間違ったものではない。
問題があるとすれば彼ら彼女らが欲しているアイテムが貴重品であるポーションってことだが、そんなのは今のご時世どこにでもある話。
むしろ奥野の両親やその仲間は、金さえあれば確実にポーションを調達できる伝手を得ただけでもありがたいと思わないといけない立場だ。
長々と語ったが、最終的には奥野に寄生しないのであればそれでヨシッ!
寄生するつもりであれば潰せばヨシッ!
って感じだろうか。
もちろん潰すのは奥野の両親のパーティーメンバーであって、奥野や奥野の両親に手を出すつもりはないが、この方針が揺らがなければどうなろうと問題はない。
そもそもポーションなんて下層や深層で周回をすればほぼ確実手に入るアイテムなんだから、さっさと数を揃えて欲しがり屋さんに叩きつけてやってもいい。
まぁ、その辺をどうするかは奥野次第。
俺にとって大事なのはレベリングをする意思があるかどうかであって、それ以外は些事でしかないのだから。
で、奥野の意思も確認できたところで、さっさとレベリングをしたり、レベルに合わせた技術の習得を行いたいところ。
技術が必要なのか? レベルとステータスがあればいいんじゃないの? なんて聞かれるかもしれないので、先に答えておこう。
技術は絶対に必要だ、と。
前にも述べたが、基本的に探索者の戦いはステータスの戦いである。
レベル一〇分の差があれば、素人でも達人の技を潰すことができるというのは純然たる事実だ。
だが、実戦に於いてそれほど力の差がある相手との戦いはそうそう発生しない。
探索者にとって”戦い”とは、同じくらいのステータスを持った者と行われる”戦闘”のことを指す。
このとき勝つのは、当然ステータスを活かす技術――スキルではなく単純な技術――に長けている方となる。
故に、レベルやステータスは高いが戦闘経験や技術が不足している今の奥野と、強敵との経験が豊富なうえ、きちんと技術も磨いているギルドナイトが戦った場合、奥野が負けてしまう可能性が極めて高い。
同じように、この先、俺と同等レベルの敵が出てきた場合――そんな人間がいるかはどうかわからないが、魔物は間違いなくいる――技術が不足しているせいで負ける可能性がある。
そういった状況に陥ることがないよう、ステータスを遊ばせないための技術を習得するのは探索者としても大事なことなのである。
普通ならクランの先達に習うなりどこかの道場に入門するのだろうが、俺の場合は――不幸中の幸いとでもいうべきか――一五年間探索者として生きた記憶がある。
具体的には、一五のときにギルドに拉致されて、レベリングもそこそこに剣聖やら弓聖やらに面白半分で扱かれた経験が残っている。
ポーションがあるからと大楯を叩きつけられたり、矢で射抜かれたり、火遁で焼かれたり、ハイポーションがあるからと剣で腕を切断されたり、魔法で刻まれたりと散々な目に遭った覚えもあるが、最終的にそれぞれが所属する流派の中伝から皆伝を貰える程度には鍛えられたのだ。
だから、まぁ。
「そんな攻撃では奇襲になりませんよ」
「……」
場所は一五階層の奥。
普段俺と奥野が簡単な鍛錬をしながら魔石を集めているエリアに到着する直前に、突如として飛んできた矢をはじく。
いきなりのことに奥野は……驚いていない。
まぁ武人系のジョブ持ちなら【気配察知】を習得しているからな。
この手のスキルはDEXの高さによって索敵範囲が違うし、彼我のDEXに差があれば気配を隠蔽している相手の存在も看破できるわけで。
今の奥野のステータスであればレベル四〇台の探索者が行う隠蔽程度見破るのは容易いことだろうし、隠れているのが丸分かりな相手が矢を放ってきたところで、驚く理由にはならんわな。
たとえ相手が日本最強クラスの探索者だろうが関係ない。
大事なのは”奇襲が失敗した”という結果であって、相手の肩書ではないのだから。
「……ほう。今のをいともたやすく防ぐとは、な。つまらん仕事だと思っていたが中々に楽しめそうではないか」
俺と奥野が見つめる先から音もなく出てきたのは、腰まで届く黒髪と大きな和弓が印象的な、二〇代中頃の女性であった。
「……まさか、そんなっ!」
奇襲そのものには無反応だった奥野とて、奇襲を仕掛けてきた相手が彼女だと知れば驚くらしい。
うん。まぁ、ね。
奥野が驚愕するのも無理はない。
挨拶代わりとはいえ自らの奇襲を退けた子供を前にして、不敵に笑いながら「面白そう」などと嘯くその女に付けられている二つ名は【弓聖】。
彼女こそ日本中の、否、世界中の探索者に世界最強の弓使いとしてその名と実力を広く知られる探索者なのだから。
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