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15話 純真無垢な女子高生など存在しない

※あくまで作者個人の感想です

時は少し遡り、胡散臭い少年こと松尾篤史が”ダンジョン”などという極めて怪しい場所から出土した極めて怪しい薬を求めて初対面ですらなかった男に恥も外聞もなく接触してきた女子高生を個室に誘い、金と怪しい薬を代償にいかがわしい契約を結ばんとしていた金曜の放課後のこと。


篤史を支部長と慕う少女、奥野せらは両親から『どうしても会って話がしたい』という呼び出しに応じて実家へと帰宅していた。


(はぁ。めんどい)


篤史の中では忠犬キャラとなっている奥野だが、実際の気性は特定の相手以外には決して懐かない猟犬に近い。


そんな彼女にとって、これまで自分を育ててくれた両親は文字通りの恩人であり、極めて希少で極めて高価な魔法薬が必要なほど負傷していた際には『身を挺してでも救うべき存在』であった。


しかしとある少年の善意と()()()()()()()その負傷が完治した今となっては、その評価は大きく変化している。


(支部長、怒っていないといいけどなぁ。お父さんもさぁ、なんでわざわざ週末に呼び出すのよ。普通は支部長との仲が進展するよう応援するんじゃないの? もうちょっと空気読んでよね!)


今の彼女は、支部長こと松尾篤史と同じ時間を過ごすことを最優先事項と認識しており、それ以外はたとえ両親のことであっても――もちろん命に関わるようなことであれば話は別だが――切り捨てて構わない些事だと考えていた。


事情を知らない人間からすれば”同級生にのめり込み過ぎ”と思うかもしれない。

だが彼女は、篤史と共にレベリングをしなければ自分が殺される可能性が高いことを知っている。


それは自分が篤史を裏切っても同じだし、逆に篤史から切り捨てられても同じこと。


篤史と距離が開けば、その距離の分だけ自分の死が近くなる。


そして自分が死ぬときは家族も死ぬ。


死がギルドによって齎されるか、はたまた篤史の手によって齎されるかは不明だが、どちらにしても自分たちが死ぬことに違いはない。せらはそう確信していた。


(だから少しでも支部長と距離を詰めなきゃ駄目だってのにっ!)


普通に考えて、年頃の少女が――いくら貴重なポーションを譲ってもらったとはいえ――出会ってまだ一カ月にも満たない同級生の男に全幅の忠義など抱けるはずもない。


それでも一途な忠犬であろうとするのには理由がある。


恩義? 

ある。当然だ。


なにせ彼の少年がいなければ、両親は未だに病院のベッドの上でうめき声を上げるだけの存在だっただろうし、自分だって黒羽なんたらの狗となっていただろうことは想像に難くない。


そうなっていた場合、当然のように性的な搾取もされて、その尊厳まで穢されていたはず。


(実際にヤられた人がたくさんいるしね)


あやうく、権力を笠に着て好き勝手やっていた下衆野郎に逆らうことができず、涙を呑んだ生徒の中の一人になるところだったのだ。それも、両親は救われないままに、である。


それに比べれば今はどうだ。


確かに最初は二〇〇〇万円もの借金があった。

三年どころか、一〇年単位で縛られる可能性もあった。


しかしその借金は、通常であれば金を出しても買えない希少な商品の対価である。


それも社員割だとか大特価だとかで、一個で二〇〇〇万円するものを四個で二〇〇〇万円にしてくれたのだ。これに文句をつけるほど、せらの性根は曲がっていない。


その借金とて、彼と共にダンジョンに潜ったらすぐに帳消しになった。

いや、それどころではない。借金を返してもなお余りある億単位の貯蓄ができている。


また、そのお金を使って新たにポーションを買い付けることができた。

そのおかげで、両親は本来必要であった辛いリハビリをすることなく、通常の生活に戻ることができている。


両親も無事。自分も無事。

両親が重傷を負ったことや、せらがダンジョンに潜ることを心配していた妹も今まで通りの生活を送れている。


一時はまっとうな生活をすることすら危ぶまれていた奥野家全員が救われたのだ。


(それもこれも、全部支部長がくれたモノ、なんだよね)


そこに篤史なりの思惑はあれども、彼のおかげで家族全員が助かったのは事実。


恩義を感じるのは当然。

思慕の念もないとは言わない。


(だから、さ)


受けた恩を返すためにも、己の想いに向き合うためにも、篤史から求められたら応じる覚悟はできていた。忠犬キャラはそれを示すためのペルソナでもあった。


そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、篤史はせらの身体と献身を求めた。

ただし、その意味合いはせらが想定していたモノとは大きく異なっていたが。


(支部長が求めているのは『力』だった。それもただの力じゃなくて、ギルドナイトにさえ負けない圧倒的な力を欲している)


一人でも十分強い少年が、さらなる力を求めている。


その先にナニがあるのかはわからない。

しかし、ナニカに手を伸ばそうとしているのは知っている。


そのためのパーティーメンバー。

そのためのレベリング。


(そのための、指輪)


ふと、今も貸し出されている指輪を撫でる。


この指輪は自分と件の少年を繋ぐ唯一のモノであり、秘密主義で胡散臭い彼が示す確かな信頼の証である。


(その信頼を裏切ったら……)


忠犬キャラとして順調に篤史との距離を詰めることに成功している奥野せら。


実のところせらが篤史に抱いている感情は、その大半が見捨てられることへの恐怖であった。


忠犬キャラも、あからさまに距離を詰めようとしているのも、見捨てられないための行動の裏返しに過ぎない。


これを打算というならそうなのだろう。


しかしこのご時世、高校生――それも探索者――にもなって行動の節々に打算の欠片も抱かない人間などいない。

もしそんな人間がいたとしたら、それは純情でもなければ無垢でもなく、ただの阿呆だ(もちろん行動の全部が全部打算塗れとは言わないが)。


賛否はあるかもしれないが、少なくとも篤史やせらはそう考えるタイプの人間なので、打算を抱いて接することに後ろめたさなどは存在しない。


(……でも、嫌われたら意味がないんだよね)


確かに打算は必要だ。むしろなにも考えない阿呆は捨てられる。

しかし、必要以上の打算もまた嫌われる元となる。


重要なのはさじ加減。

やり過ぎず、さりとて不足せず。


せらは篤史がそういう人間を求めていると知っている。

その上で献身も求められていると理解していたからこそ、せらは篤史の要望にNOを突き付けたくはなかった。


今回の件だって、本当は篤史とダンジョンに潜りたかった。

篤史が『親なんてどうでもいい。俺についてこい』と言ったら、迷わず同行しただろう。


だが、せらから話を聞いた篤史は『ちゃんと休め。そしてご両親と会ってこい』と言ってせらを送り出した。


傍から見れば理解のある上司と言えるかもしれない。

実際せらにとって篤史は理解のある上司である。


(でも、厳しい表情だった)


それを告げたときの篤史の顔をせらは覚えている。


(そりゃそうだよね。だって下手したら死ぬんだよ? それなのにさぁ。死なないために鍛えてもらっている部下が『親に会いたいから休ませて欲しい』なんて言ってきたら、失望するよね)


実際は”自分が部下となった女子高生を休日も問答無用で働かせるつもりだった”という非道っぷりを自覚したが故の表情だが、自分を取り巻く情勢を理解していたせらはそう受け取らなかった。


(週明けには、生徒会長との権力争いを制したギルドのお偉いさんの子供やその手下が突っかかってくるかもしれない。それを捌いたら、次はギルドのお偉いさんが出張ってくるかもしれない)


物理的な力なら負けない自信はある。

決闘などを求められたら篤史に代わって自分が出て潰してやろうとも思っている。


(でも、彼らが持つ権力には勝てない)


篤史もそうだが、せらもまた社会的な力の存在を恐れていた。


同時に、それをどうにかするために篤史が動いていることをせらは知っている。

その手助けをすることこそ、今の自分が最優先でするべきことだと確信している。


(本来であれば、家族と会うのはその後でいいのに)


今は強大な敵と戦うための準備段階。

一分一秒も無駄にするべきではない。


家族との触れ合いを無駄と断じるのはどうかと思わないでもないが、レベリングに比べれば急ぐことでもない。何故ならこちらは命が懸っているのだからして。


(ふざけた用事だったら赦さないからね!)


たとえ両親であっても赦されることと赦されないことがある。


もちろんせらは現時点で両親のことを『敵』だとは思っていない。

だが『自分の足を引っ張る存在』に成り下がりつつあるのもまた事実。


「……ただいま」


ある種複雑な思いを抱いて実家に戻ったせら。


「お、おかえり。早かったね」

「そ、そうね」


(あ、これは駄目なやつだ)


自分を出迎えた両親の表情にどこか媚びるようなモノを感じ取ったせらは、用件を聞く前から篤史の誘いを断って帰宅したことを後悔するのであった。


閲覧ありがとうございました。


ブックマークや評価をしていただけたら嬉しいです。


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