14話 結合の可能性と重なる失敗
「おっ」
ダンジョンから帰還すると、いつも通りルームの中にあった宝箱が消えて中身だけが残った。
部屋に帰って気になる中身を確認したところ、残っていたのは見覚えのない指輪が六個。
パパっと鑑定してみれば【全ステータス+50の指輪】であった。
「うーん。微妙」
レアにはレアなのだろうが、所詮は四〇階層の攻略報酬。
五〇階層のボスが初回限定で落とすレアアイテムには及ばないのは当然のこととも言える。
しかしまぁ、四〇階層攻略で【全ステータス+50の指輪】を得られたのだ。他のダンジョンを攻略すれば【ステータス成長率五〇%上昇の指輪】を得ることができるかもしれないと考えれば悪いことだけではない。
というか、隠し部屋の存在と五〇階層で得られる指輪のことを知っていた剣聖はそう考えていたのではなかろうか。
思い返せば50%上昇する指輪を一番熱心に探していたのもあの人だったような気がするし。
自分が現役でいるうちは上昇率をアップさせる指輪を公表するつもりはなかったかもしれないが、引退したなら話は別って感じだろうか。
できるだけ後進を強くしたいと考えれば、倍化させる指輪を自分の後継者に、五〇%上昇させる指輪をその取り巻きに与えるのが自然だ。
一番いいのは倍化の指輪を全員に渡すなり順番に装備させて後進を均等に強化することだが、それをやると後継者争いが激化しそうだから剣聖はその選択をしないと思う。
あの人は力を持った人間がどんな感情を抱くかを正しく理解していた。
だからこそ、人一倍ステータスや序列を重んじていたのだ。
ダンジョンには性善説も性悪説もない。
探索者も同じ。暴力こそが全てを解決する。
暴力はそれ以上の暴力を以て鎮圧すべし。
剣聖はひたすら純粋に暴力を振るうタイプの人間だったので人間としては尊敬できないが、生物としては正しいと認めざるを得ない。
彼の考えに則れば、できるだけ早く五〇%上昇の指輪を見つけて但馬さんに渡した方がよさそうだ。
「あとは、そうだな。ここまできたら大阪と新宿の五〇階層を攻略しておこうか?」
現代の常識として”ボスを最初に討伐した際に見つかったモノが一番のレアドロップアイテムである”ということは知られていても”何階層のボスがどんなアイテムを落とすか”なんてことまでは知られていない。
四〇階層のボスが確定でハイポーションを落とすことでさえ、現段階で知っているのはギルドナイトとギルドのみ。
それだってまだ四か所のダンジョンしか攻略されていないから、定説とまでは至っていない。
『観測されていない事象は”ない”のと同じ』なんて言葉もある。
今のうちに俺が五〇階層を攻略してしまえば、正しいレアドロップアイテムの存在に気付かれずに済む可能性は極めて高い。
「他国の探索者が五〇階層を攻略したところで、それはあくまで他国の話ってことになるだろうしな」
加えて、俺が知る限りでは他国のダンジョンに出現するボスは日本のソレとは違ったはず。
ボスが違えばドロップするアイテムも違う。そう押し通すことも不可能ではない。
というか、わざわざ弁明しなくても知らない振りをしていればいいのか。
一五年後でさえ五〇階層を攻略できていたのが俺たち以外にいなかったから、ドロップアイテムにまで気を回すのは考えすぎかもしれないが、こういうのは考え過ぎた方がいい。
何も考えずにソロでダンジョン攻略をしたせいでさっきまで深く後悔していた俺がいうんだ。
間違いない。
悲しい自虐はさておくとして、但馬さんに指輪を渡す前に一つ試してみたいことがある。
「ステータスの上昇って、魔力的なナニカが関係していると思うんだよな」
そうでなければ指輪を付けただけで強くなるのはおかしいだろう?
また、ステータスの成長率を増加させる指輪は重ね掛けしても意味がないのに、ステータスそのものを増加させる指輪の方は重ね掛けできるのもドーピング的な意味合いを感じる。
そして過客の固有スキルっぽい【結合】は魔石の中に含まれている魔力的なナニカを結合させることが可能なスキルだ。
結局なにを言いたいのかというと。
「もしかして指輪の効果って結合できるんじゃね?」
というわけだ。
今までは考えもしなかったし、もし考えついていたとしても結合した際に元の一・五倍にしかならないと思えば貴重な指輪を使って実験しようなんて思わなかっただろう。
だがここに結合させてもそれほど問題ない指輪がある。
どうせ誰かに渡すくらいしか使い道がないのだ、それなら俺が装備している指輪を強化するのに使ったほうがいい。
「もし結合できなければそのまま誰かにやればいいだけだしな」
別に失敗したところで損をするわけでもなし。
試すだけ試してみよう。
「というわけで、いざ【結合】……おぉ。当たりだ」
現在装備している+一〇〇の指輪に重ねてスキルを使ってみたところ、魔力的なナニカが流れていくのがわかる。
鑑定で見てみれば、上昇値が+一二五に変化しているではないか。
「当たりが出たからもう一回。【結合】」
一回だけでは検証にならないので、さらにもう一個使ってみると、ちゃんと力が流れていく。
「結果は……+一五〇。これは間違いないな」
これで【結合】は、魔石だけではなく装備品に付随していた魔力的なナニカも効果対象であることと、結合した際は明記されている+数値の半分が元の装備に上乗せされること、さらには回数制限もなさそうなことが判明したわけだ。
「残る指輪は四個。一個で+二五だとすれば+一〇〇」
現時点での上昇値が+一五〇なので、全部結合させれば+二五〇になる計算だ。
一つの指輪が強化される代わりに今回得た指輪が全部無価値なものになるが……そんなの関係ねぇ!
「こんなの、やるしかねぇよなぁ?」
誰かにやる? とんでもねぇ。
まずは自分の身の安全を確保することが最優先なんだよ!
「オラッ! オラッ! オラッ! オラッ!」
容赦なく重ね掛けした結果、全ステータスを+二五〇させる指輪が完成。
これを装備した上で+一〇〇の指輪も装備すれば、全ステータスに三五〇が上乗せされる。
ここまでくればギルドナイトどころか奥野が裏切っても大丈夫だ。
ただし、六一階層以降に挑む場合はこの指輪を外さなくてはならないので、その際の安全を確保する手段も考える必要があるのだが、今のところはこれでいい……って。
「あ」
考えなしに指輪に全部乗せしてしまったが、重大なことに気が付いてしまった。
もしかしてこれって指輪以外の装備にもできるのでは?
具体的には防具にもステータスを上昇させる効果を付けることができるのでは?
「……まじかぁ」
またやってしまった。
我がことながら、この衝動で動く癖はなんとかならんものか。
おそらくギルドの抑圧から解放されたことでタガが緩み切っているのだろうが、それでもコレはない。
貴重品だぞ。
仕事をすればいくらでも貰えたタダ券じゃねぇんだぞ。
少しは貯めることを覚えろよ。
と、後悔しても取り返しがつくわけでもなく。
「いや、まて。そもそも装備品に結合させるにしても、今持っている装備だと勿体ない気がしないでもない」
どうせ強化するなら予備の装備品ではなくて、レベルアップ時の上昇値を二〇%なり五〇%上昇させる指輪を装備させてレベリングをした後の切岸さんに造らせた高性能の装備品で実験するべきではなかろうか?
そうだ。そうするべきだ。そうしたいなぁ。
「よし、将来一番いい装備で試すためにも、今のうちにダンジョンを攻略して同じ指輪を探そう。……どうしても見つからなかったら今持っている+一〇〇の指輪を使えばいいだけだし」
実験で使うには高価すぎるが、幸いなことに同じ指輪の入手手段は分かっている。
今なら新宿でも大阪でも潜り込めるのだからなんの問題もない。
「だから、問題はないのだ」
つい今しがた、最低でも一個一億円以上で売れそうなモノを六個浪費したような気がするが、指輪自体は強化できているので完全に無駄というわけでもない。
というか、六〇階層までの道のりがより安全になったと思えばいいじゃないか。
俺は嫌な思いしてない。
なにも問題はないのだ。
「……そう思わんとやってられんわ」
一日で何回ミスを冒せば気が済むのか。
「もういい。ねる」
我が事ながら、否、我が事だからこそどう頑張っても自分の馬鹿さ加減を擁護しきれなかった俺は、なにもかもを明日の俺にぶん投げるため不貞寝することにしたのだった。
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