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12話 致命的な致命傷ほどではないが致命的なミス

『キシャァァ!!』


俺が知る限りでは、イレギュラーが発生しない限り日本のダンジョンに於ける四〇階層のボスは全国共通で大虬(みずち)という全長二〇メートルほどの巨体を持つ蛇のような生き物である。


日本書紀にもその名が載るほど有名な存在であり、彼が得意とする水属性魔法の技量はそんじょそこらの魔法使いでは太刀打ちできないレベルの完成度を誇っている。


討伐適正レベルは四〇。ただしこの適正レベルは六人でパーティーを組んだ場合に適用されるものなので、メンバーが揃っていない場合はもう少し高くなる。


『ガァァァァ!!』


現在のギルドナイトのレベルが四三~四五なので、今の彼らではギリギリ犠牲ナシで勝てるかどうかと言ったところだろうか。


ギルドとしてはさっさとハイポーションを回収して欲しいところだが、そのために犠牲を出しては本末転倒なので、最低限必要とされる分のハイポーションを回収したギルドナイトは、目下新宿のダンジョンでレベルアップに勤しんでいるもよう。


まぁね。下手したら死ぬし、死にかけて勝利してもその場でハイポーションを使うことになったらわざわざ地方のダンジョンに乗り込んだ意味がないからね。


記憶の中ではこの時期から頻繁に巡業に出ていた彼らだが、今はちょっとした事情があって安全策を取っているようだ。


うん。どうせ他の連中は攻略できないんだし、安全確実に討伐できるようになるまでレベリングに励むのは理に適っていると俺も思う。


その『ダンジョンボスを斃せるのはギルドナイトだけ』って先入観があるおかげで誰もここに来ないし、誰もここにこないからこそ復活したボスを相手にポーションを荒稼ぎできるわけだしな。


『ギュオォォォォォォン!!』


「ってさっきからうるせぇな!」


『ギュア!?」


「探索者の戦いはステータスの戦い。ギルドナイトのタンク役である聖騎士を一撃で殺せない程度の攻撃が、ここに来るまでの間にレベル三六になった今の俺に通用するはずがねぇだろうが!」


物理攻撃であれば、重さやら速さやら牙の鋭さやらがステータスに上乗せされるため多少のステータス差を覆すことは可能なのだが、魔法は違う。


魔法による攻撃はMAG(魔法攻撃力)の数値に依存するため、相手のREG(魔法防御力)を超えない限りダメージを与えることができない。それがこの世界のルールだ。


翻って目の前で吠えている大虬くんはどうかというと、その巨体からバリバリの物理職……とみせかけているが、その実生粋の魔法職だったりする。


二〇メートル近い巨体を構成しているのは”肉”ではなく”水のようなナニカ”であり、あくまで蛇っぽいというだけで純粋な蛇ではない。あえて分類するならスライムのような魔法生命体に近い存在なのだ。


よって彼を討伐するために必要なのは、彼が持つREG以上のMAG。

もしくは彼が苦手とする魔力属性を帯びた攻撃となる。


そのため日本最強を標榜しているギルドナイトであってもまともに大虬と戦えるのは、魔法のスペシャリストである大魔導士と忍術が使える上忍のみ。


完全に剣聖や聖騎士や弓聖が遊兵化してしまっている。


聖騎士には壁役をやらせるとしても実質三人で戦うことになるのだから、苦戦は必至。


だから彼らは巡業に出ずにレベルアップに勤しんでいるというわけだ。


うん。そうなんだ。記憶の中に於いてギルドナイトが頻繁に巡業を繰り返すことができていたのは、この時期にはすでに【雷撃】を習得していたからだった。


そりゃあ剣聖や聖騎士や弓聖が遊兵化せず、戦闘に参加できるのであれば討伐はグンと楽になるだろうよ。


彼らが巡業を繰り返すことができたのも理解できる。


その【雷撃】を、今はギルドに協力する気がない俺が持っているのだから、些か皮肉が効きすぎているのではなかろうか。


だからなんだって話だが。


長々と語ったが、ここで俺がすることは簡単だ。


まず今も無駄に連発している大虬くんの魔法攻撃を無視して近付き、殴る。

このとき拳に雷撃を纏うことを忘れてはならない。


『ギュッ!?』


マジックアローなどの無属性魔法による攻撃やそれに雷撃を上乗せするのも悪くはないのだが、相手は魔法生物ということもあってREGがそれなりに高い。


そのため効率的にダメージを与えるなら物理攻撃に雷撃属性を乗せた方が効率がいい。


また、大虬くんの体を構成している水のような体は斬撃による攻撃をほぼ無効化してしまうため、魔力によって形を得る霊杖刀で攻撃する場合は刀としてではなく鈍器として使った方がいい。


ただし、霊杖刀の素材は木なので水属性の塊である大虬くんとの相性はあまりよろしくない。


「なので今回は拳で済ませる」


攻撃に雷撃を纏わせて殴る。殴る。殴る。


『ギュア!』『ギュエ!』『ギュオッ!』


逃げても追って、ステータスに任せてひたすらに殴る。


『ゴァ!』『ゴギャ!』『ゴヒュ!』


哭き声が変わってきたからそろそろ終わりだな。


『ジャァァァァ!!』


「無駄ぁ!」


『ゴフゥ……』


最後の力を振り絞った一撃もなんのその。

圧倒的ステータス差の前には無意味なのだ。


『……』


最後の抵抗を潰されて気力が尽きたのか、ただ殴られるだけになった大虬くん。

だがここで油断して攻撃を緩めると逃げたりすることがあるので、最後まで油断せず、消滅するまで殴り続けること数十秒。


「おっ、来たか」


死亡したか、はたまたダンジョンからTKO判定が出たのか、大虬くんの巨体がうっすらと消えていく。


そして完全にその体が消えたとき、待望のドロップアイテムが転がって……って。


「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」


しくじった。完全に忘れていた。

この俺がよもやこんなしくじりを冒すとは。


確かにアイテムはドロップしている。

青い水が入った試験管のようなモノ、つまりポーションだ。

それはいい。むしろこれが目的だったのだから、これ以外が落ちていたら困る。


問題はその数。

なんと、一本。


「忘れていたぁぁぁぁ」


『ダンジョンのボスが落とすドロップアイテムはパーティーメンバーと同数』


こんなの探索者にとって基本中の基本である。


【雷撃のスキルオーブ】だって俺と奥野の分で二つしか出てこなかったではないか。


「巡業の際にギルドナイトが常に総メンバーでダンジョンに潜っていたのだって、相互監視という意味合いの他に、数を調達するという意味もあったのに……」


自分の意思でダンジョンを攻略するのが初めてだったのですっかり忘れていた。

いや、こんなの言い訳にもならない。

元とはいえ世界最強の一角を張っていた探索者がやってはいけないミスだ。


「四〇階層まで潜ってポーション一個って、ないわー」


レベルアップもしているし、単独で大虬を討伐できることが判明したので完全に徒労というわけではないが、単純に損をした感じが凄い。


「穴があったら入りたいとはこのことか。いや、奥野が一緒じゃないだけマシかも」


部下の前でこんな無様を晒さずに済んだと思えばなんとか……ならんわ。


「あぁぁぁぁーー」


思わず頭を抱えて声を出してしまうが、こんなん叫ぶしかない。


自分が情けない。

しばらくの間、寝る前に思い出して布団の上でゴロゴロすることになるだろう。


これが羞恥心……なんて思っていたが、俺の後悔はここで終わらなかった。


大虬を討伐してから三〇秒程経ったころだろうか。


少し離れたところから”ガコン”と大きな音が聞こえてきたのは。


「あ?」


今この場には俺しかいない。

その俺は羞恥心に苛まれて頭を抱えていた。

そして音は少し離れた場所から聞こえてきた。


それはつまり、ここには俺以外に音を出す存在がいるということ。

隠し部屋が出現したのかもしれないし、下の階に行く階段が出現したのかもしれない。

詳細は不明だが、ナニカが発生したことは間違いない。


しかし、俺は『大虬を討伐したあとにナニカが発生する』なんてことは聞いたことがない。

ギルドナイトの連中だってそんなことは一言も……いや、そうか。


「……しくじった」


これはもう、ポーションを取り損ねたどころの話ではない。


これまで俺は極めて深刻で、かつ極めて決定的なミスを冒していたことを、今になって漸く自覚したのであった。


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