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5話 チートを超えたチート

ここまで語れば、商人系のジョブを得た探索者がどれだけ悲惨な状況にあるかはわかってもらえたと思う。


それを知っていながら俺が正直にジョブを明かさず、それどころか名乗っただけで犯罪者予備軍と認識されるような職業を騙ったのには当然訳がある。


それは先ほど突然脳裏に溢れだした『馬鹿正直にジョブを報告した結果ギルドに確保された記憶』を疑っていないからだ。


それだけなら商人を騙る必要はないと思うかもしれないが、そういうわけにもいかない事情がある。


別に深刻なものではない。単純に、今の俺には商人以外のジョブを騙ることができないというだけの話だ。


そもそもの話、今の俺は教師に連れられて初めてダンジョンに入った新入生だ。


そして俺らを引率している教師はギルドの職員を兼任している。

彼らは生徒の安全を確保するとともに、生徒が得たジョブを知るために派遣されている者たちである。


そのため彼らは必ず各自が得たジョブを確認する。


そしてジョブを確認する方法は、生徒の自己申告……ではなく、スキルを確認することである。


剣士なら【剣撃】

モンクなら【拳撃】

火魔法使いなら【火魔法】

斥候なら【索敵】

商人なら【アイテムボックス】


最初に得られるスキルが決まっている以上、スキルを観ればそいつが得たジョブが何なのかわかるというわけだ。


ちなみに昔は鑑定によって確認していたらしいのだが、プライバシーの観点などから一部の保護者(権力者)に猛反発を受けたため、今の方法に落ち着いたらしい。


しかも、抜き打ちで鑑定したり隠れて鑑定した探索者は問答無用で犯罪者として処分――処罰ではない――されるので、ギルドからの依頼があっても応じる商人はいないらしい。


軍とか警察に飼われている人間であればやりそうだが、彼ら彼女らとてわざわざ一介の学生を鑑定するほど暇ではないだろう。


つまりもう少しで確認をしにくるであろう教師を誤魔化すことさえできれば、俺は晴れて行商人のジョブを得た学生として動くことができるようになる。というわけだ。


そこで話は冒頭の「なんで行商人を騙るのか?」という点に戻るのだが……旅人の初期スキルであるルームは、その見た目がアイテムボックスに酷似している――正確には『見た目が近いものがアイテムボックスしかない』のだが――ため、商人以外のジョブを名乗ったところで信用されないからだ。


数ある商人系ジョブの中から行商人を選んだことについては、単純に今後の行動をしやすくするためである。


商人の中でも。STRが上昇する武器商人やDEFが上昇する防具職人を騙った場合、本当に商人を得た連中がパーティーを組んだ際に前衛として頼られる可能性がある。


商人同士がまとまること自体は、排斥の対象となっている者たちが生き残るために試行錯誤した結果なので否定はしない。だがその中に自分を組み込まれても困る。


よって、レベルアップ時の補正がSPDにかかるが故に前衛にも後衛にも使えないとされている行商人をピックアップしたのである。


商人の中でもさらに使えないとされる行商人のジョブを得た人には「ご愁傷様」としかいえないが、今回はその悪評を利用させてもらったというわけだ。


実際、意気揚々とジョブの話をしながらこちらを伺っていた連中の大半は興味を失っているし、商人系のジョブを得たせいか落ち込んでいた者たちも哀れみの籠った視線を向けてきているので、俺の目論見は成功したといえるだろう。


後は担任を誤魔化せば、この場はお終い。


能力の検証や実験は寮の部屋に帰ってからすればいい。


以上が、俺がわざわざ商人、それも行商人を騙った理由である。


その上で、実際に俺が得た旅人の性能を明かしていこう。


まずステータスの上昇値は以下の通り。


STR(攻撃力)  ……10

DEF(防御力)  ……10

VIT(体力)   ……10

MEN(精神力)  ……10

SPD(敏捷)   ……10

DEX(器用)   ……10

MAG(魔法攻撃力)……10

REG(魔法防御力)……10


オール10。合計80。

これにランダムで3つのステータスに+1の補正が付くため、実際の上昇値は合計で83となる。


最初に俺のジョブを確認した職員は『チートを超えたチート』なんてタフな評価をしたらしいが、我がことながら納得するしかない。


前衛だろうが後衛だろうが支援職だろうがなんでもござれの万能職。


さらに、アイテムボックス以上の利便性と汎用性を誇る【ルーム】というスキルを持つのだから、商人の上位互換どころの話ではない。


さらにさらに、俺もこの時点では知らなかったのだが、旅人というジョブはダンジョンができてから今まで、誰も発現したことがないジョブ、いわゆるユニークジョブと言われるジョブだったのだ。


ギルド所属の研究者一同が目の色を変えて解析しようとしたのもむべなるかな。


『確実に再現できる確証がない』と言って分解だの解剖されるのを防いでくれた当時の会長やギルドナイトの面々には感謝しかない。


尤も、洗脳教育を施して馬車馬の如く働かせたり、俺が生み出した利益を自分たちで独占したり、報酬の代わりにタダ券をよこしたり、裏でタダ券の人呼ばわりしていたことを赦すつもりはないので、馬鹿正直に報告することはないのだが。


というか、再現性があったら解剖されていたのか。

やっぱりギルドはクソだな!


とはいえ、彼らに恨みはない。思う所はあるが、恨んではいないのだ。

ただ今の俺には彼らの為に働くつもりがないだけの話で。


……自分の力を自分のためにつかう。

前はそんな当たり前のことさえできなかった。


だが今回は違う。


記憶にある知識と経験を最大限活用し、やりたいことをやってやる!


差し当たっての目標は、現金を稼いでタダ券の人を卒業することだ!


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