10話 経営コンサルタントの言葉は信用できない
※あくまで作者個人の感想です
【鍛冶師】
読んで字の如く鍛冶を行うジョブである。
数ある技術職系のジョブでも最もポピュラーなジョブであり、特筆して悪いところもなければ良いところもないため、面白味がないと評されるジョブでもある。
ただし、彼ら彼女らが習得する【加工】というスキルがなければダンジョンから回収してきた素材を加工することができないため、素材を研究する企業やギルドではそれなりに需要はある。
反面、素材を加工するためには専用の設備が必要となるので、その設備を用立てることができない組織にとっては無用の長物扱いされるジョブでもある。
そんな鍛冶師のステータス上昇値は以下の通り。
STR(攻撃力) 7
DEF(防御力) 4
VIT(体力) 6
MEN(精神力) 8
SPD(敏捷) 3
DEX(器用) 12
MAG(魔法攻撃力) 5
REG(魔法防御力) 0
合計 45
随分と尖ったステータスと思われるかもしれないが、鍛冶師に限らず技術職の大半はDEXに特化しているので、この上昇値はそれほど珍しいものではない。
基本的に加工された素材の完成度はDEXに左右されるため、業界ではDEXが高い技師が貴ばれる傾向にある。
また、MAGやMENが高いと魔法属性を持つ装備品の加工や製造に補正がかかるため、レベルアップ時にDEXとMAGとMENが上がるよう、レベルが低いうちから魔法を覚えさせられることが多い。
残念なことに俺は魔導書を持っていないので、彼女のレベリングをするのは魔導書を得てからになるだろうか。
それとも俺が持つ成長率を上昇させる指輪を渡してレベリングをさせるか?
そうすれば、レベルの上昇に伴い相当いい感じの装備品が造れるようになるだろう。
そういう点では”買い”だ。
若い技術職を拘束できるのであれば、ポーションの一つや二つ安いもの。
ただまぁ、彼女が秘密を遵守してくれるかどうかは微妙なところなので、最初のうちは倍化ではなく二〇%の指輪でレベリングをしたほうがいいかもしれない。
一〇年以上付き合ったおかげでそれなりに人となりを知っていた奥野と違って、正真正銘今日が初対面の相手。
用心に用心を重ねるのは当然のことだろう。
倍化と比べると損した気分になるが、まぁ多少はな?
「あの……」
おっと。先走り過ぎたか。
レベリング云々よりもまずは彼女の意思を確認しなくては。
「ポーションを渡すのはいい。君の実家についてもなんとかする当てはある」
「本当ですか!?」
「あぁ。ただ、君のお父さんがそれを認めるかどうかはわからないから、ポーションを渡すのはお父さんの返答次第だな」
「そ、その当てっていうのは?」
今回の件、彼女にポーションを渡して親父さんを治療するだけでは駄目だ。
最大の弱みである実家の経営状態は一切改善していないんだからな。
だから、彼女を引き入れるなら実家もなんとかしなければならない。
難題だ。
そもそも傾いた工房の経営状態の改善なんて学生がやるようなことじゃない。
だから、大人にやってもらう。
「君の実家の工房が藤本興業の子会社、いや傘下企業になってもらえばいい」
子会社の方が聞こえはいいが、誤魔化すのもアレだしな。
「さ、傘下企業!?」
「うん、傘下企業。具体的には、藤本興業の探索者が素材を持ってきて、君の実家で加工した装備を藤本興業の社員に販売するって形になるかな」
藤本興業は清く正しい土建屋なので、製造業との付き合いはあれど自社で抱え込んでいるレベルではない。
探索者用の装備を造っている工房とも同様で、細々とした付き合いはあってもがっつり絡んではいない。
その付き合いがある工房も切岸さんの実家と同じで潤沢な資金があるわけではないため、買い取れる素材に限度がある。
そのため彼らは探索で得た素材の大半をギルドに卸している。
当然ぼったくり価格で。
先日但馬さんに売った黒鬼の金棒なんて、市場価格は一五〇〇万から二〇〇〇万円で、加工した武器は二〇〇〇万から三〇〇〇万円するのに、ギルドでの買い取り価格は三〇〇万円だぞ?
ただ右から左に流すだけで一〇〇〇万以上の利鞘って、やりすぎだろうよ。
但馬さんはそのことを理解しているがゆえに、なんとかして自分たちで素材を活用できる場を作ろうとしていたのだが、設備投資するだけの資金がなかったことや、十分な技術を持った人間を抱え込めなかったこともあって計画は何一つ進んでいなかった。
そこに現れたのが、鍛冶師である彼女と彼女の実家である。
工房をやっていたということは最低限の設備や腕はあるはずだ。
ならそれを抱え込めばいい。
債権やら何やらを全額負担して完全子会社化するか、融資をして一部負担という形に抑えて下請けとして扱うかは藤本興業と彼女の父親の交渉次第。
持ってきた素材の買い取り価格だとか出来上がったモノをどう販売するかも彼らに丸投げする。
得意だろう?
潰れかけの工房を追い込むの。
少なくとも毎回ギルドにぼったくり価格で売るよりはマシな形で収まるだろうよ。
「今まで独立独歩でやってきた親父さんには耐えがたい屈辱だと思うが、こういう形にしないと経営状態は立て直せないと思うんだ」
これは本当にそう思う。
他に手段があるなら教えて欲しい。
「傘下企業になれば定期的に素材と仕事は貰えるだろう。なんせ俺たちは今、Aランクのクランになることを目指してダンジョン探索しているからね」
「Aランクってことは、下層に?」
「うん」
今は但馬さんと他二人がレベリングを行っているが、それが終わり次第本格的にパーティーを組んで下層に潜るつもりなんだとか。
というか、今頃但馬さんは下層にいるのではなかろうか。
「下層の素材を加工した装備品はどこでも売れる。普通なら素材自体が高額でなかなか手に入らないけど、傘下企業なら優先的に回してもらえるだろうね」
「下層の素材……」
そうやって出来た装備品を彼らが市場価格よりも安く買い取って装備する。
彼女の実家は普通に売るより多少は損をするかもしれないが、そうじゃなきゃ傘下にする意味がないので、その辺はあきらめて欲しい。
ただ、それらの装備が龍星会のメンバーに回ったら、次は一般の探索者が相手だ。
こいつらにはギルドよりも少し安いくらいで売ればいいので、十分な儲けを期待できる。
「つまり一時的に損をしたとしても、君の実家は下層の素材を扱ったノウハウと実績が得られるわけだ。ギルドの系列店を敵に回す形になるけど、俺たちがバックにいれば商売上の心配もいらなくなる。悪い話じゃないだろう?」
「それは、確かにそうです」
ギルドはあくまで中立の組織だからな。
Aランクのクランと喧嘩してまでシェアを独占しようとはしないし、できない。
逆に言えば俺たちを裏切った時点で彼女の実家はギルドと藤本興業に潰されることになるので、裏切り防止にもなる。
「結局、経営状態が改善したところで君らが裏切らなければいいのさ。それだけで共存共栄。お互いが利益を求める関係を構築できるんだから」
「そ、そうですね」
「でも、それもこれも君のお父さんが納得するかどうかだ。あぁそう、君の実家が傘下企業になるのと君にポーションを渡す契約は別になるから注意してくれ」
「え?」
なんだ、ポーションも貰えると思ったか?
勘違いはよくないな。
藤本興業からすれば所属もレベルも中途半端な技術者なんかいない方がいいんだぞ?
親父さんを放逐して土地と建物を奪い、自分たちの息が掛かった部下を配置した方が色々と楽なんだからな。
それをしないで親父さんを経営者に据え置くのは、偏に俺が彼女の将来性に期待をしているからだ。
弱味は残しておかないと、離反される可能性があるからな。
経営者が無能な実家は、優秀な鍛冶師を繋ぎとめる鎖になる。
なんてことを言ったらドン引きされるので、別の方向に話をもっていこう。
「ポーションの分も融資するとなると融資額が跳ね上がるぞ? 最低で二〇〇〇万円分だけど大丈夫か?」
「……多分、大丈夫じゃないです」
だろうな。そんな金があったら再来月に不渡りなんて話にはならんだろうし。
「そういうわけで、ポーションについては奥野さんと同じ感じで契約してもらう。これが契約書なので、ご家族と一緒によく読んでからサインして欲しい」
書かれている内容は奥野に渡した契約書と同じような内容にしてある。
条件一・藤本興業、及び龍星会に最低三年所属すること。
条件二・看板代として毎年既定の金額を支払うこと(基本的に俺が負担する)。
条件三・ダンジョンに潜るときは必ず俺と潜ること。
条件四・他のクランからのスカウトはもちろんのこと、個人的なパーティーの誘いも断ること。
条件五・情報漏洩の禁止。俺が『これは内密に』と言ったことは、絶対に言わないこと。これらを破った場合は藤本興業が被った損害を金銭に換算して請求します。これは自己破産とかでは逃げられないので注意しましょう
奥野との大きな違いは、取り分が明記されていないところだな。
もちろん基本給的なのは支払うのでタダ働きとかにはならないが、さすがにレベル三〇を超えた奥野とレベル二の彼女を同じ取り分にするわけにはいかない。
とはいっても差があり過ぎると不満につながるだろうから、この辺は臨機応変に変えていくことになるだろう。
まぁ、それもこれも彼女が俺の仲間になった場合のこと。
全額融資を望むならそれでいい。
別に俺は損をしないのだから。
あ、彼女を入社させる前に但馬さんに連絡を入れておこう。
もし但馬さんに断られたら……俺が買い取ればいいか。
で、記憶の中で売れまくっていた【堀り久太郎】や【葛の壷音】みたいな大人の玩具を量産させれば、経営状態なんてあっという間に改善するだろうよ。
延々と大人の玩具を造らされる親父さんと、その話を持って行った彼女の精神状態がどうなるかは知らんけど。
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