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7話 情報は拡散されるもの

「よし、行くか」


金曜の放課後。

奥野は宣言通り家に帰ったので、俺は久方ぶりに一人でダンジョンに潜ることにした。


休日? 

……いや、することないし。


いずれは趣味とかも見つけるつもりはあるけどさ。

今はレベリングをしないとすぐに死にかねないので、まずは安心できるレベルまで鍛えておきたいのだ。


あと俺と同じように記憶を持っている連中がいるかどうかの調査もしたいし。


「でもなぁ」


普通ならそういうのは記憶との差異を確認して同類の存在を見抜くのだろうが、そもそも記憶の中の俺の行動範囲ってギルドかダンジョンか部屋か店しかなかったから、それ以外の情報に疎いんだよなぁ。


これに関しては俺が悪いのではなく、誰だって同じだと思う。


たとえば『ミリオンセラーになった歌を違う人が歌っている』とかであれば、俺だって”アイツも記憶を持っている”ってわかる。


だが、株で儲けたとか、宝くじを当てたとか、ギャンブルで勝ったとか言われても、それが前回と同じかどうかなんてわからないだろう?


これはそういう話だ。

決して俺の行動範囲が狭すぎて差異を見抜けないわけじゃない。


こういう理由から俺は”自分から相手を探す”のではなく、”俺が起こしたアクションに対して干渉してくる相手を探す”形にシフトしているのである。


言わば俺自身が釣り餌なのだ。


尤も餌とはいえ、当然大人しく喰われるつもりはない。


むしろ自分に食いついた魚を殴り倒して水揚げするつもりまである。


しかしそれは、不特定多数の相手に先手を赦すということでもある。

生半可な実力では押しつぶされてしまうだろう。


だからこそ俺には、相手に先制させた上でそれを跳ね返すだけの力が必要なのだ。


よって俺が休日であってもダンジョンに潜るのは社畜精神がどうこうではなく、あくまで必要なことをやっているだけなのである!


はい、QED(証明終了)


あぁ、ついでに言えば、一人の方が色々と捗るというのもある。


ソロなら経験値を独占できるとかそういう話ではなく、奥野がいると俺のチートスキルであるルームが使えないからな。


ルームの中なら安心だが外、つまりダンジョンは危険がいっぱいだ。


休憩中も周囲を警戒しないといけないから満足に休めないし、休息が中途半端だと注意力が散漫になって危ないし、夜中に交代して休息をとるにしても探索者歴一か月と少ししかない奥野を完全に信用して見張りを任せるわけにはいかないし、結局満足な休息がとれない。つまり疲れる。


レベリングしに来ているのに二人だとレベリングの効率が落ちるうえに疲れが溜まるとはこれ如何に。


本格的にダンジョンを攻略しようとするならパーティーメンバーは必要不可欠だが、アイテムの補充やらレベリングであればその限りではない。


なので、たまには一人でレベリングしても良いのではなかろうか。


そう自分に言い聞かせてダンジョンへ向かえば、入り口付近には沢山の人、人、人。


小遣いを稼ぎに来たっぽいスーツ姿のサラリーマンの集団や、ジャージ姿の学生たちなどが所狭しとうろついている。


「やはり金曜日。人が多いな」


軽装の彼ら彼女らは主に上層で活動するライトな層なので、基本的に深層を目指す俺とは関わることはない。


また、俺と同じような記憶があるのであれば、もっと深いところに行くための装備をしているだろうから、注意すべき対象から外してもいいと思う。


今のところ注意すべきは、ギルドの関係者か、身の丈に合わない装備をしている探索者。

それと入り口付近でナニカを探している探索者くらいだろうか。


あとは、どこにでもいる”面倒な探索者”だろう。


具体的には、こっちがソロだと思って集ろうとするヤツとか、ソロであることを心配するような振りをして探りを入れてくるヤツだな。


前者はともかく、後者はナニカされたわけでもないから強硬な手段が採れない。


中には本気で『自分は善意でやっている』と考えている輩もいるし、適当に流すにしても、会話の中でどんな情報を抜かれるかわかったものではないので正直関わりたくない相手だ。


奥野曰く”自分の情報をギルドに売った輩がいる”とのことだったが、それをやるのがこういう連中である。


俺としても『ダンジョンの中層ですれ違った』という、すでに既知となっている情報をばら撒く程度なら黙認もするが、万が一にも『下層以降で見た』などと口外された場合色々と面倒なことになるため、もし下層以降で他の探索者と遭遇したら、相手が俺のことを認識する前に()()不幸な目に遭ってもらう予定だったりする。


情報は大事。

死にたくなかったらどんな些細な情報でも死ぬ気で守れ。


教科書にもそう書いてあるので、容赦するつもりはない。


ただまぁ、俺だって誰かれ構わず不幸な事故に遭わせたいわけではない。


繰り返すが、俺が警戒しているのは飽くまで『下層以降にソロで挑んでいる子供がいる』という情報が拡散されることであって、上層や中層での目撃情報ではない。


なのでショートカットを使って階層を下ろうとするところを見られても特に問題はない。

そう思っていたのだが……。


()()()()()


「ん?」


ライト層で込み合う一階層を抜け、二階層にある落とし穴を目指していたところ、何者かがこちらに向けて『見つけた』と声を上げたではないか。


声からすると相手は若い女性っぽいが、なんだ?


一応”手を振られたから振り返したら後ろにいる人だった現象”も考えられるので、敢えて声を無視して進もうとすると、どこか焦ったように。


「いやいや、無視しないでよ!」


などと言いながら俺がいる方に向かって駆け出してくる始末。

見れば相手は学校指定のジャージを着た少女だ。


「……もしかして俺に言っているのか?」

「貴方しかいないでしょ!」


確認したら怒られてしまった。


まぁその通りではあるので解せぬとは言わないが。


うん。ここまでくれば勘違いのしようもない。

というか、確定してしまった。

相手の狙いは俺だ、と。


しかし、俺にはダンジョン内で接触してくる――それも送迎や集り以外で接触してくる――ような相手に心当たりはない。


普通に考えれば俺を狙った敵なのだろうが、それにしては無防備というかあからさまに過ぎる。

こっちに向かってくる速度を見るに、レベルは低い。

動きも武術を嗜んでいる動きでもない。

あの程度の相手であれば、隠し武器を持っていても対処は可能だろう。


ならばハニトラ?

いや、ハニトラにしたってもう少し、こう、オブラートというか、そういうのに包むのではなかろうか。


『わかりにくければ気付かれませぬ』なんて言葉が浮かんでは消えていく。


(さて、どうしたものか)


このまま有無を言わさずに事故に遭ってもらうのが正解なのか、とりあえず話を聞くのが正解なのか。


結局どうするのが正解なのかわからないまま時間は流れ、なんやかんやで俺の目の前に辿りついた少女は息を切らせながらこう叫んだ。


「私にも、私にもポーション売ってください!」


「……」


事故に遭わせた方がよかったかな?

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