3話 真の忠犬は飼い主以外に懐かない
「実は、君が休んでいる間に大変なことになっているんだ!」
「あのね、なぜか生徒会長さんに対する悪い噂も流れちゃって……」
「黒羽君も困っている」
探索者を育成する学校に入って一年目の五月中旬に支部長と一緒にレベリングを行ったら、数日でレベルが三〇を超えてジョブが昇華した。
何を言っているのかわからないかもしれないけど、私にもよくわかっていない。
ただ支部長が普通じゃないってことだけは分かっている。
「黒羽君の立場も悪くなって……」
「だからこれから生徒会長のところに行ってほしいの!」
「頼む! この通りだ!」
まずさ。あの人、絶対【商人】じゃなかったでしょ。
だって、ステータスがね。
STRだけは勝っているみたいだけど、SPDとDEXは微妙に負けていて、それ以外は全部大幅に負けているんだもの。
商人のステータスが倍増したところで、それでようやく侍と同じくらいなはず。
だから支部長が最初からレベルアップ時のステータス上昇値を倍増させる指輪を装備していたとしても、ここまで差が付くのはおかしい。
補正があったとしても、はっきりとわかるくらい明確な差が付くわけがない。
でも現実は、誤差の範囲に留まらないくらいの差が付いている。
思い当たる理由は一つしかない。
それは支部長のステータス上昇値が商人のソレとは違うから。
つまり支部長のジョブは商人ではなく他のナニカ。
しかもそれは、アイテムボックスを持っていて鑑定も覚えることができるジョブ。
そんなの聞いたことがない。
間違いなく侍よりもレアなジョブよね。
だからあの人は徹底的に自分の情報を隠してレベルアップを急いだ。
レベルが三〇になって上位職になれば、いくらでも誤魔化せるから。
そう考えれば辻褄は合う。
「生徒会長さんや、周囲の人に貴女の口から真実を語ってもらえれば、全部誤解だったってわかってもらえると思う!」
結局私は”ついで”みたいなものだったと思うのよね。
まぁその”ついで”のお陰でお父さんもお母さんも助かったし、私も強くなった上に勝ち馬に乗れたんだから文句はないけど。
「そもそもあんなお遊びで四〇〇〇万円とか、おかしいだろう!?」
「そうよ! 黒羽君は将来を嘱望されている優秀な人材なの! こんなことで失われていい人材じゃないの!」
文句どころかそもそも支部長さんには感謝しかない。
支部長に比べたら同級生なんかどうでもいい。
だからさぁ。
「だから、君からも生徒会長やギルドの関係者にあの決闘、いや、お遊びは無効だったと証言……「いい加減にしてもらえます?」……は?」
「は? じゃないでしょ」
さっきから黙って聞いていればうだうだと都合のいいことばかり抜かして。
いい加減現実見なさいよ。
「いい? あの決闘は、松尾君と黒羽君の双方が契約書にサインして、教師による立会いの下で行われた正式な決闘なの。契約内容について法的な強制力があるかないかは知らないけれど、契約では一週間以内に履行しなかった場合はギルドに資料を提出して裁可を仰ぐことまで決まってるの。それを外野がどうにかできるわけないでしょう」
「そ、それは……」
契約を結んだのは支部長と黒羽なんたら君だからね。
一応私も当事者だけど、あくまで私は賭けの景品みたいなもんだったし。
「だいたい、勝ったら私たちを本気で奴隷にしようとしていたくせに、負けたら『お遊びでしたー』なんて我儘が通るわけないでしょ」
「いや、奴隷ってのは言葉の綾で……」
「はいはい。負けた後ならなんとでも言えるよね。でも私、あの時のアンタらの目、忘れてないから」
特に黒羽なんたら君。
本当に気色悪い眼をしていたのよね。
あんなのを庇う? ないわー。
「それに今更私が生徒会長に会ったところで意味ないでしょ」
「は!?」
は!?ってなによ。
「その会長さん。噂では私たちに圧力をかけて、決闘自体をなかったことにしようとしているらしいじゃない?」
誰がそんな輩と会いにいくかっての。
「いや、それはあくまで噂……」
「そんな噂が立っている時点でもう手遅れでしょうに」
もしも私が生徒会長と会談をした後に支部長が決闘の条件を取り下げたとしてもよ。
それは、生徒会長が決闘の勝者に圧力をかけたって噂を補強するだけじゃない。
で、生徒会長の権限でそれが通るという前例を作ってしまえば、今後学校内での【決闘】に意味がなくなってしまう。
所詮は学校っていう小さな社会でしか通用しないルールだけど、ルールはルール。
それもギルドの関係者にとって都合のいいルール。
そんなルールがなくなったら困るのは誰? って話よ。
ギルド関係者でしょう?
ここまで考えが至れば、学校内で急速に生徒会長の悪い噂が流れている理由もわかる。
黒羽なんたら君の行いを糾弾し『弟の管理ができていない姉』というレッテルを貼り。
私たちを呼び出したことで『決闘の結果を捻じ曲げようとした』と噂を流し、生徒会長を失脚させようとしているヤツがいる。
多分同じ生徒会の役員か、調査を行う風紀委員会あたりかしらね?
だから現在生徒会近辺ではギルドの関係者同士による権力争いの真っ最中ってわけ。
尤も、生徒会長側が不利過ぎて”争い”にはならないかもしれないけど、それは私の知ったことじゃない。
ていうか。
「アンタたち、他人の心配している余裕なんてあるの?」
「は、はぁ?」
スズキだかサトウだかタナカだか知らないけど、取り巻き風情がいい加減馴れ馴れしい。
「先輩方が、今まで黒羽君がやらかしたことを調査しているんでしょう? 彼の傍にいて甘い汁を吸っていたアンタらだって無関係じゃないでしょうに」
「「「あっ!?」」」
学校にきてから一か月と少ししか経っていないけど、こいつらって悪い噂しか聞かないんだよね。
商人とかの所謂”外れジョブ”と言われる人たちに対しての暴力に始まり、ダンジョンでのカツアゲや、性的なあれこれとかさ。
この短期間でよくもまぁやったもんだと感心するレベルでやらかしているわよね?
今まさに生徒会長の足を引っ張ろうとしている連中が、こんな格好のネタを見逃すはずがない。
教師陣だって黒羽なんたら君という――正確には彼の後ろにいた父親だけど――庇護者がいなくなった今、好き勝手やっていたこいつらを護る理由がない。
つまり、このままならこいつらも加害者として訴追されるのよね。
「お、俺たちは脅されて……」
「そ、そうよ。やりたくてやってたわけじゃ……」
「黒羽君がやっていたことで、俺たちは無関係だ!」
「私に言われてもねぇ」
カメラには支部長が【行商人】だって報告したときのしたり顔とか、決闘が成立したときに見せた情欲交じりの顔がはっきりと映っていたんだけど?
あれを見た人たちが『こいつらは無関係だな』と判断してくれるとは思えない。
むしろ、なにかしらの裏取引もなしにそう判断するようなら、調査員の正気を疑うわ。
ついでに言えば、こいつらってこの学校に入る前から悪事を働いていたと思うのよね。
妙に手慣れた感じがしたし。
だから、これからこいつらを待っているのは、学生に対する風紀委員による懲罰なんて『子供の遊び』ではなく、道を外れた探索者に対する『社会からの制裁』になる。
それをどこまで理解しているのかは知らないけど、ともかくこいつらはもう終わり。
「ま、貴方たちだっていままで散々黒羽君のお陰で甘い汁を吸ってきたんでしょう? 最後くらい責任を取ってちゃんと黒羽君と一緒に堕ちなさいな」
親切にそう吐き捨ててあげれば、三人は顔を真っ青にして教室から出ていった。
これからHRなんだけど、連中はどこにいくつもりなのやら。
まぁ連中がどうなろうが私には関係ないけどね。
そう思っていたところ「ん? なんだ今の連中? 顔色悪すぎない?」なんて言いながら一人の男子生徒が教室に入ってきた。
離れていてもわかるあの胡散臭いSilhouette。
あれは紛れもなく支部長さんだ!
「おはようございます!」
「あぁ、はい。おはよー。今日も元気そうだね」
「はい!」
ヨシ! 今日はちゃんと普通に挨拶ができました!
いやー、前回は変なのがまとわりついて大変でしたからね!
今回は支部長さんが来る前に面倒な連中が消えてくれて本当によかったです!
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