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幕間➀ 黒羽家の凋落・序

三〇〇〇ポイント超えたのが嬉しかったので、予定になかった幕間を投下です。

「不信任決議に賛成が七割。これが今のお前に対する生徒の評価だ。……下手を打ったな」


風紀委員長である藤原から手渡された書類には、大きく【不信任】と書かれていた。


「そんな……どうしてこんなことに……」


去年の秋口に行われた選挙に於いて大多数の信任を得て生徒会長になった才媛、黒羽輝夜(かぐや)は今、かつて己を信任してくれた生徒たちの手によってその立場を失おうとしていた。


頭も良い。運動神経も良い。探索者としての実績もある。ついでに見目も良い。

そんな彼女が追い詰められているのだ。

普通であれば誰かしらが手を差し伸べていただろう。


だが、輝夜の周囲には、彼女に手を差し伸べる者はいなかった。

それどころか、今まで味方だと思っていた者たちまで敵に回っていた。


「どうしてって、自業自得でしょうに」

「切っ掛けはアレだが、アレを制御できていなかった時点で、な」

「弟を導けない者に生徒の代表は務まらない。まぁ妥当な意見ではある」

「その弟さん。聞くところによると、最初は決闘に勝ったら自分がスカウトした女性を奴隷にしようとしていたそうですね? それは相手に諭されて取り下げたそうですけれど、その後も女性であれば色々と看過できないような言葉を投げ付けていたとか? 一体何を考えているのでしょうか。姉として、いいえ、同じ女性として恥ずかしいとは思いませんか?」


風紀委員長はもとより、副会長も、会計も、書記もここぞとばかりに彼女を攻め立てる。


「くっ!」


返す言葉もないとはこのことか。


確かに弟の教育には失敗した。

というか、自分が関われば逆効果だと思って敢えて距離を置いていた。


その結果が『決闘で勝ったら同級生の女性を奴隷にする』という、常識も法律も無視した妄言である。


生徒会長としても、もちろん姉としても女性としても許しがたい言動である。

赦されることなら自分が折檻してやりたいくらいだ。


というか、する。


既に弟を半殺しにすることを心に決めてはいるものの、折檻云々はあくまで彼女の家の問題である。


学校に通う生徒たちにはなんの関係もないことだ。


そして過ちを犯したのは彼女の弟だけではない、彼女本人もまた過ちを犯していた。


「相手を校内放送で呼び出そうとしたのは致命的な失敗だったな」


「それは……」


今となってはそれが教師の怠慢か、はたまた見学者として訪れていた者の怠慢だったのかは不明だが、輝夜が騒動のあらましを知ったのは件の決闘が終わってからのことであった。


報告を受けた彼女はその日のうちにできる限りの情報を集め、次の日には謝罪と話し合いの場を設けた。あとは相手を席に座らせるだけ。そう思って呼び出しをかけたのだが……。


それが致命的な誤りだったと気付いたのは『件の決闘相手は休みを取っている』と報告をしに来た生徒の眼に、侮蔑の感情が宿っていることを感じ取ったときであった。


「そもそも呼び出してどうするつもりだったんだ?」

「私たちもその場に呼ばれていましたよね?」

「噂では生徒会が圧力を掛けて決闘の条件をうやむやにしようとしたと言われていますけど?」


「そんなことをしようとは思っていません! あくまで話を聞いてから交渉をしようとしただけです!」


流石にその勘違いは看過できない! 

そう思って反論した輝夜であったが、それが相手の理解を得られなかったことは明白であった。

それどころか彼女の反論を聞いた周囲の者たちは嫌悪感からか皆が眉を顰めているではないか。


「えっ……と?」


周囲の反応が理解できない。

そんな表情を見せた輝夜に答えを示したのは、先ほどから率先して輝夜を責め立てている藤原であった。


「黒羽。それを圧力というんだ」


「……え?」


「え? ではありません。普通に考えればわかるでしょう?」

「だな。入学したての一年を生徒会室に呼びつける。それだけでも十分な圧力だ」

「その上、言うに事を欠いて”交渉”ときましたか。もし私たちがその場に同席していたら、私たちも貴女の同類と思われていたわけですね」


ぞっとします。と言いながら冷たい目を向ける書記の森近。


彼女の眼には自分を巻き添えにしようとしていた輝夜への憎悪が宿っていた。


「あっ……」


事ここに至っては輝夜も理解せざるを得ない。


自分の行いは自分だけでなく、彼ら彼女らの尊厳をも貶めかねない行為だったのだ、と。


仲間と思っていた相手を先に裏切ったのは自分なのだ、と。


「……ごめんなさい」


「俺たちに謝罪されてもな」


「……そうね」


「とりあえずはこの不信任案をどうするか、だ。認めて辞任するか?」


「……えぇ。今の私がこの席に相応しいとは思えないし、もし嫌だといっても辞任させられるんでしょう?」


「まぁこの数字ではそうなるだろうな」


「ならしょうがない、いえ。しょうがないというのは失礼か。私と弟が取った行動の責任を取って辞任します」


「そうか」

「そうするしかないでしょうね」

「流石に庇いきれん」

「弟さんよりは潔いようで、なによりですわ」


「……」


言われたい放題だが仕方がない。

全ては自分と弟が蒔いた種だ。


さらに、ここで自分が地位に固執してしまえば、学校内の権益を巡ってギルドの関係者同士が争うことになる。それは避けなければならない。絶対にだ。


故に非難は甘んじて受け入れるしかない。

そもそも隙を作った自分が悪いのだ。


自責の念に駆られて俯いてしまった輝夜は気付かない。


同期の出世頭であった輝夜を追い落とすことに成功した藤原たちの表情が愉悦に歪んでいることを。


決闘が終わってから噂が広まるのが早すぎたことを。

不信任決議案が提出され、その案に七割もの生徒が賛成した裏を。

自分の悪評を流し、生徒を扇動した存在がいたことを。


それが、目の前にいる連中だということも。


輝夜は何一つ気付かないまま、生徒会長を辞任する旨を記した書類にサインした。


仲間? そう思っていたのは輝夜だけだ。


そもそも、将来世界で最もドス黒い悪の組織であるギルドの幹部になることを求められている彼ら彼女らに、仲間意識などあろうはずがない。


彼女の周囲にいた者たちは誰もが輝夜を追い落とすか、それができなければ輝夜が生み出す甘い蜜を吸おうとしていた連中なのだから。


黄昏よりも昏い闇よりも真っ黒な腹に、それと同じかそれ以上に真っ黒な一物を抱えている彼ら彼女らの目的はさておくとして。


この会合が行われた翌日、探索者学校では生徒会長黒羽輝夜の辞任と、新たな生徒会長を選出する選挙が行われることが発表された。


それは件の決闘が行われてから僅か七日後のことであったという。


愚かな行為の代償は滅び。


とある人物の記憶の中では、一五年後も強い権勢を誇っていた黒羽家。


彼らの凋落は未だ始まったばかりである。



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