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31話 いともたやすく行われたえげつない行為

「なんだお前は。関係ないヤツは引っ込んでろ」


最初になんと声をかけようか? なんて考えていたら、向こうから実にわかりやすい態度をとってくれた。


こちらからすればありがたい話なのだが、彼は馬鹿なのかな?

まぁ相手が馬鹿なら利用するだけなんだが。


「あれ? もしかして君って頭が悪いのかな?」


「はぁ!?」


いきなり頭が悪い扱いされたらそりゃ怒るわな。でもねぇ。


「目の前で見ていただろう? 彼女が挨拶をしてきたから俺は返事をしたんだよ。お互いに挨拶を交わすことに何の問題があるんだい? まさか挨拶するにも”自分の許可がいる!”なんて主張するわけじゃないだろう?」


「あぁぁ!?」


勢いで誤魔化そうとしている?

いや違うな。語彙力がないだけか。


「それにね、君は目も悪いだろう」


これは親切問題だぞ。

気付くことができるか?


「てめぇ! さっきから何様の……「く、黒羽さん!」……あぁ?」


お、本人は気付かなかったけど、取り巻きの一人は気付いたようだ。

判定は、ギリギリセーフってところだな。


「あれ、Bランクのクラン、龍星会のバッヂですよ」


「……Bランク?」


ぼそぼそと語りながら二人は俺の胸元を見て、俺に後ろ楯があることを理解してくれたようだ。


そうじゃないと追撃できなかったから助かったよ。


「そういうこと。で、彼女も俺と同じクランに所属しているんだけど?」


「はぁ? ……ちっ」


俺が親切に教えてあげると、黒羽くんは奥野の胸元を見て同じバッヂがあることを確認したようで、これ見よがしに舌打ちをした。


些か態度が悪いが、やんちゃ盛りの学生ならこんなものだろうな。


「というわけで、俺と彼女は無関係ではない。それどころか君たちの方がウチのクランに所属している探索者を引き抜こうとしていたわけだ。それは止めなきゃ、ねぇ?」


クランは大人のビジネス。

学生の遊びとは違う。


大人を誘うならそれなりの手続きというものがあるのだ。


「……そうかよ」


ルールに抵触しているのはお前だと伝えれば、自分のしていることの拙さが理解できたのだろう。

一気に大人しくなる黒羽君。


うんうん。悪ぶってはいるが、最低限のルールは理解しているようでなによりである。


「君たちと龍星会の利害関係が把握できない以上、パーティーを組むのは当然認められない。だから彼女とパーティーを組むのは諦めてほしい」


無礼を働いた子供を諭して赦す。

これこそ大人の対応。これにて一件落着。


そう自画自賛していたところ、別の取り巻きが黒羽君にすり寄り始めたではないか。


何かあるのだろうか?


「黒羽さん……」

「……今度は何だよ」

「あいつ……」

「……へぇ」


なんとなしに見ていると、何やら勝ち誇ったような顔をする黒羽君。


どうも感情が表に出やすい性格のようだ。


今まで我慢という我慢をしてこなかったのだろうか?


つーか黒羽って名前とあの顔。

どこかで見たような…………あぁ、思い出した。


黒羽って俺を使って荒稼ぎしていたギルド役員の一人じゃねーか。


もしかしてあいつの子供か? 


そういえば子供が優秀だとか自慢されたことがあったような気がしないでもない。


でもそれは娘だったような……あ、つーか、黒羽って今の生徒会長だったわ。


なるほどなー。そら自慢もしたくなるわな。


息子については一言もなかったが、コレなら納得だ。


当時の俺がいくら体のいい実験動物でも、ギルドナイトとして恥じない実績がある相手に、こんな、自分の感情を誤魔化すこともできないボンクラを自慢する気にはなれなっただろうよ。

父親もギルドの上役らしく自分の感情を隠すのは上手かったし。


というか、もしこの黒羽君が彼の子供なら、こいつは現時点で親にかなりの迷惑かけているのではなかろうか?


無能な息子なんて存在自体が出世に響くだろうし。

揉み消すのもただじゃないからな。


ヤツがどうなろうがどうでもいいけどな。


で、黒羽君はギルドのお偉いさんの子供で生徒会長の弟だから今まで我儘し放題だった。

だから表情を隠せないって?


くその言い訳にもなりませんねぇ。



あと、もう一つ思い出したぞ。

こいつだろ。最初に彼女を嵌めたやつって。


確か偽物だか品質が悪いポーションで釣られて、その後は使われるだけ使われて捨てられたって話だったか。


そう考えると、なんかムカついてきたな。


いや、彼女との出会いを考えれば、ある意味では彼のおかげで出会えたと言えるかもしれんけど……さすがに幼気(いたいけ)な少女を騙して借金漬けにするような輩に感謝するつもりはないぞ。


さて、そうなると俺が取るべき行動はなんだろう。


”復讐”とは少し違うわな。なら”教育”か?


うん。そうだな。

どうせこいつが地獄に落としたのは彼女だけじゃないんだろう?


なら今のうちに身の程をわからせて、妙な真似ができないように”教育”してあげることこそ、彼や彼の周りの人間のためになるのではなかろうか。


ついでに、あくまでついでに、俺がすっきりするのではなかろうか。


方針は決まった。ならば次はそれをどうやって叶えるか、だ。


向こうがルールに納得して退いた以上、こちらから追撃を仕掛けることはできないからな。


普通ならこれから色々罠を仕掛けて彼をその気にさせる必要があるんだが……今回は大丈夫そうだな。

だって、彼ってばなんかとっても悪い顔をしているんだもの。


「お前、商人なんだってな?」


「ふむ。それがなにか?」


職業が分かったところでナニカ関係があるのだろうか?


「ははっ。おいおいお前ら、聞いたかよ?」


「「「ハハハ」」」


そう思っていたのは俺だけのようで、俺の職業が明かされると同時に、黒羽君とその取り巻きたちが笑い出した。


さっと見回してみると、今まで周囲で成り行きを見守っていた生徒たちも、なにやら嘲笑するような雰囲気を醸し出しているではないか。


なるほどこれが【商人】に対する差別か。

学生特有の同調圧力が加わって、何とも言えない空気になっているのがわかる。


まぁ、だからなんだという話だが。


「それで? 俺が商人だからといって君にナニカ関係でもあるのかい?」


「はぁ? 商人如きがなに粋がってんの? 身の程をわきまえろや」


「身の程、ねぇ」


「……なんだその態度は」


「いや、俺の職業がなんであれ、君が偉くなるわけでもなければ、君が強くなるわけでもない。俺が彼女と同じクランに所属している事実も変わらない。だから『彼女の勧誘は認めない』っていう結論も変わらない。ほら、さっきまでと何が違うのかなって思ってさ」


実際なにも変わっていないんだよなぁ。

でもこういう人間はそれを認めないよな?


「ちっ。虎の威を借る狐が。クランに所属しているからって偉そうにしてんじゃねぇぞ」


よし、ここだ。


「ははっ」


「何がおかしい!」


「あぁ、失礼。お父さんがギルドの役員で、お姉さんが生徒会長である君が言うと説得力があるなぁって思ってさ」


「てめっ!?」


「でもね? 偉いのはお父さんとお姉さんであって君じゃないんだよ。彼ら彼女らと違って君は普通なんだから、ご家族に迷惑をかけないように大人しくしていた方がいいんじゃないかな? 多分向こうもそう思っているだろうしね」


「ッッッ!!!」


言葉にならない、か? 

でもまだ足りないな。


「さっきは子供のすることだと思って見逃したけど、ここまで子供だと逆に教育しないと駄目だよね?」


「だから一つ、君にいいことを教えよう」


「悪いことをしたら謝る。これは探索者がどうとかは関係ない。社会の常識だ」


「さっきの君たちは探索者としてのルールに背いていた。知らなかった? 関係ない。彼女はちゃんと胸にバッヂを付けていた。それを見落とした君たちが悪い」


「だから君たちは俺と彼女に謝罪をしなくてはならない。『クランに所属している人を誘ってすみませんでした』と。『社会のルールに逆らうつもりはなかったんです』と。『馬鹿で注意力が足りない無能ですみませんでした』と」


「それで俺たちは赦してあげよう。だって君たちは、君は普通の子供なんだから。お父さんとお姉さんの威光がなければ何もできない子供なんだから。そんな子供相手に本気で怒っても意味がないから」


「だから『謝れ』。自分がやったことの責任は自分で取れ。それでこちらは水に流そう」


「もし謝罪しないなら、今回の件はクランを通じてギルドに報告させてもらう。内容は、そうだな。『役員の子供がその父親の権力を利用してクランに所属している探索者を引き抜こうとした』でどうだろう? 君のお父さんは困るだろうね。偉いといっても敵は多い。今回の件は君のお父さんの足を引っ張りたい人たちからすれば格好の口実になる」


「お父さんは関係ないと思うかい? でもね。子供のしたことの責任は親が取る。それが社会というものだ。それがルールというものだ。もしお父さんを巻き込みたくないなら、君が『謝れ』。今すぐ、ここで。あぁそうだ『僕が馬鹿でした。お父さんを巻き込まないでください』ってのも追加してもらおうかな」


さて、これくらいでどうだ?

謝ったら水に流すのは本当だぞ。

だって俺は大人だから。


まぁここまで言われて謝れるような性格をしていたら、あの父親も一定の評価をしていただろうけどな。


「…………だ」


「ん? 声が聞こえないなぁ」


「……とうだっ!」


「聞こえないなぁ。もう少し、大きな声で、はっきりと言ってもらえないかな?」


「決闘だっ!」


はい。釣れた。



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