29話 チート探索者の謎
「カチコミだと思ったら面談でしたってか? 馬鹿どもが。……まぁ気持ちはわからんでもねぇけどよ」
焦った部下から『カチコミです! ヤバいのが来ました!』という報告を受けて戦闘準備をしていたものの、玄関に向かった美浦から『松尾さんでした』という報告を受けた但馬が発した第一声がこれであった。
但馬たちだって、初対面で彼が威圧を振りまいていたらカチコミだと思っただろうから強くは言えないが。
というか、実際初めて松尾篤史を見た美浦は本気でそう思っていたまである。
しかしながら、幸い松尾篤史という男は話が通じる人間であった。
自分の強さに確信があるというか、金持ち喧嘩せずというか、とにかくむやみやたらと暴力を振るう人間ではないことは最初の会話でわかっている。
そういう点では喧嘩っ早い藤本興業の社員のほうが物騒であると言えるだろう。
だが、大人しかろうが話が通じようが相手がその気になれば自分たちなど鎧袖一触で殺されてしまう事実に変わりはないわけで。
猛獣の横でのんびりできるのは同じ猛獣だけ。
相手がどれだけ大人しい存在だろうと、人間に過ぎない彼らが虎やライオンを恐れるのは当然のことなのだ。
「はぁ」
これから猛獣と面談しなくてはならない但馬の表情は決して明るいものではなかった。
例えるなら、日曜に休日出勤させられた挙句に長時間の残業をさせられることを覚悟したサラリーマンのような悲壮ささえ漂っていた。
―――
「で、その娘さんが例の新入りさんかい?」
(これまたとんでもねぇのを連れて来やがったな)
但馬は驚愕していた。
もともと『あの松尾がスカウトするくらいだからタダモノではないだろう』とは思っていた。
だが、彼女がその身に宿す暴力の気配は、あらかじめ但馬が想定していたモノを遥かに上回っていた。
「はい。奥野せらさんです。俺と同じ学校に通う同級生なんですよ」
「奥野です! よろしくお願いします!」
「あぁはい。ヨロシク。あぁ、別に緊張しなくていいからな」
(威圧がきつい。そもそもなんでそっちが緊張してるんだよ!)
軽い口調で言っているが、内心では切実だった。
本気で威圧を緩めてほしかったが故の言葉だった。
「は、はい! ありがとうございます!」
「……いいってことよ。これから俺らは同じクランに所属する仲間になるんだからな」
「そ、そうですね!」
(大人に緊張するのは学生らしいっちゃらしいが、実力差を考えろや。まったく。今の学生はどうなっていやがる)
これが学生の基準なら龍星会など今年中に吹っ飛ぶぞ。
危機感を抱きつつも、彼女に対して『自分は仲間だ』と刷り込む但馬。
流石の危機管理である。
それはそれとして、奥野が挨拶をして、但馬が認めた。
この時点で今回の面談の目的は果たされたと言えるだろう。
「そんじゃ今日はこんなところで……」
学生なんだからこれから遊びにいけ。そう言って面談を終えようとした但馬であったが、そうは問屋が卸さなかった。
「実は俺からも但馬さんにお話がありまして。時間は大丈夫ですか?」
「……大丈夫だ」
正直に言えばさっさと帰ってほしかった。
相手が学生だというから気を使って『土曜か日曜に来い』と言っただけで、本音を言えば但馬だって日曜に仕事をしたいわけではないのだ。
だが、初対面で一〇億円を超えるシノギを持ち出してきた少年から『話がある』と言われては断れない。
但馬の勘も『絶対に話を聞いたほうが良い。というか聞け』と警鐘を鳴らしていたこともあり、但馬は素直に話を聞くことにしたのであった。
―――
特に何事もなく面談が終わったことはよかった。
誤算があったとすれば、但馬さんから何度か「一般社員でいいのか? 係長は無理でも主任くらいにした方よくないか?」と言われた際に、役職に伴い看板代という名の年会費が増えることを知った奥野が「今はまだこのままで大丈夫です」と言って断ったことくらいだろうか。
俺としては奥野が昇進することに文句はないのだが、まぁ昇進したいと思えばいつでもできるからな。
その辺は後でもいいだろう。
で、面談が終われば俺の用事である。
まずはドロップアイテムの買い取りから。
「まずはこちらを見てもらえますか?」
「……でけぇ金棒、だな。こいつは?」
「昨日までのダンジョンアタックで入手した【黒鬼の金棒】です。そのまま使うも善し、溶かして武具の原料にするも善し。ギルドでは大体三〇〇万で買い取りしているみたいです」
「あぁ。名前だけは聞いたことはある。三一階層以降に出てくる黒鬼が落とすドロップアイテムだな。そうか、こいつがソレか」
「はい。こちらを但馬さんにお売りしたいんですけど、いくらで買ってもらえますか?」
「ちょっと待ってくれ。……黒鬼の金棒の市場価格は一五〇〇万から二〇〇〇万で、加工した武器は二〇〇〇万から三〇〇〇万、か。うちなら一〇〇〇万円ってとこだな」
「ではそれで」
「いいのかい? 俺らとしては助かるが」
「構いませんよ。それ以上の武器を持っていますから」
「……そうかい。そんならありがたく買わせてもらおう」
「毎度どうも。それとついでに魔石をいくつか買い取ってくれませんか?」
「魔石か。あいにく販路がねぇ。ギルドに直接持っていくのは駄目なのかい?」
「学生が持ち込めるようなモノじゃないですからねぇ。ギルドから入手経路とか確認されるのが面倒でして。龍星会で売りに行くときにまとめて持って行ってもらいたいんですよね。もちろんその分の手数料は差し引いてもらっても構いません」
「……別にいいけどよ。しかしアンタのギルド嫌いも相当なもんだな」
「但馬さんも嫌いでしょう?」
「まぁな」
事実上の独占だからな。
そのうえで自分たちが有利になるよう好き勝手にルールを定めてくる相手だ。
好きになれるはずがない。
そんな但馬さんに朗報である。
「ギルドの話が出たので本題に入ります」
「ほう? てっきり素材の買い取りが目的かと思ったが」
「それもありましたけど、本題はこちらです」
「指輪?」
「あ!」
そういって見せるのは二種類の指輪である。
奥野が大きな反応をしたが、それも当然だろう。
これこそ俺のチートを支える片鱗なのだから。
「こちらが【全能力を+一〇〇する指輪】で、こちらが【レベルアップ時のステータス上昇値を二〇%高める指輪】です」
「なっ!」
驚愕に目を見開く但馬さん。無理もない。こんなのがあるなんて想像すらしていなかったのだろう。
実際俺たちギルドナイトの面々も倍加させる指輪を見つけるまではそうだったし、その後も「上昇値を倍増させる指輪があるなら五〇%とかのもあるのでは?」と思って探したことがあるが結局見つからなかったからな。
まさか一五階層の宝箱の中にこんなのがあるとは思わんよ。
そう、この指輪は金曜日に回収した宝箱の中に入っていたモノである。
ちなみに宝箱の中に入っているモノの数は、パーティーメンバーが五人以下なら五個。
六人以上なら六個で固定されている。
このことからギルドは『ダンジョンが推奨するパーティーの人数は五か六人』と考察していたが、実際のところは不明である。
ダンジョンの思惑はさておき。
今までは上昇値を倍増させる指輪しかなかったため他人に見せないようにしていたが、これなら問題ないと判断したわけだ。
入手経路も説明できるしな。
もちろん能力を上乗せする方は但馬さんにしか貸す気はないので見せるのは一つだけだが、これも問題はあるまい。
但馬さんが荒くれ者を率いるなら、彼が最強でなくてはならないだろうからな。
「入手経路については、まぁ秘密ってことで勘弁してください。とりあえず但馬さんや但馬さんが選んだ社員さんにこれを使ってレベリングをしてほしいんです。そうすれば龍星会はAランクを狙えるクランになる。違いますか?」
「……違わねぇ」
そりゃそうだよな。奥野にも同じ説明したが、実質ステータスを一〇レベル分上乗せする指輪があれば、現在の到達階層である三〇階層は間違いなく突破できる。
そのうえでレベルアップ時の成長量を増やしてくれる指輪があれば、これまで以上に効率的なレベリングが可能になるからな。
パワーレベリングにならないよう注意は必要だが、その辺のさじ加減は俺よりも但馬さんの方が知っているだろう。
そんな感じでクランの面々を底上げをして、中層なんかじゃなく下層をメイン狩場にしてもらいたいのだ。
下層でのレベリングと素材回収が安定してできるのであれば、それは立派なAランククラン。
龍星会に入る金は増えるし、それに伴ってギルドも簡単にはちょっかいをかけられなくなる。
もちろん俺も下層で採取できる素材を売りやすくなる。
クランもうれしい、俺もうれしい。
ギルドは独占状態にメスを入れられる形になるが、そもそも下層の素材が不足しているので、今のままでは顧客からクレームが入りかねない。それを改善してもらえるのだから、むしろありがたく思ってほしいくらいだ。
つまり俺とクランと顧客、三方善しの関係を構築するための一手ってわけだ。
「なるほどな。これがアンタの強さの秘密ってわけか」
「そういうことですね」
嘘ではない。片鱗だし。
もともと但馬さんだって、学生の俺たちが異様に強い理由を不思議に思っていたはずなのだ。
そこに答えを上げた形である。
何のためにって? 信用を得るためだよ。
あとクランに所属している連中の力を底上げすることで、ギルドからの干渉を防ぐってのもある。
本来はもう少しあとになってから見せる予定だったが、ちょうど二〇%アップの指輪が手に入ったからな。信用と強化。この二つを両立させるにはいいタイミングだと思う。
問題が発生するとすれば、ギルドナイトを始めとした他の探索者が五〇階層を攻略して【ステータス上昇値を倍増させる指輪】の存在を広めてしまった後だろうか。
まぁ数年は無理だろうがな。
その間にパーティーメンバーを集めて強化しておけば問題はない。
さしずめ、上昇の補正なしで育った探索者が第一世代。二〇%の上昇補正で育った探索者が第二世代。倍増で育った探索者が第三世代ってところだろうか。
第二世代の探索者を量産して天下を取り、第三世代の探索者が出てくるまでに看板を大きくする。
そのあとはしたり顔で第三世代に合流して稼げばいい。
これで龍星会は少なくとも一五年は業界のトップにいられると思う。
そんな明るい未来を想定している俺だが、指輪を見つめる但馬さんの表情は硬い。
はて、なにか問題でもあったのだろうか?
「この指輪を使わせてもらう前にアンタの狙いを聞きてぇ」
「狙い、といいますと?」
ギルドに茶々を入れられない明るい未来が欲しいだけですが?
「これを俺らに預けてどうするつもりだ? 最終的にアンタが乗っ取るのか?」
あぁ。そういうこと。
「そんなことしませんよ。組織の運営なんて面倒くさい。そういうのはやりたい人がやればいいんです」
「……アンタほどの実力者が俺らの風下に立つことに納得できるのかい?」
「問題ありませんね。俺が考えるに、組織のトップは最強である必要はありません。一番運営手腕がある人がやればいいんです」
ゲームの魔王のように、最強の存在が最後まで残っても意味はない。
魔王が動くとき組織はもう終わっているんだからな。
「もちろん阿呆な上司が誰もが阿呆だと判断するような命令をしてきたら後ろから撃つかもしれませんが、それなりに好きにさせてもらえるなら問題ないですよ」
「それはそれで問題なんだがな……」
まぁね。但馬さんからすれば『舐めた真似したら下剋上するぞ』って宣言されたようなもんだからな。
でもそれは、荒くれ者が集う組織を束ねる上で避けては通れない問題なのではなかろうか。
「看板は大きく綺麗なほうが良い。それだけですよ」
吹けば飛ぶような看板じゃあ意味がない。
俺からはそれだけだ。
「……はぁ。とりあえずは納得した。この指輪はいくつある?」
「ステータスを+一〇〇させる方は、全部で三個ありますが、俺と彼女が装備しているので但馬さんに渡せるのは一個だけですね。上昇値を高める方も五つありますけど二つは俺たちが使うので三つになります」
「そうか。そうだろうな。で、いくらでなら売ってくれる?」
「上昇値を高める方は、二〇%ですから切りのいいところで一つ二億円でどうでしょう? ステータス+一〇〇はさすがに値段が付けられないので、レンタルってことにしてもらえると助かります。月一〇〇〇万円くらいですかね?」
「に゛!?」
「……おいおい、さすがにそれは安いんじゃねえか?」
「大丈夫ですよ。ねぇ奥野さん?」
「くぁwせdrftgyふじこlp」
「大丈夫には見えねぇが……」
「ははっ」
いきなり言語中枢がイカれた少女を見て不安に思うのはわかる。
だかそれは勘違いだ。
彼女は一個で二億という値段が”高すぎる”と思って驚いているだけなので安心してほしい。
結局、但馬さんは指輪を三つお買い上げし、レンタルについても承諾してくれた。
ただし、代金はすぐには出せないらしく、前回売ったハイポーションの売り先が決まってからにして欲しいとのことであった。
こちらとしてもいきなり六億円用意するのが大変だってことはわかるし、そもそもそれほど急いでいないので問題はない。
問題があるとすれば。
「ろくおくえん? とりぶんは六:四だから、におくよんせんまんえん?」
一〇年間彼女を縛れるはずだったローンが、早くも一括で返済されてしまうことだろうか。
契約上三年は拘束できることに違いはないのだが、さて、どうしたものか。
ちなみに金棒やら魔石やら素材も売ったので彼女の取り分にあと数百万円ほど上乗せされるのだが、今はまだ黙っておこうと思う。
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