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24話 地獄への道は悪意で塗装されている

内密さん?

……知らない人ですね。(知らないとは言っていない)

宝箱。


ゲームや小説では何故か普通にダンジョンの中に存在し、中にはそれこそどこでも買えるようなアイテムが入っていたり、そうかと思えばボスを倒すために絶対に必要なアイテムが入っていたりする不思議な箱である。


ダンジョンが出現した当初からその存在は確認されており、あからさまな外見はもとより中身についても世界中で『珍しいモノが入っているかも!』だとか『凄いモノを手に入れたぞ!』なんて情報が飛び交い、一時は【夢の結晶】とまで謳われたことがあるほどメジャーで、そして世界中の探索者がダンジョンでソレを見つけることを夢見た不思議な箱。 


それが宝箱だ。


だが、そうやって探索者たちが目の色を変えて追い求めたのも今は昔の話。


現代に於いて宝箱は蛇蝎の如く嫌われているブツである。

それこそ商人ジョブを得た探索者以上に嫌われているブツである。


その理由はただ一つ、宝箱とはダンジョンの悪意を体現した存在だったから。これに尽きる。


それ以上でもそれ以下でもない。


少し考えればわかることだが、ダンジョンが人間のためにアイテムを用意する理由がない。故に宝箱は罠である。証明終了(QED)


これだけでは訳がわからないだろうからもう少し詳しく説明すると、まずダンジョン内に出現する宝箱のうち七割が宝箱を模した魔物であり、残りの三割が致死性の罠が仕掛けられた不発弾のようなモノであることが判明している。


つまり一〇〇%の確率で罠である。


罠付きの宝箱と魔物の違いとして、魔物の場合は周囲に岩やなにやらが残っているが、罠付きの宝箱の場合は周囲が異様なほど片付けられているという特徴があるため、発見した箱がどっちなのかを見分けるのは難しいことではない。


その法則に鑑みれば、今回のアレは周囲が綺麗なので罠付きの宝箱だということがわかる。


宝箱に仕掛けられている罠は悪辣で、内容は主に【石化ガス】や【腐食ガス】といった防ぐことが極めて難しいガス系の罠が多い。だが、稀に局地的な大爆発を引き起こす【爆弾(核熱)】なんてモノもあるそうな。


えげつねぇ。


しかも罠の影響範囲は最低で半径三〇メートルとされている。

畢竟『開けてから速攻で逃げる』なんてことは通用しない。


さらに宝箱に仕掛けられた石化ガスや腐食ガスの効果は強大で、それなりに鍛えた探索者であっても一瞬で全身が石化ないし腐り堕ちるほどの威力を誇っている。


さらにその効果はかつて我々ギルドナイトが六〇階層で得た【状態異常耐性(極大)の指輪】の耐性効果すら貫通するため、実質防御不能の鬼畜仕様。


ついでにいえば、罠の解除が成功したという話も聞いたことがない。ギルドナイトの上忍でさえ無理だった。


そりゃそうだ。鍵の形状も内部の形状もわからないのに内部に仕込まれている罠の解除なんかできるはずがないからな。


故に宝箱とは、開けたら即死まったなしの不発弾なのだ。


えげつねぇにも程がある。


それなら罠が発動した後に別の人間が回収すればいいのでは?


そう思う人はいた。

それを実行しようとした人もいた。


だがしかし、その程度でなんとかなるなら宝箱は世界中でダンジョンの悪意などとは呼ばれていない。


なんとこの宝箱君、開封後周囲三〇メートル以内に生きている人間がいなければ即座に消えてしまうという不思議仕様を搭載しているのだ。


シャイな彼が中身ごと消えるまでの時間は僅か0.5秒。


つまり誰かに箱を開けさせて(罠を使わせて)から、他の誰かが中身を回収するという戦術が使えないのである。


なんと悪辣な罠なのか。


耐性効果がある指輪にわざわざ”極大”と明記されているのも『ただし宝箱の罠を除く』って意味なのではないかと勘繰るレベルだ。


実際俺達はそうだと思っていたしな。


もちろん上記の各種人体実験を率先して行ったのは探索者を護る正義の組織こと探索者ギルドである。


ギルドに騙されて自分が実験に参加していることすら理解せぬまま実験をさせられた可哀想な探索者たちについては『ダンジョンで宝箱を開けたらそうなるに決まっている。自業自得だな』で片付けられているところなんか、もう、な。


正しくギルドの所業。


更にギルドはこれらの研究成果を公表していない。


連中は一貫して『情報の還元? なにそれ。美味しいの?』を地で往くストロングスタイルを貫いていた。


悪辣すぎる。

お前らの血は何色だ。

組織だから血は流れてなかったわ。

だからあんなことができたんですね。


そうそう。黎明期に飛び交ったという『凄いモノを手に入れたぞ!』という噂があったな?

あれは嘘だ。


今では宝箱の中身や箱そのものを欲していたとある企業が、出来る限り探索者たちに宝箱を回収させようとして流したプロパガンダであることが判明している。


人の心ないんか? 

企業だからあるわけないよね。

あったらあんなことしないもんね。


『ダンジョンよりも宝箱よりもお前らのほうが怖いわ』


などと突っ込んだのはいつのことだったか。


だがしかし。艱難辛苦を乗り越えた今の俺には、ギルドや企業ならまだしも宝箱ごときに怯える気持ちなど微塵もない。


むしろ「遭遇できてラッキー」と思っているくらいだ。


だがそう思っているのは俺だけのようで。


「支部長、アレ、どうします?」


宝箱を発見した奥野はめちゃめちゃ警戒しながらそう聞いてきた。


さもありなん。


あの宝箱野郎は、俺たちの進行方向にデデンと鎮座している。


あそこを越えなければ俺たちは奥に進むことができない。


アレを無視して進もうにも、宝箱に備え付けられている罠の効果範囲は最低で三〇メートル。


どう進んでも間合いに侵入してしまう。


その際、俺たちが宝箱を開けようとしなくても、()()通りがかった魔物が()()宝箱を開けてしまえば――魔物が意図的に開けるわけではなく、ぶつかったり躓いたりして開くことがある。探索者が宝箱を無視しようとすればするほどそういう()()が重なる傾向にある――魔物諸共に罠に巻き込まれてしまう。


それらを回避するには、奥に進むのを諦めて上層へ引き返すしかない。


普通に考えればそうだ。

しかし俺は知っている。


宝箱には攻略法があることを。


もちろんそれができるのは俺だけではない。

それこそ、そこそこレベルが高い商人系のジョブを持つ探索者ならなんとかなる程度の対処法だ。


もしかしたら一部の商人は知っているかもしれない。

それが広まっていないのは、偏に【商人】に信用がないからだろう。

宝箱を預けることに対する信用もなければ中身を偽らないかどうかの信用もない。


商人だって、自分が信用されていないことは知っているから、わざわざ公表しない。


そもそも自分で独占すればいいだけの話だからな。


で、俺が知っているということは当然ギルドもこの攻略法を知っていたのだが、例によって連中はこの情報を公表しないことを選んでいた。


なので俺が知る限りでは宝箱から得られるレアなアイテムはギルドが独占していたりする。


クソか。

クソだったわ。


信じる者は損をして、信じさせる者こそが儲かるのが世の摂理。


それを体現していたのが探索者を殺す側のダンジョンではなく、探索者を護る側であるはずのギルドだったってのは些か以上に皮肉が効き過ぎているのではなかろうか。


まったく、探索者は最低だぜ。


いや、厳密に言えば最低なのはギルドであって探索者ではないのだが。


「……支部長?」


おっと。


今日は泊りがけでレベリングをする予定とはいえ、時間は有限だ。ここで止まっている時間がもったいない。


「ちょっと待ってな」 


「はぁ」


じゃけん。あそこに居座る宝箱君をさっさとかたしてやりましょうね。


宝箱の無力化に必要な手順は僅かに三手。


一、宝箱に向かって走ります。


「ほっ!」


「え!?」


二、スキルを使います。


「『収納』」


※収納は手を翳すだけで対象をアイテムボックス内に入れることができる補助スキル。旅人はレベル一〇。商人はレベル二五で覚える。


「えぇ!?」


三、決め台詞をキメて終了。


「ふっ他愛ない」


以上が宝箱への対処方である。


「えぇぇぇぇぇ!?」


この通り、俺にかかれば宝箱ごとき。スッといってギュン! これで終わりなのだ。


あとはこのままダンジョンを出れば、なぜか宝箱が消えて中身だけがルームの中に残るのである。


『中身は諦めた。だが箱だけは絶対に渡さんっ!』っていうダンジョンの意志を感じたね。


これはルームでもアイテムボックスでも変わらない。ダンジョンにまつわる秘密の一つである。


ちなみにこれをアイテムバッグでやろうとすると収納の途中で必ず宝箱が開封されて罠が発動するので、あくまでスキルで収納しなくてはならない。


また、収納系スキルであっても内部の容量が足りない場合は途中で罠が発動するし、肝心の『収納』そのものが商人の場合はそこそこレベルが高くなければ覚えないスキルなので、今の段階で知っている人は限りなく少ないのではなかろうか。


他人のことなんざどうでもいいが。


「これで問題ない。あぁ、もちろんこれも『内密』だぞ?」


「……あぃ」


突っ込みすぎて疲れたのか奥野からはおざなりな返事しか返ってこなかったが、内密にしてくれるならそれで問題はないので、ギルドナイトの連中と違って心優しい上司であるこの俺は、彼女の態度を不問に処すことにしたのであった。



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