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23話 大事なのは心構え

一般的にダンジョン探索は命懸けの作業である。


ダンジョンとは初心者が潜る上層でさえ油断すれば命を失うことになる危険地帯だ。

そんなところに潜るのだから『命懸け』という言葉は決して嘘ではない。

もちろん大げさでもないし、紛らわしくもない。


だからこそ探索者には彼我の戦力差を正しく認識できる眼が求められる。


それは探索者だけの話ではない。魔物にも言えることだ。


結局何が言いたいのかというと。


「ふっ!」


「ガアァァァアァ!!」


”取るに足らない雑魚だと思って近付いた相手が、自分を食い殺す存在だった”なんてことはざらにあるってことだ。


奥野がこの階層に来たときのレベルは六。

対してこの辺の魔物のレベルは一五相当。


彼我の戦力差は圧倒的である。


その上で、どうやら魔物は本能かなにかでレベルの差を把握できるらしく、弱いと思った相手を優先的に狙う傾向がある。実に厄介な生態をしている。


つまるところ、魔物にはレベルが低い奥野のことが餌にしか見えていないようで、遠慮なく近寄ってくるのである。


それを迎え撃つ奥野と言えば。


「次から次に……最高ですね!」


「「「ギャァァァァァ!!」」」


喜び勇んで戦っていた。その顔は笑っているように見える。

いや、事実嗤っているのだろう。


流石は入学して一か月で同級生から【バーサーカー】なんて渾名を付けられた少女である。

格上との戦いに忌避感を抱いていないところなんてまんまその通りだ。


ただまぁ奥野としては相手を格上だとは認識していないだろうが。


それに彼女の気持ちも分かるのだ。


楽しいよね。


自分が強いと勘違いして、ニタニタしながら無防備に間合いに踏み込んできた阿呆の頭を、スイカみたいにカチ割るのって。


確かに奥野と魔物の間には覆しようのないレベル差がある。


素の状態であれば話にならなかっただろう。


実力を弁えずに中層へ挑んだ憐れな探索者の少女は、普通なら魔物たちの餌となって彼らの腹を満たしていたはずだ。


そう。普通ならそうなっていた。

それは間違いない。

だが、現実は逆。

強者であるはずの魔物が一方的に狩られている。


そうはならんやろ? 

なっとるやろがい。


絶対だと思われているレベル差が覆されている原因はただ一つ。

装備の差だ。


レベル差を見抜く魔物の目も、装備に関しては節穴と化す。


そして彼女が装備している武器も防具もアクセサリーも尋常のものではない。

レベルが一〇もあればそのまま二〇階層以降に挑めるような高級品だ。


こうなるとレベルが不足していようが関係ない。

ダンジョン内の戦闘に於いて本当に大事なのはレベルではなく、ステータスと装備であるのだからして。


ついでに言えばここの階層の魔物はオークソルジャーだのダンジョンリザードだのアーマードコボルトだのといった魔法や特殊なスキルを使わず、単純なフィジカルで攻めてくるタイプがほとんどだ。


対して奥野が得た【侍】は、バリバリの物理特化型。

レベルを上げて物理で殴れば勝てる相手にはめっぽう強い。


加えて俺が彼女にステータスアップ系の支援魔法をかけているので、今や魔物と彼女の間にあるステータスの差は歴然。余程油断しないかぎり負けるはずがない状態になっている。


ここまでやればもうパワーレベリングと大差ないといっても過言ではないだろう。


ただし、奥野の方がレベルが劣っているのは事実なので、ダンジョンからパワーレベリング判定は受けていない。実際にステータスが順調に伸びていることは確認済みだ。


尤もこの辺の判定に関しては、記憶の中の俺が六〇階層前後に出現する魔物と戦って実証していたので、心配はしていなかったが。


……ギルドナイトの連中め。自分の体じゃねぇからって好き放題実験に使いやがって。

なにが『将来のための検証』だ。そう思うなら自分の体でやれや。

そんなんだから裏で人格破綻者の集まりって言われてたんだぞ。


何故か俺もその一員として扱われていたけど。

渾名の中に【働きアリ】ってあった時点で人格以前の問題だったと思うけど。


やっぱりギルドはクソだな。滅べ。


「ヨシッ!」


なんて内心でギルドに悪態をついていたら魔物を討伐し終えた奥野がガッツポーズをしている。

あれは魔物に勝ったってだけじゃないな。


「今のでまたレベルが上がったか?」


「はい! 一三になりました!」


「ほほう。三時間足らずで七レベルの上昇か。順調だな」


「はい!」


成長率を倍加させる指輪を装備しているので、ステータス上は一四レベルの上昇に等しい。

元が六だったから足して実質二〇レベル相当のステータスとなる。


ちなみに侍のステータス上昇値は


STR(攻撃力)   14 (10)

DEF(防御力)    4  (6)

VIT(体力)     6  (8)

MEN(精神力)    8  (6)

SPD(敏捷)    10  (7)

DEX(器用)    10  (7)

MAG(魔法攻撃力)  2  (0)

REG(魔法防御力)  5  (3)

合計         59 (47)

※ カッコ内は剣士    


である。


一般基本職である剣士と比べて防御力と体力以外は上回っていることや、上昇値の合計に一〇近い差があることからも、侍がレアなジョブだということがわかってもらえるかと思う。


ちなみのちなみに【侍】や【忍者】は日本の探索者にしか発現しないジョブなので、そういう意味でもレアな扱いをされているそうだ。


ヨーロッパの方では【魔女(ウィッチ)】や【戦乙女(ヴァルキリー)】なんてジョブがあるらしいが、こちらは日本で発現した者はいない。


これが地域性によるものなのか、はたまたそのダンジョン近郊に住まう人間の深層心理的なモノが理由なのかは一五年後の世界でも判明していなかった。いずれ解明されることになるかもしれないが、まぁ今の俺には関係のない話だな。


閑話休題。


元々レベルが六で、ここにきてから七上昇したということなので、現在の彼女の基本ステータスは


         レベル六  レベル一三

STR(攻撃力)   84    280

DEF(防御力)   24     80 

VIT(体力)    36    120

MEN(精神力)   48    160

SPD(敏捷)    60    200

DEX(器用)    60    200

MAG(魔法攻撃力) 12     40

REG(魔法防御力) 30    100

合計        354   1180


となっているはずだ。

これにレベルアップ時の補正が+3ずつ上乗せされるので、合計値に3×12(最初のレベルアップ時は補正がない)で36が加算され、合計値は1216となる。


――補正に関しては、探索者の個性というか切り札的な存在になるので、他人に教えないし、他人も聞かないのが探索者の間で常識となっている――


これに、全能力に一〇〇を上乗せする指輪の効果が加わると、実質三〇レベルに相当するステータスとなる。ここまでくれば相当油断しないかぎり中層では傷を負うことすらない。


「じゃ、そろそろもっと下に行くか」


この辺に出現する魔物と奥野との間に在ったレベル差が少なくなったのでレベリングの効率が落ちるし、なによりダンジョンから”弱い者虐め”と判定されてステータスの上昇値を減らされたり補正が貰えなくなっても困るため、さっさと下の階層に移ろうとしたのだが。


「うげっ!」


心優しい俺の心温まる提案に対する返答は、賛成でも反対でもなく、年頃の女子が出してはならないようモノであった。


まぁ、俺は今更女子に願望を抱いているわけではないからどんな声を聞いても幻滅とかはしないのだが、個人的にはもう少し抑えた方が良いと思うぞ。


ボロは着てても心は錦。

武士は食わねど高楊枝。

家ではオバチャンでも外では奥様。


それが事実かどうかではない。

そう在ろうとすることが大事なのだ。


そんな感じの説教をしようと奥野の方に顔を向けたところ、彼女はもの凄く嫌なモノを見るかのような目でダンジョンの奥を睨みつけていた。


一体なんだと思って視線の先に目を向けてみれば、そこは『ダンジョンの雰囲気なんざ関係ねぇ!』 と言わんばかりに堂々と鎮座する一つの箱があるではないか。


「あぁ、アレか」


稀にダンジョン内に出現するソレ。

明らかに周囲の景色と不釣り合いな、不自然極まりないその箱のことを、探索者はこう呼んでいる。


宝箱(ダンジョンの悪意)、と。


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