22話 勘のいいお嬢さんは嫌い……じゃないよ
またレビューいただきました
ありがとうございます
ギルドナイト流探索者の教育とは、最初の段階で対象を追い込むだけ追い込んで余裕をなくし『云うことを聞かないと死ぬぞ』と思わせ、逆らう気概を無くすことから始まる外道の所業のことを指す。
もちろん俺もその手法は心得ている。
だってやられたし。
だが、俺は連中の一味みたいに見られたくないので、あえて『普通にしていれば大丈夫』をモットーに、親切丁寧を心がけた育成をするつもりである。
よって、真面目な雰囲気になった彼女には真面目に応じるのだ。
「まずは武器。これを貸そう」
取り出したるは黒い鞘に入った一振りの刀。
「これは?」
「黒鬼刀。黒鬼が落とす金棒を溶かして再加工された品だからやや鍛え方が甘いところがあるが、この階層で使うなら十分だろう」
「えと、黒鬼って、何階層に出てくる魔物でしたっけ?」
「三一階層から三五階層だな」
「っ! へ、へぇ」
ちなみに現在の最新到達階層は四三階層なので、三〇階層に出てくる魔物の素材で作られた装備は最高級品には一歩及ばないものの、結構な高級品である。
ちなみのちなみにお値段は三〇〇〇万円と少しくらいする。
「それから防具だが……」
「あ~。さすがにこのままだとは思っていませんけど、まさかここで着替えろっていいませんよね?」
そう言いながらジト目を向けてくるが、彼女は俺のことをなんだと思っているのだろうか。
現在、俺と彼女が着ている防具は学校指定の赤ジャージである。
ただのジャージと侮るなかれ。これは企業が学生を使って実験の成果を確認するため……もとい、探索者である学生が運動するために造られているので、運動性も防御性能もそれなりに高く設定されているのだ。
具体的には、上層の探索ならこれで十分事足りる程度の強度は有している。
そのため俺たちがジャージでダンジョンに潜っているのを見ても心配をする探索者はいなかった。
ただし、ジャージが通用するのは上層、最高で一〇階層まで。
それ以降は通常の装備が必要となる。
そのことを知っているからこそ彼女も”着替え”というワードを出してきたのだろうが、さすがにダンジョンの中層で着替えをさせるような真似はしないぞ。
「それこそまさかだ。これを羽織るだけでいい」
続けて取り出したるは黒光りする羽織のようなモノ。
その形状からジャージの上からでも着れることは一目瞭然である。
「これは?」
「黒蜘蛛の千早。文字通り黒蜘蛛が落とす糸を使って造られた防具だ。軽くて強い」
「……黒蜘蛛って何階層に出てくる魔物ですか?」
「三四階層から三六階層だな」
「……そうですか」
お値段は四〇〇〇万円ほどだろうか。それこそ今のギルドナイトが装備していてもおかしくない代物だ。
「で、ここからが絶対に知られてはいけない装備になる」
「まだあるんですか!?」
「そりゃあるよ」
今までのは高級品ではあるが今の段階でも手に入らないモノではないからな。
所持しているからと言って速攻で国に拘束されるレベルではない。
問題の品。それはもちろん。
「指輪、ですか?」
「あぁ」
そう、指輪である。もちろんレベリングに必須のアレである。
「こっちが【ステータス成長率倍化の指輪】で、こっちが【全ステータス+一〇〇の指輪】だ」
「は?」
「存在自体ギルドでもほんの一握りの連中しか知らないブツだ。これを持っていると知られたら殺してでも奪い取ろうとする連中が出てくるし、存在を知っているというだけでも国が動く。だから絶対に誰にも言うなよ?」
「はぁぁぁぁぁ!?」
「声が大きい。中層にも人はいるんだぞ。そんなに死にたいのか?」
「!!!」
さっきも叫ぶなと言ったにも拘わらずこれだ。
まぁ思わず声を挙げてしまう気持ちもわかるが、もう少し考えて欲しいものである。
お値段にすれば……いくらだろうな? それこそ一〇〇億円でも欲しがる連中はいるんじゃないか?
これがあればいくらでもレベリングでできるし。
独占してもよし、貸出してもよし。強い探索者が大勢育てばそれに比例して儲けも出るのだから、管理できるのであればどのようにでも使えるだろう。
問題があるとすれば、やはりその稀少価値だろう。
最低でも全世界の探索者から狙われても大丈夫な程度には強くならないと存在すら公表できない代物である。
五〇階層を攻略すれば手に入るんだけどね。
公表する気はないけれど。
指輪の価値と、指輪の情報が漏れたときの対策はそれなりに考えているからいいとして。
今は奥野のレベリングである。
「三〇階層以降に出現する魔物の素材で造った装備と、実質的にレベルを一〇上昇させる指輪。それからレベルアップ時の成長を倍加させる指輪。これだけあればこの階層でもレベリングができるだろう?」
「……!!!」
俺の言葉を聞いた奥野は、口をふさいだままデスメタルの皇帝を彷彿させるほどの勢いで首を縦に振っている。
ムチ打ちになりそうで怖い。
いや、別に「何も喋るな」と言ったわけではないのだが、そうしていれば情報が洩れることはないので、とりあえずこのままでもいいってことにしよう。そうしよう。
―――
馬鹿じゃないの馬鹿じゃないの馬鹿じゃないの!?
なんてモノを見せてくれたのか。
それを簡単に貸してくるのもどう考えても頭がおかしいでしょ!?
黒鬼刀と黒蜘蛛の千早も大概おかしいと思ったけど、この指輪はその比じゃない!
特に【ステータス成長率倍化の指輪】がヤバイ。
これがあればどんなジョブの探索者だって一流になれる!
それこそすべての能力の上昇値が均一である商人なら、全部の能力が基本職を凌ぐ本物の万能職になる!
それと【全ステータス+一〇〇の指輪】が揃うことで効果は倍!
これによってレベリングが捗ることはいうまでもない。
結果、全てのステータスを満遍なく高めた異例の探索者が誕生することになる。
というか、私の予想が正しいならすでに。
「ち、ちなみになんですけど」
「ん?」
「支部長のレベルっておいくつくらいなのかなぁって。教えて貰ってもいいですかね?」
ステータスを聞くのは失礼だけど、レベルはそうでもないからね。
問題はないわよね? 教えないって言われたら諦めるけど。
「俺か? 今のところ一六だな。今日と明日で二〇くらいにしたいと思っているけど」
「そーですか。そーですか」
やっぱりそうだ。いつからこの指輪を使っていたかは知らないけれど、この人はもう私なんかよりもずっと上の次元にいる。
それでも私を鍛えるのは、商人を鍛えるよりも侍を鍛えた方が強くなるから、よね?
私が強くなった後で裏切る可能性を考慮しなかったのかしら?
いや、無理か。この指輪はあくまで借り物だもの。
【ステータス成長率倍化の指輪】の効果は重複できないみたいだけど【全ステータス+一〇〇の指輪】は重複できるって話だし。
つまり裏切ろうとしたら、ただでさえ満遍なく鍛えている相手が、全てのステータスを二〇〇上乗せして襲ってくるのよね。無理だわ。
ギルドに情報を売ったとしても「どこでこの情報を知ったのか。現物を持っているのか」って言って尋問されるのよね? 持ってないって言っても信用されず、家族まで人質に取られる可能性がある、と。
そりゃそうよ。この指輪にはそれだけの価値があるわ。
あ~。本当にヤバイ。
胡散臭い胡散臭いと思っていたけれど、まさかここまで特大の爆弾を隠し持っているとは思わなかったわ。
……まぁ私が誰にも喋らなければいいだけの話なんだけどね。
私が強くなる分には損をしていないわけだし。
て、いうかさ。この人ってもしかして。
「あの、支部長?」
「ん?」
「多分ですけど……これって藤本興業とか龍星会は関係ないですよね?」
刀と千早はまだわかる。でもこの指輪は違う。
だって、こんなの持っていたら、それこそ課長でしかない彼に貸し出すくらい持っていたら今頃龍星会はAランクどころの話じゃないでしょ? もちろん私なんかの力だって必要ない。
どう考えても実績と現状が釣り合わないわ。
それらを考えると、この指輪はクランとかじゃなくて支部長の……。
「ははっ。もちろん『内密』だぞ」
私の問いに対する彼の応えは、なんとも言えない朗らかな笑顔と共に告げられた、契約書に書かれていた一言だった。
「……ハイ、ワカリマシタ」
笑顔は本来攻撃的なモノ。
どこかで学んだ知識がふと頭に浮かんだ私は、大人しく頭を垂れることにしたのでした。
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