21話 つり橋をわざと揺らすヤツがいるってマ?
またまたレビューいただきました。
ありがとうございます。
月曜日に新宿へ出かけ、藤本興業で面接をした。
火曜日に彼女と喫茶店にいき、最初の契約書を渡した
水曜日は彼女を連れ出して説教と追加の契約書を渡し。
木曜日にブツと契約書を交換した。
そして本日金曜日。正式に契約を交わした彼女を連れて新宿ダンジョンへ潜っている。
彼女には『今の時点に於ける君の実力を見たい』と言って呼び出したが、もちろん目的はレベリングだ。
なにせ日曜には専務さんが待つ事務所へ連れて行かなくてはならないからな。
今日と明日で専務さんが瞠目する程度の実力を得るまでレベルを上げてもらう必要がある。
今のレベルは六らしいから、一六くらいまで上げておきたい。
なに。二〇階層以降でレベリングすればそんなに難しい話ではない。
もちろん最初から二〇階層には連れて行かないぞ。死ぬからな。
まずは一五階層くらいからスタートして、一二くらいになったら二〇階層を目指す予定である。
きちんと予定を立てている俺は優しい。間違いない。
そんなわけで、落とし穴という名のショートカットを利用してささっとやってまいりました中層は一五階層でございます。
―――
基本的にダンジョンにおける階層の移動手段は階段オンリーである。
ゲームであるような昇降機や転送装置といったものは存在しないため、どれだけ熟練の探索者であっても一階層から順番に攻略しなくてはならない。
ただ、それだと面倒と考えた探索者たちがいた。
彼らは効率的な階層移動手段はないかと探し、そして見つけた。
それがフロアを貫通している罠。落とし穴である。
三階層から出現するこの罠は、本来であれば探索者を実力に見合わないフロアへと誘う致死の罠なのだが、それなりの深さに潜る探索者からは一気に階層を跨ぐことができる便利な移動手段として利用されている。
もちろんそれなりの実力がないと着地に失敗して怪我をしたりする可能性があるので、利用には注意が必要だ。
―――
「し、死ぬかと思った……」
そんな便利な移動手段だが、これまで上層でコツコツ稼いでいた彼女はまだ使ったことがなかったらしい。
落とし穴の前でキョトンとしている彼女を抱き寄せて問答無用でダイブを繰り返した――一度に一五階層まで落ちるような穴はないので、何度かに分けて降りた――せいか、妙に疲れているようだ。
「で、ここはどこなの……んですか?」
うんうん。最初の訓示で『普段はクラスメイトとして接しても構わないけど、仕事中は上司として接するように』と伝えていたことをしっかりと覚えていたようでなにより。
こういうところでは上下関係が大事だからな。
『上官の指示に従えない兵士はクソだ。自分だけでなくパーティーを危険にさらすクソだ。そして今の貴様は自分で考えることができないクソ以下の存在だ。だから貴様は黙って上官である俺の指示に従え。いいな?』
今は亡きギルドナイトのリーダーの言葉である。
今思い返せば『前半のくだり必要か?』とか『俺が自分で考えるようになると反乱を起こすからって理由で俺に洗脳教育を施した張本人が口にする言葉か?』などと思わなくもないが、実際ダンジョンで素人に勝手気ままに動かれたら困るのは確かなので、決して間違った意見というわけではないのだろう。間違った意見ではないのだろうが……どこか釈然としない気持ちが残っているのは俺が悪いのだろうか。
いや、俺は悪くない。悪いのは連中だ。
万事ギルド関係者が悪いのは当然として、なんの話をしていたんだったか。
あぁ、そうそう、ここは何処かって話だったな。
「ここは一五階層。君にはしばらくここでレベルアップをしてもらう予定だ」
自らを納得させつつ彼女の質問に答えてあげた俺。
最初から答えと目的を教えてあげるなんてなんて親切なのだろうか。
「は?」
……そう思ったのはどうやら俺だけだったようで、一瞬呆けたあと再起動した彼女から返ってきた答えがこちら。
「一五階層!? 馬鹿なの!? 馬鹿じゃない!? 馬鹿じゃん!?」
馬鹿の三段活用とはおそれいる。
「酷い言われようだな」
「ありえないでしょ! 死にたいなら貴方だけで死んでよね!」
恐ろしく冷徹な一言。
俺じゃなきゃ傷付いているぞ。
全力で俺を罵る姿からは、ダンジョンに入る前に見せていた『私、頑張ります!』って感じは完全に消失しているように見受けられる。というか、完全に消えていますねくぉれは。
まぁ気持ちはわからないでもないが。
レベル一桁台のときに中層に連れ込まれたら誰だって騒ぐと思う。
しかも同行者が経験豊富な先達ではなく、商人の同級生ときた。
その同級生が装備しているのは学校指定のジャージと木の棒である。
そら絶望もするだろうよ。
でもな。気持ちを理解することと迂闊な行動を赦すことは違うぞ。
「ダンジョンで騒ぐな」
魔物を呼び寄せるでしょうが。
「……っ!」
殺気を交えてダンジョン探索に於ける基本中の基本をレクチャーしたところ、あっさりと沈黙してくれた奥野さん。いつもこのくらい素直ならやりやすいんだけどな。
それはそれとして、レベリングを始める前に彼女が抱いている誤解を解いておこうと思う。
本人のやる気もまたステータスの上昇に影響を与えるのだから。
「レベリングの場所としてこの階層を選んだのにはそれなりの理由がある。文句があるならそれを聞いてからにするように」
まずは聞け。全てはそこからだ。
―――
何が何だかわからないうちに抱き寄せられて、あれよあれよと一五階層につれてこられた私が、その張本人に対して声を荒げて抗議するのは当然のことなのではなかろうか?
未だにそういう思いはあるものの、確かにダンジョンで騒ぐのはよくないことだし、少し考えればポーションを六本も使って勧誘した私をここで殺すことに何の得もないことくらいはわかる。
その上でちゃんと理由を説明してくれるとのことだったので、とりあえず黙って支部長……リーダーの説明を聞くことにしたんだけど……。
「まず、上層は魔物のレベルが低くて単純にレベリングには向かない」
「いやでも、私、レベル六なんですけど?」
最初から突っ込んでしまった。
でもしょうがないでしょう?
確かにレベルを上げるならレベルが高い魔物を討伐した方が早いでしょうよ。
でもねダンジョンの階層と探索者の適正レベルは比例しているの。
つまり一五階層に挑むために必要なレベルは一五。
間違ってもレベル六の未熟者が挑んでいい階層ではない。
それが常識でしょう?
”常識なんてぶち破れ!”なんて人もいるけど、常識っていうのは過去の探索者の人が命を散らしながら集めた情報の結晶なのよ? むやみやたらとぶち破れるなら誰も死なないわよ。
と言いたいところだったけど、まだ話は続いていた。
「大丈夫だ、問題ない。足りないステータスは装備品で賄うからな」
「装備品で? ……まぁ、それなら有り、なんですかね?」
私が入った龍星会は、ランクBのクランである。
公開されている到達階層は、確かお父さんたちと同じ三〇階層だったはず。
うん。確かにお下がりだろうけど三〇階層で稼いでいる探索者さんが装備していたモノがあるなら、この階層でレベリングするのも不可能ではないのかもしれない。
もちろん苦労はするだろうけど、苦労せずに強くなれるような世界じゃないからね。
だから、今は先輩たちの装備を借りて頑張ろう。
そう納得しかけた時期が私にもありました。
「これから話すことは契約書に書いていた『内密』に該当する内容だ。だから、絶対に誰にも言ってはいけない。それこそ両親にも、だ」
「……言ったら賠償請求されるんでしたよね? ちなみにいくらくらいになるんですか?」
もちろん多大な恩がある龍星会を裏切るような真似をするつもりはない。
両親にも話すなって言われたら話さない。
あくまで興味本位。そのつもりだったけど、事態は私が考えている以上に深刻だった。
「……最低でも一〇〇億円は下らないだろうな」
「ひゃ!?」
「しかもこの情報を口外した時点で、君も、君の家族も国に拘束される可能性が極めて高い」
「はぁ!?」
「その後は拷問か尋問か。少なくとも社会的には行方不明になるだろうな。家族全員が」
「なんっ!?」
どんだけ危険な橋を渡らせるつもりなのよ!
そう叫ぼうとしたんだけど、続く言葉に口を閉ざさざるを得なくなってしまった。
「君が喋らなければそれで済む話だ。違うか?」
「それは……そうですね」
確かにその通り。秘密を守れば何も問題ない。
誰にも話さなければいい。契約を守ればそれでいい。
それだけの話と言われてしまえばそれで終わる話。
そんな当たり前のことになぜ慌てていたのだろう。
あぁ。要するに私には覚悟が足りていなかったのだ。
ポーションが六本手に入ると浮かれて、両親が治ったと浮かれて、これから頑張って借金を返すぞ! なんて浮かれていたのだろう。
彼が私をスカウトした理由は、ダンジョンで働かせるためだ。
私は最低でもポーションの代金以上の利益を会社に齎すことを求められているのだ。
ポーションは安いものではない。
ダンジョンは甘いところではない。
少し考えればわかることだったのに、両親をみて痛感していたことなのに、何故忘れていたのか。
支部長は相変わらず胡散臭いけど、それでも確実に私よりは真剣にダンジョンに向き合っている。
落とし穴のこともそう。装備のこともそう。
彼はきちんと考えた上でここにいるのだ。
どのみち彼から装備を借りないことには生きて帰ることさえできないのだ。
だったら信じるしかないじゃないか。
だったら従うしかないじゃないか。
「騒いですみませんでした。切り替えます」
私にとって重要なのは、彼から装備を借りて魔物と戦うこと。
彼から聞いたことについて何も喋らないこと。それだけだ。
それだけを守っていればいい。
「うん。そうしてくれると助かる」
私の心境の変化を見て取ったのだろうか?
これまで真剣な表情を崩さなかった彼が、少しだけど、本当に少しだけど柔らかく笑ってくれたような。そんな気がした。
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