1話 プロローグ
突如として頭に浮かんだので投稿。
とりあえず一〇万字くらいを目標にしております
俺の名前は松尾篤史
少し前まで世界でもトップクラス、というか所属しているメンバーのレベルやダンジョンの攻略実績でトップを独走していた、日本が世界に誇る最強の冒険者パーティ、その名もずばり【ギルドナイト】に所属していた、今年で三一歳になるおっさんだった男だ。
尤も、他のメンバーは大体四〇~五〇歳くらいだったので、あの中では俺が一番若造だったのだが。それに関してはまぁ、いい。
当時の俺は、とある事情から日本の冒険者ギルドに囲われていたものの、そのこと自体に大きな不満は覚えていなかった。
メンバーや周囲の人間から虐めだの迫害だのを受けることはなかった。
それなりに給料も貰っていたし、それなりの自由もあった。
ついでに家族だって俺が【ギルドナイト】のメンバーであることを誇りに思ってくれていたのだ。
監視やら護衛やら移動の制限やらで多少の窮屈さはあったものの、社会人なんてそんなものだと思えばそれほど苦ではなかったのだ。
それどころか、もし日本のギルドに確保されていなければ、どこか別の国に連れ去られた挙げ句『お国のため』という錦の御旗の元、人権無視待ったなしの解剖実験をされていたか、一日三〇時間の就労というブラック企業で働く社畜の理想を体現したかのような扱いを受けていただろう。
当然家族は人質として拘束されるか、俺の知らないところで処分されていたかもしれない。
『そんな、悲惨極まりない未来と比べれば、ギルドに囲われていることも悪くない』
当時は本当にそう思っていたのだ。
正直に言おう。あの時の俺はどうかしていた。
今の自分が置かれている状況は最悪じゃない?
もっと下がある?
それがどうした。
そんなの、そこそこ自由に動ける牧場で飼育されているか、ほとんど身動きが取れないブロイラーで飼育されているかの違いしかないではないか。
どっちかを選べと言われたら大半の人間が前者を選ぶだろう。
だが、そもそも選択肢がその二択しかない時点で間違っているのだ。
初代ギルドマスターはこう言っている。
『冒険をする時はね。誰にも邪魔されず、自由で、なんというか、救われてなきゃあダメなんだ』と。
それに鑑みて当時の俺はどうだ。
【ギルドナイト】の一員とはいえ、彼らと共に遠征に赴いた際には一切の決定権がなく、ただただ言われた通りにスキルを使用するだけの機械だった。
単独でダンジョンに潜る際も、必ず護衛という名の監視がついていたし、大前提としてギルドの職員に指示されたアイテムを持って来るよう指示をされていた。
ダンジョンから帰還したときはネコババをしていないかどうかを徹底的に探られたし、俺が集めた素材の買取額は相当叩かれていたことも知っていた。
当時の俺はそれら諸々の問題に、何の疑問を抱いていなかったのだ。
しかし、今ならわかる。俺は騙されていていたのだ、と。
そもそもネコババってなんだよ。
ダンジョンで得たドロップアイテムは見つけた人のものだろうが。
なんでお前らに強制的に没収されるんだよ。
せめて相場で買い取れよ。
ギルドで運営している風俗のタダ券と交換とか意味わかんねぇよ。
使ったけど。何度もお世話になってたけど。
でもな。タダ券を出すたびに支払窓口の人が微妙な顔するんだよ。
挙げ句の果てには指名した相手から『貴方、タダ券の人って言われてるわよ』なんて教えられてみろ。
羞恥心と怒りで魔法も使っていないのに顔から火が出るかと思ったわ。
なんでも、お店側の人間からすれば俺は”その気になれば現金一括で払えるだけの財力があるくせにタダ券を使うケチ臭いヤツ”だったらしい。
屈辱である。
いや、確かにそこそこ現金はあったけど、タダ券があったら使うだろう?
文句があるなら、現金ではなくタダ券を渡してきたギルドの職員に言えってんだ。
つーか、連中が俺から受け取った素材を横流ししていたことも、俺が単独でダンジョンに潜る日のことを裏で『ボーナスデー』と呼んでいたことも、俺のことを『働きアリ』って呼んでいたことも知っているんだぞ。
指名した相手から教えてもらったからな。
当時の俺はそれでも『居場所が有るだけマシ』なんて考えていたんだから、相当だな。
実感したぜ。一五の頃から施されていた洗脳教育の恐ろしさってやつをな。
ただまぁ、それに気付いたところで、当時の俺が置かれていた状況は本当にどうしようもない状況だった。
抵抗したところで【ギルドナイト】のメンバーに殺されるだけ……いや、殺されるだけならいい。
生かされたまま非道な実験に使われる可能性があった。
もしかしたら、俺だけなら彼らの手から逃れることができたかもしれない。でも家族は違う。
両親や妹が人質に取られたら俺にはどうすることもできない。
俺だけじゃなく周囲に被害が及ぶ可能性を考えれば、抵抗は現実的ではなかった。
だから俺は何も知らない振りをして道化に徹することにしたのだ。
彼らにとって俺は都合のいい道具だ。そう思わせろ。
逃亡しないよう過度に脅す必要はない。そう思わせろ。
むしろ自分から外に出る気がなくなるよう、甘やかせばいい。そう思わせろ。
適度な餌を与え、適度なストレスを与え、適度に発散させればいい。そう思わせろ。
金の卵を産むガチョウは、逃がさず、殺さず、ただ餌を与えていればいいのだから。そう思わせろ。
俺が道化に徹することで誰もが幸せになれるのだから、それでいいじゃないか。
ギルドナイトの仲間も、ギルドの職員も、彼らと繋がっている権力者たちも、何も知らないまま監視されている俺の家族も、そして俺自身も。
みんなしあわせなんだからいいじゃないか。
そう思っていた時期が確かにあったのだ。
今となっては過去のこと、いや、未来のことだけどな。
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