剣も魔法もあったけど!?

作者: アリス法式

 俺の話を聞いてくれ。

今どき、ベタな展開だが、俺には前世の記憶が存在している。

26歳の会社員だった記憶。

朝、暑い夏の日に出勤中に、目の前の道路で遊ぶ夏休み中の小学生に、トラックが突っ込んできた風景。

子供なんだから、家で大人しくゲームでもしてろよと悪態ついて、運動不足の体を鞭打って飛び出した体。

慌てて、響くブレーキ音。

きられるハンドル。

曲がるトラック。

そしてトラックは、子どもをさけて、近くまで走ってきていた俺に激突した。

ごめんよ運ちゃん。

運動不足の俺より、動きたい盛りの子供の方が運動神経よかったわ。


そうして、俺は死んだ。

最後に思ったのは、次に生まれるなら、剣と魔法と冒険が詰まったドキドキワクワクな世界に生まれたいという儚い願望。

出来ればハーレムもあればと、願ったむなしい願い。


俺の願望は叶った。

確かに叶った。


生まれ変わって記憶が戻ったのは10歳の誕生日。

もともとのふざけた性格は、記憶が無くても受け継がれ記憶が戻っても家族からの冷たい視線は変わらない。


三歳で魔法に触れ。

六歳で剣を取る。

八歳で魔法剣を編み出した。

そして、十歳の誕生日に父からこんな言葉を賜った。


「ユウマ、お前、あと200年早く生まれたら英雄になれただろうに」


それは、俺の記憶が戻った日。

何かおかしいと気が付いた日。


誕生日おめでとうの横断幕。

折り紙で作られたパーティ飾り、生クリームたっぷりのケーキ。

赤ら顔の父の手にはビールの缶。

足元には、去年誕生日に買ってもらった、オルトロスの子犬。


今年のプレゼントである、魔導戦隊ウォーロックのウォーレッドが必殺剣。魔力を吸って真っ赤に輝くジャスティスブレードが、ガッシィーーンガッシィーーンと変形音を響かせながら魔力光を放出している。

お茶の間の日曜8時を賑やか彩る魔導戦隊ウォーロック。

若いイケメン俳優を採用しママさんたちにも大人気の今を時めく戦隊ヒーロー番組である。

そのあとには、大きなお友達も思わず笑顔になる、魔法少女物のアニメが世界を救い続けている。


お隣の家のゴブリン一家は今日もバスに乗って一族総出で海に遊びに行ったし、逆隣のオークと姫騎士さん夫婦は今日も元気に「くっころ」と叫びながらラブラブしている。

太陽は一つしかないし、月も一つしかない。

赤い満月の夜には酔っぱらったバンパイアさんがワインで乾杯しているし、狼男さんが露出行為で警察にお縄になっている。

ドラゴンさんは日照権の訴訟に負けてションボリしてるし、マーマンさんは今日も市場に魚を卸してる。


貧富の差はあるし。

世界が100人の村ならば、今日も10人は飢えて泣いているだろう。


魔法を唱えるよりも、魔銃をぶっ放すほうがはるかに速く、剣で切らなくたってナイフを心臓に突き立てれば人は死ぬ。



速すぎたのか、遅すぎたのか。

ただ一つ言えること。


剣も魔法もあったけど――――。


知識チートも、成り上がりも。

波乱も、裏切りも、学校予選も。

冒険者も、ギルドも、ダンジョンも。

追放も、悪役令嬢も、ヒロインも。


全部、とっくの昔に終わってしまった物語のお話お話し。

おれの転生先には冒険だけが存在しない。


ただ一つ、ちょっとだけ叶った願い事。

人の血が混ざったゴブリン一家、同い年の娘さんが予想以上に可愛らしかったのと。

オークの血を駆逐した姫騎士さん家の娘さんが可愛らしいことだ。


これから、頑張るのは自分次第だが、いつかかわいいお嫁さんをもらうこと。

それが俺の目標だ―――。




魔法も剣も意味は遠く、一人の少年が夢破れ、現実的かもしれない夢を持ち直し夜は過ぎていく。

誕生日のパーティーに招かれた隣人たちが集う家。

表札には三つの名前。

『魔王・勇者・勇魔』

少年はまだ、自分の存在を理解していない―――。