78.惨酷王女は悩む。
私の朝は、カーテンの開かれる音と、朝の挨拶で始まる。
「おはようございます、プライド様。」
「おはようございます、プライド様。」
私付きの侍女、ロッテとマリーの声で目が覚める。
「おはようございます、プライド様。」
身支度を済ませて扉が開けば、私の近衛兵ジャックが挨拶をしてくれる。
「おはようございます、プライド。」
「おはようございます、お姉様。」
廊下に出れば、愛しい弟ステイルと愛しい妹ティアラが出迎えてくれる。
「おはよう、二人とも。」
第一王女、プライド・ロイヤル・アイビー
十五歳。
この国の第一王位継承者として、今や誰もが認める次期女王だ。
……
が、しかし。
「ああああ〜…どうしよぉ…。」
私は悩んでいた。次期女王だろうが十五歳だろうが悩む時は悩む。
朝食を終え、私は勉強の時間までのひと時を庭の木に寄りかかりながら過ごしていた。
「お姉様、どうかされました?」
十三歳のティアラが私の横に寄りかかりながら分厚い本を両手にこちらを気にしてくれる。
「もしかして以前仰ってた、我が国の独自機関について未だ検討中でしょうか。」
ティアラと私を挟んで反対側に座っているステイルがそっと私の様子を伺ってくれる。
「…そう…それもなのよね…。」
ステイルの言葉に思わず深く溜息をついてしまう。
十五歳となり、第一王女として考えねばならないことがどんどん増えてきた。その一つがステイルが今、察してくれたことだ。…正直、これに至っては以前からずっと考えていてステイルやティアラにも相談していながら良い考えが浮かばず放置してたツケが回ってきただけの自業自得なのだけれど。
以前〝近衛〟についての法案を立案、制定した私は他にも国の為に何か良い法案を作れないかと考えるようになった。特に〝近衛〟と同じく、前世の知識が色々ある私だからこそできるようなアイデアがあれば生かしたい、と。その中で思いついたのが、我が国独自の機関を作るのはどうか、ということだった。前世でも国ごとに誇る機関というものは色々あった。例えば世界一の銀行とか、美術館とか、病院とか、…遊園地とか。だから、我が国でも何か最終的には世界に誇れるような機関を作れたら良いなと思ったのだ。ただ、それを何にすべきかが一向に纏まらない。なのに、当時それを思いついた時にポロっと話題の一つとして上層部の人に話してしまったら「それは素晴らしい!」「是非とも共に‼︎」と予想外に乗ってくれちゃって、最近では会う度に「いかがでしょう?」「きっとプライド様ならば素晴らしい案が…」と期待ばかりさせてしまっている始末だ。しかも、それをずっとうだうだと私が考えている内に…
「もしかしてお姉様、先日母上がお話ししていた他国との同盟共同政策にお悩みを?」
ティアラの言葉に更に私は頭を抱えた。
…それもだ。我が国フリージア王国は数年前から各近隣諸国との同盟を進めている。もともと特殊能力者という特殊な人間がいる上に近隣諸国の中でも抜き出た大国ということで他国から倦厭されがちだったのを母上が一つひとつ父上と一緒に関係を築いていた。そして、最近はだいぶ隣国や複数の近隣諸国と良い関係を築けているからということで、友好の証に同盟共同政策…つまりは仲良くなった証に一緒に何かやりましょう、作りましょう。ということになった。そして母上から次期女王として、私にも何か案を考えるように言い渡されたのだ。共同政策って…前世みたいにオリンピックでもすれば良いのかしら。でも新兵合同演習は既に毎年やってるし、あとはそれこそ諸国共同の図書館とか美術館とか?大体この世界、携帯もネットも飛行機も新幹線も無いから複数国との連絡すっごい手間で面倒で時間掛かるのに‼︎手紙のやりとりだって最速が鳩だし騎士団の先行部隊に頼めばもう少し早いのだろうけれどそれだと彼らの本業が疎かに
「あとは…ジルベールとマリアに任された娘さんの名付け…でしょうか?」
ステイルが追い討ちをかけるのを申し訳なさそうに私に続ける。
「もぉおおお〜…」
牛のように呻いて両手で頭を抱える。
そう、先日ジルベール宰相とマリアは赤ちゃんが産まれた。元気な女の子だそうだ。その時は私やティアラ、ステイルに父上母上も皆祝福して和やかな気持ちだったのだけれど…。その時にこっそり、ジルベール宰相に私とアーサーは頼まれたのだ。
娘さんの名付け親になって欲しいと。
いや!すっごく光栄だし嬉しいのだけれど‼︎でも名前って凄く凄く責任重大だし、うっかりキラキラネームとか私の名前の〝プライド〟みたいに傲慢高飛車な名前つけて闇ルートのフラグになったらとか思うと‼︎もう頼まれた途端に私も、そして後日に頼まれたアーサーもお互い顔が真っ���になった。でも「私とマリアの恩人である貴方方から是非とも頂きたいのです。」と言われ、とても断れる雰囲気じゃなかった。急ぎませんとは言われたけどずっと名無しちゃんじゃ可哀想だし早くつけてあげないと。昨日なんて考えること多過ぎて頭がパンクしてストレス最高潮だったからステイルとアーサーにお願いして不用品になった騎士の鎧へサンドバッグよろしくに剣をヤケクソに振り回したら見事に真っ二つになってドン引きされた。完全にヒステリー王女マジ怖いの流れだった。非力設定のくせにゲームのプライドも試し斬りとか言ってバッカンバッカン騎士や兵士を戯れに斬り伏せた残虐女王だったのだから仕方がない。文句ならゲーム制作の方々に言って欲しい。いっそプライドの持っていた剣が特別製だったとかなら納得できたのに。魔剣とか聖なる剣とか伝説の剣とか最高の子どもの名付けをしてくれるマジカルステッキとか‼︎‼︎
「……。……アーサーとも相談しなきゃ…。」
…駄目だ、逃避ばっかりしてちゃ。例え百歩譲ってそんなマジカルステッキがあったとしてもジルベール宰相とマリアの希望は私とアーサーに考えて欲しい、なのだから。
私の呟きを聞いてステイルとティアラがそれぞれ頭を撫でてくれた。そのまま「今日は城下の視察ですし、その時に相談しましょう」と言ってくれる。うん、そうね。と優しい二人にお礼を言いながら私は深く深呼吸をした。
取り敢えず急を要するバトラー家第一子の名前から考えよう…。
……
「ハァアァァぁぁぁ…あーー……。」
騎士団の演習後、俺は長々と溜息をついた。
「おいアーサー、そろそろ近衛だろう。行かなくて良いのか?」
「……いえ、行きます。」
カラム騎士隊長に声を掛けられ、薄ぼやける頭でプライド様の所へ行く準備をする。ここ最近、考え事ばっかでまともに眠れていない。
「なんだよアーサー。プライド様に会えるのに嬉しくないのか?それとも近衛になって一年も経てば流石に見飽きたか⁇」
「いや今もすげぇ緊張するし会える度すげぇ嬉しいですけど。」
アラン隊長の軽口に思わず本気で答えてしまう。駄目だ、大分疲れてる。俺の言葉にカラム隊長が一言「素直で宜しい」と言ってくれるが、もう深く考える余裕がない。
「俺も騎士隊長になるのがあとちょっと後だったらなぁ…そしたら俺も近衛騎士に志願できたんだけど。」
「いえ、アラン隊長相手でも俺が絶対に捥ぎ取りますよ。」
呆けた頭で思わず言い返すとアラン隊長に思い切り頭を鷲掴まれた。
「お、ま、えは‼︎なんで基本腰が低いのにプライド様と剣に関してはそこまで頑なに譲らないんだ‼︎」
カラムの言うことは割と聞く癖に‼︎とそのまま呻るようにアラン隊長が続けた。いや、それは…と口ごもると今度はカラム隊長が溜息混じりに助け船を出してくれる。
「アラン…後輩に絡むな。数年も待てば騎士隊長格も志願できる体制になる。」
それを聞いてやっと手を緩まった。いけねぇ、疲れてるせいかつい口が滑った。
「で、それじゃあ何を悩んでるんだ⁇」
アラン隊長にそのまま肩へ腕を回され、今度は逃げられなくなる。
「いや…それとは別で…。」
「あ、お〜いアーサー!子どもの名前は決まったか⁈」
背後から同じ騎士のエリックさんからの声が響き、驚きのあまり思わず肩が震えた。同時にカラム隊長とアラン隊長まで俺を凝視してくる。
「なっ⁈アーサー、お前子どもが産まれたのか⁈」
「おぉ‼︎おめでとう!男の子か?女の子か⁈」
カラム隊長に続きアラン隊長が勘違いしてくる。
「違います‼︎俺じゃなくて知り合いの子です‼︎」
エリックさん変な言い方しないで下さい!と叫びながら必死に二人へ弁明する。二人とも最初は「隠さなくても良いんだぞ?」の流れだったが、必死に説明したら何とか理解してくれた。
「女の子か…それで、もう1人の友人と二人で決めて欲しいって?」
「可愛い名前なら良いんじゃないか?」
「自分もそう思います。アーサーに相談された時も気持ちが大事だと答えたのですが…。」
親の名前をそのまま授けることだって珍しくもありませんし、と続けるエリックさん、そしてカラム隊長とアラン隊長の騎士三人に取り囲まれ、何故だか凄く気恥ずかしくなる。
「いや…でも名前って一生もんじゃないですか。なので、できれば良い名前をプ…、…その人と考えたいと思ったのですが、あまり良い案が見つからなくて。」
ジルベール宰相の娘。マリアンヌさんとの大事な子どもだ。任されたからには適当につけたくはないと思う。
「後は…そうだな。その娘さんにどう育って欲しいかを込めるというのはどうだ?」
「どう育って…ですか。」
カラム隊長の言葉をそのまま返す。そういうのこそ、俺やプライド様ではなく親であるジルベール宰相やマリアンヌさんが望むべきじゃないんだろうか。
「俺ならそうだな…。尊敬する人の名前を貰うとか。」
「あ、自分もそれです!両親が昔お世話になった恩人の名をつけてくれました。」
アラン隊長の言葉にエリックさんが同調する。…なんか本当に俺が親になったみたいな会話だ。そのままカラム隊長が「お前とそのもう一人の御友人は女性か?」と聞かれ、頷く。
「それならその友人の名前をそのまま娘さんに差し上げたらどうだ?」
「その人の…。」
プライド様の名前…そう思ったところで、ふと今日のことを思い出す。
「あ⁉︎」
まずい、もうプライド様のところへ行かないといけねぇのにかなり時間を過ごしてしまった。
三人に挨拶とお礼を言い、そのまま急いで駆け出した。三人共、引き留めて悪かったと言いながら手を振ってくれた。
「アーサー!娘さんによろしくな〜‼︎」
「ッだから誤解のある言い方しないで下さい‼︎」
アラン隊長に怒鳴りながら、俺は急いで王居へと走った。