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幕間 騎士と騎士と騎士。


「あ゛ぁ〜…プライド様、あいも変わらずお綺麗だったなぁ…。」

「緊張で飲み過ぎだ、アラン。だから程々にしろと言っただろう。」

「アラン隊長、宜しければ自分の肩を貸しましょうか?自分も先輩方と同じくこのまま演習場に帰るので。」


騎士隊長のアラン、カラム、そして騎士のエリックはジルベール宰相主催のパーティーを終え、並んで大通りを歩いていた。ロデリック騎士団長と騎士のアーサーは今晩は家へ帰るということで途中で別れ、深夜の大通りに今は騎士三人以外は誰もいない。

「プライド様…俺の名前覚えてくれたかな…。」

「お前は声が上ずり過ぎだ。あれでは印象に残っても名前など頭に入ってくる訳ないだろう。」

茶色がかった金色の短髪をガシガシと掻きながら言葉を漏らすアランをカラムが容赦なく切り捨てる。だがその言葉すら耳に入らないようにアランは「いや〜今日は本当にパーティー招待権勝ち取れて良かった」と呟いた。

「はははっ…自分もそれは思います。…アラン隊長が素手での勝ち抜き戦を提案した時はどうなるかと思いましたけど。」

栗色の短髪を揺らし、他の二人よりも幾分柔らかい顔つきのエリックがアランの腕を自分の肩に回して支える。カラムがすかさず「それで勝ち抜いたお前もお前だがな」とえりってに声を掛けるが、あくまで彼は首を振った。

「いえ、あれは本当に運が良かっただけで…剣や狙撃も込みだったら自信持って勝てたって言えるんですが。…ははっ。」

「それじゃあ招待者の隊長枠で俺が確実に勝てねぇだろ。総合力で優秀なエリックやカラムと違って、俺は腕っ節だけだしよ。」

「やはりそれでか。自分に優位な勝負を強制的に提案するなど騎士の風上にも置けないな。」

カラムの言葉にアランがむっ、と顔を向ける。隊長歴は断然アランより長いエリートのカラムだが、二人とも騎士本隊入りが同時だった為か遠慮がない。カラムは赤毛混じりの前髪を指先で払いながら敢えてアランに聞こえるように溜息をついてみせた。

「そういうカラムだって必死になって今日の招待権もぎ取ったじゃねぇか!パーティー中もず〜〜っとプライド様のことを舐め回すみたいに見ていたしよ。」

「なっ⁈ばっ…誤解を招く言い方をするな!ただ、目が離れなかっただけでっ…」

「でも俺の提案に乗ったお陰でお前もプライド様に会えただろ?」

アランの言葉に「人聞きの悪いことを」と慌てるカラムだったが、最後は小さい声で「まぁ…」と呟いた。

「…なぁ、エリックは何でプライド様をお慕いしてるんだっけか?」

酔いのせいか、酒の与太話が続く。話を振られたエリックは「えっ⁈」と声を上げるが、そのままじっとアラン、そしてカラムに返答を待たれ、仕方なく口を開いた。

「じ…自分はっ…当時、新兵でしたから。二年前の崖の一件でプライド様が居なければ確実に瓦礫に飲まれ死んでいました。だからプライド様にはとても感謝しています。…それに…。」

今でも、思い出す。

当時、新兵達…いや、今でも新兵そして騎士達の憧れであるロデリック騎士団長。あの時、大岩が降って来た時に自分は騎士団長のすぐ傍に居た。だが、咄嗟の機転もきかずに自分の身を守ることで精一杯だった。気がつけば自分は怪我で済み、すぐ傍にいた騎士団長は足が岩に挟まり動けなくなってしまった。誰も自分を責めなかった、だが自分があの場でもっと迅速に対応できていれば騎士団長はあのような窮地に立たされなかったかもしれない。

その後は、まさに地獄だった。

本部には報告するな、今は先行部隊が来るまで持ち堪えることだけを考えろ、もしもの時は私を置いて行けと。その言葉を聞き、全身の血の気が引いていくのを感じた。

崖の崩落の予知を聞き、騎士団長を一人残さねばならなかった。自分のような新兵が撤退し、そして騎士団長を見殺しにすることになるなど。

そして崖の崩落が始まり、全てに絶望した。自分だけではない、新兵の誰もが崩れ行く崖を前に声すら出なかった。崩落がおさまり、応援に来た騎士団本隊が騎士団長の居た場所へ案内をと望まれた時は一番に志願した。自分の役割だと、そう思った。


『大岩で身動きが取れなくなった騎士団長は我々を逃すために一人、足止めにっ…』


あの時の無力感は今でも忘れない。

騎士団長が無事姿を現した時は衝撃のあまりその場に崩れ落ちた。騎士団長がご無事であったことがどれほどに救いだっただろうか。自分は大岩から自分の身を守るだけしかできなかったというのに、プライド様は自ら飛び出し、騎士団長を救う為に自分の身を危険に晒したのだ。

だからこそ、その後の会談でクラーク副団長が感謝を伝えた時も、自分はすぐにその後に続いた。あの時まで胸の中に押さえつけていた想いと感謝を一気にプライド様へ吐露した。


『この度は恥ずかしくも第一王女殿下に命を救われ���した…‼︎我々の未熟故に騎士団長を失わず済みました…ありがとうございます…‼︎』


あの後もずっと、プライド様への尊敬も憧れも、感謝も常に留まることを知らない。いつかあの御方のようにと。そう願い続けて励み、翌年の本隊試験にも通ることができた。


「プライド様は、とても尊敬できる御方だと思います。…あと、可愛いです。」

思わず自分の顔が綻ぶのを感じながらエリックが言うと、アランとカラムが凄まじい勢いでエリックの方を振り返った。

「出たよ‼︎なんなんだその新兵と現場へ応援に駆け付けた騎士達だけの共通概念‼︎」

「プライド様は確かに麗しいが、可愛いの定義からいけば妹君のティアラ様が当てはまるのではないか⁈」

アランの叫びに負けじとカラムも声を荒げる。だが、エリックは笑ったまま「いえ、可愛いです。一国の王女殿下には失礼かもしれませんが」と答えた。

崖の崩落後にまだ幼かったプライドが騎士団長に抱き抱えられ、ドレスの下が見えると顔を真っ赤にして取り乱したことを知っているのは当時現場にいた騎士と新兵だけだった。

「ああああ〜…俺もあの時に本部じゃなくて応援に出てればっ…」

「それだと今度は、お前がずっと忘れられないと言っている例のプライド様の立ち振る舞いを見ることができないぞ。」

「ッそれは困る‼︎」

カラムの言葉にアランが即答する。

「あ、アラン隊長は噂のプライド様の立ち振る舞いを見られていたんでしたっけ。やはり、それがお慕いする理由ですか?」

エリックの言葉にアランは力強く頷いた。

「そりゃそうだろ‼︎あの時のプライド様がお幾つだったと思う⁈たったの十一歳だ!なのにあの立ち振る舞い!俺なんて十一の頃は騎士団に入る為の鍛錬だけで精一杯だったってのに‼︎」

最初に剣を取ったプライド様には驚いた。姫様が何を調子の良い事を。騎士を、戦いを舐めているのかとも思った。だが、現場へ現れたプライド様は小さなその身体で、奇襲者の男達相手に圧倒をした。狙撃、剣、体術にすら長けたあの人を騎士として尊敬できずにいられようか。自分が同じ歳だったら絶対にあんな風には動けない。怖け、怯え、きっと動く事すらできなかっただろう。だが、当時ただの十一歳の第一王女が目の前で戦ったのだ。少しも怯えることなく、騎士団長を救うただその為だけに。何よりその圧倒した戦いぶりは可憐で鮮やかで、今まで鍛錬ばかりで興味のかけらもなかった〝女〟に始めて魅力というものを感じさせられた。

後日にプライド様が騎士団長に団服を返しに来た時は気持ちを抑えきれずに名乗ってしまった。今まで女性に自分から話しかけたことなど一度もなかったのに。


『プライド様、自分の名はアランと申しま…』


少しでも、あの人の視界に入りたくて。

その後すぐにカラムに恐れ多いぞと怒鳴られたが、不敬とか図々しいとかそんなことがどうでも良くなるくらいにプライド様に夢中になってしまっていた。

「格好良い上に美しく可憐っ‼︎プライド様以外の女には興味すらわかねぇよ!」

両手を広げ天を仰いで叫ぶアランはエリックから手を離したせいでうっかりそのまま後ろへ倒れかけた。慌ててエリックが腕を掴み、支える。

「フン…鍛錬バカのお前らしいな。」

「カラム!そういうお前はどうなんだ?プライド様を慕う前は王族嫌いだったお前が…」

「嫌いとは言っていない‼︎興味が無いと言っただけだ!人に聞かれたらどうするッ⁈」

私を不敬罪で罰させたいのか!と怒りながらカラムはアランの頭を叩いた。悪い悪いと言いながら笑う酔っ払いに怒りを通り越して呆れてしまう。

「…別に私みたいなのは珍しくもない。」

騎士になるからといって、誰もが王族至上主義とは限らない。王族に忠誠は誓うが、騎士によって何の為にその道を選んだかは様々だ。王族の為に戦いたい者、国や民の為に尽くしたい者、称号や栄誉、金銭や生活、アランのように騎士の剣や生き方に憧れを抱く者の他にも様々だ。皆が自分にとっての大事なものの為に騎士の道を望む。

…私にとっては、騎士である己だけが誇りだった。王族の評価などどうでも良い、ただひたすらに騎士としての高みへと登りつめる為だけに己を磨いてきた。騎士団長や副団長が最初にプライド様への評価を見直すきっかけとなったティアラ様の生誕祭に参加した時でさえ、私自身はどうも思わなかった。新兵の合同演習の為に不在だった騎士団長の代わりにプライド様とステイル様を副団長と共に迎えた時ですら、心からの敬意などは微塵もなかった。いくら騎士への理解があろうとも、それを教師や副団長から聞いている時点で論外だ。所詮、王族といえど単なる雇い主。我々一人ひとりを個別認識している訳でなく、騎士団という一つの固まりとしてしか認識できてはいない。別にそれ自体を蔑視している訳ではなかった。ただ、そんな雇い主に期待や関心を持つに値しない…それだけだった。

プライド様の勇姿を目にする、あの時までは。

我々の為に王族であり、更には己が右腕であるステイル様の協力を促し、騎士団長を救う為に単身飛び出し、救った。

そして、…あの会談だ。

我々一人ひとりを重要な存在だと宣言し、一人の無駄な死も許さないと叫ばれた。そして騎士の誇りも、生き様も、偉大さも全てを理解して下さっていた。

私達、騎士ひとり一人を認めて下さった。

女王、王配、摂政、宰相…城の上層部の人間に今まで多くの言葉や、士気を上げる為の演説などを受けたが、私の心を震わしたのはプライド様のあの時の御言葉が初めてだった。あの御方にならば、騎士としてこの身を捧げても良いとそう思わされた。あの日から私は心の中で一人、プライド第一王女殿下に忠誠を誓った。

「…プライド様は王族として素晴らしい方だと、騎士として忠誠を誓うにふさわしい御方だと…そう思っただけだ。」

不器用にそう答えるカラムにアランが「かたいなぁ」と呟いた。

「珍しくもない…と言えば自分達全員、騎士の中ではプライド様を尊敬する理由として珍しくもない理由ばかりですね。」

苦笑しながら話すエリックにカラム、アラン二人が「そうだな」と同意した。

プライド様を騎士団の誰もが慕っている。それは全員が周知の事実だ。その理由も人それぞれだが、自分達と同じような理由で慕っている人間が殆どだった。

「まぁ、ロデリック騎士団長とアーサーは別格だが。」

「あー…まぁ、騎士団長はともかくアーサーは。」

「アーサーですから。」

カラムの言葉にアラン、エリックが相槌をうつ。エリックに至っては未だ苦笑も混じっていた。

騎士団長は当然だ。あの日の会談を目にした誰もがそれを理解している。

そして、アーサー。

騎士団長の実の息子であり、最年少の十四歳で新兵、翌年には異例のスピードと確かな実力で本隊入りした彼は、二年前までは本人曰く農夫になるつもりだったらしい。だが、今や誰もがその実力を認める最年少本隊騎士だ。そしてそのきっかけがプライド様の存在に他ならないことを、ここの三人含めて当時から騎士だった誰もが理解している。

「アーサーは、俺達とは違ってがっつり人生変えられちゃったからなぁ。」

「羨ましいですねぇ。そんな相手がプライド様だなんて。」

「正直、二年前の弱々しい姿とは別人だな。」

「あ、カラム隊長は二年前にもアーサーと話したことがあるんでしたっけ?」

カラムの言葉に、ふと思い出したようにエリックが問いかける。アランがすかざず「そういやぁ、そうだよな?」とカラムの方に続けて言葉を投げかけた。

「別に大した関わりはしていない。アーサーも恐らく俺の事を覚えてはいないだろう。…別段、思い出す必要もない。」

本当に、大した関わりではない。崖の崩落後、騎士団長捜索の間に父親の死を確信し、抜け殻になった彼を外に連れ出した。まだ少年の彼に身内の残骸を目の当たりにさせたくなかった。そして、騎士団長の無事を確認後にまた作戦会議室へ連れ戻した。それだけの関わりだ。


『ベレスフォード君‼︎…お父さんが…‼︎』


あの時のアーサーの死んだ瞳と、そして騎士団長が生きていたことを知った時に安堵し泣き崩れた姿は今も目に焼き付いている。当時十三歳だったが、もっと幼い子どものような、天へと吠えるような泣き方だった。

…こういう人間へ手を差し伸べる為に騎士は在るべきだと、あの時改めてそう思った。


「まさか…あの少年が二年後に騎士団本隊になるとは夢にも思わなかったがな。」

溜息混じりに言うカラムの声はそれに反してアランとエリックには心なしか嬉しそうに聞こえた。

「…その上、プライド様の弟君であるステイル様とも親しい。」

話題を変える為に続けて口にしたカラムの言葉にアラン、エリックが「あ、それ言う⁈」と言わんばかりに目を向け、笑った。

「アーサーは隠してるつもりなんですかね?ステイル様と稽古していることは。」

敢えて誰も言いませんが。と続けるエリックにアランが大笑いをする。

「アイツのことだから単に言わないだけだろ?大体、二年前にステイル様に稽古相手にと誘われたのは俺達全員があの場で見てるしよ。」

「今も休息時間は行方をくらますところから鑑みて、今も変わらず稽古しているのだろう。」

カラムの推測に二人はうんうんと頷いた。

「だからさぁ、アーサーは絶対二年前からずっとプライド様やティアラ様とも顔合わせてるんだと思うんだよ!ずるくねぇか?」

アランが酔いで顔を真っ赤にしながら天を仰ぐとエリックがまぁまぁ、と小さく宥めた。

「この前もステイル様が夜分にアーサーの部屋に来られていたな。くぐもって内容までは聞き取れなかったが、中々の白熱っぷりだった。」

「あー、それ自分のとこからも聞こえました。一個空けて隣部屋なので。敢えて内容は聞きませんでしたが、最初は物音も凄くて殴り合いでもしているのかと思いました。」

「アーサーの奴、終わった後に俺の部屋まで謝りに来てたぜ?俺は誰かと騒いでるくらいしかわからなかったけど。ただ…『自分一人でお騒がせしました』って無理があるよな?どう考えても一人の話し声じゃなかっただろ‼︎」

「バレバレですよね…。」

「何故、そういうところだけツメが甘いんだ、アーサーは。」

二人の返事に「だよな⁈」と返すアランに、エリックが苦笑いをした。

「まぁ…アーサーは入隊した頃からあれですから。真っ直ぐで嘘が下手で。プライド様への慕いっぷりなんて、なんか……もう。」

含みのあるエリックの物言いにアラン、カラムが「ん?」と顔を向けた。

「以前、本隊入りの一年目二年目の騎士達で飲んだことがあるのですが、その時もこんな感じでプライド様のお慕いするところを全員で言い合ったことがありまして。」

当時のことを思い出したらしく、エリックが笑いを噛み殺しながら話を続けた。

「アーサー、その時大分酔っていまして。本人は多分もう覚えていないのでしょうが、その時、こう言ってたんです。」

なんだなんだと興味深そうに、面白そうにカラムとアランが次の言葉を待つと、エリックは一度大きく息を吸い込み、そして吐き切りながら一気に言い放つ。

「格好良くて偉大で綺麗で可憐で格好良くって笑顔が可愛くて慈悲深くて騎士の事を理解してくれて気高く誇り高く強くその上全て兼ね揃えている人なのにあの時自分の人生丸ごと救って変えてくれたあの人の全部が大事で尊敬してて守りたい、と。」

「う…わー……。」

「熱烈だな。しかも今、格好良いだけ二回も言わなかったか?」

聞いただけでアラン、カラムまで顔が熱くなる。エリックは笑いながら「皆、大盛り上がりでしたよー」と楽しそうに話した。「エリック〜…それ絶対本人には言ってやるなよ?アイツ恥ずかしさで死ぬぞ絶対。」

「でもアーサー、わりと飲み過ぎると毎回そんな感じですよ?素直というか、デレデレというか。」

アランの言葉にさらりと答えるエリックはまた何かを思い出したのか、一人笑いを堪え出した。


最後、アランが呟くように「今度、この三人で飲みに誘ってみるか…」と誘うとカラム、エリックから、すかさず同意の声が返ってきた。



気楽に帰路を歩む三人の騎士��、この後騎士団演習場に到着次第、今回のジルベール宰相のパーティーに予選漏れした騎士達にひと息つく間もなく質問責めされることをまだ、知らない。


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