74.宰相はほくそ笑む。
「どうも、アーサー殿。」
ロデリック騎士団長との語らいも終わり、流れるように私はアーサー殿へ話し掛ける。その間に事前に私の次に宜しければ、と彼らとの歓談を勧めておいた上層部の者達が、騎士団長や他の騎士達と語らおうと詰め寄ってきた。
これで、彼とゆっくり話をすることができる。
アーサー殿は何故か一気にグラスを仰ったらしく、空のグラスを片手に私へ挨拶を返してきた。
「…どうも。ジルベール宰相殿、この度は御招きありがとうございます。」
畏まった彼は、そのまま少し気まずそうに私から視線を外した。彼が何を居心地悪くしているのかは察しがつく。
「いえいえ。また、こうしてお話できて嬉しい限りです。」
そう言いながら使用人に合図し、新しいワインを彼に用意させた。「ありがとうございます」と言いながら受け取る彼は本当にお父上と同じく礼儀正しい青年だ。
先程、彼の父上であり騎士団長でもあるロデリック騎士団長と語らった時もその仕草や動作はとてもよく彼に似ていた。
他の騎士達の手前、彼が反感を買う恐れもありアーサー殿の話題を出すことはできなかったがその分しっかりと騎士団への功績と労いの言葉をかけることができた。私達を救ってくれたアーサー殿。そして彼のお父上でもあるロデリック騎士団長にも感謝の念は絶えなかった。
「…あの、…あの時は失礼致しました。」
私に誘導されるまま騎士達から少し距離を取った場所で立ち止まり、声を潜めながら私に頭を下げようとする彼を私は敢えて遮った。
彼が言いたいのは恐らく、私の腹部に拳を叩き込んだ時のことだろう。
「いえ、あれはあの時も申した通り、当然のことですから。むしろまた少し救われた気分でした。」
そう言いながら笑うと、今度はアーサー殿は目を丸くして小さく首を傾げた。
プライド様やステイル様、ティアラ様やアーサー殿が見舞いに来て下さった時はとてもありがたかった。だが、あれ程のことをした大罪人であるにも関わらずそこまでして頂けることが忍びない気持ちにもなった。
『辛いですよ。罪の意識に苛まれながら、それでも貴方は今までの罪を誰にも裁いて貰えないのですから。』
プライド様の御言葉通りだった。
あの時もその想いが強く胸によぎった。本来ならばステイル様のように未だ敵意を向けて頂くのが相応しいというのに、プライド様もティアラ様も、アーサー殿も変わらず接して下さるのでだから。
そう思った直後にあの一撃だった。
正直、避けれないこともなかったが甘んじて受けさせて頂いた。
マリアを病から救って下さった救世主に罰されるのならば、受けない訳にはいかない。
むしろ、彼のその揺るぎなさに救われた部分の方が大きい。その後に私からの処罰すら受けるつもりでいた彼には更に驚かされた。
彼は、本当に真っ直ぐな人物だ。
プライド様の悪評を流した、その一点で私を許せないと宣言し、実行したのだから。
その真っ直ぐさと、己が心に正しく在ろうとする精神は素晴らしいものとすら思えた。どうか彼にはこのまま私のように捻じ曲がらず成長していって欲しいと思う。
「貴方のお望みならばその剣の的にもなりましょう。」
そう言って笑ってみせると彼は逆に萎縮したかのように「いえ…それは…」と言葉を詰まらせた。だから、私は更に続ける。
「本心ですよ。…貴方には大恩がありますから。この場で平伏しても足りないほどの。」
彼が居なければ、マリアは死んでいた。プライド様の予知や慈悲を以ってしてもだ。彼の特殊能力は正に神の手と呼ぶに相応しいだろう。本来ならばもっと多くの民に知られ、崇められて然るべき存在だが…彼が望まないのならばそれで良いとも思う。彼はそれよりも今の生き方を誇っているのだから。
戸惑うように目を逸らす彼へ周囲に聞こえないように声を潜めながら「本当にありがとうございました。このご恩はマリア共々一生忘れません。」と伝えると、気恥ずかしそうに俯きながらも頷いてくれた。その姿を微笑ましく思いながら私は続ける。
「つきましては私から近々御礼をしたいと考えているのですが、何か御希望はありますでしょうか。」
彼の功績は表沙汰にはできない。以前、特殊能力者を見つけた人間へ払うつもりだった褒賞金も彼にこっそり渡そうとしたが断られてしまった。
「ッいや、本当にそういうのは良いんで!」
若干慌てたように断る彼に今回は私が食い下がる。
「いえ、ですがそれでは私とマリアンヌの気も済みませんので。せめてあの小袋を受け取って頂ければ…」
「俺みたいなのにあんな大金渡して良い訳無いに決まってるじゃないっすか!」
思わず、といったように声を潜めながらも言葉が乱れる彼に苦笑する。
「本当に何もありませんかね。私ででき��ことであれば何でもお力になりたいのですが。」
彼は私の言葉に、いやいやいやと手を振って拒み、そしてふと、何か思いついたようにその手を止めた。
「………本当になんでも、でしょうか。」
「ええ、私のできることならば。」
快諾すれば彼は少し考え込むような仕草をし、そして口を再び開いた。
「今度から時々…お時間のある時だけで構いませんので、…お手合わせ、願えますか?」
そのまま「ステイル様からお強いと伺ったので。」と続ける彼に今度は私が虚をつかれてしまう。
まさか、そのような要望が来るとは。
だが、騎士の彼らしい望みだとも思ってしまい、思わず笑いが込み上げてしまう。
「…畏まりました。御希望の日時が決まり次第、いつでもお声掛け下さい。」
そう答えれば、彼は私に頭を下げ「明日からでも」と早速目を輝かせてきた。
プライド様といい、彼といい、これからの成長が楽しみだ。
「言っておくが、俺の稽古場は貸してやらないぞジルベール」
潜めるような声が割って入り、アーサー殿と振り返り思わず笑みがこぼれた。
…ああ、ここにも一人いた。
今後の成長が楽しみな少年が。
「どうも、ステイル様。そろそろ貴方ともお話したいと思っていたところです。」