9.極悪王女は、繋ぐ。
数日後。
ステイルはすっかり良くなって医者に許可を貰った途端、初日から再び城のマナーや勉強に力を入れ始めた。それでも休憩になればまた私の所にきてくれる。
あのお見舞いの日のことは、お互い話さなかった。
もしかしたら熱に浮かされていたステイルは忘れているのかもしれない。それならそれでも構わない。私の謝罪なんてされたところでどうしようもないだろうし、義姉の情けない姿なんて忘れていてくれた方が絶対良い。それに七歳の子どもに「殺してね」なんて無茶振り過ぎた。やっぱりゲームのプライドも私の中にちゃんといる。
なんとなく気まずくて、それ以降ステイルの部屋に逢いに行けなかった私だけど、その間何もしていなかった訳じゃない。
昼食を食べ終わった後、私は次の勉強の時間までの間に渡したいものがあるからとステイルを父上のところまで連れていった。
「これは特例で、城の中でも必ず内密にするように。」
そういって父上が渡してくれたのは封がしてある一枚の便箋だった。
不思議そうに便箋の封を切るステイルは中の手紙を見た瞬間「え」と思わず声を漏らしていた。驚くのも無理はない、何故なら中身は
実の母親からの手紙なのだから。
「プライドに頼まれてね、城から君の母親には報奨金を出す約束だったが、一度にではなく毎月一定の金額のみを出すことにした。その代わり、毎月の報奨金の一部の受け渡しの際にお前の母親から一枚だけ手紙を預かろう。ただし、君が手紙の返事を書けるのはお前の誕生日、年に一回だけだ。」
勿論、手紙の内容は両方必ず自分を含む城の者が厳しく確認するし、城内事情のことは母親にも他言無用。母親にはそれで良いと許可は取っている…と父上が続けたが、恐らくまた改めて言い直すことになるだろう。
その前にステイルが大声で泣きだしたからだ。
うわああああと母親からの手紙を抱き締めるようにして泣いている。後ろからステイルの両肩に手を添えて様子を見ていたプライドも驚いた。ステイルがこんな大声で泣く子だとは思っていなかった。
まだ…ずっと、我慢していたんだな。
父上に、ステイルと母親が会うのを許可して欲しいと言っても認めて貰えないのはわかっていた。
だから手紙を思いついたのだ。前世ではネットやSNSがあって家族同士離れていても、電話や直接合わなくてもそれだけで繋がっていられることができた。
頻繁な交流は駄目だけど、せめて互いのことが少しでもわかれば、繋がれられれば。父上に何度も頼み込んで、城下の庶民の生の声を聞けるのもきっと国の政治に役立つと訴えた時にやっと考えて貰えた。宰相のジルベールは少し困り顔だったけれど、それでも母上からの許可が取れた時には「流石女王の器、お二人とも広い御心ですね」と笑ってくれた。父上は少しそれを聞いて思うところのありそうな表情をしていたけど。
でも、良かった。
泣いているステイルの頭を後ろから撫でると、ステイルが身体ごと振り返り強く抱きついてきた。
今まで何度も、何度も自分の気持ちを受け止めてくれたステイルだったけれど、自分からこうして触れてきてくれたのは初めてだった。
泣き声を抑え、ゔ、ゔゔ…とこもるような呻きに、もしかして少しだけ自分のことを受け入れてくれたのかなと思い、胸があったかくなった。
「私も、父上も母上も、…貴方のお母様も。皆、貴方を愛しているわ。」
そう言って抱きしめ返すと自分の服に埋めていた泣き声が一層強くなっていた。
父上もそんな自分とステイルをみて笑ってくれている。
ステイル…私の義弟。こんなふうに、ティアラのことも愛せれば良いな。
部屋の窓から外を眺め、未だ見ぬ妹に想いを馳せた。
……
それから部屋に戻ったステイルはその日、夕食に呼ばれるまで母親からの手紙を胸に部屋から出てこなかった。
もしかして家に帰りたい想いが再発しちゃったかな…と心配にもなったが、夕食に来た時には元気そうでホッとした。
ただ、…最初に会った薄暗さやその後の明るい笑顔とも違う、静かで落ち着いた笑みにゲームでのステイルを彷彿とさせられたのだけれど。…気のせいよね…?
あと、それ以降から〝姉君〟や〝プライド〟呼びに加えて人前では私を〝プライド第一王女〟と呼ぶことも増えた。
もし、距離を置かれててゲーム通りこのまま嫌われてしまったらどうしようと、今更になって少し怖気付いてしまった。
断罪の時まであと、十年。