67.病める人は沈む。
「予知をしました。貴方の恋人…マリアンヌさんはこのままでは今日亡くなります」
ー 何故、こうなったのだろうか…?
アルバートと問答を広げたその翌日、彼女はとうとう言葉すら発せなくなった。
息を荒げ、口が必死に酸素を得ようともがくが、叶わない。
もう、目で見てわかるほど彼女には限界が近づいていた。
ー 彼女を失わずに済むのならば、何を失っても構わないと思った。
侍女達に全てを任せ、城下まで降りる。以前から特殊能力者の情報を定期的に金で買い取っていた男に会い、裏稼業の人間を可能な限り呼び出させた。人身売買での商品でも、誘拐でも構わない。彼女を救えるのならば。
金で足りなければ今度こそ宰相として私の可能なことならば何でもしよう。今までの金銭だけの褒賞には限らない。望まれるならば誘拐でも暗殺でも機密情報でも手引きでも厭いはしない。
なのに…
「ぶわっはっはっはっ‼︎」
「ぎゃははははははっ!」
私を、嘲笑う。
絵本の話だと、妖精かと、傷を癒す特殊能力者と間違えているのかと。
彼らは探す気すら持ち得なかったのだ。
その上、他を当たるという私に金だけは置いていけと宣う。
靦然たることこの上ない。
短絡的且つ安易で浅はか、愚鈍な思考だ。
これは、マリアを救う為だけの褒賞だ。
こんな輩に割く時間など、私には微塵もないというのに。
用無しになった男共を処理し、早く次の依頼へと向かわねば。己の焦燥感を、鬱積を発散させるかのように彼らを制圧していく。
怒りと焦りで、視界に入る情報しか考えられなくなる。
足の動きを奪われたところで、残りの二人が迫ってきていることすらわからなかったほどに。
真紅の騎士と漆黒の騎士。
身の丈は低く、そしてその姿はどうみても
我が国の第一王女と第一王子。
幻かとも思ったが、それは男達を確かに倒し、動きと意識を奪って行く。
「貴方を探しにきました。何をしていたか…は聞くまでもありませんが。」
ステイル様のその反応を見れば、わかる。先程までの会話は全て王女と王子の耳に届いてしまったのだと。
終わりだ。
「姉君が貴方に伝えたいことがあるそうですのでお連れしました。」
その言葉に、私への罰がもう決まったのかと思った。反逆罪、不敬罪…無意識に頭の中には私の罪状が次々と浮かんでいく。駄目だ、今は駄目だ。せめて、せめてどうかマリアを救った後に。
「お待ち下さい‼︎城を勝手に抜け、良からぬ者と通じていたことならばお詫び致します‼︎必要であれば罰も受けます!ですがどうか、どうかもう暫しのお時間をっ…私には時間が…‼︎」
例え逃げようとステイル様の瞬間移動から逃れることは叶わないだろう。不意を突き、気を失わせるのも可能だが王族に手を挙げたとなれば極刑は免れない。もしマリアを救う方法を手にしても彼女に届けるどころか、城に近づくことすらできなくなる。
だが、彼女に告げられたのは極刑よりも遥かに恐ろしい言葉だった。
マリアが、亡くなると。
もう、自分自身すらわからなくなる。
刃を突きつけられても、構わずステイル様へ縋り付く。彼ならば瞬間移動で私をすぐ彼女のもとへ…
「貴方は、自分本位の理由で国の法を変えようとし、更には無断で父上の補佐を放棄し、城を出て良からぬ輩と通じ、手段方法問わず…それどころか我が国で禁じられている筈の人身売買まで手を出そうとしていましたね。」
言葉を失う。
彼の言葉は、尤もだった。
語られれば語られる程、私がどれ程に堕ちたのかを思い知らされる。
そしてプライド様が遮る手前、彼はこう言った。
「どちらにせよ、恋人にはお前の諸悪の根源としてこの俺が」
マリア。
私の愚行のせいで、君の名が。
清く、名高い君の、そして家の名が。
私は君だけでなく、君の名まで殺してしまうというのか。
君を、失ってしまう。
君を、幸せにできない。
考えれば考えるほど、時も忘れて彼女の名を唱える。
気がつけば、今度はあれほどまでに陥れ、憎しみの対象とすら思っていたプライド様へ縋り付く。
訳もわからず、正常な判断すらままならず、ひたすらもがく。
何をしているのだ、私は。
今までどれほど彼女に罪を犯してきたか。
「よく聞きなさい、ジルベール・バトラー。」
例え世界が味方であろうと、彼女に許される訳などありはしないというのに。
今、この場で首を刎ねらようとも当然といえる罪を、私は何年も犯してきた。
だがどうか、それでも…
マリアは、マリアのことだけは、どうか…
「貴方も、貴方の恋人も許します。」
彼女の言葉に耳を疑う。
何を言っているのだ、彼女は。
条件は、マリアのところまで案内することだという。
もう、私には判断はつかなかった。
ただ、彼女の名を、その存在を許されれば。
そして今、彼女のもとへ駆けつけることが許されるのならば。
それしか考えが及ばなかった。
あれほど何年も思考や策を巡らせてきた筈の私の頭は今や短絡的且つ安易で浅はか、愚鈍な思考しかできなくなっていた。
…私に褒賞のみを望み、最後は無様に地へと這い蹲った、目の前の彼らのように。