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63.冷酷王女は見舞いに行く。


ジルベール宰相とマリアンヌさんの出来事から一週間経った日のことだった。


「ごめんなさい、アーサー。折角の非番に貴方までお見舞いに付き合わせてしまって。」

「いや、とんでもないっす。それに…俺も気になってましたから。」


私とアーサー、そしてステイル、ティアラは馬車に揺られながらマリアンヌさんのお見舞いに向かっていた。

アーサーに病を癒してもらったとはいえ、七年間も殆ど食べ物が喉を通らず、且つ寝たきり状態だったマリアンヌさんは、暫くはこのまま城のあの部屋で療養することになっていた。

因みに、今回のお見舞いは父上と母上も知っている。

四日前ほどだろうか、ジルベール宰相が正式に父上と共に私とステイル、ティアラへマリアンヌさんのことを話に来てくれたのだ。

一応父上の手前、三人で何も知らない振りはしたけれど。

「未来の女王となられるプライド第一王女殿下とそれを支えられるステイル第一王子殿下、そしてティアラ第二王女殿下に正式にご紹介と、お許しを頂きたく。」

そう言ってジルベール宰相は父上の前で私達にマリアンヌさんが病だったことや、特別処置として一時的に城に住んでいること、そして病が最近完治して城を出る目処がたったことを説明してくれた。

それはもう、本当に初めて私達に話すのですという見事な語り口調で。流石天才謀略家。

ただ、その時はまだ出来事から三日しか経っていなかった筈のジルベール宰相が私達に向けた表情はとても穏やかなものだった。…むしろ、今までどれだけそうでない表情を向けられてきたのだろうと今更になって考えてしまったけれど。あとはまぁ、ステイルへの態度がまた少し…いや、でもあれはステイルが先に毎回仕掛けてるからなのだろうけれど。

とにかくそうして私達も公式にマリアンヌさんの城での療養を許し、今度一度見舞いも兼ねてお会いして見たいと伝えた。ジルベール宰相も是非、と笑ってくれた上「宜しければステイル様のご友人であるアーサー殿も御一緒に。叙任式での非礼もお詫びしたいので。」と答えてくれた。父上が「また余計な事を言っていたのか」とジルベール宰相を睨んだのが少し怖かったけれど。

でも、お陰でこれからは人目を気にする事なく、私達はマリアンヌさんに会うことができるようになった。

そして今日、アーサーが非番だということもあり、ジルベール宰相には事前の了解も得て私達はマリアンヌさんに一週間ぶりに会うことになったのだ。


「お待ちしておりました、プライド様。ステイル様、ティアラ様、アーサー殿。」


馬車を降りてすぐ、ジルベール宰相が迎えてくれた。正式には私達はマリアンヌさんの部屋に行ったことがないのでジルベール宰相自らが案内してくれる約束だった。

城内とはいえ、やはり馬が必要になった。王居から遥か西側に位置したそこは徒歩で移動したら結構な時間が掛かるだろうと思い、ステイルに確認したところ一週間前にジルベールとマリアンヌさんの部屋へ向かう際にはステイルが特殊能力でここまではジルベール共々瞬間移動したらしい。本当にあの時はステイルがいてくれて助かったとつくづく思う。

ジルベール宰相と挨拶を交わし、そのまま先導されるまま私達はマリアンヌさんの部屋へと向かった。

マリアンヌさんに初めて会うティアラはとても楽しみだったらしく、私の手を握りながら小さくスキップをしていた。…その背後でアーサーは何故かバキボキと指を鳴らして、ステイルが肩を震わせていた事だけが少し気になったけれど。

そしてマリアンヌさんの部屋。

違和感を覚えない程度の場所に衛兵が一人待機し、入り口自体は人目に入りにくい場所にあった。更に扉にも仕掛けのようなものが張り巡らされていた。確かにこれならまず城の人間にも気づかれないだろう。

扉がそこまで大きなものではなかった為、最初にジルベール宰相、そしてアーサー、ステイル、ティアラ、衛兵に背後を守られながら私が入ることになった。…本当は最年少のティアラが最後で良いと思ったのだけれど全員に断られてしまった。

扉を抜け、少し歩いたところで部屋へと辿り着く。部屋の中は侍女達の数も含めて以前と殆ど同じだったけれど、部屋を取り巻く空気が全く違った。

衛兵が退出しようと私達に礼をし、ベッドから身を起こして私達を迎えてくれたマリアンヌさんに向かい、私が声を掛けようとした瞬間


ドスッ‼︎


…何やら、物凄い物騒な音が部屋に響いた。

驚いて音の方を振り向くと、アーサーが思い切りジルベール宰相の腹に拳を叩き込んでいた。 ぐはっ、と本人らしからぬ声とともにジルベール宰相が腹を抑えて背中を丸くしていた。ステイルがアーサーの背後で肩を震わせて珍しく笑っている。

「あっ、アーサー⁈いきなり何をっ…」

部屋の外に戻ろうとした衛兵がアーサーを��り抑えるべきか目を白黒しているし、マリアンヌさんも侍女も口を両手で抑えて驚いている。

「すみません。」

何の悪びれもなくそう言って頭を下げるアーサーはそのまま指をバキボキと鳴らしていた。

「プライド様の悪評ばら撒いた奴はいつか絶ッッ対落とし前つける、って昔から決めてたんで。」

そのまま「一週間前から殴るのは決めてた」と豪語までして仁王立ちするアーサーは若干の殺気を放っていた。

いやだから何で⁉︎と思いながら、マリアンヌさんは婚約者がこんなことされても大丈夫かと心配になって振り返ると、なんとも言えない苦笑いをしていた。

「ンで…俺殴ったんでジルベール宰相もどうぞ。上司である宰相に暴力振るった罰の方は別に後で受けます。」

そのまま姿勢を真っ直ぐに正すアーサーにとうとうステイルが腹を抱えて笑いだした。私もティアラもこんなに痙攣らせるように笑うステイルを見るのは初めてかもしれない。

すると、今度は何故かステイルの笑い声とは別の笑い声が紛れるように聞こえてきた。見れば、ジルベール宰相がアーサーに殴られた腹を抱えたまま肩を震わせていた。

クククッ…という怪しい含み笑いが聞こえて、何故か危機感を覚えた私は無意識にティアラを自分の元へ引き寄せた。

そして、ゆっくりと身体を起こしたジルベール宰相がその表情を見せた。「アーサー・ベレスフォード殿」と名を呼ばれ、アーサーが少し緊張した面持ちで返事をした。


「………貴方は、…本当に素晴らしい。」


そう言って笑うジルベール宰相は、切れ長な目を鋭くアーサーへ向けながら口元を静かに吊り上げ、何か満足したような、なんとも言えない笑みを浮かべていた。

発言の意味は全くわからなかったけれど、とりあえずジルベール宰相はその後も怒る様子もなく、まるで何事もなかったかのように姿勢を戻し、アーサーへ微笑んでみせた。

「罰などとんでもない。私は殴られて当然以上のことを犯しましたから。」

そのまま、お気になさらず。と笑むジルベール宰相にアーサーは少し不思議そうに首を捻っていた。

なんとか笑いが収まったステイルだけは、アーサーの背後で「いいぞアーサー、もっとやれ」と腹黒い笑みを浮かべていたけれど。そのまま、マリアンヌさんの方へとゆっくりと歩み寄る。

「申し訳ありませんでした、マリアンヌ殿。彼は少々血の気が多くて。」

そのままティアラが並ぶように駆け寄り、両手に抱えていた花束を「お姉様からです。」と言って手渡してくれた。

ステイルの言葉に「テメェがやるなら人目につかないように部屋の中でやれっつったんだろォがステイル‼︎」とアーサーが怒鳴るが、全くステイルは気にしない。そのまま何食わぬ顔でマリアンヌさんに「ご回復おめでとうございます。」と笑いかけていた。

花を手渡したティアラがそのままマリアンヌさんのベッドに寄り添いながら「初めまして」と挨拶をしている。美人なマリアンヌさんと天使みたいなティアラが凄く絵になる。

私も急いでマリアンヌさんの方へ挨拶に向かう。ティアラやステイルと挨拶を交わすマリアンヌさんに声を掛けようとした途端。

「プライド様…。」

先にマリアンヌさんに声を掛けて貰ってしまった。ふんわりとした笑顔が少しティアラにも似ている気がする。

「挨拶が遅れてごめんなさい。プライド・ロイヤル・アイビーです。お会いできて光栄だわ、マリアンヌさん。」

そういうとマリアンヌさんは「マリアとお呼び下さい。」と言いながら頭を深々と下げてくれた。

「この度はジルベール共々、本当にご迷惑をお掛け致しました。…本当に、本当にありがとうございます。このご恩は一生忘れません。」

体調も大分戻ったらしく、マリアンヌさん…マリアはとても顔色が良かった。白い肌に綺麗な血色も感じて、声も最初に会った時と違い、掠れずにはっきりと通っていた。

でも何故か病を癒したアーサーでもなく、アーサーを瞬間移動させたステイルでもなく先に私が礼を言われてしまい、少し不思議な気分になる。

「いえ、私は何も。礼ならばアーサーとステイルに。」

そういって微笑んでみせるとマリアが今度は不思議そうな顔をしていた。

でも、そこでティアラが「私の自慢のお姉様なのです。」とマリアへ笑いかけてくれたら、やっと笑顔で返してくれた。

そのまま何故か「お姉様って素敵ですよね。」「とても優しくて格好良いのですよ。」と私を自慢のように言ってくれるから凄く恥ずかしくなる。マリアも微笑ましく聞いてくれてるけど、何か申し訳なくなって「ティアラ、その辺りで良いんじゃないかしら…?」と私が自ら止めることになった。

「アーサー、お前もさっさと挨拶しろ。」

ステイルの声で背後にいる筈のアーサーの方を振り返ると、アーサーがジルベール宰相と並んで、何故か一歩引いたところで私達を見ていた。

マリアを含み私達の視線が向けられると、アーサーは小さな声で「お久しぶりです」と呟いたけれど、照れ臭いのかそれともジルベール宰相を殴ったことでマリアへ気まずく感じているのか目を逸らしたままだ。そんなアーサーにマリアは優しく微笑み、ゆっくりと手を差し出した。

「また会えて嬉しいわ。…本当にありがとう。」

そう、笑って。

マリアの手を掴み握手を交わすアーサーも、その笑顔を見た途端、仄かにはにかんでいた。

その様子があまりに微笑ましくて、嬉しくて。私は思わず隣にいたステイルとティアラの手を取り、マリアンヌとアーサーの手に重ねた。そのまま、ぎゅっと三人の手を重ねられたマリアンヌさんの手ごと包むように握りしめる。突然のことにアーサーもステイルもティアラも驚いている。

「私からも…御礼を言わせてね、アーサー、ステイル、ティアラ。あの時は本当にありがとう。」

私の言葉にアーサーとステイルが目を丸くして、ティアラが嬉しそうに目を輝かせてくれている。

本当に私は今回、何もしなかった。

アーサーがいなければマリアの病を癒せなかった。

ステイルがいなければジルベール宰相を城に戻す事も、私やアーサーもきっと間に合わなかった。

ティアラがあの時、私達の代わりに部屋に残って待つと言って協力をしてくれなければ私もステイルもジルベール宰相の元へ行けなかったかもしれない。

全部、三人のお陰だ。

「三人とも大好きよ」と言って力一杯笑ってみせると、ティアラとマリアンヌは眩しい笑顔と微笑みを私に向けてくれた。…ステイルは何だか若干頬を紅潮させたまま目がしどろもどろで、アーサーは顔を手を凝視したまま真っ赤にしていたけれど。もしかして私のせいで美人なマリアンヌさんや天使のようなティアラと至近距離に一気になったことで照れてしまったのかもしれない。なんだか申し訳ないので不自然に思えないようにゆっくりと、四人から手を離した。

そこでふと、ジルベール宰相だけ仲間外れにしてしまったけれど大丈夫かしらと振り返ると、


彼はとても柔らかな笑みを浮かべていた。


破顔、といっても良いかもしれないほどのその笑顔に、私は凄く驚いた。

だって、ゲームのエンディング後スチルよりもずっと、ずっと幸せそうな笑顔だったのだから。

そのまま私が驚きで目を逸らせないでいると、ジルベール宰相は無言のまま恭しく私にお辞儀をしてくれた。


正直、彼が何を考えているかは私にはわからなかった。ただ、マリアのお見舞いを終えて馬車に乗り込んだ時にアーサーがステイルに言っていた。


「今日は薄気味わりぃ笑い方してなかった。」


薄気味悪い、というのがどういう笑い方なのかはわからないし、アーサーに殴られた時の笑いなんて充分薄気味悪いんじゃないかしらと思ったけれど。…でも、そこで満足そうに「そうか」と答えたステイルを見て、私はなんとなく安心してしまった。

楽しそうに足を揺らすティアラと今度またマリアに会いに行きましょうと約束をしながら、私はマリアが居るであろう部屋の方向へ頭を向けた。


元気そうで良かった。…心から、そう思う。

七年間、病と戦ってきた彼女がどうかその分これから幸せになってくれれば良い。






愛する人と、一緒に。


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