<< 前へ次へ >>  更新
75/965

62.騎士が想い、


「…いると思ったぜ。」


父親である騎士団長と副団長との話を終え、自室に戻ったアーサーは部屋の中で既に寛いでいた少年を前にため息をついた。

「元の年齢に戻れたのか、ステイル。」

「ああ、あの後すぐに。」

自分の部屋で当然のように寛ぎ、椅子にもたれているのはこの国の第一王子だ。

以前から時々こうしてステイルはプライド様にすら隠して瞬間移動を使い、俺の部屋を訪ねてくることがある。

「っつーか、家主よか先に寛ぐなっつったろぉが。」

「お前が遅いのが悪い。」

父上ンとこに話に言ってたんだよと返しながら、俺は荷物を降ろす。

「騎士団長に…話したのか、能力のことを。」

「ああ、あとクラークにもな。」

椅子はステイルが使っているから仕方なく俺はベッドに腰を下ろした。

「驚いていたか?」

ステイルの言葉に、そりゃァな。と返す。正直、驚くだろうと期待していなかったと言えば嘘になる。

そして実際、予想を遥かに上回る驚きようだった。


『父上、クラーク。…俺の特殊能力は、作物を元気にする力ではなく、万物の病を癒す力です。』


正直、物凄く緊張した。まだこの特殊能力を知ったばかりだし、暫く考えや覚悟が決まるまで黙って置こうとも思った。

だけど、父上やクラークには早く伝えたいとも思ってしまった。

母上にも、父上が良いと言ってくれたらちゃんと伝えたい。俺が自分の特殊能力に苛まれた時に誰よりも支えようとしてくれたのがこの三人だったから。

父上もクラークも、話した時は口を開けて固まっていた。表情まで固まって何も言わなくなった父上と、珍しく動揺していたクラークが少し面白かった。

特殊能力が作物だけじゃなかったと答えた時には何故か、少し誇らしい気分になっていた。


『アーサー、貴方の特殊能力は作物に限りません。』


きっとあの時の言葉を思い出したからだと、そう思う。

でも、その後にクラークが質問を重ねる間もずっと頭を抱えて何かを考えこむ父上を見て、少し心配にもなった。

もし、この特殊能力が受け入れられなかったら。

クラークも俺に質問をしながら段々と笑いが枯れ始めていたから余計不安になった。

新兵の時に体調不良者がでなかったことや、俺自身が風邪の類にかかったことがなかったこともクラークに指摘されて初めて気づいた。

プライド様に予知してもらったことを話した時に父上が頭を壁に打ち付けたのはかなりびびった。しかもその直後に「なんてことだ」なんて言うから思わずこの特殊能力じゃ問題なのか疑問をぶつけてしまった。


『そんな訳がないだろう』


そう言われて、一気に熱も冷めた。

ガキの頃、特殊能力を初めて見せた時のように頭を撫でてくれた。あの時は確か「素晴らしい、植物や作物にとって救いになる特殊能力だ。胸を張れ。」と、そう言ってくれた。

…今更ながら騎士に向いていないというだけで、この特殊能力を恥じ続けた俺に、父上はどんな気持ちで接していたのだろう。そう思うと後悔と罪悪感が込み上げる。


『素晴らしい…騎士にとっても救いになる特殊能力だ。存分に胸を張れ。』


…すっっげぇ嬉しかった。

騎士にとっても、というその言葉が。

また聞くことができた父上からの賛辞が、その笑顔が。


俺の特殊能力を隠す方向で許可をくれた二人には本気で感謝した。ジルベール宰相やいつも冷静なあの二人まであんなに動揺する能力だ。他の奴らに知られてそれ以上の反応をされたらどうすれば良いかわからなくなる。

最後に部屋から出るとき、ちゃんと二人に伝えられて良かった。

俺の特殊能力をどう生かせば良いか、正直まだ全くわからない。でも、それがこれから先、騎士団やあの二人の役に立てたら嬉しい。それだけは間違いないことだと思ったから。


……すっげぇ、恥ずかしかったけど。


そう思い返して改めて長い溜息を吐くとステイルに「騎士団長に似てきたな」と言われた。うるせぇ、と返してそのまま睨み付けると意外な言葉が返ってきた。

「良いんだな、…騎士のままで。」

そういうステイルは何やら俺の様子を伺っているようにも見えた。

「お前の特殊能力は、本当に凄まじい価値がある。その能力を上手く利用すれば莫大な財産を得る事も、王族の一員になることも…騎士で成果を上げなくとも国中の…いや、世界中の英雄にも、神のように崇められることもできる。それに医者として名を挙げれば騎士になるよりももっと沢山の人間を救うこともできるだろう。」

そうやって言われると少し大袈裟な気もする。ただ、ステイルの言葉を聞いてやっと父上やクラークがあんなにも驚いていた理由がわか��た気がした。

金や地位はどうでも良い。それよりも俺は騎士でありたいと思うから。だが…ステイルの言う通り、この力を使えばさっきのマリアンヌさんのような病で苦しむ人を多く救うことができるだろう。

特殊能力は神の啓示という人間もいる。

だから俺は、作物にしか役立たないと思ったこの特殊能力が嫌だった。騎士に役立たないこの特殊能力が。

でもプライド様に出会って、俺はそれでも騎士になる道を選んだ。

特殊能力も神の啓示も関係ない、自らの意思でこの道を選んだ。

なら、…特殊能力の本当の力を知っても俺はこの道を変えたくはない。

この特殊能力が俺の力である以上、俺の生きたい道でこの力を生かし、沢山の人を守り、救いたい。


最後まで俺はプライド様の騎士でありたい。


「…騎士のままで良い、じゃねぇ。俺は騎士が良いんだよ」

そう答えるとステイルは「そうか」と言いながら何やら安心したように笑った。

コイツはコイツなりに俺の事を心配してくれていたのかもしれない。

そう思いながら、改めて自分の手を見る。


この手で、今日確かに人の命を救えた。


正直…まさか、自分の特殊能力がこんな風に役立つとは夢にも思わなかった。


騎士団の模擬練習中にいきなり親父の叫び声が聞こえた時はすげぇ驚いた。騎士団長の親父が叱責や気合いを入れる為に声を上げることは珍しくないし、俺だって他の新兵や騎士と同等に怒鳴られた。でも、あの時の急を要するような、異常事態のような叫び声には流石に名を呼ばれた俺だけじゃなく、周りの騎士達も驚いていた。


しかも、行ってみればそこにいたのはプライド様だ。


親父があんだけ声を張り上げた意味も理解できたし、しかもプライド様はいつものドレス姿じゃなくてこの前の深紅の団服まで着ていた。わけがわかんねぇ内にいきなし俺の手を握っ…、…。


マジで死ぬかと思った


真紅の団服着たプライド様に手を引かれるとか本気で心臓がヤバかった。カッケェし綺麗だし細ぇし柔らけぇし…。二年前、この手にあんなに触れられたんだなとか場違いなこと思い出したら余計顔が熱くなった。手を緩めてもらうのがもう少し遅れていたら心臓が破裂していたかもしれない。


『アーサー、貴方にお願いがあるの。』


まるで、苦渋の決断をしたかのようなプライド様の表情がまだ頭に残ってる。俺の手を離し、一人拳を握るプライド様を見た時、絶対その願いを叶えてみせると決めた。


『助けたい人がいるの。でも、その為には貴方を…貴方の人生を大きく変えなければいけない。良くなるか悪くなるか私にもわからないの…!』


そう言うプライド様はとても辛そうだった。プライド様の助けたい人が誰かは全く検討もつかなかったし、あの人がこんな顔する時は自分以外の誰かの…きっとその助けたい人や俺の為だというのもすぐに理解できたけど


『それでも、どうか…アーサー・ベレスフォード、どうか私に力を貸してください…‼︎』


何言ってんだと思った。


ズタボロの弱くて情けない俺の人生を丸ごと変えてくれた人が、何をと。

良し悪しなんざ関係ない。


『俺の人生なら、とっくの昔に貴方が変えてくれてる。』


地獄から俺を救ってくれたあの人の為なら人生も命も、何も惜しくは無かった。

プライド様の前に跪き、見上げた時の高揚感はきっと一生忘れない。


『俺は貴方の騎士だ、何でも仰って下さい。貴方の為ならこの命だって捧げます。』


いま、この瞬間の為に生きてきたのだと…そう思えた程に。

俺をまっすぐ見つめてくれたプライド様の泣きそうな表情と、握り締めてくれた両の手の温度と感触が。


本当に幸せだった。


『ありがとう』と言われ、それだけで全てが満たされた。

俺が憧れた、望んだ騎士に今なれたのだと。…そう思えたから。


二年前、何もできずに映像を見て嘆くことしかできなかった俺が今はこの人の傍で、この人の力になれる。…それが嬉しくて堪らなかった。


プライド様はその後、何か言おうとしてくれたが、デカくなったステイルが現れて中断された。

切羽詰まったステイルの言葉と、早く俺に何かを伝えないとと焦るプライド様を見て、俺の決断はすぐだった。

プライド様の手を強く握り返し、ステイルの名を呼び手を伸ばす。


『連れてけ‼︎』


コイツには、それだけで伝わると思ったから。


でも、瞬間移動した先は俺の想像を遥かに超えた惨状だった。

あの時のジルベール宰相の姿は…目を疑った。

あんな澄ましたツラしてたジルベール宰相が、泣いていた。ぐちゃぐちゃの面して泣き噦るジルベール宰相は…二年前のどっかの誰かを思い出した。

俺でもわかるぐらいに衰弱しきった女の人の手を握り、目の前の現実から必死に抗うようだった。

息も辛そうで、焦点も合わず酷い顔色で…近づける雰囲気じゃなかった。少し触れただけで壊れちまいそうだったから。女の人も…ジルベール宰相も。


茫然とする俺にステイルが語る、女の人はジルベール宰相の婚約者だと。

あんなヤツに婚約者なんざ居たのかと思いもしたが、それより戦場でもないその場に俺が呼ばれたことが理解できなかった。

プライド様からあの人に触れるように言われても意図がわからなかった。俺なんざが触れるだけで壊れそうなあの人に近づくことも躊躇った。

でも。


『アーサー、貴方の特殊能力は作物に限りません。貴方の本当の特殊能力は…』


俺の特殊能力の話が出た途端、疑問が更に深まった。何故、ここで俺の特殊能力の話になるのか。

でも、誰でもないプライド様の言葉だから。


『万物の病を癒す力です‼︎』


真っ直ぐに、あの言葉を受け入れられた。

きっと、他の奴の言葉だったらこんなに簡単に受け入れられなかったし、動けなかった。

プライド様の言葉を聞いた瞬間、気がつけば走り出していた。

走って、マリアンヌさんの手を掴むまでほんの数秒だったのに。その間、何度も何度も二年前のプライド様の言葉が頭に繰り返された。


『救えるとわかった時点で救わねば‼︎』


救いたい。

俺に、そんな力があるなら。

目の前で苦しんでいるこの人を。

二年前のどっかのクソガキみてぇに大事な人に迫る死を嘆くことしかできないこの男を。

本気で、そう思った。

プライド様よりか細い腕を掴み、握り締める。

最初触れた時はなんとも感じなかった。ただ、マリアンヌさんが息を吐き出した辺りから、段々と〝違和感〟を感じた。昔、駄目になりかけてた作物に触れた時と一緒だ。少しの弱ったぐらいの作物じゃ何も感じなかった。でも、弱って駄目になりかけていればいるほど感じたあの時の〝違和感〟とそれはよく似ていて、ふいに理解した。


ああ、これが〝癒す〟という感覚なのだと。


ジルベール宰相の叫びや、マリアンヌさんの変化、周りの侍女達の悲鳴。全ての情報が耳から、目から次々と頭へ入ってきて眩んだ。

マリアンヌさんが言葉を発し、ジルベール宰相が抱き締めた時も、自分が本当にこの人を助けられたのだという事実に茫然として既にその時には頭が回らなかった。自分でやったことの筈なのに、あまりにも夢みてぇで信じられなくて。

でも、マリアンヌさんが俺へと向き直り『貴方が…?』と言った時。


俺は、頷いていた。


これは俺がやったのだと、理解をしていた。

そして、強い力で手を握り返された俺は


『…………ありがとうっ…‼︎』


そう言って泣きだすその人の言葉に、酷く揺り動かされた。


『もう一度ジルにっ…、…ジルを、私を助けてくれて…ありがとう…‼︎』


そう言って、何度も何度も礼を言われ、ジルベール宰相にも頭を下げられながらまた二年前のことを思い出した。


『…友にっ…部下に、家族にっ…ッ、…再び会えて…良かった…‼︎』


父上の言葉だ。

プライド様に泣きながら言った、あの言葉だ。

その瞬間に、自惚れかもしれねぇけど本当に漠然と…昔のプライド様に今の俺が少し近づけた気がして…そして漠然とこう思えた。


救えたんだ、と。


誰のものでもない、俺の力で。

…ずっと、この特殊能力を恥じていた。

騎士を再び目指し始めても、未だこの能力をどうしても騎士としての長所とは思えなくて。

それでも特殊能力なんざ関係ないと自分に言い聞かせてきた。


なのに


俺のこの特殊能力が、誰かの役に立てた。

プライド様の役に立てた。

そして誰かを救えたのだと。


それが…嬉しくて堪らなかった。


この特殊能力を持っていて良かった。

恥じるような力なんざじゃなかった。

確かに意味はあった、今この瞬間に。

そう思えたら…涙が伝っていた。


またプライド様に感謝した。

俺の特殊能力に意味を与えてくれたことに。

何より、間に合わなくなる前に目の前のこの人達を救わせてくれたことに。


『助けたい人がいるの。でも、その為には貴方を…貴方の人生を大きく変えなければいけない。良くなるか悪くなるか私にもわからないの…!』


本当に、良し悪しなんざ関係なかった。

もし、仮に最悪これで俺の人生とか…騎士としての生活とか。そういうのが変わってしまったとしても。

それよりも、今日この日にこの二人の人生を良く変えられた事を。

誇り高きプライド様の信念を守れたことを、ただひたすら胸を張りたい。


自分の特殊能力で人を救えたことを誇りに思いたい。



「…ずっりぃよなぁ…プライド様…。」

今日一日のことを思い出したら、思わず声が漏れた。

プライド様の役にやっと立てると思ったのに、結局また俺が救われた気分だったから。

ベッドに両手を広げ、倒れ込む。

「諦めろ、姉君は昔からそういう人だ。」

ステイルに一言で切り捨てられ、思わずその場で唸る。

「………………知ってら。」

そうだ、知ってる。そういう人だから俺はあの人に全て捧げると決めたんだから。

「…ンで?…テメェは平気だったのかよ。」

俺の事なんざどうでも良い。それよかステイルだ。

首だけステイルの方を向けて見る。

何がだ、とここまできて知らばっくれるステイルに鼻で笑う代わりに溜息を吐いてやる。

「テメェ…あんまあのジルベール宰相のこと、よく思ってなかったろ。」

ジルベール宰相…最初の印象は胡散臭くて薄気味悪い男だと思っていた。それも、ステイルはそのジルベール宰相についてあまり良く思っていないようだった。それどころか、ジルベール宰相と似ている事にすら嫌悪を感じていた。その上で、あの告白だ。正直、俺はプライド様の悪評を広げていたって話の時点で、もうジルベール宰相をいつかぶん殴ると決めた。

だが、ステイルの怒りは俺の比じゃなかった筈だ。コイツが昔からプライド様の為にどんだけやってきたか、俺はそれなりに知ってる。あの男がやった事はコイツとプライド様の努力を踏み躙る行為だ、王族全員への裏切り行為だ。

許せるわけがない。


「…まぁ、そうだな。」

<< 前へ次へ >>目次  更新