<< 前へ次へ >>  更新
74/965

61.騎士は打ち明ける。


「…すみません、騎士団長、副団長。…少し、宜しいでしょうか。」


プライド様に連れられていったアーサーが戻り、その日の残りの演習を全て終えてからのことだった。

自分からすぐに私と副団長であるクラークに声を掛けてきたのだ。

恐らく、先程のプライド様のことなのだろう。クラークと頷き、話を促すとアーサーは何故か少し居心地悪そうに「…その、ここでは少し。」と言葉を濁らせてきた。

そんなに重大な事が起こったのだろうか。少し焦る気持ちを抑え、私はクラークと共にアーサーを騎士団長室である私の部屋へと招いた。

最初、アーサーが「今から話すことは全て内密にして欲しい」と前置きをしてから話したのはプライド様に呼ばれた後のあらましだった。

あの後、ステイル様に瞬間移動で連れられ、詳しくは言えないがプライド様の〝頼み事〟を手伝っていたらしい。

確かに、ステイル様の瞬間移動は一応騎士団内でも箝口令が敷かれている。内密に話したいのも当然だ。

だが、アーサーの最初の口振りはそれ以外の含みを感じられたのだが…私の気のせいだったのだろうか。

「あと…これも、できればまだ内密にして欲しいのですが…。」

アーサーがまた、緊張したように言い、一度目を逸らした。

そして、真っ直ぐ私とクラークの方を向き直ると静かに、そしてはっきりとした口調でこう告げた。


「父上、クラーク。…俺の特殊能力は、作物を元気にする力ではなく、万物の病を癒す力です。」





…………………⁈





……理解が…追いつかなかった。

思わず開いた口が塞がらず、言葉が出ない。


「…ど、どういうことだアーサー⁈ええと…すまない、傷を癒す力…と言ったのか⁇」

珍しくクラークが動揺している。それもその筈だ。病を癒す特殊能力者など、私も幼い頃から噂話としてしか聞かなかった能力なのだから。

だが、アーサーははっきりと言い切る。

「いや、病を癒す力だ。俺の特殊能力は作物だけじゃなかった。」

その言葉にクラークが絶句する。

だめだ、まだ頭が飲み込みきれない。

騎士団長として様々な状況に対応する為の柔軟性と適応力を身につけてきたつもりだが、自分の息子から放たれた言葉はそれを遥かに超える内容だった。

頭を抱えながら私は、アーサーが幼い頃初めて特殊能力を見せてくれた時を思い出す。

確か、妻が初めて栽培を試みた作物が育て方を間違えて萎びたのだ。腐蝕まで進み、もう駄目だろうと妻と話したその日。駄目になった作物を片付ける手伝いをする為に家へ帰った。喜ぶ妻に手を引かれ、初めてアーサーの特殊能力を知った。萎びた作物がアーサーに触れられた途端、息を吹き返したのだ。

「作物を元気に育てる特殊能力」と私や妻も、そしてアーサーも信じて疑わなかったし、植物に生きる力を与えるアーサーの特殊能力は誇らしいものだと思っていた。その後、騎士に不向きというだけでアーサーはその特殊能力を恥じるようになったが、まさか、まさか植物どころか万物に生きる力を与えるような特殊能力だったとは‼︎

植物関連の特殊能力自体は珍しくない。私自身今まで会ってきた特殊能力者には植物の成長を促したり、自在に花を咲かすものもいた。だからアーサーも幼い頃に自分の特殊能力が騎士に不向きと知った時は他に応用がないか試していた姿もあった。だが、植物を操ることも成長を促進することもない自身の能力に彼は絶望していた。植物ではなく、元気にするなどという曖昧な表現の方が真髄だったなど想像もしなかった。

今思い起こせば、アーサーが産まれてから私や妻がアーサーの傍にいる時、風邪や病に伏したことがあっただろうか。私が新兵として家を往復していた時は疲労はともかく一度も体調を崩すことがなかった。騎士として本隊入りを果たし、騎士団の部屋で寝食を過ごすようになってからは軽い風邪などを引いたこともあるが逆に妻やアーサーに移してはならないと完治するまでは家に帰らなかった。我が家の周辺で風邪が流行った頃も妻の様子を度々見に行っていたが本人もアーサーも平気だと話していた。だが、アーサーはともかく妻は私に隠れて無理をしていないかと何度心配しただろうか。

私がそこまで考えを巡らせていると、横にいるクラークが恐る恐る「そういえば、アーサーが入隊してからの一年間…新兵に体調不良者…誰も出なかったな。」と呟き、顔を見合わせた。

新兵はその入隊の年月に差はあるが、騎士本隊入りをする為の厳しい訓練、そして個室も与えられず毎晩家から通うか、または新兵用の共有スペースで眠る事が多く、特に新入りの新兵は体調不良を起こすことも日常だ。

だが、去年アーサーが新兵として入隊した一年間は不自然なほどそれがなかった。

「あと、アーサー…お前、風邪とか引いたことは…」

「一度もねぇな。」

クラークの問いにあっさりとアーサーが答える。「何とかは風邪を引かないというから気にも止めていなかったが…」と呟くクラークにアーサーがどういう意味だと噛み付くが、私はそれどころではない。

もし、本当にアーサーが病を癒す特殊能力者だとしたら。

基本的に特殊能力は人間相手に動作させる為には相手に触れなければならない。

私や妻などアーサーが幼い頃は常に接触する機会が多かった。そしてアーサーが新兵であった間は素手での格闘訓練を始めとして、新兵同士の手合わせや共同作業が基本だ。つまり、アーサーは知らず知らずの内に新兵の病を癒し続けていたとしたら‼︎


なんという凄まじい才能だろうか…‼︎


クラークも同じ考えなのだろう、枯れた笑いをあげながらも額に汗が伝っている。

怪我治療関連の特殊能力者は騎士団にも複数在籍し、重宝されている。騎士として、戦場でいつ如何なる時も万全の状態で戦う為に。

だが、病はまた別だ。

怪我治療で癒すことは叶わず、更に病に侵されれば戦力として適わぬどころか、怪我と違い感染の恐れがあれば全滅もあり得る。どんなに屈強な身体を作り上げ、技術を磨こうと病には勝てない。

そして、医者の望めない遠征先やその途中で病を発症すれば命にも関わる。

だから騎士団は常に通信手段の長けた特殊能力者を配備し、異常事態に備え、尚且つ移動手段に特化した特殊能力者を城に必ず一人以上は控えるようにしている。

だが、アーサーはその問題を全て一人で解決してしまうのだ。

幼い頃、自分は騎士に不向きな特殊能力だと嘆いていたアーサーを思い出す。

向き不向きどころの話ではなかった。アーサーの特殊能力を必要としない職務を探す方が難しい。その能力が表沙汰になれば、国中からその力を求められるだろう。


僅か一年の再稽古で騎士団新兵入りを果たし、さらにその翌年には本隊入りを決め、騎士の誰もにその実力を認められたアーサー。そして、病を癒す特殊能力者。


何が一番恐ろしいかといえば、これ程までの才能を持った人間がほんの二年前までは埋もれていたという事実だ。

あの時、プライド様が居なければ今頃…


「…ちなみにアーサー、…その特殊能力はどうやって知ったんだ…?」

「プライド様が…予知してくれた。」


またプライド様か‼︎

クラークの問いに答えるアーサーの言葉に私は耐えられず壁へ頭を打ち付けた。

あの御方はっ…何度私達を驚かせれば気が済むのだろうか…⁈


恐らく私やクラークではアーサーの本当の特殊能力には気づけなかった。この恐ろしく素晴らしい才能を埋もれさせていたかもしれない。

「………なんてことだ…。」

思わず言葉が漏れた。

私の言葉を聞いてアーサーがなんだと、と声を上げる。

「ンだよ!この特殊能力じゃ問題でもっ…」

怒り、私に歩み寄りながら声を上げるアーサーの頭を片手で鷲掴む。そんな訳がないだろう、と私が言うとそのまま押し黙った。

「素晴らしい…騎士にとっても救いになる特殊能力だ。存分に胸を張れ。」

そう言ってそのままアーサーの頭を撫でながら笑んでみせると「…はい。」と小さく頷いた。

「取り敢えず、暫くはその特殊能力は隠しておく…という方向で良いのか、アーサー。」

クラークの言葉にアーサーは頷いた。確かに、それが良い。アーサーの特殊能力の存在は強大過ぎる。

「…んじゃ、話はこれで終わりなんで部屋に戻る。」

そういって頭を下げて私達に背中を向けるアーサーに返事をする。扉を開け、失礼しますと言って扉を閉めようとした瞬間だった。

あ、と思い出したようにアーサーは扉を閉める間際の隙間から顔を出す。

「…でも、もし…父上やクラークが必要としてくれた時は…使うから。」

そう言い残して素早く扉を閉められた。

バタン、という扉の音が私の部屋に響く。


「………クラーク。」


長く溜息を吐きながら、友に呼びかける。


「ああ、友よ。…私も今夜は思い切り飲みたい気分だ。」


通じたらしく、その後は互いに何も言わずいつもの酒場へ行く支度を始めた。


アーサーとプライド様は一体何度、私達を驚かせ、喜ばせれば気が済むのだろう。


酒場へ行く道すがら、クラークが小さく「私も子どもが欲しくなってきたよ」と零した。お前は年の離れた妹の面倒で十分だと話していただろうと返しながら、私は強く彼の肩を叩いた。



友からの最高の褒め言葉だと、そう受け止めながら。


<< 前へ次へ >>目次  更新