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59.冷酷王女は戻る。


「ジルベール‼︎ジルベール!居るのか⁈」


突然、聞き慣れた大声が聞こえてきた。父上だ。もしかしてジルベール宰相が戻ったと城の誰かから聞いて此処に居ると踏んだのかもしれない。

どうしよう、途中で見つかる覚悟はしていたけれど、この状況をどうやって説明すれば


「プライド。」

ステイルの声で振り返った途端、視界が変わる。気がつけばいつもの見慣れた私の部屋だった。

「お姉様っ‼︎」

ティアラが私の胸へ飛び込んでくると同時に、今度は私の真横にアーサーとステイルが出現した。

「…マジで置いてく気だと思った。」

アーサーは目を丸くしながら瞬間移動したのだと理解すると若干脱力した様子でそう呟いた。

「お望みなら今すぐ瞬間移動でもう一度あの部屋に放りこんでやる。」

「詫びっから止めろ。」

その場に座り込み、大きなため息を吐くアーサー。

ティアラが嬉しそうに私の腕の中からアーサーに手を振り、そしてステイルを見上げた。

「兄様は…兄様なの⁇」

上目遣いでステイルを見るティアラが可愛い。

まぁ、疑問に思うのも仕方がないだろう。ステイルの姿は未だに十七歳サイズのままなのだから。面影ががっつりあるからわかるけど、別人にも見えてしまう。その証拠に私の部屋で待っていてくれた侍女のロッテ、マリーや衛兵のジャックは最初かなりステイルの姿に警戒していた。

「そうだ、テメェその背丈どうした。」

アーサーが座り込んだままステイルを見上げる。ただでさえ、今のアーサーより背が高いのに座り込んだアーサーとだと余計にその差がすごい。

「ジルベールの特殊能力だ。」

眼鏡に人差し指で触れながら「お前をこうして見下ろすのは気分が良いよ」とアーサーに笑い掛けた。密かに身長差を気にしていたのだろうか。アーサーがなんだとコノヤロウと悪態をついた直後、はっと今気がついたかのように周りを見回した。

「だ、ちょ、ちょっと待て⁈こ…ここって何処だ⁈」

そういえばアーサーが私の部屋…というか城の王族生活区域内まで来たのは初めてだ。

「ここはお姉様のお部屋ですよ。」

ねー?と私に腕の中で笑い掛けながらティアラが答える。その瞬間、アーサーは顔を真っ赤にしてその場に立ち上がった。

「なっ…す、すみませんプライド様、俺訓練中だったので服とか靴とか汚れっ…」

確かにアーサーはかなり汚れていた。そういえば連れ出してしまった時は素手での格闘演習中だった気がする。ロッテ達が後で掃除してくれるし別に構わないのだけれど。それでもアーサーは急に萎縮したように立ったまま動かなくなってしまった。私が気にせず寛いで良いと言ってもその場から姿勢を崩そうとしない。横でステイルが顔を背けたまま肩を震わせて笑っている。

「そういえば…マリアンヌさんはあのまま離れて大丈夫だったの?」

ふと、マリアンヌさんの身体が気になった。ずっとアーサーが手を握ってあげていたけれど、癒しの特殊能力者のアーサーが離れても大丈夫だったのだろうか。

「あ…多分、大丈夫です。何となく、…〝治った〟って、感じがしたので…。」

そう言いながらアーサーは自分の手を見つめる。きっと本人でも説明つかない特殊能力ならでは感覚なのだろう。

でも、治ったなら良かった。私がほっと胸を撫で下ろすとティアラが「私にも教えて下さい!」と私の団服を小さく握りながらせがんできた。

私がどこまで説明しようか悩み、アーサーに目をやると本人から「ティアラには…話しても大丈夫です」と言ってくれた。ただ、〝ティアラには〟ということはまだ侍女のロッテ、マリーや衛兵のジャックなど全員にはまだ知られたくないということだろう。ティアラも察したらしく「後でちゃんと詳しく教えてくださいね」と笑ってくれた。本当に良い子だ。

「んじゃ…俺はそろそろ失礼します。まだ訓練も残ってると思うんで。」

そう言って私に頭を下げると、そのままステイルへ目をやった。

「ステイル、わりぃが送ってくれ。」

「騎士団演習場で良いか?」

そう会話しながら頭をかくアーサーは私とティアラに頭を下げ、侍女のロッテ、マリーや衛兵のジャックにも挨拶をした。

「あのっ…アーサー!」

改めてお礼とお詫びを言わないと。そう思って声を掛けると丁度ステイルがアーサーに触れようと手を伸ばした時だった。アーサーが私の声に振り返る。そのままプライド様、と私の名を呼んだ。急いで、彼に言おうと口を動かす。

「今日は…本当にありが」


「ありがとうございました。…感謝しています。」


私ではない、アーサーからの言葉だった。

静かに、そして嬉しそうに微笑んだアーサーは次の瞬間、姿を消した。

ステイルが瞬間移動させたのだ。

「何故…アーサーが…?」

御礼を言うのは私の方なのに。そう呟くとステイルが私をみて微笑んだ。

「……嬉しかったからだと思いますよ。」

そう返してくれるステイルを見ると、大人びた顔が優しく緩んでいた。ゲームでは妹のティアラにだけ向けられた笑顔だ。今はそれが姉である私や、友人であるアーサーに向けられているのが、なんだか凄く嬉しい。

「……あ。」

小さく、ステイルの声が漏れた。見れば、段々と身体が小さくなっていっている。恐らく、ジルベール宰相が年齢操作を解いたのだろう。まるで映像を早戻ししているようにみるみるとステイルの背が縮み、もとの十二歳のステイルの姿になった。

「…遠隔からでも解けるならさっさと解けば良いものを。」

小さく悪態をつきながら言うステイルは少し残念そうだった。声もまた子供らしい高い声に戻っている。

「良かったわ、元に戻れたのね。」

私がそういうとティアラも「元の兄様だわ」と喜んでいた。ステイル本人だけは少し複雑そうだったけれど。

でも、腕の中にいたティアラと一緒にステイルへ両手を広げてみせるとその途端、照れたように笑ってくれた。

そのまま私達の方へ駆け寄ってくれたステイルを思いっきりティアラと一緒に引っ張り、私達のところへと飛び込ませる。

ティアラの横に倒れこんだステイルを私は二人一緒に抱き締めた。それに答えるようにティアラも私とステイルを小さな両腕で抱きしめてくれる。

沢山の大人達の中からずっと私やティアラを守ってくれたステイル。子供の姿に戻って複雑そうな彼に早く大人になりたい、このままの姿でいたかったという気持ちがあっても仕方がないと思う。


でも、急ぐことなんてない。ジルベール宰相と違って私達は嫌でも歳を重ねて行くのだから。

例えどんなに抵抗しても時の流れには逆らえない。


愛しい愛しい、私の弟妹。


「三人で一緒に歳をとって行きましょうね。」


どうせ逆らえないならば、せめて今のこの瞬間を大事にしておかないと。


私の言葉に頷いてくれる二人を胸に、ふと私はジルベール宰相のことを想った。


永久の時間を生きる人。

ならばどうか、せめていまこの時を。これからの彼にとってはほんの僅かな時間かもしれないこのひと時を。


あの人の愛する彼女と一緒に幸せであれますように。


愛する弟と妹を胸に、静かにそう願った。



その後、暫くして私とステイルが着替え終わった頃。

父上が、なんだか少し嬉しそうにして私の部屋に飛び込んできて、今度は父上が私達三人を抱き締めてくれた。


何故か「お前達もいつか〝あの御方〟にお会いできると良いな。」と不思議なことを呟きながら。


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