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7.極悪王女は契約を交わす。


翌日、従属の契約を交わす時。


朝食にも出てこなかったステイルが心配だったけれど、結局父上が指定した時間にはすんなりと姿を現してくれた。

気のせいか昨夜よりすっきりとした面持ちで、会った途端に「おはようございます、プライド様」と挨拶をしてくれた。


契約自体は見届け人数名と父上の前でサインを書くだけのものだった。子どもの私には情緒も感じられない形式的なものだったけれど、それでも私が書いたあとに続いて枷付きの手で懸命に自分の名前を書くステイルの姿には胸が痛んだ。


父上の隣には昨日思い出せなかった補佐の人がいた。透き通ったような薄水色の長い髪を肩の位置で一纏めに括り、垂らしている。髪と同じ薄水色の切れ長な目。父上より五つ下と聞いたことがあるけれど、どう見てもそれ以上父上の方が年上に見える。確か特殊能力者で自分の年齢を自在に操れる不老人間と聞いた気がする。ゲームではどうだったかいまいち思い出せないけれど、今は実年齢のままの見かけだそうだ。それでもあの人の風体では渋い父上と並べば余計若く見られてしまう。

…まぁそういっても父上もまだ30にもなってなかったっけ。あれ?見かけ年齢おかしいのどっちだろう⁇


式は呼ばれた司祭さんが何やら小難しいことを語っていたけれど、契約に必要だったのは私とステイルのサインだけだからお互いに名前を書き終えたところで実質契約は完了した。

不思議な光が私達を包む…なんてこともなく、全く目に見えた実感はなかったけれど、ステイルが書き終えた瞬間に自分の胸の鼓動が一際大きく聞こえた、ステイルもまた不思議そうに胸を押さえていたからきっと契約は恙無く効力を発揮されたのだろう。


そして、父上が前日に言っていた通りすぐにステイルの枷は外された。私が今朝こっそり元の場所に戻した枷の鍵によって。

ステイルは軽くなった両手を閉じたり開いたりしていたけれど、父上が「これからよろしく頼むよ、わが息子よ」と肩に手を置くと笑顔で答えていた。

本当にこのままティアラがステイルルートにいってステイルが立派な王配になってくれた方がこの国の為なんじゃないかと思ってしまう。

ゲームのステイルはプライドのせいで十年後には義妹の前以外では大分腹黒な策士眼鏡だったけれど。きっとこのままなら真っ直ぐな良い子に育ってくれるだろう。


「プライド様!」

父上と話を終えたステイルが私の方に駆け寄ってくる。昨日の俯いていた暗さが嘘のようだ。

「これから先、宜しくお願いします。プライド様も妹君様も必ず守ってみせます。」

まるで騎士のようなことを言いながら胸に手を当てて笑む少年に父上も後ろからほっとしたように微笑んでいた。

…あれ?騎士⁇

ちょっと引っかかったけれど、今は笑顔を向けてくれるステイルに集中する。

「ありがとう、ステイル。でも家族なのだから様付けなんて要らないわ。プライドと呼んでちょうだい。母上も叔父様に名前で呼ばせていたもの。」

ゲームのプライドは“プライド様”や“女王陛下”と呼ばせていたが、私はそんな他人行儀で呼ばれたくはない。

だがステイルは急に恐縮したように「え、そんな…いや、僕は…」とぼそぼそとまだ口の中で呟き始めてしまった。

「プライド第一王女殿下。」

上を見上げると父上の補佐の人が私とステイルを覗き込んでいる。うわぁ、下からのアングルで見ても綺麗な顔。あれ?こんな顔、やっぱりゲームにいたような…いや、違うシリーズだったかしら。

「確かにヴェスト摂政殿下は女王陛下をファーストネームで呼ばれてはおりますが、民の前では“女王陛下”または〝姉君〟と呼ばれております。」

ヴェスト摂政とは私の叔父、つまり母上の義弟のことだ。母上の片腕として王配である父上と同等の権利を有している偉い人だ。

そうか、私は逆に民の前での母上を滅多に見たことがないから知らなかった。

「なら、人前では姉君で良いけれど、二人でいる時はプライドと呼んでちょうだい。だって私とステイルは家族で、対等な関係だもの」

そういって握手を求めるとステイルだけでなく周りの見届け人や父上、そして補佐の人まで目を丸くさせた。前から私のことを知っている見届け人達は互いに「あのプライド様が…‼︎」と話している。

それにしても、その中で臆さず「…はい、姉君。」と言って手を握ってくれるステイルの良い子ぷりっときたら。

「どうやら、プライド様は私が暫くお目にかからない間に随分と立派な女王の器になられたようですね。流石は幼くして予知能力を得られたお方。初め覚醒されたと聞いた時はどうなることかと」


「ジルベール宰相、それは褒めているのか?」


父上が補佐の人の言葉に釘を刺す。まぁ、いまのはどちらの意見も最もだ。失礼とは思うけれど、ゲームのプライドは女王として最悪の極悪外道ラスボスになるのだから。

ジルベール宰相と呼ばれた補佐の人は肩をすくめる様な動作をして「失礼致しました、宰相として出すぎた発言を。」と頭を下げてきた。

そのまま「女王陛下は謁見できず非常に残念でしたね。大事な第一王位継承者でもある姫君の大事な大事な晴れ姿だというのに。まぁ、一ヶ月以上前から隣国との会議が決まっていたものですから。 あとティアラ様のー」といったところで父上に頭を叩かれていた。


やっばりこのジルベールとかいう宰相、ゲームで覚えがあるような…。


こうして私は頭にもやもやとしたものを抱えながら、契約を終えることとなった。

父上に侍女のロッテ、マリー達や衛兵のジャック達が呼ばれ、一緒に王居へと戻った。



義弟となった、主人公ティアラの義兄と手を繋ぎながら。

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