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53.冷酷王女は動き出す。


法案協議会に参加して二年目。私は今までの知識を総動員させて、頭の中で状況を確認した。


法案が協議会で成立しても、そこから制定までの期間は法律によって異なる。国民へ事前に周知させ、様々な準備を済ませる為の十分な期間の後に初めて法は制定されるのだから。といっても我が国では長くて一ヶ月後、早ければ一週間くらいだろうか。

法案協議会は昨日行った。ゲームの中では昨日きっと〝特殊能力申請義務令〟が可決したのだろう。なら、猶予は長くても一ヶ月しかない。昨日、ジルベール宰相は婚約者がもう限界のような言い方もしていた。なら、最悪の場合今日から一週間後に亡くなってしまう可能性だってある。


…急がないと。

彼がゲームのように、彼女の死で己が無力に苛まれるその前に。


「……?なんでしょう。何か先程から城内が騒がしいような…。」

ティアラの声ではっとする。

確かに意識してみると城内が騒がしい。

ばたばたと従者や使用人が駆け回る音や誰かを呼んでいる声が聞こえる。

城内が、特に私達の生活圏内までがここまで騒がしくなるのは珍しい。

「‼︎プライド!ステイル、ティアラ!」

突然名前を叫ばれ、振り返ると父上が息を切らして駆けてきていた。

「父上。一体この騒ぎはどうなさったのですか。」

一緒に護衛や従者を連れている。私達に会いに来る時は一人で来ることが多いのに珍しい。父上は私達の前まで来ると息を整え、ゆっくりと顔を上げた。

「…ジルベール…。…ジルベール宰相には会わなかったか?」

ジルベール⁇昨日の今日で一体どうしたのだろう。

私は勿論だが、ステイルとティアラも会っていない。それを三人で伝えると父上は大きく溜息を吐いた。

「そうか…。…三人とも、今から部屋に戻りなさい。」

あと、従者と衛兵をしっかり付けておくように。と命じられ、私達三人は首を捻った。

「父上、どうかされたのですか。ジルベール宰相が、何か?」

今度はステイルが父上に尋ねる。若干、その目は鋭い。

「ああ…。実はジルベール宰相が今朝から姿を消していてな。城の何処にも居ない。今、城の人間が総出で探してはいるが…。」

つまり、誘拐や何者かの侵入など異常事態の可能性があるということか。私は言葉に出さないまま、父上の言葉に静かに頷いた。

「勿論、自分から無断で出て行っている可能性もあるがっ…とにかく、少なくとも事態がわかるか、ジルベール宰相が戻るまでの間、お前達は部屋にいなさい。」

そう言うと父上は近くの衛兵に声をかけ、私達を部屋まで誘導、護衛するように命じた。

「父上!」

衛兵に囲まれながら私が声を上げる。

「ステイルやティアラも、三人で私の部屋に居てもよろしいですか⁈」

父上は私の言葉に少し驚いたような表情をしたが、すかさずステイルとティアラが「姉君が心配です」「私もお姉様と兄様といた方が心強いです」と賛同の声を上げてくれたおかげで了承を得られた。


「…二人とも、ありがとう。」


父上が従者や衛兵と一緒に去って言った後、私は二人に小さく耳打ちした。


……


今、私の部屋はいつもより更に厳重な警備がされている。王族三人が一箇所に詰まっているのだから当然だ。


部屋の窓の下には衛兵が十人、部屋の扉の外にはステイルとティアラ、そして私に付くことの多い衛兵達殆ど全員。室内には私達が「三人だけにして欲しい」と訴えた結果、私によく付いてくれている衛兵のジャックだけが部屋の中から扉の前を守ってくれている。従者も私に付いてくれることの多い侍女のマリーとロッテだけ。他の侍女は衛兵と一緒に廊下に控えて貰っている。窓も完全に重たいカーテンを閉め切っているから気持ち的に少し息苦しい。その中、私とステイル、ティアラは高価な絨毯の上にテーブル代わりに分厚い本を置き、さらにその上に紙を置き、三人でペンを握って筆談を始めた。

『兄様、特殊能力でジルベール宰相の場所に行けることは父上に話さなくて良かったの?』

最初にティアラが可愛らしい字で綴る。

それを見て今度はステイルが素早く筆記し返答していく。

『ああ、約束を守ってくれてありがとうティアラ。 プライド、ありがとうございます。』

私とティアラはお互いに顔を上げ、ステイルに向かって頷き、笑顔で返した。


これは、私達三人とアーサー四人での約束だった。


特定の人の所へ瞬間移動できることは秘密にしておきたい、とステイル本人からの希望だった。「何かあった時、奥の手は秘めておきたいので」とそう言っていた。

『それで、どうしましょうかプライド』

ステイルが私に聞いてくる。それはつまり、必要ならば特殊能力を使ってジルベールを見つけ出す、という意味だ。

『取り敢えずは様子を見ましょう。』

私は考えた結果、一言そう書いた。

もし本当に誘拐だった場合、子どもの私達よりも普通に兵に任せる方が良いだろうし、自分から抜け出したのなら何かしろ事情があるのだろう。私達が介入して悪化したらそれこそ大事だ。

私の文字に二人とも頷き、了承してくれる。

『ジルベール宰相…ご無事だと良いな』

ティアラが弱々しい字で書く。表情も憂鬱そうだ。だが、すかさずステイルがその字に続けてカリカリとペンを走らせた。

『そうだな。…俺はよからぬ事をしていないかも心配だが。』

流石ステイル、容赦ない。

確かに昨日のジルベール宰相の様子を知ればそう懸念してしまうのも無理はないと思う。

しかし、何も知らないティアラはステイルの字を読んで「え?」と言葉を漏らした。

するとステイルは顔を上げて、目だけで私に尋ねる。ティアラに話して良いかの確認だろう。ティアラはこの国の第二王女だ。こんなことになった以上は説明しておいても良いと思う。私が頷くとステイルは静かにティアラへ向けてペンを走らせた。事細かく昨日の状況を紙に書いて説明してくれている。ティアラもそれを書かれていく順に目で追い、読み始めた。

本当に、ステイルもティアラも優しい。毎回こうして何かある毎に必ず私に意見を聞いたり確認を取ってくれるのだから。さっきの部屋に三人集まりたいと言った時も話を合わせてくれたし、今もこうして私に選択を委ねてくれた。

きっと、この二人のどちらが王位に立っても国民の意思をちゃんと聞く王になるのだろうなと思う。それに比べてゲームのプライドときたら周りの意見も聞かず、税上げに処刑に人事に戦争に同盟に処罰に法律にとなんでもかんでも他人のことなど御構い無しで自分一人で全部決めていたんだから。せめて上層部やステイル、宰相の意見くらいー…


…あれ?


ふと、自分で思ったことに違和感を感じる。

凄く、もの凄く嫌な予感がして、頭が纏まる前に手がカタカタと震えた。


なんでもかんでも自分一人で決めていた…?


今まで、前提として考えていた筈のことが覆えり、嫌な汗が染みてきた。


ジルベール宰相の婚約者が死んだのは〝特殊能力申請義務令〟が制定された翌日。

ジルベール宰相がプライドと約束したのは五年前の法案協議会の日。


なら…


あああああああああああああ‼︎‼︎


顔を上げ、口を両手で押さえてその場に固まる。

私の異変に気がついたステイルとティアラがどうしましたか、と声を掛けてくれるけれどもうそれどころじゃない。


そうだ‼︎極悪非道自己中心ラスボス女王のプライドが他人の意見など、民の迷惑や困惑など気にする訳ないじゃない‼︎

その日に処刑と決めたら当日処刑!

その日に同盟解消決めたら当日解消!

その日に戦仕掛けると決めたら当日に戦準備‼︎

あの女は!私は‼︎そういう女王だったのに‼︎

そんな一ヶ月どころか一週間も待っている訳がない!その日に法案協議会で決めたらその日に制定させるに決まってる‼︎大体その後にジルベール宰相を追い詰めるあの法律なんて法案協議会通さずに決めたら当日早速即日実行してたじゃない‼︎

ということは…


ジルベール宰相の婚約者が亡くなるのは今日だ。


昨日の法案協議会の翌日なのだから。

そりゃあ衰弱も酷い筈だし昨日ジルベール宰相があんなに取り乱していたのも当然だ。

もう、様子を見るとかそんなレベルの話じゃない‼︎一刻を争うのだから‼︎

早く、早くジルベール宰相を探さないと‼︎


『ごめんなさいステイル、やはりジルベール宰相を探しにいかないと。』


二人に心配させたことを謝り、急ぎ私はペンを走らせる。

ステイルもティアラも顔を見合わせて、私の続きを待ってくれた。

『予知したの。マリアンヌさんはジルベール宰相の婚約者だった。お城の何処かに保護されてるけど、予知では今日亡くなってしまった。だから早くジルベール宰相に知らせないと!』

そう伝えると二人とも驚き、ティアラは口元を手で覆い、ステイルは冷静にまたペンを握った。

『わかりました。では最初に様子だけ確認してきます。』

そう書くとステイルはお手洗いに、と廊下の衛兵と一緒に部屋を出て行った。十秒ほど見て戻るだけならこれで十分だ。


暫くして戻ってきたステイルは、少し眉間に皺を寄せた状態で再びペンを取った。

『ジルベールはここから一時間以上歩いた地点の城下町にいました。無事です、今のところは。』

取り敢えずはステイルの無事、という言葉に安堵し、私とティアラは胸を撫で下ろした。

でも、少し含みのある言い方だ。

その後のステイルの説明によると、ジルベール宰相は身分や姿を隠したような装いで町の裏通りに身を潜めていたという。


何故、婚約者の危篤状態の時にそんなところに?


『ただ、その裏通りは良からぬ裏稼業の人間が多く集い、行き交う場所でした。俺も母さんに昔、そこには近づかないようにと言い聞かされていました。』

ステイルの実の母親のことだ。ステイルはもともと庶民の子だ。ステイル曰く、町では昔から危険で有名な裏通りなのだという。

とにかく、ジルベール宰相が無事なら早く城に戻さないと。

『どうしましょうかプライド。』

ステイルが更に手を動かす。

『ジルベールが父上に無断で、更には身分や姿を隠しているということは良からぬことを考えている可能性があります。必要ならばこのまま監視、または俺の口から説明してジルベールを城に瞬間移動させますが。』

ステイルのその文面からは、ジルベール宰相への不信感や警戒心が目に見えるように伝わってきた。

『取り敢えず様子を見て、大丈夫そうならすぐに城に戻ってもらいましょう。私も一緒に行くわ』

ステイルとティアラが顔を上げて私を見る。

ステイルが首を振って拒否する。私は連れて行けないということなのだろう。だが、これだけは譲れない。ステイルの言う通り、ジルベール宰相が城を出たのは何かそれ相応の理由がある。なら、説得する時に私もいないと。多分、ジルベール宰相は自分をよく思っていないステイルの言葉に聞く耳は持たないだろう。ステイルの特殊能力なら城まで強制的に瞬間移動させることもできるけど、そんなことをしてまた逃げられてしまったら意味がない。

それを簡潔に書いてステイルに見せると、暫くして肩を落とした。納得した、というよりも諦めたという方が正しいかもしれない。


「…なら、せめて動きやすい服が必要ですね。ジルベールがどのような行動に出るかもわかりませんし、僕らのこの格好では監視には適しません。何より民に見られたら本来の身分に気付かれてしまいます。」

ステイルは今まで会話に使った紙をグシャグシャに丸めながら言った。そのまま次の瞬間、紙の塊が姿を消す。ステイルが瞬間移動で焼却炉にでも放り込んだのだろう。

ステイルの言葉にティアラが期待するように目をキラキラさせた。まぁ、目立つけど伸縮性もあって動きやすい服といえばあれしかない。

私達三人はその場に立ち上がり、ゆっくりと私達以外で部屋にいる侍女と衛兵に声を掛けた。


「ロッテ、マリー、ジャック。…大事なお願いがあるの。」


私にとって、信頼できる三人に。


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