48.薄情王女は着る。
「ッどりゃあ‼︎」
「あまいっ!」
聞き慣れた声と剣の音が響いている。
私とティアラはステイルの稽古場で二人の手合わせを見守りながらお茶をするのがここ二年で気がつけば日課になっていた。
アーサーの叙任式から一週間。
以前よりは減ったが、アーサーは変わらず騎士団の休息時間になると、此処まで来て必ずステイルと手合わせをしている。
最初はお互いの剣や格闘などの知識を共有するのが多かったが、次第にその知識を活かしての手合わせが多くなっていた。
王族の剣と護身格闘技、騎士達が学ぶ格闘術と剣術を二人とも全てをフルに使う上にステイルに至っては瞬間移動を時には利用しての戦闘なので、恐ろしいほどに見応えがある。
基本的に、年の差もあるのかもしれないがアーサーが勝つ事が殆どだった。但し、ステイルががっつり瞬間移動を利用しての戦闘の場合は、時々ステイルに軍配があがる時もある。
正直、特殊能力者相手にでも剣や実技だけで勝ってしまうアーサーもさることながら、年や体格の差があるにも関わらず、騎士団本隊入りを首席で果たしたアーサーと一時間は渡り合い、時には上回って勝利することすらあるステイルも十分怪物級だと私は思う。
しかもその結果、気がつけばアーサーは瞬間移動したステイル相手に瞬時に応戦できる程の瞬発力と素早さを。ステイルはアーサーのその素早い上に力強い一撃をいなして反撃を返す程の技巧を身につけていた。
以前、ステイルにそんなに強くなってどうするのと聞いたことがあるが、「どうしても護りたい御方がいるので。」と笑顔で答えられてしまった。ティアラを護る為なのだろうけれど、それがそのまま私に向く刃とは多分未だ想像もしていないだろう。いや、本当に怖い。
「あっ!そういえばお姉様。」
ティアラが急に思い出したように私の後ろに付いていた侍女のマリーとロッテに合図を送る。それに合わせて、ロッテが持ってきていた布袋から何かを取り出し始めた。
「実は、マリーとロッテにお願いしてこっそり新しいものを作って貰いましたの。」
ロッテから受け取ったティアラがにっこりと笑って差し出してきたのは私専用の戦闘服…簡単にいえば運動着だ。二年前、私が思い切り暴れてドレスを台無しにした上に大恥をかいてしまった為、侍女のマリーとロッテに頼んでこっそり動きやすい服を仕立ててもらった。本当は正式に仕立屋に頼むべきなのだけれど、こんな服を何故?と城下で噂にでもなったら困る。それに、特にベテラン侍女のマリーはもともとそっち方面を志した事もあるらしい。衣服や裁縫関連が特に得意でその分給金も出すからと言ってお願いしたら、二人ともとても喜んで協力してくれた。〝念の為〟というのが大きくて正直着る機会はなかったけれど、それでも本人達は作るの自体が楽しいと言って、それからは未使用でも毎年半年ごとに仕立ててくれるようになった。
まだ次の新しい運動着の仕立てまでは期間があった筈だけれど…。そう思いながら私はティアラから受け取った服を折り畳まれた状態から開いていく。いつも通りの真っ赤な布地だった。マリーとロッテが私の髪の色に合わせてくれたらしい。そして早く早く、と急かすティアラに勢い押され、その場に立ち上がり一気にバサッと服を手に持って広げてみせる。
「…これは…。」
真っ赤な、真紅の戦闘服。それについてはいつもと変わらない。一緒につけられているタイツや長手袋、ベルトといった品もだ。ただ、今までのは女らしい…なんというかレースがついていたり、スリット入りのワンピースのような服でそれはそれで気に入っていたのだけれど、今回のはタイツの上から履くのであろう短パンと、そして膝下まで覆い隠す団服だった。
まるで、騎士のような。
「アーサーが騎士に就任致しましたし、折角ならばと。流石に本隊の団服をモチーフにしては万が一の時に騎士の方のお気に触るかもしれませんので、装飾は全く別物にして、新兵の方の団服に丈の長さは合わせております。」
目をキラキラさせながら説明してくれるティアラが本当に可愛らしい。マリーとロッテも凄く満足気に笑ってくれている。
「ありがとう…とても素敵だわ。」
本当に、物凄く格好良い。私の好みど真ん中だった。そのままティアラに、是非ご試着を!と半ば強引に奥の着替え室へロッテ、マリーに一緒に押し込まれてしまった。
そういえば今朝は珍しく着替えの楽なドレスだったけれど、まさかこれが理由だったなんて。
そのままロッテとマリーが見事な手つきで着替えを済ませてくれた。ものの数分だろうか、着替えが終わりマリーとロッテと着替え室から出るとティアラが笑顔で出迎えてくれた。
「兄様!アーサー‼︎こっち見て下さいっ‼︎」
きゃあきゃあと叫びながらティアラが先ほどまでずっと剣の打ち合いに集中していた二人に声を掛ける。
ティ���ラの声掛けに気づき、二人が剣を止めてこちらを振り向く。そして
停止した。
表情はここからは上手く読めないけれど、完全に固まってしまっている。私的には凄く気に入ったのだけれど、やはり第一王女がこの格好は頂けないのだろうか。一応露出はドレス同様に少ない筈なのだけれど。
「…不意打ち…ずりぃよな…。」
「今だけはお前のそのお揃いの団服を剥ぎ取りたいよ」
たっぷり十五秒程してからやっと、赤みを帯びた顔色の二人の口が動く。
ステイルの言葉を聞いた瞬間、アーサーの顔色は更にみるみると赤くなり、口を片手で覆いながら顔を背けた。「お…お揃っ…」と零すアーサーは若干死に掛けている。
それを尻目にステイルは気付かれないように小さく口を結んだ。
…私の衣装を見て数秒経ってから、二人は何やら話し始めたけれど、ボソボソと話しているようでこちらからは聞こえない。互いに目配せし合ったと思えばアーサーが思い切りこちらから顔を背けてしまった。そんなに見るに耐えないだろうか。
「ねぇ、アーサー!兄様‼︎素敵ですよね⁈」
そう言ってフォローしてくれるティアラに押されるように二人が何度も頷いてくれる。三人の優しさが地味に身に染みる。
「あっ!そうですわ、姉様。折角着替えたことですし、久々に…如何でしょう?」
顔を覗きこむように、そっと私に言ってくれる。私が嫌だと拒んだらちゃんと断れるように配慮してくれた上での問いかけだ。
本当なら断わるところだけど、折角こんな久々に動きやすい格好で、さらにこの五人以外誰にも見られない環境で。
それに、強くなったアーサーとステイル相手にラスボス女王の私も少し身体が疼く。
そうね、と笑顔で返してアーサーとステイルに向き直る。
「もし良かったら、私も少しだけ手合わせして貰っても構わないかしら?」
そう言って伺うと、二人とも驚いた顔をして顔を見合わせた。
何かアーサーの方が熱い視線でステイルを見つめている。それに押されるようにステイルは溜息をつき、手でアーサーへ譲った。
「まぁ…万が一の時の寸止めや手心はアーサーの方が優れていますから。」
そう言いながら仕方がなさそうにステイルが私に自分が使っていた剣を貸してくれた。それにアーサーが思わずといった様子で叫ぶ。
「ちょっと待て⁉︎まさか真刃でやらせる気じゃねぇだろォな⁈」
「心配ない、お前はこっちの模擬剣だ。姉君、遠慮なくアーサーなら叩き斬っても構いませんから。」
なんだとコノヤロウと怒りながら、アーサーは自分の剣を腰に仕舞い、練習用の模擬剣を手に取った。
そして、ステイルがティアラの方へ向かったのを見届けた後、私とアーサーはお互いに距離を取り、剣を構えた。
最初に動いたのはアーサーの方だった。
素早い跳ねで私の懐に跳んでくる。
あまりに早すぎて身を捩るだけで精一杯だった。そのまますれ違いざまにアーサーの背を剣の柄で押し出し、剣を当てようとしたがその瞬間にアーサーが視界から消えた。
一瞬、瞬間移動かと思ったがそんな訳がない。見上げればアーサーがバク転して私の真上を飛び越え、背後をとる直前だった。
振り返り際に剣を横に振って応戦するが、難なくアーサーに剣で防がれた。
…強い。今までティアラと見守ってきたのと直に味わうのとは全然違った。
恐らく、アーサーは既にステイルに剣を教えてくれたカール先生より強いだろう。そう確信するほどに。
……
「良かったの?兄様は手合わせしなくて。」
ティアラが俺にタオルを手渡しながら顔を覗きこんできた。最近、ティアラは兄である俺にだけは敬語無しで話してくれるようになった。
悪戯っぽい笑みがとても可愛らしい。タオルを受け取り、俺用の椅子に腰掛ける。
タオルを使い、自分で汗を拭った後テーブルに置いておいた物を手に取る。先日、アーサーが俺に贈った品だ。それを身に付け、改めてプライドとアーサーの様子を見る。
「剣の実力は俺よりアーサーの方があるし、…アイツにはちゃんと護るべき人の強さを理解しておいて貰いたいからな。」
目の前で赤と白の団服が交差し合い、剣を交わす音が響き渡っている。
やはり、プライドは相変わらず尋常でない程に強い。
真紅の団服が揺らめき、マントのようにも見える。最初プライドがあの格好を見せた時は、今までドレス姿しか見たことのない俺には凄く新鮮だった。騎士の団服が格好良いとは昔から思っていたが、プライドが着ると女性らしさが際立って別の魅力も感じられた。それはもう、女性の色気というものを感じさせられてしまうほどに。男性の服を女性が着るとここまで際立つのか…いや、プライドだからこそこんなに似合うのかもしれない。
正直、プライドと手合わせをしてみたかったと言われれば否定はしないが、あの格好の彼女に剣を向けられる気もしなかった。
「…でも、羨ましいでしょ。お姉様とお揃いの団服。」
俺の考えを読んだかのように楽しそうに笑うティアラが少しだけ癇に障り、振り返る。すると
「実は兄様の分もあるの。」
にこにこと心からの無邪気な笑顔を向けて、いつの間に出したのか漆黒色の団服をこちらに広げて見せている。
「モチーフはお姉様や新兵のと一緒だけれど、装飾は少し違ってね。あとお姉様は髪の色と同じ赤色だから、兄様も髪の色と同じ黒色にして貰って…」
わくわくと説明してくれる妹のティアラがとても愛しい。これも仕立ててくれたのはロッテとマリーだろうか。二人を見ると優しい笑顔が返ってきた。どうやら間違いないらしい。
「…ありがとう。」
二人に、そして目の前で笑ってくれるティアラに礼を言う。
頭を撫で、はにかむティアラからそのまま団服を受け取った。早速着替えようかと外で待たせている俺の侍女を呼ぼうかとも思ったが、プライドとアーサーの手合わせをあまり人の目に触れさせたくはないのでロッテとマリーに手伝ってもらうことにした。
先程アーサーに向けた「お揃い」という言葉を思い出す。今度はそれが自分にも当てはまると思った途端、無意識に口元が緩んだ。
ざまぁみろ、アーサー。俺の方がお揃いだ。
心の中でだけでそう呟き、俺は着替え室へ足を踏み入れた。