41.自己中王女は裁く。
母上の合図で再び扉が開かれる。
すると衛兵に乱暴に引かれる様子で一人の男が連れてこられた。口には猿轡を噛まされ、縄で身体を縛られた男は私達の前まで歩かされるとそのまま乱暴に膝をつかされた。
騎士団を奇襲した一団の生き残り…ヴァルだ。
ゲームの記憶がなければその名を知ることも未だなかったであろうその男は私の姿を確認した途端に驚いたように目を丸くさせた。猿轡のせいで、もごもごとしか聞こえないが恐らく「バケモノ」とでも呼んでいるのだろう。
まぁ…そうなるわよね。
「罪人、名をヴァルといいます。この男曰く、捕虜にしたアネモネ国の騎士団はまだ生きていると。そして件の崖地帯から離れた場所に拘束しているとのことです。」
ジルベール宰相が冷たい目でヴァルを見下ろす。
そのまま「ただし、その場所は口では説明しづらい場所に隠されている為、もし彼等を助け出すのならば彼の道案内が必要とのこと。」と付け足した。
「では、愛しい我が娘。まず、その罪人の処置について考えられるものを言って見なさい。」
なるほど、つまりこれは私への試験のようなものだろうか。次期女王としての力量をきっと今、試されている。私は小さく深呼吸し、ゆっくりと頭の中で状況を整理しながら罪状を考えていく。
「…まず、今回の騎士団奇襲は大罪です。良くても永久投獄。悪くて処刑、といったところでしょうか。今回は隣国との同盟にも影響を及ぼした可能性がある為、処刑が妥当かと。」
私の言葉でヴァルが目を見開く。
だが、それが我が国での法律だ。ただし…
「ただし、彼が捕虜にした隣国騎士団の居場所を知っているのならば〝隷属の契約〟が適用されます。」
〝隷属の契約〟私がゲームの中ではステイルに騙して行なっていたものだ。
本来は我が国独自の特別な罪人刑罰として処される。…それを何の罪もない幼いステイルに行ったのだから本当に極悪だ。
罪人が国に有益な情報を持っている場合、偽り無くその情報を聞き出し、動かす為に〝隷属の契約〟は有効だ。契約すれば最後、主の命令全てに生涯抗えないのだから。嘘をつかれて逆に逃げられたり、奇襲、罠にはめられる心配もなくなる。
「考えられる処置は3つ。
1つ、捕虜のことは知らぬ事実とし、このまま処刑する。
2つ、隷属の契約を行い、捕虜になっている騎士団を救出し、その後に処刑する。
3つ、隷属の契約を行えば今後悪行することはできなくなります。騎士団救出後に解放…といったところでしょうか。」
小さく目だけで、私の方を睨みつけるヴァルを見る。目を血走らせて私から目を離さない。
前世の私ならこんなことはっきり言えない。決断もできない。でも、こうしてプライドとしての私はこの罪人に対して残酷なことを言いながら全く心を動かされない。
やはり私は冷酷な極悪王女プライドなのだとつくづく思い知らされる。
私の隣に並んだティアラが怯えるようにヴァルを見つめ、私の手を握っている。
「では、プライド。その中でどれが適したその者への処罰か、貴方自身が選びなさい。第一王女として、貴方にその罪人への判断を任せましょう。」
母上の表情は変わらない。穏やかな、気品溢れた表情だ。
罪人ヴァルの生死が今、私に託された。
「まず、捕虜になった騎士団は救出すべきでしょう。アネモネ国との新兵合同演習が叶わなかったとはいえ、相手は変わらず我が国の同盟国。むしろ、合同演習が叶わなかったからこそ彼等を救出し、我が国からの協力関係を示すべきです。」
何より、まだ騎士団が生きているのなら見捨てるなんてできない。我が国の騎士団が無事ならそれで良いだなんて、そんな自己中心な国と何処が信頼関係を気付けるものだろうか。
「あとはー…」
隷属の契約を結んだ後、ヴァルを処刑するか、否か。
彼のやったことは許されない。偶然の崖崩れな無かったとしても、彼らの奇襲によって騎士団長や他の新兵達の中で死傷者が出ていたかもしれない。しかも、彼等の目論見通りであれば両国の騎士団が全滅し、互いの同盟関係すら危ぶまれていた。死罪ですら贖えない罪だ。
だけど…
私は未だに怯えるティアラを背後に隠し、ゆっくりとヴァルに近づいた。そのままヴァルを捕らえている衛兵に猿轡を取るように命じる。
「余計な事を言えばその場で処罰します。私の質問にだけ答えなさい。」
お願いだから崖の一件については言わないで。心の中でそう願いながらヴァルの目を覗きこむ。
「ヴァル…といいましたね。」
近くで見れば既に私が知らない傷が至る所についている。恐らくこれまでの情報を吐かされる為に拷問に近いものもいくらか受けたのだろう。
私を睨んでいる。当然だ、自分が今回の依頼を失敗したのも、そしてこうして捕らえられたのも私のせいなのだから。
ヴァルはゲームの中でも登場する。今から七年後に。こうして捕らえられることもなく、プライドの手先として動かされていた。きっと崖崩れでも特殊能力で生き延び、そのまま少なくとも七年後には国に戻ってくるのだろう。そう思うと、彼は私が前世を思い出したせいでゲームより不幸になってしまった人間なのかもしれない。
勿論、それについては後悔も同情の余地はない。
ティアラが小さい声で「お姉様…」と呟いた。私を心配してくれているのだろう。
ティアラを一緒に連れてきたのは失敗だっただろうか。今からでも部屋に戻すべきか…いや、彼女は将来に真の女王陛下になる人間だ。なら、私の背中越しであっても見せておかなければ。
次期女王としての、厳しい判断が必要な時を。
彼の罪は、重い。もともと、騎士団を捕虜にしたのも彼ら自身だ。例え彼の道案内のお陰で騎士団を救えたとして、それは決して彼の功績ではない。彼のせいでどれほどの被害が、アネモネ国の騎士団が、その家族が今も苦しんでいることだろう。
「ヴァル、貴方はどちらの刑罰を望みますか?」
ヴァルが目を見開く。私の質問の意味がわからないといった様子だ。
生きるか、死ぬか。聞くまでもないだろう。普通は生きたいに決まっている。でも、私は本人の口からちゃんと聞きたかった。
「隷属の契約を行った時点で、貴方はもう罪を犯すことはできません。国から出ることも叶わず、真っ当な仕事でのみ生計を立てることが許されます。生きられたとしても、今までのような生活は一生叶わず、例え不条理な目に合ったとしても貴方は己が力で報復することはできません。いくら殴られても、大事な物を奪われても、貴方の拳が相手に届くことはありません。生き方によっては死よりも辛い地獄が貴方を待っていることでしょう。」
そう、隷属の契約は決して甘い刑罰ではないのだ。その上、彼は我が国では珍しい褐色の肌をしている。これから、いやもしかしたら今迄も肌の色のせいで奇異な目で見られたことがあるかもしれない。
ヴァルは呆然と、しかし何か考えるような表情をしていた。そして、暫くしてからその重い口を動かした。
「…死に…たくはねぇ。隷属でもなんでも…する。だから…」
苦渋の決断、そして歯を食い縛ったその表情は屈辱にも満ちていた。
私は頷く。
彼がそれでも、生きたいと。そう願うのならば。
「わかりました。彼は隷属の契約後、解放に処しましょう。」
暫く、沈黙が続いた。
ヴァルが、ジルベール宰相が、ヴェスト叔父様が、父上が、そして母上が皆何も言わずに私を見つめている。驚いたような、何かを定めるような視線だった。
そして1分以上の沈黙が続いた後、母上が笑み、頷いた。
「それがプライド、貴方の判断なのですね。」
そう言うと今度は摂政のヴェスト叔父様に手を伸ばした。すると叔父様は懐から一枚の巻物とペンを出し、母上に手渡す。
「我が愛しき娘。貴方は今、第一王女としてその者を裁きました。ならば、隷属の契約も貴方が今行いなさい。」
通常、罪人を隷属の契約に処する場合、必ず主は女王陛下が行う。女王以外の人間が隷属の契約による複数の反勢力を作るのを防ぐ為だ。現女王の母上も、今まで特別処置をされ、隷属の契約に処された何十人もの罪人とこの隷属の契約を行なっている。
そして今、母上は私にその契約をヴァルと行えと言っている。
母上が私に差し出す巻物、中を開かなくてもわかる。隷属の契約書だ。これに私の名を書き、そしてヴァルが名を書けば私に一生隷属することこととなる。
母上から契約書とペンを受け取り、その文面を確認する。
これに書き込めば私はもう取り消せない。
例え罪人とはいえ、一人の人間を隷属の身に落とすことに変わりはない。
正直、恐い。
人間の人生全てを掌握することが。
最低最悪極悪非道な女王、プライド。私はこれをステイルに行った。そして私は…彼女は攻略対象者だけでなく、国民全ての人生を台無しにした。そう、ヴァルのやったことなんて大したことないように思える程、私は極悪な大罪人だ。
ペンを握り、震える手の動きを抑えるように契約書に名を書き記す。
恐い、これが私の、プライドの罪の始まりだとしたら。
でも、私が書かなければヴァルは母上と契約する。もし契約したとして、その後に生かされるかどうかわからない。
何より次期女王として、私がこれをちゃんとやり切らなければ。
女王となるならば、綺麗事だけでは済まされない。時に厳しい、残酷な判断もしなければならない。隷属の契約どころか、罪人へ処刑を言い渡すことも女王の仕事なのだから。
プライドほどじゃないにしろ、ヴァルもまた大罪人だ。
でも、生きたいと本人が言うのなら
この国で生きたいと彼が望むのなら。
私は彼に手を差し伸べたい。
七年後に大罪を犯す私が今、次期女王として生きることを未だ許されるこの国でなら。
死をもって裁かれるべき大罪人になるこの私が、今はこうして大事な人に囲まれて生きることが許されるこの国なら。
あと一度くらいヴァルにチャンスを与えることを許しても良いんじゃないかと思う。
サインを書き終え、私は衛兵にペンと契約書を渡す。手を解かれ、衛兵からそのペンを手渡されたヴァルは私以上に震える手で契約書にサインを書き殴った。
そして書き終えた瞬間、私とヴァルは鼓動で繋がった。