38.騎士団たり得る者は頷く。
「アーサー!お前っ…髪を」
「…おせぇよクソ親父。」
まだ日も上がらない明け方、親父が帰ってきた。
遅いと言ってはみたものの、実際は約束の時間までまだ充分時間はあった。
会って一番に、親父は俺の顔を見て目を丸くした。
稽古の為に俺が髪を括りあげてたからだ。
もともと親父似の面を隠す為だったが、もうそんな必要もねぇし。
こっちの方が動きやすいからと言ったら親父は「そうか」と言って笑った。なんかクラークみてえでムカつく。
「お前…ちゃんと寝たのか。」
「ああ。でも変に目が覚めちまったから…待ってる間に身体暖めてた。」
寝はした。が、緊張のせいか早くに目が覚めちまった。寝る前にやった筈の剣の手入れをもう一度して、それでも余ったから鍛錬をして待っていた。
早く、親父と稽古をしたかったから。
「それより…テメェこそちゃんと稽古つけれんだろぉな?」
馬から降り、逃げないように縄を止める親父からは、思いっきり酒の匂いがした。
「ど〜せまたクラークと飲んでたんだろ?」
親父を睨むと「一杯だけだ」と言い張った。どう考えてもその一杯を頭からぶっかけられたとしてもこんなに匂うとは思えない。
「身体が暖まっているなら丁度良い。…やるぞ。」
そうして、数年ぶりの親父との稽古が始まった。
剣の握り方から素振り。
基礎の基礎から始まり、最後の最後に親父との手合わせをしてもらった。
稽古の合間合間にはプライド様の話も聞かせて貰った。
城内での様子とか噂とか…良いもんも悪いもんも全部教えろと親父に言って。
ティアラ様の生誕祭の話をしてくれた。あとまだガキだった頃のプライド様や悪い噂話も。
悪い噂は殆どが俺が街で聞いたような話ばかりだった。他にもステイル様との契約が隷属かもとかどうとか…俺の知るプライド様から考えれば馬鹿馬鹿しい噂ばかりだった。
だが、同時にその噂を流しやがった奴は、いつかぜってぇ落とし前つけてやると心の中で誓った。
親父とこんだけ長く話したのも久々だった。
親父の稽古は手加減も容赦も一切無かった、あいも変わらずの厳しさだった。でもそれが、俺にはすごく嬉しかった。
最後の手合わせは、当然のことながら、俺のボロ負けだった。だが、親父は何故だか打ち負かした俺を見て驚いたようにこう言った。
「アーサー…お前、本当にこれまで剣の練習はしてこなかったのか?」
嫌味か、それは。
本当も何も最初は握り方すら忘れてた。
数年ぶりに使うからガキの頃親父に貰った剣だって使えるように磨くのに滅茶苦茶時間がかかった。そう親父に言うと、親父はぶつぶつと「信じられん…」「やはり私より才が…」とか意味のわかんねぇことを呟いていたが、起きてきたお袋が何をしているのかと割って入ってその話は中断された。
騎士になるための稽古、といったら目を丸くされた。
その後、一体なにがあったのとお袋に詰め寄られた親父は、そろそろ行かなくてはと言って逃げるように去って言った。
…大事な剣を置いたまま。
バカ親父。
取り敢えず朝食を食って畑をいつものように耕した後で届けにいくことにした。
俺もお袋に朝食中、一体どんな心境の変化だと聞かれたが、説明しようとすれば崖の一件についても話さなきゃいけねぇしで、取り敢えず流して逃げるように騎士団の演習場に向かった。
……
「笑うな‼︎」
演習場に入ってすぐ、親父の怒鳴り声が聞こえた。
なんだと思って覗いてみれば、まさかのプライド様がいる。ステイル様、ティアラ様まで一緒だ。
どうする…もう一度出直すか。
正直、昨日の今日でプライド様にどんな面して会えばいいかわからない。
「ああ、あとそういえばなのですが…」
親父が何か話し出す。
「まぁ、これは我が騎士達にも言えることはではありますが…」
取り敢えず城の周りを一周するか。走り込みにすれば鍛錬になって丁度良い。取り敢えず門へ戻っ
「息子が、今朝もプライド様の話をしておりまして…」
なっ⁈
「ックソ親父‼︎なに勝手な話してやがる⁉︎」
思わず親父達の前に飛び出す。気がつけば親父も他の騎士達も、プライド様達まで驚いたように俺へ目を向けている。
あのクソ親父、勝手に人のことを…しかもプライド様に言うなんざ。
「お前…何故演習場に���」
「テメェが稽古後にコレ忘れていきやがったからわざわざ届けに来てやったんだろォが‼︎百回詫びろクソ親父!」
怒りのままに親父へ剣を投げつける。
「ああ…やはり我が家に置いて来てしまっていたか…すまない。」
「酔い過ぎだクソ親父!」
親父のまるで気にしてない言い方に腹が立つ。今度会ったら絶対口止めしねぇと。
そこで、はっとプライド様の前だということに気がつく。
振り返ればプライド様と目があってしまった。
「プライド様…昨日は…」
まずい、何か話さねぇと。
頭ではわかってんのに昨日の色々なことを考えるとそれだけで何を言えばわからなくなる。
クソ親父テメェが余計なこと言わなけりゃアていうか俺今顔赤くなってねぇよな?やべぇまだ騎士になってねぇのに会っちまった、いやそれより何を言えば
「アーサー、こんにちは。お元気そうで何よりです。」
先にプライド様が言ってくれた。
上手く話せなかったことと、プライド様の笑顔をみてまた顔が熱くなる。
「…はい。」
ちらっと騎士団の方が目に入ると全員がまるで微笑ましいものを見るようにこっちを見てた。クラークに至ってはニヤついてやがる、畜生。
「それじゃ…俺はこれで失礼します。」
これ以上会話が続く気もしねぇし、何より顔がどんどん熱くなっている気がして堪らず目をそらす。そのまま頭を下げて背中を向ける。
「おや、アーサー。折角プライド様に会えたのにもっとお話ししていかなくて良いのかい?」
「うるっせぇクラーク‼︎今度言ったらぶっ飛ばすぞ‼︎」
あの野郎、絶対に面白がってやがるッ‼︎
今度絶対にぶん殴ってやる、そう決意しながらプライド様に改まる。
話したい、といえばそうだ。プライド様と話せりゃ嬉しい。でも、今の俺じゃまだきっと何も守れねぇから。
「…話は…騎士団に入隊してから、…します。」
それだけ言って、もう一回頭を下げて今度こそ帰
「待ってください。」
また引き止められる。
しかも今度はクラークじゃねぇ。この人は…
「もし、お時間があれば僕の稽古に付き合ってくれませんか?」
振り返ればそこには第一王子のステイル様が俺に笑顔を向けていた。
ハァ?ステイル様が…俺に⁇どういうつもりだ。
「ステイル第一王子、それは一体…」
親父の言う通りだ。なんで俺みたいなのに国の第一王子が稽古を…。
「いえ、僕も稽古の相手に困っておりまして。カール先生達もお忙しい身ですし、授業の時間しか実践ができないのが悩み事でした。なので、宜しければこの後お手合わせを。そしてもし貴方が良いと思って下さればこれからも。王国騎士団とは違った技術で戸惑うかもしれませんが、強くなるのに様々な分野を身につけるのはお互い利になると思います。」
ステイル様はまるで用意していたみたいに一気に話す。そのまま俺に手を伸ばして握手を求める。
正直、俺を誘う意味はわかんねぇ。でも最後にステイル様が言った言葉だけが引っかかった。
『強くなるのに様々な分野を身につけるのはお互い利になると思います。』
強く…。
そうだ、俺は強くなりたい。
親父だって1日の殆どは騎士団にいる。その間鍛錬だけじゃ足りねぇ。
その為に方法があるなら。
俺が無駄にできる時間なんてねぇから。
気がつけば俺はステイル様の手を掴んでいた。
ステイル様も満足そうに笑ってる。
…でも、なんっか胡散臭ぇんだよなぁこの人の笑顔。薄気味わりぃ。
だがプライド様の弟だし、崖の一件でも親父達を手助けしてくれたらしい。それに何より、プライド様が瓦礫に飲まれたと思った時、少なくともあの時の動揺は本物だった。取り敢えずは信じよう。
「では、アーサー殿はこの後姉君の用事が済み次第、僕らと一緒に我が家の方へ。」
こうして俺は、このまま王居へ向かうことになった。
…まだ、ステイル様の覚悟を知らずに。