35.騎士たり得る者は望む。
…何十時間経っただろう。
いや、実際は数分しか経っていないのかもしれない。
でも、俺には呆然としている時間が長過ぎて、叫び過ぎて喉からは血を吐いていた。
がくり、と項垂れてその場に座り込み動くことすらできない。
何故、こんなことになったのか。
頭が働かず、映像の視点になっていた大岩はどっかに転がったのか、全く見当違いの映像だけが宙に浮いていて
その映像から目を離すこともできず、脱け殻のようになっていた。
クラークが、騎士達に崩落が落ち着き次第捜索をと声を上げて指示をしている。現地に到着した応援も、新兵の保護以外は全員捜索に向かえと。
そう、「救助」じゃなくて「捜索」だ。
親父の、プライド様の死体をみつけねぇと。
人が死ぬ瞬間なんて、誰だって一瞬だ。
そんな当然のこと、わかってた。
でも、なんで。
途方もなく、疑問だけが頭に浮かぶ。
背後から「姉君…姉君を助けに僕も」というステイル様の声と、「駄目です!落ち着いて下さいステイル様‼︎」というクラークの声が聞こえる。
何とは無しに首だけを力なく捻ると、ステイル様が真っ青な顔で「姉君…姉君が…」と呟きながら震えていた。
ああ、あの人も家族を亡くしたんだな。
まるで他人事のようにそう思う。
その瞬間、俺ももうイカレちまったのかなと軽く思った。
プライド様が死んだんなら大問題か…
なら、俺の責任にしてくれねぇかな。
俺が騒いだからこうなったんだし。
あの人が理由で処刑されるならそれも良い。
あんなに…素敵な人だったのにな。
…親父。
プライド様の戦っていた姿と、親父の背中が重なり、また絶望が込み上げる。
死んじまった、こんな簡単に。
結局、何も伝えられなかった。
何も…
「騎士団でこれを発見したものはー…」
クラークがまた何処かに向かってひたすら何やら同じことを叫んでる。
壊れたみてぇに同じ台詞ばかり繰り返すから聞き飽きてくる。
暫くすると何処からか連絡が繋がり、俺の前にさっきのとは違う、別の映像が映し出された。
映像の向こうでは、騎士がこっちに向かい何か喋ってる。
いま現地に、とか瓦礫の撤去、とか騎士団長を、とか色々話してる。すると騎士の一人が俺の肩に触れ、「少し、外の空気を吸おうか」と肩を貸してくれた。そのまま殆どその騎士に寄りかかるようにして外に移動し、俺はそのまま壁にゆっくりともたれ掛からされた。
「何かあったら、呼びに来るから」と言われ、騎士はまた中へ戻っていく。
働かない思考の中で、何となく淡々と「ああ、親父の死体をみねぇようにしてくれたんだな」と理解した。
俺みたいなガキに、ンなぐちゃぐちゃの死体なんざ見せられねぇよな。
そこまで思った瞬間、プライド様と一緒に肉の塊になった親父を想像し、吐き出した。
…情けねぇ。
脱け殻になった俺は、壁にもたれかかりながら空を見上げた。
壁越しに部屋の中から声は聞こえたが、何を言っているのかわからない。
…お袋に、なんて言うかな。
きっと泣くだろう。
お袋は親父にベタ惚れだった。
毎日毎日、親父の帰りを待って
親父が帰って来るたびに嬉しそうに笑う。
そんなお袋に、親父も弱かった。
親父とは喧嘩ばっかりだったけれど、幸せそうな親父とお袋を見るのは好きだった。
でももう、見れない。
なんで俺は、何もできなかったのだろう。
なんで…こんなに無力なのだろう。
膝を抱え、顔を埋めるとまた親父の背中が思い出された。
『だから見ていろ、我が息子よ。騎士としての父の…最期の生き様を‼︎』
ああ、ちゃんと見てたよ。
すげぇ、格好良かった。
一歩も引かず、仲間を守る為に戦う姿。
やっぱり親父は俺の思った通りの英雄だった。
…英雄…。
「私を、あの戦場に‼︎」
剣を片手に、堂々と振るうあの姿
戦う姿は鮮やかに、美しく。
あんな大人数の大人相手に勝っちまうんだもんな。
本当に信じらんねぇ…
プライド様、俺より全然ガキだったのに…
死んじまった、二人とも。
俺の英雄が二人、今日死んだ。
…ごめん。
…ごめんなさい。
弱くてごめん
泣いてばかりでごめん
守れなくてごめん
クソ以下の…クズ人間でごめん
弱くて、情けなくて、ただ被害者ぶっている惨めな自分が、どうしようもなく嫌いだ。
─ でも、もしも…
ざわざわと、作戦会議室が騒がしくなる。
「嘘だろ」や「騎士団長」という言葉が聞こえてきた。
親父の遺体が見つかったのかと思い、身体が震える。
怖くて、知りたくなくて、聞きたくなくて。
力の限り顔を膝に押し付け、膝を抱える腕に力がこもる。
バタンッと勢いよく扉が開き、振動が壁に寄りかかっていた俺にまで響く。
「ベレスフォード君‼︎」
息を切らせた騎士の声が俺に向けられる。
さっき、俺をここまで連れてきてくれた人だ。
嫌だ、聞きたくない。
それでも騎士は力任せに俺の肩を掴み振り向かせる。
驚いて顔を上げると、騎士は俺の肩を掴んだまま「お父さんが…‼︎」と興奮した様子で叫んだ。
─ もしも、もう一度やり直せるならば…
騎士に腕を引かれ、作戦会議室に駆け込む。
中は途轍もない熱気で溢れていた。
騎士が騒ぎ、腕を振り上げ、叫んでいる。
そして最初に俺がはっきりと聞き取れたのは
『まさか…本当に助かるとは…』
親父の、声だった。
信じられなくて耳を疑う。
でも、映像を見ればそこには確かに親父の姿があった。
そして、その横にはプライド様もいる。
泥だらけになりながら、嬉しそうに親父と駆け寄る騎士達を見つめている。
生きてた…!
親父が、プライド様がっ…
その現実を受け止められた瞬間、全身の力が抜けた。
その場で無様に膝から崩れ落ち、声を上げて泣いた。
部屋中が、歓喜と歓声に包まれる。
─ もしも、もう一度やり直せるならば…
俺は、今度こそこの手で守りたい
親父を、プライド様を
俺の大事な奴ら全部。
あの、二人の英雄みてぇに。