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27.外道王女は帰る。


良かった、なんとか助かった…。


未だに呆然としている騎士団長は、特殊能力者の騎士によっての治療を受け始めた。

騎士が持ってきた特殊能力対応の手錠をつけられ、奇襲者の男も捕らえられた。

私は先程、副団長に勝手な行動のお詫びをした後、こちらの無事と現状を伝えた。副団長は何か色々言いたげに、受け答えをしながら目をぱちぱちとさせていたけれど、取り敢えずは必要事項だけ飲み込むと他の騎士達への指示を優先させたようだった。


「クッソ‼︎アレが王女だと⁈あんなバケモンが王女なんざどうなってやがるッ⁈」

騎士に連行されながらそう吐き捨てる奇襲者に騎士が口を慎めと怒鳴りながら、奇襲者の背中を押し飛ばす。

「テメェらはバケモンのアレをみてねぇからッ」

いくら奇襲者が言っても聴く耳を持つ者は誰もいない。背後から猿轡を噛まされたまま、その男は祖国でもある我が国行きの馬車へ放り込まれた。


…ヴァル。

私は彼の名前を知っている。

前世のキミヒカのゲームの中で彼は、プライド…つまり私に雇われた一団の一人だった。

暴虐非道の限りを尽くし、好き放題で国を傾けたプライド。彼女が、ゲームの終盤で攻略対象者と共に離れの塔を抜け出したティアラを城へ連れ戻させる為に雇った男の一人だった。

彼は土壁の特殊能力者だった。

仲間が城下の街を破壊して瓦礫だらけにすると、彼はその力で土壁を作りティアラ達の行く手を塞ぎ、最後に他の仲間が全員やられ追い詰められると自分一人が瓦礫のドームの中に引きこもり、先を急ぐティアラ達に見逃され、事無きを得るのだ。

彼は、我が国にしては珍しい褐色肌だが、特殊能力を使えるということは我が国の人間なのだろう。今は割と若い顔をしているが、人相がかなり怖い。私以上に吊り上がった目と牙のような歯が目立ち、ゲームの中でも如何にも悪役らしい見た目の男だった。キャラクター絵師の画力のお陰で大分整った顔をしていた。

彼は瓦礫の壁と自分を守るドーム…つまりシェルターしか作る事ができず、ゲームで戦闘に役立てるシーンは全くなかった。たぶん、それが彼の能力の限界なのだろう。まだゲームが始まるより七年も前だし、ステイルのように作れる大きさなどに制限があったら心配というのもあって騎士団長と一緒に彼にへばりつく方法を考えたけれど…。意外と彼の能力は凄まじかった。能力を発動させた彼は、騎士団長の足を下敷きにした大岩すらも周りの瓦礫のごと動かし持ち上げ、あっという間に屈強なドームを作り上げたのだから。


暫くはそのまま瓦礫の音が止むのを待った私と騎士団長だったけれど、止んだ後もここでドームを解いたからといって、周りの瓦礫が雪崩れ込まないとは限らないという騎士団長とヴァルの意見により、酸素が足りなくなるまでは周りの瓦礫が落ち着くか、助けが来るまで待つ事になった。

ヴァルは騎士団長に捕まっている間にも何度も何度も「バケモン…バケモン…なんだこの餓鬼は」と呟いていた。彼の仲間は全員この瓦礫で死んでしまっただろうし、怨みと文句は敢えて全て止めずに聞き入れた。騎士団長も騎士団長で、必要な事以外何も話そうとせず、体力または酸素温存のためか、ヴァルを捕まえながらじっと口を閉じ黙っていた。

…正直、私はこの時今更になって恐怖心が湧いてきていた。

真っ暗で、誰も、何も見えない中。

酸素の事までは考えていなかった自分の浅はかさを呪った。


…窒息死は、やはり苦しいのだろうか。


そう思うと言い知れない不安と恐怖で、心臓が早く脈打った。


それなは、騎士団長を死なせたくはない。

しかも、私が死んだら彼にも責任が及ぶ。

彼が助かれば私を守れなかったという重刑を彼は免れず、彼が私と共に死ねば不名誉の死が彼という存在を殺すのだ。


…どれくらい経っただろう、暫くすると外から声が聞こえてきて、やっと私達はドームを解除することができた。

私に対して大分悪態ついていたヴァルは、ゲームでも悪役の端くれだったし、このまま悪くて処刑だろう。彼は多くの被害を出し、許されないことをしたのだから。

勿体ない。あれだけの凄まじい特殊能力があれば他の生き方もあった筈なのに。

でももし彼にもう一度、そんな機会があれば…


「プライド第一王女殿下‼︎」

騎士の一人が、私に駆け寄ってくる。

「城までお送り致します。先行部隊が迎えに来ております故、こちらに。」

「いえ、私に怪我はありません。それより先に騎士団長を。」

「騎士団長もその後すぐ先行部隊により移動する予定です!どうか、こちらに」

「いえ、それならば先に他の新兵の方々を…」

騎士達からすればこんな現場に王族がいるだけでも落ち着かないだろう。当然、一番に王族を無事帰還させる��とを優先すべきだ。それは私もわかっている。だが、私はこの通り無傷だし、今は怪我人の方が優先して欲しい。

そうして私と騎士が問答を繰り返しているうちに、ガヤガヤと「何処へいかれるのです⁈」「どうかご無理は」「まだ傷が」と騎士達の騒ぎ声が聞こえる。

ズンズンという足音と共に私の方を向いていた騎士が顔色を変えて私の背後へ顔を上げる。私も釣られるように振り返るとそこには

「騎士団長…」

確かすぐそこで治療を受けていた筈では。上半身は剥き出しで肩にだけ団服を羽織らせ、色々な所に包帯が巻き付けられている。安静にしてた方が良いのでは…そう言おうとするより前に騎士団長は無造作に私を担ぎ上げた。

「え⁈きゃあッ⁈」

あまりの事に思わず叫んでしまう。

騎士団長はそのまま軽々と私をお姫様抱っこすると有無も言わず先行部隊の方へ向かっていく。何も言わないのが逆に怖い。

「は…離してください騎士団長‼︎貴方は怪我をっ…」

私がジタバタと暴れると、騎士団長がゆっくり口を開いてくれた。


「……貴方様にお話したいことは山のようにあります。山のように。…ですが、今は先ず城にご帰還を。」

怖い‼︎絶対絶対怒っている‼︎

恐怖のあまりなんとか離れたくて両足をバタバタさせた時、やっと私は自分の置かれた状況に気づいてしまった。

「…はっ。…〜〜〜っっ‼︎キャァアアアアアッッ‼︎‼︎」

バタつかせた足の方向を見て、思わず今日一番の悲鳴を上げてしまう。

周りの騎士団は勿論、私を抱えていた騎士団長すら驚いて私をガン見する。

「ッ全員見ないで下さい‼︎‼︎」

思わず強い口調で命じる。そのまま、目を逸らして‼︎と怒鳴ると殆どの騎士がよそを向いてくれた。でも騎士団長はこの体勢から解放してはくれない。

「わかりましたわかりました‼︎貴方の仰る通りにします‼︎だから降ろしっ…いえその前にふっ…服を‼︎…」

そこまで言ってとうとう恥ずかしさが込み上げて声が上手くでなくなってしまった。

「誰か…その前に私に替えの服を…。…その、…足がっ…。」

足をなるべく強く閉じ、赤面する顔よりまずそこを隠す。

もともと動きやすいようにスカートを縦に裂いたのは自分だ。それ自体はスリットのようになっただけで大して気にならなかった。だが、それが戦ったり地面を転がったり泥まみれになった結果、スカートの長い裾が大分破け、ミニスカート…いや、それどころか腰蓑のような状況になっていた。王女が腰蓑なんて大恥も良いところだ。

立っている時は何重にもなっていた長い布地が隠してくれてたけれど、こうして横になって足をバタつかせると完全に捲れてしまう。

騎士団長もそれに気づいたらしく、そっと私を降ろしてくれた。立てば元どおりになるけれど、誰かに見られたのではと考えるだけで恥ずかしい。その場にしゃがみこみ、誰か服を、と小さい声でなんとかもう一度要求した。

と…


「ブッ…‼︎」


笑った⁉︎

誰⁈笑ったのは⁈と恥ずかしさと怒りで顔が真っ赤のまま顔を上げるとその犯人は騎士団長だった。

私から顔を背けながら堪えきれないように肩を震わしている。

それをみた他の騎士団まで、騎士団長につられるように肩を震わせだした。

ああああああ!酷い‼︎

確かに彼らから見たら私は単なる11歳のお色気無しのお子様だけれど、第一王女だ。それなりに恥や淑女としてのマナーなどを教え込まれている。それなのにこんな男性の中でスカートの下を見られそうになったらそりゃあ恥ずかしいわよ‼︎前世でも地味に生きてきてお色気とは無縁だったし、今の第一王女としての人生が11年続いているのだから王女としての恥くらいももってる!しかも自分を抱き上げた相手はほぼ半裸だし、今まで騎士達どころか人前では膝下すら見せたことがなかったのに…‼︎

全員この場で不敬罪でしょっぴいてやろうかしら…⁈私の内なる外道プライドがふつふつと炎を燃やそうとした時だった。

バサッ…

私の上に何かが羽織らされた。

顔を上げると、騎士団長が上着を私に羽織らせてくれたらしい。ブカブカで凄い重いけれど、前を両手で押さえればシャツワンピのようにして着ることができる。でも完全に裾まで引きずっている。歩きにくいと思ったら、再びゆっくり私を抱き上げ、そのまま数メートル先の先行部隊のもとまで運んでくれた。

大型バイクのような乗り物だ。ゲームでも見たことがある気がする。確か、それを作った特殊能力者しか操縦できない…という設定だったら気がする。もともとはこのバイクで人や物を乗せた荷車を引いたり、同乗者が運転手の背後に跨って背中に掴まるものだが、私の為に今は荷車は降ろし、単騎だけの状態でしっかりとした椅子と掴まる為の手摺を前後左右に取り付けてくれていた。

私が腰を下ろし、手摺に掴まると騎士団長、そしてその背後に控える騎士達全員が跪いて送ってくれた。


「…また、城で。」

私がそう言って挨拶すると乗り物はエンジンのような音をたてて走り始めた。



そうして私は多くの騎士に見送られ、その場を後にした。私の長い視察はこれで一先ず幕を下ろしたのだ。




後日、私の中でもうひと波乱あることも知らずに。


まだ話は続きます。

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