26.外道王女は泥に塗れる。
「ここが…騎士団長のいた場所か…」
騎士達が城から出兵して1時間半後、そこは戦場とはかけ離れた瓦礫の巣窟だった。
狙撃があったであろう崖は見るも無残に崩れ落ち、道だった場所も全て大岩で塞がれている。暫くは隣国との交流にこの道を使うのは難しくなるだろう。
「はい…!大岩で身動きが取れなくなった騎士団長は我々を逃すために一人、足止めにっ…」
比較的軽傷の新兵がふらふらと応援にきた騎士の一人に支えられ、場所を案内してくれた。
その目に涙を滲ませながら震える手である一点を指し示す。大怪我の新兵は順々に特殊能力を持つ先行部隊が城まで往復で運び続けてくれている。それ以外の軽傷者も騎士団の中に居る怪我治療の特殊能力者が見てくれているから大丈夫だろう。
これほどの崖崩れで死傷者が出なかったのは奇跡といえる。
新兵が指し示したそこは、瓦礫の被害を真正面から受けて足の踏み場どころか、巨大な瓦礫の山が築かれていた。
いくら〝傷無しの騎士〟と名高い騎士団長であっても、この瓦礫の山での生存はあり得ない。間に合わなかった歯痒さで口の中を噛みしめる。あの方を、騎士団長を失くした以上の損害などがあるだろうか。
追悼の想いに胸を締め付けられながら、せめて騎士団長の家族へ、形見になるものだけでもと騎士が一人また一人とその場の瓦礫を撤去し、掘り進めていく。
すると
「隊長‼︎こっちの方で声が‼︎」
慌てた様子で騎士の一人が手を振る。
一斉にほかの騎士達も集まり、急いで撤去作業を進める。だが、そこに居たのは人間ではなかった。
作戦会議室からの映像だ。
「ッ副団長‼︎」
驚き、どの騎士もが声を上げるが当の映像だけの副団長は聞こえないらしく、ひたすら『騎士団でこれを発見したものは至急こちらに通信を繋げろ‼︎』と繰り返していた。
急ぎ通信担当の騎士が副団長へと連絡を繋いでいく。
連絡が繋がったクラーク副団長は騎士団全員へ早口で現状の説明と指示をする。
まず、この映像は改めて特殊能力でロデリック騎士団長のいた場所に送ったものであること。つまり、騎士団長は新兵の言葉通り、この辺に埋まっているということ。
そして騎士団長が一時間前から作戦会議室に送り続けていた映像…新兵の特殊能力によりその視点とされていた、騎士団長の足を下敷きにした岩が崩落の関係か、今は全く別の場所に転がっていて向こうからは騎士団長の安否などの確認ができないということ。
今の私達の役目は瓦礫の撤去とその下にいるであろうロデリック騎士団長の発見。ということだった。最後に副団長は、『それと…様が…』と何やら言葉を濁らせていたが、結局はとにかく急げと騎士団全員へ命じた。
集まっていた騎士がまた他の騎士を呼び、みるみるうちに撤去作業は大掛かりなものになっていく。
地割れも引き起こしたのか、瓦礫が奥深くまで地面に刺さり陥没したのだろう。掘れば掘るほど下に続いている。そして、暫くしてから騎士達は気がついた。2、3人で持てる程度の瓦礫であれば退かし、地面に強く刺さっているか、岩同士がはまって動かないものを後回しにしていった結果、その一部がまるで瓦礫で塗り固めたドームのようになっているのだ。
回りの瓦礫を端へ端へと退かし、放り投げて足の踏み場を確保する。まだ下に続いている直径2メートル、高さは数十メートルあるであろう細長いドームを騎士団が取り囲む。
剣の柄で瓦礫の塊を叩いてみると、中に空洞があるような音がした。
「これは…」
『最後の通信の時に、ロデリックと一緒にいた男が特殊能力者の可能性があるという言葉を聞き取った。もしかして中にロデリック達がいるのかもしれない』
騎士団長が生きている…?
その可能性を含んだクラーク副団長の言葉に、その場にいた騎士団全員の胸が跳ね上がった。
クラーク副団長が慎重に探るように注意を呼び掛け、騎士達がさらにドームの周りを掘り進めながら「誰かいるか?」「騎士団長!」
と声を上げている。
そしてさらに二メートルほど掘り進めた時だった。
パキッ…
また、ヒビが割れるような音がしたと思えば、突如として瓦礫のドームが崩れ出したのだ。
異変に気付いた騎士達が素早くその場を離れ、距離を取る。
ガラガラと音を立てて瓦礫のドームが崩れる。よく見ると崩れるというより内側から崩壊する、といった感じだった。
「あ…空ですよ、空‼︎」
甲高い、明らかに騎士団長のものではない弾んだ声に騎士達全員が警戒をする。
瓦礫のドームが崩れ、あんなに高く聳え立っていたドームがどんどん低く、小さなものになっていく。
そして、人間一人分ほどの高さになった時���騎士達全員が警戒を解き、目を見開いた。
「騎士団長‼︎‼︎」
その場にいる騎士達全員がそう叫び、新兵は膝から崩れ落ちた。映像の向こうにいる副団長も同じように目を見開き、それを見ようと他の騎士達も、現地騎士達から送られてくる映像を見ようと集まった。
「騎士団長、まだその男は離さないで下さいね。」
ぽかんとした騎士団長の顔が剥がれ落ちるドームから見え、みるみる内に肩から胸へと姿があらわになっていく。
騎士団長がその両腕に捕まえているのは奇襲者の一人だろう。明らかに悔しそうな面持ちで周りを睨んでいる。
「まさか…本当に助かるとは…」
未だ現実感がないであろう騎士団長に騎士達が歓喜の声を上げ、一人また一人と傍へ駆け寄っていった。
騎士団長、ご無事で何よりです、良かった、本当に良かった、あなたが居なければ我々騎士団は…。
誰もが拳を握り、ある者は騎士団長に縋り付き、涙を浮かべて騎士団長の無事を喜んでいた。
そして、一頻り歓喜に震えた後、少し冷静さを取り戻した騎士達はふと、一つの疑問が浮かぶ。
先程のこの甲高い声のぬしは誰だ⁇
ドームが完全に崩れ、騎士団長の下半身から足元まで一気に見えた時に現れた、小さな少女。
騎士達が喜んでいる間も、一言も話さず騎士達と騎士団長を見て入る、この子は一体…?
騎士達の注目が次第にその正体不明の少女に集められた時、彼女は やっと口を開いた。
「騎士団の方々は、騎士団長の傷の手当てをお願します。手が空いている者は急ぎ特殊能力者専用の手枷をその男に。持ち合わせがなければ急ぎステイルに要請を願います。」
土埃で頭から足元までどろどろに汚れた少女は、殆どシルエットだけのような姿だ。しかも、ボロボロのドレスを着て、何故か偉そうに騎士達に指図をしている。
「あと、作戦会議室への通信を撮りたいのだけどー…」
そこまで言って、騎士達の異様な視線に少女が気づき、きょとんとする。
騎士の中の一人が恐る恐る「ロデリック騎士団長…この子は一体…?」と尋ねると、半ば考えることを放棄したように騎士団長は長い長い溜息とともに答えた。
「我が国の第一王女…プライド・ロイヤル・アイビー殿下だ。」
ええええええええええええっ⁈‼︎
その言葉に騎士達はもちろん、騎士団長が両腕でしっかりと捕まえていた奇襲者の一味、ヴァルすらも声にならない悲鳴をあげる事になった。
先程までプライドの指示を聞き流していた騎士達が混乱気味になりながらその場に跪き、指示に従い大慌てで副団長へ通信を繋げるのはそれから僅か二秒後のことである。
隣国同盟反対派による騎士団奇襲及びに崖崩落事件。
負傷者
全新兵数十名と騎士団長一名。
我が国の死亡者
無し。