23.外道王女は絶望し、
「副団長!あと10分で先行部隊が現地に到着とのことです‼︎」
「よし‼︎」
騎士の一人からの報告にクラーク副団長が声を張り上げた。移動手段に優れた特殊能力者部隊のことだろう。良かった、これでまた少し戦況が変わる。武器弾薬をステイルは未だに瞬間移動で飛ばし続けている。騎士達も、多くの武器が瞬間移動で消えていく光景に少し見慣れたらしく、積極的にステイルの前に纏めた武器を置きにきてくれている。
「半分はロデリック達の救護に、もう半分は崖上で敵を捕らえろ!尋問するのは一人で良い。生死は問わず一人残らず逃すな!」
副団長のはっきりとした物言いに、周りの騎士達も声を張り上げて返す。副団長はそのまま映像の先にいるロデリック騎士団長に
「あと少しの辛抱だ!手を抜くなよロデリック‼︎」と声を掛けていた。
ロデリック騎士団長は変わらず映像の先にしゃがみながら一歩も動かず、時には振り返って敵を撃ち抜くのを繰り返している。
『ああ…、あと先行部隊に伝えておいてくれ。こちらは地盤も緩い、さっきの大岩が落ちてきたのは故意だろうが…ここはまだ下層だから良いが崖上に行く連中には足場には重々気をつけるようにと。』
「わかった。」
え。
「地盤…?」
私は騎士団長の言葉を小さく繰り返す。
地盤が、緩い…?なんだろう、どこかで聞いたことがあるような…
ー「もともと地盤の緩い場所でした。そこで、私の…は…」
頭の中を駆け巡ったのは前世でやった乙女ゲームの台詞だ。攻略対象者が過去の痛ましい事件を主人公のティアラに語るシーン。
ああああああああああああっ‼︎
「なりません‼︎先行部隊は崖上に上がってはなりません‼︎あの崖は崩れます‼︎」
思わず考えるよりも先に声が出てしまった。
突然叫び出した第一王女の声に騎士団やステイル、映像の向こうにいる騎士団長までもが私に注目する。
言ったからにはもう後には引けない。
「今、予知しました。その崖は残り暫くしない内に崩壊します。奇襲者もろとも崖が崩れ落ちます。このままでは我が騎士団は瓦礫の下敷きとなり全滅するでしょう‼︎」
言葉を選ぶ余裕はない。あと少しで先行部隊が到着してしまう、それからでは遅い。
ゲームでは確か、先行部隊が到着してもしなくてもあの崖が落ちるのは変わらなかっただろうと語られていた。つまり、例え先行部隊が崖上に来なくてもあの崖は崩れる。恐らくは、ゲームと殆ど同じタイミングで。
全員、当然ながらまだ理解が追いついてないらしく、目を見開いたまま固まっている。
「王位継承の証である予知能力者、第一王女プライドが命じます‼︎早く‼︎先行部隊には安全地帯までの撤退ルートの確保と、新兵達を一人でも早くその場から撤退させることを優先させて下さい‼︎」
私が改めて強くそう叫ぶと堰を切ったように騎士団は慌ただしくなった。
連絡手段をもつ特殊能力者が急ぎ通信を先行部隊に繋ぎ、副団長が作戦の変更を支持し、先程まで武器弾薬や薬を運んでいた騎士達は何を向こうに送れば瓦礫から生き延びられるか、撤退ルートはどのようにすべきか、地盤はどのようになっているか、先程まで落ち着きかけていた作戦会議室がまた混乱し始めた。
先行部隊に連絡を終えたら次は応援に向かった各騎士団全軍に連絡をと副団長が声を荒げる。
「ロデリック‼︎今のは聞こえたな⁈お前達もなるべく最前から退き、少しでもその崖から離れるんだ‼︎」
『…あぁ…』
端切れが悪そうに返すロデリック騎士団長は一向にその場から動こうとしない。
周りの新兵達には最前から引いて崖からなるべく離れるように指示を飛ばすが、本人は全く動こうとすらしない。
『送られた盾や防護類を背後にも配備させて良かった。既に数メートルは銃弾なら身を守る為の壁を作れている。怪我人や動けない者から優先的に…』
「ロデリック‼︎お前もそこから離れろと言っているんだ‼︎」
何かを感じ取ったのかクラーク副団長が声を荒げる。だが、騎士団長はやはり指示を口頭で伝えるだけで動こうとしない。
『…この映像は新兵の特殊能力で私の目の前にある大岩をこちらから映像を送る為の〝視点〟に変えさせている。もう私以外は新兵全員が崖からできるだけ離れた。』
「ならばお前は何故動かない⁈」
『…。…動けないんだ…』
サーっと先程まで冷静だった筈のクラーク副団長の顔が青ざめていく。
何故?負傷⁇それなら新兵達に運んで貰えば良い。身体が大きな騎士団長だが、軽傷の新兵でも三人いれば余裕で運べるはずだ。
『大岩を落とされた時、運悪く瓦礫に片脚を挟まれた。』
「なっ…潰されたのか⁈」
クラーク副団長の手が微かに震えている。私自身、映像には見えないものの大岩に潰されてひしゃげる足を想像して思わず顔を強張らせた。
『いや、完全に嵌ってしまっただけだ。どうやっても抜けない上、新兵全員で頑張ってくれたがこの大岩を動かすことも、破壊することもできなかった。大型の爆弾で破壊すれば大岩全てが崩れ、破片の下敷きだ。…いっそこの脚が潰されてくれれば退くこともできたんだがな。』
そう言って余裕を持ったように笑む騎士団長は「お前達に通信を繋げる前に、退く時は最悪迷わず私を置いていけと命じ、お前達にもこの事を伝えることも禁じていた。」と言いながらゆっくり今まで使われていなかった腰の剣を引き抜いた。
まさか…と思う前に何の躊躇いもなく、彼は剣を勢い良く自分の挟まれているであろう足に振り落とした。
キャァアアッ‼︎と思わず私が悲鳴をあげるが、次の瞬間に聞こえてきたのは肉と骨が切れる音ではなくガキィィインッ‼︎というまるで金属同士が強くぶつかり合うような音だった。
恐る恐る逸らした目を再び映像に向けると、そこには騎士団長自ら振り下ろした剣が写っているが、血飛沫一つその剣にはついていなかった。
「“斬撃無効化”か…。」
副団長が悔しそうにそう呟く。
私が理解できずに呆然としていると、近くにいた騎士が苦しそうな顔で説明してくれた。
「騎士団長の特殊能力です…。騎士団長は自分の意識、無意識に関わらず斬撃…剣や刃、鋭利物による斬り裂きなどの攻撃を受け付けません。…つまり、あそこから足を切り落として逃れることも不可能です。」
〝傷無しの騎士〟…以前に父上からそう紹介されたことを思い出した。特殊能力と彼の実績から付けられた二つ名。そういうことだったのか…。
剣技においては無敵とも思える能力だが、今の状況ではひたすら騎士団長を岩下に繋ぎ止める枷でしかない。
当然、応援がきて敵を一掃し終えた後ならば時間をかけて大岩を崩し、騎士団長を助け出すこともできただろう。だが、今は時間がない。もう暫くすれば崖が崩れて彼は確実に瓦礫の下敷きになる。いや、それ以前に前線から新兵が引いたことで崖上の奇襲者が降りてきたら。剣では無敵の騎士団長も銃を向けられればひとたまりもない。
そんな…と全てを察したかのように騎士達が口々に呟いては膝をついていく。
副団長が何か、何か方法がある筈だと唸るが騎士団長は既に諦めた様子だった。
『残念だが私はここまでのようだ。私のあとは頼んだぞ、クラーク。そろそろこちらからの攻撃が止んだことで奇襲者が何人かは降りてくるだろう。私は最期まで騎士としてー…』
「なんだよ…それ…。」
突然、私の知らない声が耳に届いた。