20.外道王女は視察に訪れる。
「姉君、お手をどうぞ。」
ステイルが手を差し出してくれる。その手を取りながら私は馬車を降りる。
王国騎士団の演習視察。
剣を習うようになったステイルの為に教師に連れられ騎士団の様子を見に行くことになった。第一王位継承者である私もまた、初の騎士団への視察という形でステイルと共に演習場所に訪れた。ティアラは教師との勉強が終わってから来るらしい。…まぁ、結局騎士団も城内に基本的にはいるし、馬車で移動をしたとはいえ、ここも単なる我が家である城の敷地内なのだが。
私の城は大きい。正直設定盛り過ぎだと思うくらいに大きい。その為、私が日常生活をする範囲からこの騎士団の演習場もかなり遠い。今まで何度も私は前世の主要都市駅や大規模テーマパークを彷彿とさせられた。どっちが異常なのかは、いくら考えても結論はでなかったけれど。
「よくぞおいで下さいました。プライド第一王女殿下、ステイル第一王子殿下。」
馬車を降りた途端、騎士団総出で迎えられた。道を作るように並び、その先には私にいま声を掛けた騎士も含め二名の騎士が並んでいる。
「…あら?騎士団長はお見えではないのですね。」
そう、普通こういう時に迎えてくれるのは騎士団長の筈なのだが、そこにいたのは生誕祭にもいた副団長だった。もう一人の騎士は恐らくどこかの隊の隊長の一人だろう。
「申し訳ありません、騎士団長は急遽、隣国と行う新兵の合同演習に同行することになりまして…」
教師が少し慌てたように説明をする。きっと説明するタイミングより前に私が指摘してしまったのだろう。
〝新兵〟…いわゆる騎士見習いのことだ。騎士団の本隊には所属しない、予備軍。このシリーズ…いや、世界では新兵の中から選ばれた者だけが騎士団本隊に所属することができる。だから騎士団入隊することができても、そこから本隊になるのはまたかなりの実力を要するとか。一見は皆同じ白を基調とした団服や鎧なのだけれど、実際は新兵、本隊、副隊長、隊長、副団長、騎士団長とかで装飾や団服の長さが微妙に違う。見慣れないとわからないけれど、この差は大きいらしい。数年ずっと新兵のままな者とかも普通にいる。
話によると、もともと引率する予定だった隣国の騎士団の一隊がこちらに到着せず、連絡もつかない為、騎士団長が急遽代理で新兵を引き連れ、早朝から隣国との合同演習に向かったとのことだった。
女王、そして国王である母上と父上も騎士団の隊を数隊引き連れ、数日前から隣国に來訪している。そして今日、新兵達が隣国にある演習場で双方の国の代表が見守る中、新兵合同演習を行う予定らしい。確かにそれでは引率とはいえ適当な代役をたてるわけにはいかない。むしろ隣国の状況を確認し、報告、判断する為にも騎士団長が直接赴く方が妥当だろう。
「カール先生、これは姉君…いえ、プライド第一王女の記念すべき初の視察です。女王陛下はご存知のことなのでしょうが、せめてプライド第一王女には事前に報告するべきだったのではないでしょうか。」
ステイルが教師…カール先生と私にだけ聞こえる程度の音量で耳打ちをする。その顔は和やかな笑顔だが、言うことはなかなか手厳しい。
カール先生もそうでしたとばかりに、騎士団の前で改めて私に謝罪してくれた。
「いえ、新兵の合同演習については私も存じていた事でしたので、事前にこちらも確認すべきでした。」
騎士団長に会えないのは少し残念だけど仕方がない。
そう言ってフォローするとステイルがすかさず「プライド第一王女は相変わらず懐が広いですね」と笑顔で言ってくれた。流石ステイル、教師に恥をかかせないように配慮しつつ、私にも悪印象が出ないようにしてくれている。
「それに…」
私はふと、先日騎士団長に視察が決まった際に掛けられた言葉を思い出した。
「以前、騎士団長より自分が育て上げた騎士達は皆優秀であると伺っておりました。騎士団長不在であっても十分すぎるほどに今回の視察は意義のあるものだと思います。」
あの騎士団長が自信満々に褒めるのだからきっと相当優秀なのだろう。そう思い、笑ってみせると心無しか騎士団の緊張が少し和らいだ気がした。良かった、クレーマー王女だと思われたらどうしようかと思った。
そのまま奥の演習場まで案内されると、背後にいたステイルが小声で「流石ですね。」と囁いてきた。よく分からないし、ステイルもいつもの無表情になっていたけれど、何やら満足気な様子だったので良しとしよう。
演習場を見渡せる高台に通され、用意された豪華な椅子に腰掛けながらそこから騎士団を見下ろす。横でカール先生が剣の振り方について、副団長が騎士団について事細かに解説をしてくれた。最初の基礎鍛錬から実技演習、剣だけではなく狙撃や乗馬での戦闘演習まで、様々な状況で行動できるように訓練されている。
騎士に銃って有りだったかなと前世の記憶で思ったけれ���、ゲームでプライドが銃を使うシーンがあったし、それに対応しているのかもしれない。話を聞くと主要は剣らしいけれど、騎士になったら銃も必須科目らしい。
そしてやっぱり騎士団長が不在でも十分立派に機能している。初心者でもわかるほどにその全員が凄まじい剣術と覇気で満ち溢れていた。
こんな有能な騎士達を私…プライドは将来、自分に逆らう民の制圧や隣国との争いとかにしか使おうとしなかったのだから本当に愚かだ。
ステイルもその演習風景に圧倒されたのか、椅子から少し身を乗り出すようにし、カール先生の解説と合わせて食い入るように見つめている。
私も私で副団長が話してくれる騎士団の日課や仕事内容、どのような演習かを聞くだけでもかなり勉強になった。副団長は騎士団長と比べると少し温厚そうな方だった。真っ直ぐな金色の髪をハーフアップに結き、垂れた髪は肩上まであった。眼差しも物腰も柔らかいから騎士というよりも花屋の優しいお兄さんのような感じで、軍師系なのかなと一瞬思った。でも、歴戦の騎士の証である生傷が鎧から出ている身体の所々から垣間見える。私が説明内容の確認に合わせて指揮系統や緊急時の対策について国民に何かあった時の優先事項などについて質問しても的確な答えをスラスラと答えてくれた。
「プライド様は未だ十一歳と存じておりますが、噂通り聡明なお方なのですね。」
そう言ってにっこりと副団長が私に笑顔を向けてくれる。
聡明⁇ステイルじゃなくって私が?確かに十八年分ほどの記憶が余計にあるから理解力は一般の子供よりはある方だし、プライドも頭は良いけれど…聡明、だなんてゲームの設定にあったかしら。悪知恵なら未だしも、あまり外道女王には合わない気がする。噂がどこかでステイルのと混ざってしまったのかもしれない。
私が曖昧に「いえ、そんなことは…」と返し掛けたか、横にいたステイルが「流石、騎士団副団長を任されているクラーク殿。城内の噂にも精しているとは。」と上塗りするように声を掛けてきた。あれ、さっきまで騎士団に集中していた筈では…。
クラークと呼ばれた副団長も「いえ、有名なお話ですから」と笑って答えてくれる。
私はそんな噂全く知らないのだけれど。
そんな感じで談笑をしながら過ごしていると、気がつけば1時間が経過していた。
そろそろティアラが勉強を終える頃かしらと思いながら、ふと椅子から腰を上げようとしたその時だった。
「伝令ーー‼︎‼︎伝令ーーー‼︎」
耳が裂けるような大声で騎士の叫びが響き渡った。
再び、ゲームの悲劇設定が始まろうとしていた。