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そして紡ぐ。


「…で?」

腕を組み、その場に仁王立ちするアーサーがステイルを睨む。突然話を振られたステイルが眼鏡の位置を直しながらアーサーを睨み返した。「何がだ」と返すと、アーサーが鼻息混じりに笑ってみせた。


「テメェがプライド様に何も無しで離れる訳ねぇだろ。」


どうせ、そっちが本題なんだろ?と言い放つアーサーに思わず釣られてステイルも口元が引き上がる。そのままおもむろにアーサーの肩に手を置き、


右足で彼の両足を蹴り払い、そのまま床に押し付けるようにして転ばせた。


「ッどわ⁈」

不意打ちに受け身しか取れず床に転がるアーサーを、悪い笑みを浮かべたステイルが見下ろした。そのまま、アーサーの苦手な繕った笑顔を浮かべると不意に視線をアーサーから他へと向けた。


「…と、いうことで。改めてお伝え致しますアラン隊長、カラム隊長、エリック副隊長。既にご存知のこととは思いますが、僕とアーサーは古い友人です。」


ステイルの言葉にアーサーがはっとする。そのまま転んだ体勢のままステイルが視線を向けた方向へ自分も顔を向けた。酔いとステイルからの報告のせいで完全に忘れていた。今、ここが何処だったか。そして、この部屋には誰がいたか。

若干酔いと同時に血の気が引きながら見れば、騎士の先輩三人が目を丸くしてこちらを見ていた。


「いやぁ…こんなに乱れた話し方するアーサー見るの久々だなぁ…第一王子にそこまで言えるのお前くらいなんじゃねぇか?」

「少なくともステイル様に拳を振るえるのはアーサーだけだと思います…。」

「ステイル様と友人なのは承知しておりましたが…。…アーサー、親しき中でも拳で語るのは控えるように。」


アラン、エリック、カラムの言葉にアーサーは口をパクパクさせながら言葉が出ない。

酔って周りが見え無くなっていたとはいえ、とうとう完全にステイルとのやり取りを見られてしまった。しかも、自分が怒鳴ったり頭突きしたり説教したところまでだ。一気に恥ずかしさが込み上げ、青くなった顔色が次第に今度は赤く紅潮していった。


「先程アーサーにも話した通り、僕は暫く姉君と離れることが多くなるでしょう。勿論、城の中では近衛兵以外も姉君の護衛は多くいます。…ですが。」

一度言葉を切り、ステイルが笑う。その間にアーサーは先輩達の前でだらしない体勢は、と身体を起こしてステイルの隣に並ぶ。赤い顔を隠すように先輩達から顔を逸らし、ステイルを睨みつけた。が、ステイルは全く気にしない様子で騎士三人へと更に口を開く。



「…それでは、全く安心できない。」



低く、はっきりと言い放つステイルの言葉に、騎士達の姿勢が自然と引き締まった。


「姉君を、プライド第一王女を守る為に。ただ任務として護衛するだけの人間や実力があるだけの護衛など、むしろ邪魔でしかない。…正直、僕は自分の信頼できない人間は誰一人として姉君に近づけたくはないのです。」


ギラリ、と初めてステイルの目が光る。

敵意にも殺意にも似たその覇気に騎士達は反射的に剣を握るのを理性で堪えた。

隣に立つアーサーが先輩騎士を威嚇するステイルに少し惑う。ステイルとは友人だが、今この場で王族として立っているステイルに並び、先輩騎士と対峙しているのが身分不相応な気がする。居心地の悪さから自分も先輩達の背後に並ぶべきだろうかとまで考える。

だが、そう惑う間もステイルの言葉は続く。


「僕が心から信頼しているのは姉君とティアラ。騎士団長と副団長、そしてここにいるアーサーだけです。…五年前から決して、それは変わらない。」


プライドの近衛兵のジャック、専属侍女のロッテとマリー、ジルベールや隷属の契約を交わしたヴァル、ケメトとセフェク。そして 良き王子だったレオン。更には女王、王配である現両親もステイルは以前よりは信頼もしている。だが、絶対的信頼。それを寄せられる存在は今も変わりなかった。


「…本当に申し訳ありません。ですが、それが僕の本心です。」

捻くれているのはわかっているのですが。と笑うステイルに、黙って話を聞くカラム達の心境はそれどころではなかった。



何故、いま自分達にその話をするのか。



まるで、死出の土産に語って聞かせるような突然の第一王子からの告白に動揺が隠せない。

アーサーと友人であることは元々知っていたからそこまで驚かない。だが、それを第一王子自ら語り、更には自分が信頼しているのはたった五人のみと言い放った。つまりはそれ以外の誰にも信頼を寄せていないという意味になる。


…今、目の前にいる自分達にすらをも。


別におかしなことでも、軽蔑すべきことでもない。

第一王女の補佐である第一王子が全てを疑い、吟味し、王女を仇なす相手を遠ざけ、排除するのは当然の役目なのだから。

むしろ、慈悲深い王女と名高いプライドの傍にいる人間ならば、それくらい警戒心が強い方が補佐として相応しい。


そして今、自分達の目の前で隠しきれていない敵意も殺意も、間違いなく本物だった。


例えここでステイルが「なので、貴方達は信頼できないので排除します」と言い放っても三人は驚かない。それぞれに唾を飲み込み、次にステイルから放たれる言葉に身を固くした。


「なので」とステイルの口が開かれる。再び笑みを繕い、順々に三人の目を捉え、見回す。


「一番隊、アラン・バーナーズ隊長。」

名を呼ばれたアランが、先程の饒舌さが嘘のように固まり、静かに額を汗で湿らせた。目の前にいるのがアーサーの友人、ではなく第一王子であることを理解して。


「三番隊、カラム・ボルドー隊長。」

今度はカラムが目を見開く。ステイルの言葉に答えるように無言で頷き、しっかりと姿勢を正してステイルを見返す。例え何を命じられてもすぐに対応ができるように。


「一番隊、エリック・ギルクリスト副隊長。」

最後にエリックが、もう一度唾を飲み込む。背後で組んだ腕に力を込め、それに反して指先が緊張で冷たくなっていく。次に告げられる言葉に心臓が不安定に高鳴った。

そして、告げられる。次期摂政という、次世代でこの国で二番目の権力を得る第一王子のその口から。…はっきりと。










「貴方方には、姉君の近衛騎士になって頂きたい。」










ぽかん、と。

その場に居る誰もが言葉を失い、口をあんぐりと開けたまま耳を疑った。ステイルの隣に控えたアーサーまでも、目を皿のようにしたままステイルを凝視している。

そんな中、ステイルだけが四人の反応が想定内だったように言葉を続けた。


「僕が不在の間、アーサーだけに一日中姉君の護衛を任せることは不可能です。コイツにも騎士としての任務や演習もありますし。だからこそ、今度からは貴方方を含めた四人で分担しつつ我が第一王女を護衛して頂きたいのです。正式なる近衛騎士として。」

「…あの、…一つ宜しいでしょうか…?」


ボカンとした表情のまま、静かにカラムが手を挙げた。どうぞ、とステイルに促されてカラムは未だ信じられないように改めて口を切る。


「とても、信じられない程に光栄なお話です。ですが何故、我々を…?先程のお言葉では我々はステイル様の信頼に足らないと聞こえたのですが。」

カラムの言葉にアラン、エリックも何度も頷いた。その様子にステイルが仄かに笑う。苦笑も混じえたその笑みは、心からの笑みだった。


「確かに、僕はそうです。…ですが、アーサーは。」


不意にステイルから視線を向けられ、さっきまで茫然としていたアーサーが驚きのあまり肩を上下させた。「俺か⁈」と自分を指差し、次には先輩騎士三人の視線に目を泳がせる。


「一年前の殲滅戦からお前がよく俺や姉君に話していただろう。特にこの三名の騎士について。」


冷静なステイルの言葉と目線に、アーサーはふと顧みる。

確かによく話はしていた。殲滅戦後からプライドとステイルが先輩騎士達と顔見知りになったからだ。だからこそ、自然と先輩騎士のことを気づけば話してしまっていた。

そのまま「まぁ、主にはカラム隊長の話だが」と付け加えられてしまい、思わずステイルの口を手で塞いだ。見れば、聞こえてしまっていたらしくカラムが照れたように目を逸らし、アラン、エリックが目だけで笑っていた。


「お前が信頼している人間くらい、話を聞けばわかる。」


口を塞ぐ手を静かに払いのけると、そう言ってアーサーの胸を手の甲で軽く叩いた。

アーサーからの信頼。それがなければ、レオン救出の際もステイルは自分の特殊能力についての質問にアラン達へ絶対に答えはしなかった。

そのまま再びアラン達の方を向き直る。


「だから、僕は信頼できます。僕が絶対的信頼を寄せるアーサーが、心から尊敬し信頼している貴方方を。…そして、アーサーのことをちゃんと理解し、信頼をしてくれている貴方方を。」


ステイルの言葉に三人はさっきの会話を思い出す。アーサーが居ない間にとステイル自ら尋ねられた言葉を。



『…皆さんから見て、アーサーのことは率直にどう思いますか?』

『皆さんの目から見て、…そして他方からの噂や評価などは』


あれはアーサーではなく、自分達を見極める為の問いだったのだと三人は理解する。


『安心しました。…これで僕も』

そして、ステイルの信頼をあの時に得たのだと。



「僕は必要としています。姉君を、プライド第一王女を守る為の存在を。でも、まだ…まだ足りない。」

改めて、ステイルが語る。自身の決意を彼らへと。

「既に騎士隊長、副隊長を近衛騎士にする為の態勢準備は宰相の手により整っています。貴方方が良しとして下さるのならば、近々正式に騎士団へ貴方方三名の任命状が届くでしょう。」


次の瞬間

三人の騎士は同時にその場へ跪いた。


その任を望むという、強い意思と共に。

眼差しだけをしっかりと第一王子へ向けて。

その眼にステイルは満足そうな笑みを返し、そしてアーサーへと自分の目を向けた。


「一応、聞いておくかアーサー。」


ステイルの隣にいるせいで、まるで自分が先輩達に跪かれているような錯覚に一人動揺するアーサーがステイルの言葉に振り返る。


「アラン隊長、カラム隊長、エリック副隊長は姉君の近衛騎士として相応しいか。」


お前の見立てはどうだ。と尋ねるステイルに思わず口元が緩む。

答えなど決まっている。彼らの誰もがアーサーが尊敬する騎士なのだから。

先輩騎士に見守られる中、アーサーは唇を絞り、ステイルから一歩引いた。言葉は要らない。身体ごとステイルへ向き直り、ゆっくりとその場に




ー跪いた。




何よりの、答えだった。

〝この人達と共に護りたい〟と。

アーサーの深々と下げた頭がそれを確かに物語っていた。

友からの返答に満足し、ステイルはまた騎士三人へと向き直る。


「貴方方には姉君を守る為の〝槍〟になって頂きたい。盾なき時も必ず、悪しき者を近付けない為の、槍に。」

ステイルの言葉に三人の騎士は間髪入れず声を発し、答えた。望むところだとその意思を込めて。


「ありがとうございます。…どうぞ、これから姉君共々宜しくお願い致します。」


三人の騎士に礼を伝え、笑う。そのままゆっくりと一歩引き、自身へ跪いたアーサーの前でその顔を覗き込むようにしてしゃがんだ。


「お前も気を抜くなよ?アーサー。」


先輩騎士に対してとは打って変わって、低い声色と突然の言葉にアーサーは顔を上げる。すると、なんとも悪い顔をしたステイルがそこにいた。


「どうせわかっていないだろうが、お前の近衛騎士の任が分断された訳じゃない。むしろ、増える。これからは有事など関係無く、姉君の護衛をすることになる。有事の時だけ呼び出されるのとは訳が違う。…楽しみにしていろ。」


ニヤリ、と笑うステイルにアーサーが目を見開く。この腹黒い笑みをアーサーは大分前から知っている。「それってどういう…」と尋ねようとした途端にステイルが両手をパンッと叩いた。


「それでは、前祝いでもいかがでしょうか。新生近衛騎士隊の結成を祝して。」


にこやかに明るい口調で笑うステイルに、勢いよくアランが飛び上がった。いよっしゃぁぁあああ!と声を挙げ、早速一番高いワインを開けようと酒棚へと駆け出した。


「待てアラン!わかっているだろうが正式に任命されるまでは内密に、だ!わかっているな⁈」

「アラン隊長、自分も何か摘み用意しましょうか?」


同時にカラム、エリックの声も上がり、アーサーが完全にステイルへ聞き返すタイミングを逃してしまった。先輩騎士に釣られるようにその場から自分も立ち上がると、ステイルが更に自分へ言葉を重ねてきた。


「どうだ、アーサー。俺が不在中に十分な護衛だろう?」

そう自信満々に言われ、ステイルの得意げな表情を見て笑ってしまう。「ハッ!」と鼻で笑い、酒をグラスへ傾け始める先輩騎士の姿に思わず別の笑みが零れた。


…プライド様をこの人達と守れる。すげぇ心強い。


憧れの騎士と、共に。

ステイルがプライドと、そしてアーサーの為に選出した心強い味方だった。アーサーにとって文句無しの精鋭だ。…ただ、それでも。


「…ま。お前以上の相棒なんていねぇけどな。」


プライド様を守るのに。そう続けながらステイルの背中を軽く叩いた。

ボンッ、という音がしてステイルはその言葉に目を見開き、アーサーへ振り返った。見ればすぐ隣には照れ臭そうに笑うアーサーの顔が自分に向けられていた。


「〝これからも〟プライド様を一緒に守るんだろ?」


にっ、と歯を見せて笑いながら、拳を軽くステイルに傾ける。それを見てステイルも小さく笑い、応えるようにアーサーの拳に自分の拳を合わせるようにして当ててみせた。




「当然だ。」




友の、……相棒の。予想外の言葉にステイルは隠しきれないほどの喜びを。


今度は、満面の笑みで返した。



本日19時に、おまけ更新致します。

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