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2.我儘姫様は己を省みる。


「何故それを…⁈」


父上がここまで驚愕したのを見るのは産まれて初めてだった。


…あれ?でもこれ、どこかでみたような…


「まさか、お前はもうローザと同じ“予知能力”を…⁈倒れたのもそれが原因か‼︎」


ローザとはこの国の女王。つまり私の母のことだ。

まじまじと私の顔を覗き込み、そっと額にかかる髪を撫でてくれた。

父上譲りの真紅色と母上譲りのウェーブがかった髪だ。


「嗚呼…おめでとう、プライド。我が国の正真正銘、第一王位継承者よ」

そう言って目にうっすらと涙を浮かべた父上はにっこりと笑ってみせた。


でもその父上の笑顔とは真逆に私は自分のやらかした発言に言葉が出なくなっていた。金魚のように口をパクパクとさせては叫ばないように必死で堪える。


そうだ、いまの私の発言…ゲームでみたプライドの幼少回想シーンそのままじゃない‼︎


この乙女ゲーム「君と一筋の光を」の舞台は“フリージア王国”という大国。世界で唯一、特殊能力を持った人間が生まれる不思議な国だ。

〝予知能力〟

数百人に一人の確率で産まれるという特殊能力者。中でも貴重とされたのが、その国の王位継承者だけが授かるという“予知能力”。

特殊能力は人それぞれ違いはあるものの予知能力だけは数十年に一度、王族にしか覚醒しない。

その多くは第一王位継承者である人間、特に女性が授かってきており、フリージア王国ではこの予知能力を得た人間を“次なる王の啓示”として、次の王位を継がせることが習わしとされてる。


ゲームではプライドが八歳の時に急に倒れ、目を覚ましたらまだ秘密にされていた妹の存在を言い当てたシーンがあった。父親が妹のことをプライドに明かそうと決めた日のことだ。それこそがプライドが予知能力を、そして王位継承権を得た瞬間だった、と。


もうまんま今の状況じゃない‼︎


これを語った攻略対象キャラには「それがこの国の悲劇の始まりだった」とか言われてたし‼︎


喜んでくれる父上には申し訳ないけれど、ゲームの通りに進んでいるであろうこの状況に改めて絶望するしかなかった。

何とか金魚状態から予知能力ではないという言い訳を探そうにも良い案はでてこなかった。

父上はそんな呆然とする私に一頻り喜んでくれた後、「今はゆっくり休みなさい。まだお前にはわからないだろうから後で話そう、妹の…ティアラのこともな。」と言って母上に伝えに行ってしまった。


父上と入れ替わりに部屋の外に出ていた衛兵や侍女達が入ってくる。


「妹…」

周りに聞こえないように小さく呟いて今度は庭を見下ろせる部屋の窓の方へ顔を向ける。


「もう…全部知っているのに。」


気高く思慮深い母上と、その母を補佐する心優しい王の父。

その両親の思慮深さと優しさを受け継いだのが私の妹、ティアラ・ロイヤル・アイビー。第二王女であり、この乙女ゲームの主人公。

産まれた時から身体が弱く、暗殺や誘拐の危険から六歳の誕生日までその存在を秘匿されていた、か弱くも可憐なお姫様。家族でありながら幼いプライドもまたその存在をずっと知らされていなかった。

ティアラ…見るからに高飛車な名前のプライドと違い、なんて愛らしい名前なのだろう。


だめだ、八歳の身体で感傷的になってしまうと涙がでてくる。極悪非道のラスボスにこんなのは似合わないわ。


涙と一緒に鼻が垂れそうなのをズズッと啜って堪える。


そう、私はこの世界のラスボスだ。

主人公や攻略対象者の宿敵であり、極悪非道の自己中心第一王女がこの私、プライド・ロイヤル・アイビーである。

そして、ゲームのどのルートであろうと必ず攻略対象者に断罪され死ぬ悪役、言い換えればラスボスだ。

まぁ、バッドエンドでは逆にティアラか攻略対象が死ぬんだけど…

だからって、この前世記憶のチートを生かしてバッドエンドに持って行こうという気には正直なれない。

何故ならそれ程までに主人公のティアラと攻略対象者は善人で、ラスボスであるプライドは死んで当然レベルの極悪非道な女王だからだ。

〝キミヒカ〟は大好きなゲームだけど、プライドのことは私を含めて百人中百人か好きにはなれない。特に攻略対象が好きなら好きに比例してプレイヤーに嫌われる。


そのプライドに今私がなっているのだと思うと腹が立ってくる。

思わずいつもの調子でベッド脇にあるミニテーブルをガンッと足で蹴飛ばすと横にいた侍女の肩がビクッと跳ね上がった。

「あ…、…ごめんなさい。」

しまった、こういうのが極悪非道女王になる積み重ねなのよね…そう思いながら謝ると、テーブルを無言で立て直した侍女が目を丸くさせた。口だけはか細く「とんでもございません…」と答えるが、明らかに動揺している。

そりゃそうよね、今までの私は父上がいないと我儘放題で何人もの侍女をクビにしたり、罰を与えてやる、死刑だと喚いたりもしたのだから。勿論、罰や死刑に関しては父上の手で全部止められていたけれど。それでもいつもならテーブルを蹴り飛ばしたところで「早く立て直してよ‼︎」と逆にぎゃあぎゃあ騒いだだろう。でも正直、前世の地味な庶民根性と倫理観が戻ってきてしまった上に自分の成れの果てを知った今はとてもそんなことはできない。

大体プライドは予知能力なんてすごい力を目覚めさておきながら、ゲームの中で全く良いことに役立ていない。むしろ、攻略対象者を嵌めたり、悲劇が起こる事を予知しても高みの見物をしたり…今回の予知だって、妹がいたことを予知するくらいならもっと別のことを予知してくれれば、例えばそう、父上のー…


「あっ‼︎」



その時私は思い出してしまった。

もう既に悲劇が始まろうとしていたことを。

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