<< 前へ次へ >>  更新
199/1022

喧嘩し、


「…皆さんから見て、アーサーのことは率直にどう思いますか?」


和かな笑みを崩さずにステイルが、騎士三人に問いかけた。

アーサーは現時点では、最年少で騎士本隊入りを首席で果たした優秀な騎士だ。

更には騎士隊長、副隊長を除く騎士の中では剣で一番の実力を誇り、近衛騎士の座をも掴み取った。そして騎士団長の実の御子息でもある。

アーサー本人からは騎士達の悪い噂は全く聞かない。


ただし、アーサー本人の噂については別だ。


彼のその実力に嫉妬や、やっかみを抱く者がいてもおかしくはない。例えそれが誇り高き騎士であろうとも、相手は人間なのだから。


「皆さんの目から見て、…そして他方からの噂や評価などは。」

あくまで自分の意見ではなく、他の人間から聞いた話だと逃げることができるように敢えて助け舟を出す。ステイルは笑みを崩さないまま、三人の視線に一つも見過ごさないように意識を集中させた。

アラン、カラム、エリックはそれぞれ互いに視線を今度は交わすことなく真っ直ぐにステイルを見返した。そのまま、最初に口を開いたのはアランだ。


「俺の知る限りじゃアイツのこと悪く言うヤツなんて誰もいませんよ。」


なんてこともない、といった様子で告げる。アランの言葉にカラムとエリックも同意するように頷いた。そのまま次はカラムが一歩前に出る。


「確かにアーサーは色々と他の騎士とも異なりますから、周囲の評価が気に掛かるのはわかります。我が騎士団長の御子息ということだけではなく、才能に溢れ、努力を怠らない。そして他の騎士を押し退け近衛騎士を任されています。…ですが、彼は淀みない。それに実力至上主義の八番隊ですら、彼の評価は高いです。」

「最近入った新兵の中にはアーサーに憧れを抱く騎士もいますが、嫉妬やその実力を疑う者は誰もいませんね。騎士団長も副団長もアーサーに贔屓や特別視などは全くありませんし。むしろ殆どの騎士には最年少ということもあって可愛がられています。」


まぁ、顔が似ているから騎士団長と親子だというのは皆にバレちゃいますけど。とエリックが何の含みもなく語り、笑った。


「取り敢えず少なくとも俺はアーサー好きですよ!剣の腕も一級で、付き合いも結構良いですし。そりゃあプライド様の近衛なのは羨ましいですけど!」

「お前の〝付き合い〟は一方的にアーサーを引きずり回していることが殆どだろう。…ですが、私もアーサーは良い騎士だと思っています。プライド様に相応しい立派な近衛騎士です。」

「自分も、アーサーは良いヤツだと思います。真っ直ぐで、ひたむきで、これからの成長も楽しみです。」


三人の騎士の言葉にステイルは満足気に頷いた。自分の親友が優秀な騎士達に評価が高いのがとても誇り高い。「そうですか」と返し、グラスの中身を一口飲み込んだ。

その後も、暫く話題に火がついたように騎士三人がステイルに聞かすような形でアーサーの話題が続いた。

アーサーがこの前も騎士隊長のハリソンから一本取った、新兵の仕事なのに演習の準備をしていた、時々騎士団でも演習項目にない体術を使うことが増えた、と。

自分が知る内容から知らない一面まで語られる三人の話にステイルは黙って聞き入った。

そして、話に区切りがついた頃にステイルはグラスをテーブルに置くと、やっと静かに再び口を開いた。

「安心しました。…これで僕も」


トントン


突然のノックでステイルの言葉が中断される。エリックが扉に向かって駆け出し、部屋の中が見られないように小さく開けた。そのまま扉の隙間から顔を覗かせると同時に溜息をついた。何か大事なことを言おうとしていた様子の第一王子の言葉を中断させた犯人を、そのまま肩を掴んで部屋の中に引きずり込む。


「えっ…と、…すんません。気がついたら外出ててー…ッ⁈なっ!ステッ…‼︎なん…アラン隊長の部屋に…⁈」


もう酔いが覚めたのか、頭を下げて戻ってきたアーサーが先輩騎士達と肩を並べてグラスを傾けているステイルに声を上げる。酔っていた時のことは記憶にないらしい。自分を外に放り出したのは元はと言えばステイルなことも彼の記憶にはない。


「…酔いが冷めやすいだけまだマシか。」

目を白黒させるアーサーにステイルが溜息をつく。アーサーの酔いが覚めた様子にアランとカラムは明らかにほっとしたように笑っていた。


「あの夜、お前が姉君とどんな話をしていたか聞きに来た。…ついでに、もう一つ報告もな。」

報告?とアーサーが眉間に皺を寄せる。もう自分とステイルの関係が知られてるとはいえ、容易に言い返すのを躊躇った。「ああ」とだけ言ってステイルは椅子から立ち上がり、アーサーの眼前まで歩み寄る。エリックがそっとステイルと入れ替わるようにして引き、そのままアラン、カラムの傍まで移動した。


「アーサー。今日、母上から許可が降りた。俺は明日からヴェスト叔父様…ヴェスト摂政に付く。次期摂政としてその全てを学ぶ為だ。…今までのように常に姉君と共にいることはないだろう。」


はっきりと、迷い無く言い放った。

ステイルの言葉にアーサーは声もなく目を見開き、少し噤んだ後にゆっくりとその口を開いた。

「…。……極秘訪問の1週間前のあの時。…〝俺の分まで〟ってのは、そういう意味か。」


『頼んだぞアーサー。…俺の分まで。』


騎士団にプライドの極秘訪問の護衛が命じられた日のステイルの言葉を思い出す。アーサー自身、あれからずっと気にかかっていた言葉だった。

アーサーの問いにステイルは頷く。眼鏡の縁に触れながら「そうだ」と一言答えた。


「本来は姉君の婚約と同時に行う予定だったから婚約解消と同時に俺の方も延期される予定だった。だが、俺から直に母上に断行を願い出た。姉君にいつ新たな婚約者が現れてもー…」

がっ、と話している最中にアーサーに両肩を掴まれて口を閉ざす。小さく俯いたまま、ステイルの肩を掴む手の力だけが強まった。何も言わないアーサーに、二人の様子を見守っていたアラン達も息を飲んだ。そして、次の瞬間。




ガンッッ‼︎‼︎と、アーサーの頭突きがステイルに直撃した。




「まァた一人で抱えてやがったのかステイルッ‼︎テメェは毎回毎回…そういうとこ本ッ当にプライド様と一緒だな⁈」


打たれた頭を抱え、堪えるように背中を丸めるステイルにアーサーが怒鳴る。ステイルへ振った自分の額も若干赤くなっている。痛みのあまりに声が出ないステイルへアーサーは言葉を続けた。


「テメェ以上に摂政に相応しい奴はいねぇんだから仕方がねぇだろォが‼︎それが王族の習わしなら従うのが当然だろォが‼︎ンなこと知ったところで俺が喚くとでも思ったのか⁈」

ふざけんな!と叫んだところで頭を鷲掴もうとしたらステイルが瞬間移動でアーサーの背後に移動した。そのままアーサーが振り向くと同時に回し蹴りを入れる。


「ッだから、こうしてお前には報告に来たんだろうが!」


繰り出された蹴りをアーサーは掴み、防いだ。ギリッと歯を食い縛る音がどちらとも無く鳴った。


「どうせなら決まってからじゃなくもっと早く愚痴れっつってンだよ‼︎大ッ体プライド様がレオン王子とあの夜一緒に過ごしてたこともテメェ俺に隠してたろ⁈」

「レオン王子に殺気を放ってたお前に言える訳がないだろう⁈大体あの時は何もなかったと姉君も…」

「それがわかったのはプライド様が話してくれた後だろォが‼︎取り敢えず百回詫びろッ‼︎」


テメェだって夜に何があったか知らなかったくせに‼︎と掴み取ったステイルの足を思い切り放り投げた。すると瞬間移動で空中からアーサーの懐に現れたステイルがその腕を掴み、逆にアーサーを一本背負いで放り投げる。


「ッならお前なら俺の立場で言えたのか⁈」

姉君が婚約者の部屋で夜を過ごしているなどと‼︎と怒鳴るステイルを睨みながら、アーサーは空中で身体を捻り、綺麗に着地した。

「ッ言えねぇよ‼︎」


身体を動かして酔いが回ったか、それとも別の理由か顔が若干赤くなったアーサーが怒鳴る。その答えにステイルがすかさず「そうだろう⁈」と怒鳴り返す。

ハァ…ハァ…と互いに肩で息をして睨み合う。どちらか一方でも駆け出せばまた殴り合いが再開されそうな覇気が部屋中に充満した。


「……。隠し事を、して、…たのは…悪かった。」


最初に折れたのはステイルだ。変わらずアーサーを睨みながら口だけが途切れ途切れに動かされた。


「…正直、母上から最初にその話を受けた時は俺も戸惑った。…何より、お前との誓いを反故にしたような気がして打ち明けるのも酷く躊躇われた。」


共にプライドを、守る。…しかし摂政付きになればステイルはプライドを今までのように傍で守ることはできなくなる。それは今さっきステイルから話を聞いた瞬間にアーサーも理解していた。だが、


「…アァ?ちゃんと守ってンだろォが。プライド様と民を守る為に摂政付きを望んでンだろ。」


また難しいこと言いやがって。と、ステイルの言葉にやっとアーサーが構えを解いた。そのまま溜息を吐きながらステイルに歩み寄る。


「この先の何年何十年プライド様と民を守る為に今から摂政の勉強するっつーことの何がいけねぇんだよ?」


すんなりと語るアーサーに今度はステイルが目を見開き驚かされる。まだ自分が摂政付きを早々に望んだ理由を話しきっていないのに、既にわかっているような口振りだった。

アーサーは再びステイルの眼前に立ち、今度こそ頭を鷲掴む。


「な・の・に‼︎テメェ自身がそんなに悩んでて更にレオン王子の夜のことも含めて全部抱えてやがったのが腹立つンだよ‼︎」


ぐぐぐ、と握力だけでステイルの頭を絞り上げる。今度はそこまで痛くないが、それでもアーサーの怒りは嫌なほど伝わってきた。ステイルが瞬間移動で抵抗しないのを見て、アーサーもすぐに手の力を緩める。ったく、と呟きながらつき飛ばすようにしてステイルから手を離した。

「…で?」

腕を組み、その場に仁王立ちするアーサーがステイルを睨む。突然話を振られたステイルが眼鏡の位置を直しながらアーサーを睨み返した。「何がだ」と返すとアーサーが鼻息混じりに笑い、口を開いた。



ー 友であるステイルの考えていることなら、既に大方検討はついていた。


<< 前へ次へ >>目次  更新