165.騎士達は酒を飲み、
「…んで、プライド様に…俺も居ますって、言ったんすけど…すげぇ緊張して…でも…ありがとうってプライド様が言ってくれて…」
「アーサー。もう一杯水飲もうか?」
ジョッキを片手にテーブルに突っ伏すアーサーに、エリックが水差しを手に肩を叩いた。
そのまま横のグラスではなく、先程までは酒が入ってたアーサーのジョッキに直接水をなみなみと注ぎ込んでいく。エリックの言葉にありがとうございます、と返しながらアーサーはその水を一気に飲み込んだ。
「んで、…。…あれ、どこまで話しましたっけ…。…ええと…、…アラン隊長はすげぇ強くって…戦闘では剣も格闘もできて格好良」
「ッ頼むからもうその話はやめろアーサー‼︎本気で顔から火が出るッ‼︎」
酔いのせいで顔が真っ赤なアーサーの言葉を打ち消すように、酒とは別の理由で顔を真っ赤にしたアランが声を上げた。そのまま隣でテーブルに肘をついたまま頭を抱えているカラムを指差す。
「見ろ!カラムなんて完全に撃沈してんじゃねぇか‼︎」
アランとカラムの様子に、思わずエリックが苦笑いをした。頭を抱えたまま湯気が出るほど顔が真っ赤になったカラムは肩がピクピクと震え、俯いたまま動かない。アランの言葉にアーサーは「カラム隊長…」と呟き、また口を開いた。
「カラム隊長は…皆に慕われて…すげぇ優秀で…人の気持ちに」
「エリック‼︎もっとアーサーに水を飲ませろ‼︎」
突然の叫び声にエリックが笑い、更にアーサーのジョッキに水を注ぎ込んだ。勧められるままに水を飲むアーサーにカラムは「アランを止めなかった私が悪かった…」と呟いた。
プライドの極秘訪問を終え、帰国してから三日が経った。
アーサーを半ば強引に自分の部屋へと連れ込んだアランは、カラム、エリックと共に部屋で晩酌を楽しんでいた。
もともと、仲間を連れて部屋で飲むことが好きなアランの部屋はかなりの量の酒瓶が場所を取り、明らかに一人用ではない大きさのテーブルと複数の椅子が並んでいた。初めてアランの部屋を訪れた騎士は皆、最初は隊長格の自室というよりも小さな酒場といった印象を抱くほどだ。
引きずられたアーサーがアランに酒を勧められる中、エリックとカラムは部屋の隅に放置されていた空き瓶の処理と部屋の片付けに没頭してしまっていた。
そして一時間後、彼らが片付けを終えたからにはアランによって完全に潰されたアーサーの姿があった。
基本的に自分の許容範囲以上は飲まないアーサーだが、隊長且つ飲ませ上手なアランにあっさりと酔わされてしまった。
そしてアランの思惑を知りながら敢えて黙認してしまったカラムとエリックも同罪である。「あの夜、プライド様と何を話していたのか」について、カラムも知りたいと思い、エリックはアランを諦めさせるのは不可能だと最初からわかっていた。
そして強かに酔ったアーサーにアランが尋ねた途端、アーサーが最初に語り出したのはプライドへの隊長副隊長自慢だった。
更にはそれを酔いのせいで何度も何度も繰り返し話すから余計に厄介だ。
プライドが眠った辺り以降からは、それ以上話さないようにエリックが敢えて水を差し出して話を初期化していることに、幸いにもカラムとアランは気づいていない。
「ほんっと…!絶対もう二度とアーサーを酔わせてやんねぇ…!」
「てっきりプライド様と何かあったのかと思えばっ…よりにもよって私達の話をっ…!」
部下からの褒め言葉だけでも顔から火が出そうなのに、更にはそれがプライドに語られたと思うと余計に恥ずかしい。
アーサーを潰した筈が、逆に撃沈されてしまった二人にエリックが笑う。
彼だけはすでにあの夜アーサーがプライドと何を話していたかも知っていた。自分の話をされた時は恥ずかしかったし、再びそれを隊長二人の前で語られたのも照れたが、今はアーサーがプライドとのやり取りの核心を話す前に水を差し出して止めることが最優先だった。
何度目かの先輩自慢を話し終えた後に「…プライド様の…手を…」「…い好…って言って貰えて…」とも漏らしたが、先輩騎士本人はその前の話に悶絶して既に両耳を塞いだ後だった。
「だって…先輩達みんなすっげぇと思ったし…格好良いし…ここにいる騎士の人達みんな俺の憧れの騎士で…」
「あーわかるわかる。お前はずっと騎士に憧れてたもんな?」
「いや待てアーサー、エリック。今はアーサーも立派な騎士だろう?」
「っていうか騎士団にいる奴は全員騎士だぞ⁈そんなんじゃ全員アーサーの憧れになんだろ⁈」
ぶつぶつと本音を零すアーサーと、それに慣れたように相槌を打つエリックにカラムとアランが順々にツッコむ。
エリックがそれを見て「あー、隊長。それを今のアーサーに言うと…」と口を開いたが、途中で更なるアーサーの言葉に打ち消された。
「そうっす…騎士の方々みんな俺には憧れで…格好良くて…でも、父上やクラークだけじゃなくて…やっぱアラン隊長もカラム隊長もエリック副隊長も…すげぇ格好良くて…アラン隊長は強いし…俺とかにまで手合わせ誘ってくれるし…カラム隊長もすげぇ優しくて五年前だって」
「「エリック、水を飲ませろ。」」
はい。と隊長二人の言葉が重なると同時にエリックも自分の話になる前にとアーサーに更に水を飲ませる。水を飲み終えた後もぼそぼそと「いや俺は本当にすげぇ尊敬してて…」と零し続けている。
「アーサーは酔い潰れると毎回こんな感じなんですよ。自分達と飲んだ時もプライド様だけでなくその場にいた騎士達の話とかもずっとこんな感じで。」
本人は話したこと覚えてないんですけどね。と笑うエリックに、その方が良い。とアランとカラムが同時に呟いた。
その時だった。
「楽しそうですね。僕も仲間に入れて頂いても構いませんか?」
不意に、四人しかいない筈の部屋から別の声がした。同時に感じ取った気配にアラン、カラム、エリックが振り向きざまに剣を構え、アーサーは手を挙げた。
「ぃよォ、ステイル…。」
テーブルに突っ伏したまま、声と気配だけで誰かを察したアーサーが呟く。先輩騎士達も振り返った先を確認して思わず目を丸くした。
ステイル様⁈と声を上げようとした瞬間、ステイルが人差し指を口元に立てて「他の騎士達に気づかれては大変なので」と声を潜ませた。
この国の第一王子であるステイルが、アランの部屋の隅に寄せられていた椅子に寛ぐようにして優雅に腰掛け、にこやかに騎士四人を前に微笑んでいる。騎士三人にとって、明らかに異常な光景だった。
「なっ…何故、ステイル様が、このような小汚い場所に…⁈」
「おいカラム!小汚いは余計だろ⁈」
「いえそれは置いといても何故アーサーの部屋でなくアラン隊長の部屋に…⁈」
三人の言葉にステイルは「ああ、ここはアラン隊長のお部屋でしたか」と周りを見回し、そしてゆっくりと立ち上がった。
「アーサーの部屋で暫く待ったのですが不在で。そう言えばアネモネ王国の一件で皆さんがアーサーを飲みに誘っていらしたことを思い出しましたので。」
それで直接アーサーの元へ瞬間移動してこちらに。と笑うステイルに三人は顔を見合わせた。同時にその時、ステイルから自分も加わりたいと話されていたことも思い出す。
「ちょうど良かったです。僕も是非お話に参加したいと思っていたので。」
隣に座っても?とカラム隊長へ尋ねると、慌てた様子で「どうぞ!」とカラム隊長がアーサーと自分の間の席をステイルへ勧めた。
「なかなか残念な姿だな、アーサー。」
ステイルが、初めて見るボロ酔いのアーサーの姿に意地の悪い笑みを浮かべて声を掛ける。するとアーサーが顔の向きだけを変えてステイルを見た。エリックがそれを見て「あー…ステイル様。今のアーサーは」と声を掛けたが、遅かった。ステイル…と小さく呟いたアーサーが、そのまま口を開く。
「ステイルは…コイツはすげぇ強くて…頭良くって…プライド様のことめっちゃ想ってるんすよ本当に…。…んで、…努力家だし真面目だし剣だって」
「待てアーサー!唐突に何を言っているッ⁈」
思わず、といった様子で慌てたステイルが思い切りアーサーの口を手で押さえた。あぶ、とアーサーの口が第一王子の手で封じられる様子に騎士三人が笑いを噛み殺す。
「アーサーって酔うといつもこんな感じなんですよ。」
エリックの言葉にステイルが目を丸くする。そのままエリックがジョッキに注いだ水をアーサーに差し出した。
「あ、でもステイル様のことを話したのは今が初めてなので御安心下さい。酔ってもそこの分別はつくみたいで。」
自分はあの夜にアーサーが話しているのを聞いてしまいましたけど…と笑いながら、アーサーが今飲み終えたジョッキにすかさず更に水を注いだ。
「あの夜、アーサーはプライド様にアラン隊長やカラム隊長、…自分や、そしてステイル様の事を色々話してくれて。〝これだけ味方がいるから安心して下さい〟とプライド様に伝えたかったみたいです。」
「それで、か…。」
エリックの説明にステイルが色々察したように頷いた。その間に水を飲み終わったアーサーがまたテーブルに突っ伏してしまい、聞かれてもいないのに更に口を開き始めた。
途端に再びアーサーとの攻防が始まる。
「アラン隊長はすげぇ強くて頼り甲斐あって…」
「やめろアーサー!ステイル様にまで聞かせるな‼︎」
「カラム隊長は思い遣りあって頭も良くって…」
「アーサー‼︎聡明と名高いステイル様の前ではその世辞は私が恥をかくだけだッ!」
「エリック副隊長はすげぇ努力家で…なんでもできて…」
「アーサー、水もう一杯飲んどこうな?」
「ステイルは…」
「アーサー。取り敢えずお前は酔いを覚ませ。」
何故か完全にアーサーに騎士隊長、副隊長、第一王子が振り回されている。
最後にステイルがテーブルに突っ伏すアーサーの後ろ首を掴むと、そのまま一回外で頭を冷やせと第一王子自ら扉を開けてアーサーを外に放っぽり出してしまった。
バタン、と少し乱暴に扉が閉まる音と共にステイルがスタスタと元の自分の席に戻ってしまう。
必然的に部屋の中にはアラン、カラム、エリックそしてステイルだけが残されてしまった。
「ああ〜…よ、宜しければステイル様も何か飲まれますか⁈」
安酒しかありませんけど‼︎と若干慌てたようなアランにステイルがにこやかに是非、と答えた。
「ところで…失礼ですが、今晩はステイル様はあの晩の話をしにアーサーの所へ?」
「ええ、まぁ…それもなのですが。」
カラムの言葉にステイルがやんわりと言葉を濁す。
「…それよりも、僕はアーサーの先輩である皆さんのお話を聞きたいと思いまして。」
アランから酒の入ったグラスを受け取り、そのまま三人を見回す。ステイルの言葉に驚いたように再び目を丸くして騎士達は互いの顔を見合わせた。ステイルはそれに構わず、ちょうどアーサーも居ませんし。と扉の方を見て、三人にグラスを掲げた。
「…皆さんから見て、アーサーのことを率直にどう思いますか?」