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Ⅱ597.虐遇王女は聞く。


「プライド。それでは本格的に宜しいでしょうか」


ステイルが私の部屋へ訪れたのは、近衛騎士達がアーサーとカラム隊長にちょうど交代した後だった。

一度階段でお別れしたステイルは、すぐに私の部屋へ訪れた。もともとラジヤ帝国訪問の際に必要な決定事項をエフロンお兄様にだけ話す為に二人きりになっただけだし、戻ってきてくれるのはわかっていた。

ノックを鳴らしたステイルに私も応え、彼を招き入れればにこやかな笑顔だった。無事エフロンお兄様への説得は成功したらしい。


すぐに王配補佐に戻ったティアラと違い、ステイルはヴェスト叔父様と母上から一任された役目を今は優先させて動いている。

この後も用事があるステイルに、私もできることなら立ち合いたかった。もともとは私の〝予知〟が原因の我儘だし、何より助けを求めているのは私もだから。


テーブルを挟んで向かいの席に座ったステイルの前に淹れ立ての紅茶をマリーが置いた。

ステイルの背後にはエフロンお兄様がきりっと背筋を伸ばして控えている。唇のびしっと結んでいるエフロンお兄様だけど、そこに戸惑いの様子はない。

紅茶を一口味わったステイルからは、予想通りエフロンお兄様がこちらの提案を全面的に了承してくれたということだった。一応大前提として、あくまで力を貸すだけでステイルと一緒に危険なラジヤへの同行は無しという条件付きで。これは私も大賛成だった。

まだ城の従者を初めて半年も経っていない状態での異国出張があのラジヤなんて酷にもほどがある。それこそ城がブラック企業だ。

私の背後に控える近衛騎士のカラム隊長とアーサーもこれにはほっと息を吐いていた。二人にはまだアラン隊長とエリック副隊長へと同様に母上達との話については話せていないけれど、少なくとも〝ラジヤ〟と〝同行〟という言葉で察しはついただろう。


「良かったわ。ありがとうフィリップ、貴方の協力があれば安心だわ」

「いえ、プライド第一王女殿下の為であればこれくらい当然です。ただ、特殊能力の限界がまだ」 

「待てフィリップ。それは俺に順を追って話させてくれ」

胸に手を当てにこやかに言ってくれるエフロンお兄様に、ステイルが待ったをかける。

特殊能力の限界、と言われて少しだけハッとする。エフロンお兄様の特殊能力は凄い能力だけど、そういえばまだどこまでできるかは聞いていない。てっきり幼馴染且つ主人のステイルならもう把握しているからこその提案かなと思ったけれど、まだ細かいところまではわかっていないのかもしれない。

ステイルに合わせ口を閉じるエフロンお兄様に首を傾けながら、言葉を待つ。どこまでが可能不可能かはわからないけれど、少なくともエフロンお兄様をその為に強制同行という選択肢だけは避けたい。

王族に命令権があるのはわかるけれど、彼は騎士でも衛兵でもない従者だ。しかも王族の従者とはいえ、第一王女の従者兼補佐のそのまた従者。しかもあくまで従者としての一般的な実力と一芸合格のようなものだ。……その一芸が今は大事なのだけれども。


「プライド。その前に、先ずは俺からの提案を聞いてくれませんか。……アーサー、そしてカラム隊長も。敢えて未だ言えない部分もありますが」

あくまで端的に。と、そう続けるステイルは真っすぐと漆黒色の眼差しをアーサーに向けていた。

まだ母上から極秘扱いで言えないことも多いけれど、それでもやっぱり私にと同じように親友のアーサーに意見を聞きたい部分があるのだろうなと思う。振り返った先ではアーサーもカラム隊長も躊躇いなく頷きで返してくれていた。

今はこうやってちゃんと相談してくれるステイルに嬉しいと思うのは多分私だけじではないのだろうと、口を結ぶアーサーの目を見てわかる。……うん、やっぱり私も見習わないと。


ありがとうございます、と微笑むステイルはそこで改めて私に向き直った。

眼鏡の位置を指で軽く調整し、語り出す。つい今日母上達から提案されたラジヤへの訪問についていくらか言葉は伏せられながらも語ってくれたステイルの提案は、……本当に今日思いついたばかりなのかと疑いたくなるほどの思い切った内容だった。

だって、さっき!さっき、ついさっきまさかの母上達の提案にステイルもびっくりしていた筈なのに。

それとも、ジルベール宰相がこの予知の件を預かってくれた時からもうステイルの中では考えてくれたことなのだろうか。天才策士のステイルなら充分にあり得る。

ひえー、と声には出さずとも口が薄く動いてしまう中、ステイルのにこやかさは変わらない。ぎこちなく背後にも目を向ければ、アーサーとカラム隊長も口が開いたままだった。二人にもなかなかの策だったに違いない。


「いかがでしょうか。もしご同意頂けるのなら俺から念の為ヴェスト叔父様に確認を頂き、それから早速行動に移したいと考えています」

ちらりと時計を確認するステイルの迅速な対応恐ろしい。

そ、そうね……?と言いながら、口の動きが半分笑ったままぎこちなくなる。確かに、私にとっても心強いし、何より安心材料でもある。母上に許可される滞在期間だって、学校の時みたいに一か月なんて長期間はとても不可能だし限られている分安全且つ動きやすいに越したことはない。


続けてステイルが、エフロンお兄様の特殊能力を具体的に確認後には本格的に動きたい、できれば今日中にと。もうドミノ倒し以上の速度で進んでいく天才策士の凄まじさに頬から冷たい汗が落ちた。

特殊能力の確認方法は?と尋ねれば、ジルベール宰相にも協力と立ち合いを求めるつもりらしい。これには私も賛成だ。ヴァルとケメトの時もそうだったし、特殊能力関係ではジルベール宰相の意見も参考にしたい。

こちらも全てはもう合意済みだと語るステイルの言葉に、エフロンお兄様も優雅に礼で私達に答えてくれた。本当にお兄ちゃん優しい。アムレットがこの姿を見たらきっと見直……、……うん。だめだ、多分また「格好つけて」とか言っちゃう気がする。

良いと思います。と、……私が膝に両手を重ねながら返すのに時間が掛からなかった。色々畏れ多いけれど、それ以上に間違いない策だと思うから。


「でも、あくまで彼らの意思を尊重する形にしたいわ。今回は学校と比べ物にならないくらい危険な場所だし、彼らも忙しいし立場というものがあるから」

「勿論ですとも。危険なのは俺もよぉぉおおくわかっています。まぁそれでも俺は絶対行きますが」

う゛、今の言い方ちょっとジルベール宰相っぽい。

こっそりそんなことを思いながら私は口の中を噛む。両肩が上がってしまうけれど、ここは仕方がない。ステイルだって本当なら私がラジヤに行くなんて反対したいくらい心配してくれてついてきてくれるのだから。そして、……なんだか今は不思議とそう言って付いてきてくれるのはステイルだけではないとも思える。

どうでしょう?とまたステイルから問い掛けが繰り返され、顔を上げれば今度は私ではなく近衛騎士の二人に向けての言葉だった。

アーサーとカラム隊長も、こくりと二人揃った頷きが返って来た。あくまでエフロンお兄様の件だけだけれども賛成してくれるようだ。二人の反応に満足したらしいステイルも「良かった」と柔らかい声だ。


「アーサーとカラム隊長にも開示許可を頂けるように俺から頼んでみます。ケネス隊長達の件もありますし、恐らく今頃騎士団長からアラン隊長達には伝えられていると思うので」

ピクンッ!!とわかりやすくアーサーの目が大きく見開かれた。カラム隊長も目を見張るのをみても、二人もやっぱり早く情報は共有したかったのだろう。

確かに、騎士団長に話が通っていることから考えても、近衛騎士達には騎士団長から情報共有がされている可能性が高い。

交代したアーサーとカラム隊長は間が悪く近衛の任務が終わってからの予定だろうけれど、もう騎士団長にアラン隊長達が知らされているとしたら問題はないだろう。任務内容が内容だから情報共有も慎重に扱わないといけないだけだ。きっと二人も今夜には知る内容だし、少し早いくらいは問題ないと思う。

頼む!とアーサーがついに口を開いた。握り拳をぐっと強めているのを見ても、次の任務を一分一秒でも早く知りたいのは間違いないだろう。

アーサーの反応に、ステイルも楽しそうにニヤとちょっと悪い笑みで返していた。遅れて「任せろ」とう言葉はちょっとステイルも楽しそうだ。


「カラム隊長にも早々にお願いしたいことがありますので。その為にも情報共有は必須ですしね」

待ってカラム隊長にも!!?

さらっと笑顔のまま言うステイルに、私は指にかけたカップを零しかけて慌ててテーブルに降ろす。

カラム隊長もこれには予想外だったらしく、目がぱちくりと開いていた。「私に、ですか」と言葉を返すけれど、当然ながら彼も一体どんな内容かは想像もできてないようだった。

私もそっちは聞いてない!とステイルを見つめれば「勿論プライドにもちゃんと言いますよ」と肩を竦められた。もう本当にどこまで考えているのか想像がつかない。


「っつーかケネス隊長って何だ?!陛下の方で何かっ……」

「アーサー、そこまでだ。それ以上は情報開示許可を頂いてからが良いだろう」

一度口を開いた勢いでさっきまでふつふつと湧いていた疑問が滝のように流れるアーサーに、カラム隊長が止める。

ポンと肩に手を置かれた途端、一度大きく肩を上下したアーサーは勢いも一気に凪いだ。はい……と萎れた声を零しながら、うっかり我慢できなかったことを反省するように小さく俯く。やっぱりすごく気になってたんだな。うん、やっぱり早めに情報開示は必要そうだ。


それではまた後ほど、と。ステイルがカップの紅茶を飲み切ってから立ち上がる。アーサーの為にも許可を取りに行く気満々のステイルに、情報開示の方なら私も一緒にお願いに行こうかと腰を上げたけれど「ここは補佐の俺が」と断られた。

宜しくお願いね、と席から彼を見送る。退室するステイルに続き、エフロンお兄様が扉を開けてくれた近衛兵のジャックに礼をする。

てっきりエフロンお兄様との話し合いくらいしかしていないと思っていた私には、なかなか怒涛の展開だった。


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