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Ⅱ596.義弟は向かい合い、


「それではヴェスト叔父様。後ほど伺います」

「どうか宜しくお願い致します、母上、ヴェスト叔父様」

「ジルベール宰相、お先に父上の方に戻っていますねっ」


失礼します。と女王ローザと摂政ヴェストに挨拶を済ませたステイルと姉妹は速やかに退室を始めた。

女王の執務室の扉が完全に開かれたのは、既に三人が席を立ってからだった。最初の挨拶のみで一足先に執務室から退室した女王付き近衛騎士二名も、既に廊下にはいない。

部屋の外で待っていたアランとエリックも、途中で騎士隊長二名が訪れたことは驚いたが、場所が場所の為事情は聞かなかった。必要なことであれば近衛騎士の自分達もしくは騎士団長の口から騎士団全体へ事前に公布が伝えられている。それがないということは、興味本位で聞いて良い内容ではないと理解した。何より、廊下とはいえ王宮且つ女王の執務室の前で無駄口など許されない。

突然現れた隊長格二名が短時間執務室に訪れまた無言で去ったのを、視線と手の動きの挨拶で見送るだけだった。

扉が開いてから「お待たせ」とプライドが笑いかけてくれても、敢えて騎士のことは触れない。

護衛である自分達すら人払いした会話に加わったのは、第一王女近衛騎士である自分達ではなく、女王付き近衛騎士の二名ということだけで充分だった。


今回の決議を経た今、女王近衛騎士の帰還と共に女王ローザからも正式に騎士団長から近衛騎士達に任命と説明も許可される。しかしそれもアランとエリックは交代後の話だ。それまでは近衛騎士にも無許可では話せないとプライド達も口を噤む。

ローザ達に退室を許され、部屋を後にしたプライドと共にティアラとステイルも途中までは共に歩く。これから三人行先はバラバラだが、途中までは広い廊下で肩を並べた。


「とってもびっくりしました!ヴェスト叔父様とジルベール宰相どちらでしょうね⁈それに流石兄様っ!私もすっごくわくわくしてきちゃいました!」

「遊びじゃないんだぞ。それに、わかっているだろうがお前は留守番確定ということを忘れるな」

わかってるものっ!と、兄のつれない返しにぷくりと頬を膨らませる。

母親や姉兄と一緒に行動できないことは歯痒く残念だが、それでも今回の話し合いに〝情報共有の一員〟として入れて貰えただけでも嬉しい。何より、姉兄なら何か助けが必要になったらちゃんと自分を呼んでくれると今は信じれる。

リスのように頬を膨らませるティアラに、ステイルも小さく笑いながら謝罪代わりに手を伸ばし頭を軽く撫でた。ティアラがちゃんと自分やプライドの身を案じてくれていることもわかっている。同時に、ローザとヴェストから語られた今回の外交遠征をティアラが楽しみになる気持ちもよくわかる。

柔らかく細い髪をふわりと撫でながら「何かあったら頼むぞ」と頼る意思を告げれば次の瞬間にはティアラの笑顔も満面に輝いた。勿論よ!と声を跳ねさせ、同時にプライドの腕にぎゅっとしがみついた。


「お姉様もびっくりしちゃいましたけどっ、でも良かったですね!希望が叶いそうですし!」

「ええ……言えなくてごめんなさいねティアラ。ジルベール宰相に色々任せていてそれまでは誰にも言えなくて」

「良いんですっ!もうちゃんと知れましたから!」

プライドの予知について知れなかったティアラだが、それでも姉が国をこっそり発つ前に知れて良かったと思う。

城内とはいえ使用人達を含み誰とすれ違うかわからない今、あくまで執務室での会話の核心に触れない言葉を選ぶ。

三人の背後に控える近衛兵、近衛騎士達にも全くそこから事実を探り当てることはできなかった。ただわかることは、危惧したよりは明るい内容で終わったのだろうこととただただ相変わらずの三人の仲睦まじさだけだ。


歩きながら、最初にティアラが離脱する。「父上のお手伝い頑張りますっ!」と大きく手を振ってスキップ混じりに去るティアラへ振り返しながらステイルとプライドが並ぶ。

本来ならばこのままヴェストの補佐に就くステイルだが、今はその前に任された仕事があった。そのまま二人で変わらず「お任せを」「無理はしないでね」「決まったらまた相談します」と穏やかな会話のみを往来させながら回廊を歩いた。女王の住む王宮から、自分達の住む宮殿へと移れば今度はステイルが離脱した。

騎士団への挨拶と依頼という役割を既に母親達に手を回されてしまったプライドは再び自室へと向かう。そして、ステイルは。




「少し大事な用事がある。フィリップだけで良い」




扉の前でそう告げた第一王子の言葉で、全員が意図を正しく理解し行動する。

共に部屋に入ろうとした専属侍女を含む使用人達も衛兵も全員が一歩引き、そのまま廊下の壁際へと並び控えた。衛兵が廊下から扉を開き、ステイルは一言彼らに掛けると真っすぐに部屋へと入っていった。

そのステイルの背中に、入室を許された専属従者のフィリップだけが姿勢を正したまま続いた。二人が完全に部屋へ入ったところで、フィリップが閉じるよりも前に衛兵が外側から扉を音も立てず閉じる。

手間を一つ省いてくれた衛兵に少し感謝しつつ、フィリップも続けて内側から扉を慣れた手つきで施錠した。場所によっては護衛達がいる為いちいち手間も時間もかかる施錠はせず、代わりに護衛を立てる場合も多いが、この部屋ではステイルの方針で鍵を閉める場合も多かった。


第一王子の自室。

フィリップにとってはわりと見慣れてきた部屋だが、それでも秘密主義なステイルの部屋に入れる人間は少ない。そして、こうして人払いをすればステイルは内側から鍵を閉めることも習慣的に多かった。

専属従者として働いているフィリップも、先輩従者や侍女にその習慣については聞いている。プライドやティアラが部屋に訪れると知らない限りはなるべく鍵を内側からも締める習慣をつけること。そう教えられたフィリップも大して疑問には思わず習慣づけるようにしている。貴族の家でも、逐一護衛を立てられないような家では自室に鍵を掛けることはむしろ一般的である。どちらにせよ、基本的に使用人という存在は仕事内容がら合鍵も持ち合わせているのだから大して問題もない。


「カーテンはお閉め致しますか殿下」

「頼む」

内側から施錠した部屋で、自分だけとなればフィリップも何か話があるのだろう程度は想像ついた。

まだ太陽が上がっている時間帯だが、ステイルに確認を取りフィリップは真っすぐに窓へと向かった。朝からの心地良い空気の入れ替えをしていた窓を閉め、そしてカーテンをぴしりと全て閉じてまわる。

太陽光の眩しさはカーテンをそれでも貫き零れ、部屋の中は薄く明るい。互いの表情もはっきり見える中、フィリップはちらちらと横目で窓の位置を確認しつつどの窓からも影になる位置へと移動した。ここなら見えない誰にも見られない、とそこまで確認したところで、ぐっっと大きく両腕を上げて伸びをした。

ふわぁぁぁあ……と、眼鏡がずれ整った顔立ちが台無しになるほどの大欠伸を零し、背中が反らし伸ばす。


「やべぇ気ぃ抜いたら眠くなってきた……もう棒立ちでずっと待つのが暇で気付いたらついつい近衛騎士のアランさんの団服の染み汚れが気になっ」

「フィリップ、お前に頼みがある」

「なんでしょうか殿下」

む、とフィリップからの〝殿下〟呼びに今だけステイルは少しばかり不満に思う。

せっかく扉を閉め斬り二人だけになり窓もカーテンも閉めたのに、未だステイルとフィリップは呼ぼうとしない。様付けで呼ばれるよりは自分も慣れたが、こういう時くらい普通に呼べと思う。


しかしフィリップからすれば、今もこれで自分なりには精一杯の素だった。

気にしない時の自分の声の大きさも口調も自覚しているフィリップは、部屋の外に待っている使用人達に本性がバレる可能性は全力で避けたい。あくまでこの美男子の仮面を被っているからこそ上手く振舞えているのだから。

ステイルだけの前だからこそ少しは話し方も崩すが、その声も囁くような小声だ。そして〝つい〟ステイルと呼んでしまわない為にもこの顔でいる間はステイルのことを名前で呼ぶ気はない。それが自分も、ステイルも、そして彼の実の母親を法の下で守り続ける方法でもあるのだから。ステイルのように器用ではない自分は境界を曖昧にするわけにはいかなかった。

しかし唇を尖らせ、眼鏡の位置を指で摘まみ直すフィリップにステイルもジトリと睨んでから息を吐く。もう何度も名前で呼んで良いと言って断られている為、ここで無駄な往来は割愛することにする。ハァ、とあえてフィリップに聞こえる音で溜息を吐き、それからくるりと向き直る。


「実は、さっき母上……女王の執務室でだな」

「殿下、母上呼びで結構です。今更改まられると逆に気まずい」

「っ……で、だな?執務室での協議の結果、極秘に決まった計画がある。ここから先は極秘内容でお前も」

「殿下。ちなみにそれは私に話しても良いと許可は得ていますでしょうか。得てないなら絶対聞きません最後まで」


イラッ、とステイルの周りに薄く黒い覇気が纏う。


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