そして詰められる。
「………どういうことでしょうか。母上」
私の問いに、ティアラもこくこくと母上へ頷いた。
ステイルも眼鏡の黒縁を押さえ位置を直す中、そこでヴェスト叔父様から「先ずは全員座りなさい」とお咎めが入った。
王族三人が明らかに異議ありの体勢で佇んだら当然だ。慌てて着席すれば、どこからか「フフッ」とこの場にそぐわない声が聞こえて来た。……母上だ。
「プライド。再来月行われる同盟国の催しに我が国が招待を受けているのは知っていますね?」
「はい。ミスミ王国への遠征でしたら存じております。同盟を結んだばかりの我が国と親交を深めるべくの招待ですし、フリージア王国としての望むものと……、……!」
はっ!!と、話しながら気付いてしまった瞬間息を飲む。
私だけじゃない、ステイルも一歩手前に気付いたらしく漆黒の目を大きく見開いていた。ティアラはまだ気付いていない様子だけれど、ジルベール宰相の落ち着いた笑みが正解だと言っている。
ミスミ王国。最近我が国と同盟を結んだ小国だ。アネモネ王国よりも小さいくらいだ。
フリージア王国が周辺国と次々同盟を結ぶ中、ミスミ王国の周辺にもその波が広がり結果として我が国との同盟を同じく望んでくれた。我が国としても同盟関係を持てることは歓迎だったけれど、少しだけ難儀した国だ。……奴隷容認国だから。
ただし、奴隷の持ち入り許可を設けているだけで使用と売買禁は現在禁じられている。アネモネ王国とも少し近い形式だ。今のアネモネ王国はレオンの手腕の元、奴隷制度もほぼ撤廃されているけれど。
ミスミ王国の場合は近隣国に奴隷制の国が多いこともあって、どうしても奴隷禁止までは持ち込めないのが現状だ。位置関係的にも色々な国に囲まれているから、奴隷使用が標準である国を相手に奴隷を持ち込み禁止すると色々と貿易でも不利や摩擦が生じてしまう。
それでもフリージア王国との同盟の為に、最近は奴隷の売り買いを禁じる法案を成立したこともあって誠意も伝わり、我が国も同盟に応じることになった。私も第二王子とは少し話したことがある。
そのミスミ王国が行う大規模な催しは各国の要人である王侯貴族が出席する。その参列に是非フリージア王国もと、お誘いがきたのも自然な流れだった。
今年はフリージアを優先してくれ、和平条約を反故にし敗戦したラジヤは招待をしていないことも確認済だ。
再来月、母上はこの催しに各国の招待者と同じくフリージア王国の代表として参じることになる。……そしてこのミスミ王国。
「件のラジヤ帝国属州の、隣国ですね……」
その通りです。と、涼しい色の声が母上の口から放たれた。
そう、そういうことだ。私が行きたいラジヤ帝国属州のお隣さん。しかもそのラジヤの属州の方はとても小さな地で、国面積はアネモネの三分の一以下。フリージア王国の端に触れ、ミスミ王国の隣にある属州は今までラジヤ帝国の敷地範囲として我が国も避けていた……避けることができるほど小さい地だ。
外交の関係で国を跨ぐことは珍しくない。ただ、ラジヤ帝国は有名な奴隷大国として、遠回りになってもなるべく経由しないようにわが国はしている。
奪還戦からではない、もっと大昔からだ。奴隷禁止国と奴隷制推進国はそれだけ水と油。経由した側の身も危ないし、なによりラジヤと変な繋がりがあるのではないかと周辺国に勘繰られるわけにもいかない。
国を通るのだってトンネルのように簡単ではない。各国ごとに厳しい検問も許可も必要とされている。昔はフリージア王国というだけで向こうから弾かれることも多かった。……ただ、今はちょっと違う。
なるほど……と、ステイルは小さく呟き合わせた両手を唇に置いた。
若干鋭くなった真剣な眼差しは、きっと天才策士の思考を完全回転させているのだろう。ティアラも一生懸命頭の中で大陸地図を思い浮かべているように視線を浮かせていた。
流れを読むように無言でジルベール宰相が手もとに丸めて畳まれていた地図をテーブルに広げてくれる。これで目にもわかりやすくなった。
「今まではミスミ王国への経由にはフリージアから山岳地帯を他国を経由しミスミの王都から少々外れた地から国内に入っておりましたが、今はその必要もなくなりました。こちらの地図の通り、以前は王国と呼ばれた現〝ラジヤ〟を通れば一直線ですから」
「件のラジヤ帝国への罰則条約によりフリージア王国はラジヤ帝国へ無条件で通過することが許されている」
〝ラジヤ帝国と支配下国全域にて無条件にフリージア王国民の商業と往来許可〟
解説をしてくれるジルベール宰相の言葉に続き、ヴェスト叔父様が断言する。
奪還戦後、和平反故と敗戦の証として我が国が課した条約の一つだ。それによって、今フリージア王国はラジアと名が付く国には無断でズカズカ入ってしまうことも許されている。ラジヤ帝国の近隣国との同盟や親交をラジヤに阻まれることも、なくなった。
その結果、私達が住んでいる王都からフリージア王国の安全な西部へ進み、そこから催しが行われるミスミ王国の王都までを直線経路で進むことができる。
我が国の遠征隊の負担も減り、経由地に一時滞在で身を休めることも可能だ。
「我々はミスミ王国を目指し、途中で貴方の望むその地に一時滞在をしましょう。ほんの一週間程度にはなりますが、代わりにその間は全面的に調査を認めます」
ラジヤの属州は属州になる前からミスミ王国の恩恵にあやかる為に、ミスミの王都に隣接した地を主要都市として発展開発させた。チャイネンシスとサーシスくらいのお隣さんだ。……歴史的には押しかけと言った方が正しいかもしれない。
結局はそれでもミスミは中立を主張して助けず、そのまま押しかけ国は現ラジヤ属州になってしまったのだけれど。お陰で、都心同士が近接してる、国境を隔てる城壁がミスミ王国だけ凄まじく分厚く立派な建物らしい。
そう、ジルべール宰相が調査済みだと続けてくれる母上に口の中が乾く。
早めにフリージアを出国すれば問題ない。たった数日、でもその間自由に調査できるならありがたい!間違いなく好機だ。
しかも今回はケルメシアナサーカス団という大きな手掛かりもある。プラデストよりも圧倒的に小規模なそこならば一度に全員見つけるのも不可能ではないかもしれない。ゲームの詳しい内容は思い出せなくても、会えば思い出せるはずだ。
……ただ、その場合一つ問題はある。
喉を鳴らし、私は母上と目を合わす。化粧で釣り目に引き上げた目元の母上へ整理した言葉をそのまま向ける。
「とてもありがたいご提案です母上。ですが、よろしいのですか?本来であれば私はそのような外出は認められておりません」
敢えて目を瞑ってくれているのかもしれない疑問に、私から踏み入る。
母上と共に経由地へ移動し、そこでの行動を許される。願ってもないことだ。だけど、私は奪還戦から王女自粛として城から出ることすら禁じられている。いくら同盟国の招待だからって私まで同行なんかしたら、今後も私は否が応なく他の外交にも以前と同じように同行しなけばならなくなる。ミスミ王国だけ例外なんて許されない。ならなんで我が国の祭典には来ないんだと不満も起こるかもしれない。
私が、というよりも第一王女がミスミだけ優遇するわけにはいかない。
攻略対象者を助けたい気持ちは変わらない。けれど、だからって女王と摂政である母上とヴェスト叔父様にまで規則を破って欲しいわけじゃない。
そう思って正直に伝えれば、ヴェスト叔父様の眉がぴくりと動いた。同時に母上からも口元を引く強い笑みが返される。さっきまでのご機嫌の笑顔ではない「よくできました」の顔だ。
「その通りです。なので、貴方は公的には我が国でこれまで通り城に控えているということになるでしょう」
〝公的には〟……?
響く母上の声を聞きながら、これには私も僅かに首を傾ける。ティアラも首を右に左に曲げる中、ステイルが眼鏡の黒縁を押さえ付けながら静かに目を見開いた。はっと息を飲む音が私まで聞こえてきた。
妙な空気感に自分の心臓の音が部屋にも響きそうだと思う。両手で胸を押さえ付け、空白を作る母上の言葉を待った。
母上に代わるように、補佐であるヴェスト叔父様が低い声で口を開く。「これは秘匿厳守すること」と私達に前置いて説明したのは、……まさかの策だった。
そこまで?!と言う言葉を飲み込めば、ティアラが声を上げるのを事前に抑えるように両手を押さえた手のまま目を大きく水晶のようになった。
途端に、叔父様から「ティアラは王配業務補佐もある為留守番だ」と断られる。しゅん、と残念そうに肩を落としたティアラに続き今度はステイルがテーブルから身を半分乗り出した。言葉にしなくても「僕は」と言いたいだろう眼光に叔父様が一言言葉で答えたら、ステイルからはほっと息が漏れた。私もこれには安堵する。
ティアラがいないのはちょっと心細いけれど、ステイルもいなかったら更に心細い。
一度椅子の背凭れに寄りかかったステイルが、小さく咳ばらいをしてから今度は発言を求めるように顔の横で手を挙げた。叔父様が「どうした」と尋ねれば、今度はギラリと目が強く黒光りした。
「僕も、是非その策の詳細に加えて下さい。プライド第一王女を完璧に守り通す為、更に完璧な策を構築してみせます……!!」
流石天才策士。
強い意志を響かせる声は低く、そして強かった。うっすらと覇気まで溢れるステイルのやる気に私も思わず肩がステイル側だけ上がってしまう。
既に構築された策もヴェスト叔父様とジルベール宰相が考えた策だろうことは間違いないのに、更に完璧にと豪語するところが恐ろしい。
ある意味ステイルからの挑戦状にも聞こえる大言に、ヴェスト叔父様は少し眉を吊り上げたけれど反してジルベール宰相は笑みが広がった。心強い、と言わんばかりの笑みだ。
私としても同意見だ。ヴェスト叔父様もジルベール宰相も恐ろしく有能優秀な頭脳の持ち主だけれど、策ならステイル以上に信頼できる人はいない。
良いだろう、とヴェスト叔父様が頷けばステイルも顔の筋肉全てに力を込めた表情で「ありがとうございます」と礼をした。
「ミスミ王国で行われるオークションは大陸中の代表が集まる大規模な催しです。招待状一枚に付き同行者二名、護衛も三名までと厳粛なものだと僕も聞き及んでおります。ラジヤのみならず各国主要人にも警戒して動くべきだと考えています。……同時に、〝一部の協力国〟と連携するのも必要かと」
どこか強く込めるようなステイルの言葉を聞きながら、じわりと背筋に恐ろしく冷たいものが走る。
ステイルの語る一部の協力国となれば、きっと私もティアラも同じものを考えただろう。そしてきっと間違いない。
ヴェスト叔父様や母上が「ほう……?」と興味深そうにステイルへ注目する中、私は今になってそれに気付いた。
ステイルはきっと私よりも前に気付いていたであろうこと。そして、私は今気付いてしまった〝彼ら〟のご予定を。
『今度のオークションの為にここ最近は要り様だったから』
『セドリック王弟も発明を手に入れるつもりだろう?ちゃんと誘うから』
レオンの言葉が頭へ立て続けに響く。
レオン・アドニス・コロナリア。貿易最大手国である彼が、今度出席する予定の外交先。そこでネイトの発明とそしてネルの衣装を最高の形でお披露目するのに選んだ舞台は。
そして、ネイトの発明に興味を持つセドリックもその場に同行すると話していた。それを、私よりも頭の良いステイルが先に思い出さなかったわけがない。彼にとっても私にとっても信頼できる王族だ。
ひぃぃぃぃいいいいいいぃいいい!!と悲鳴を喉の奥から必死に噛み殺す。
これが偶然なのかゲームの強制力なのかもわからない。ただ、間違いなくまた彼らの力を借りる日が私が思ったよりも早く来るということが今決まる。
ステイルが次々と提案を口にすれば、もう口から心臓が零れそうだった。
しかもステイルの語り口に続き、ジルベール宰相まで「確かにそれは」「なるほど」「でしたら交渉はステイル様にお任せしてみる方向でいかがでしょうか」と援護を始める。
さっきこの話を聞いたばかりのステイルと、知っていたジルベール宰相がまるで打ち合わせしていたかのような息の合い方だった。天才謀略家と天才策士の連携に敵う人なんて大魔王でもあり得ない。私とティアラを息を吐く間もなくヒクついた顔をお互い見合わせた。
急激な川の流れのような策の大洪水の一区切りは「宜しいでしょう」と母上の一言であっさりついた。協力者についてはステイルに任せる。「ただし貴方自身にも出し惜しみは許しません」という母上からの交換条件にステイルも間髪入れず同意した。
残るは騎士団に、とならばそれはご迷惑をかける私が直接お話にと考える。「残すは騎士団ですがっ……」と私から口を開くと、母上が無言のまま手の動きで発言を止めさせた。
母上からも静粛にと合図に口を止めれば、今度はヴェスト叔父様が椅子から立ち上がる。タン、タンと落ち着いた足取りで進めば、そのまま一回だけ扉を叩きそれから施錠を開けた。「失礼します」の断りと共に入って来たのは侍女、……ではなく。
「二番隊騎士隊長、ブライス・アッカーマン」
「九番隊騎士隊長、ケネス・オルドブリッジ」
ただいま参じました。と、言葉と共に片膝を付き低い声でそう名乗った二人は私もよく知っていた。知らないわけがない。
この二人が訪れたこの瞬間、……もう既に母上達が手を回していたのだと理解した。背筋を伸ばしテーブルの前に立つお二人は、騎士団の騎士隊長だ。そして同時に、女王付き近衛騎士の御二人でもある。
動きが恐ろしく悪くなる首で母上へギギギと向ければ、女王の貫録の笑みがそこにあった。
「今度の遠征には騎士団長と近衛騎士九名、そして彼ら二人が率いる二番隊と九番隊。そして更にプライドの近衛騎士が率いる三番隊。その三隊と共に向かうことにしました」
「さ、三隊ですか……?!その、全員を……?!」
「副団長も一緒でないと不安ですかプライド」
そっちじゃない!!!!!!
騎士隊長二人の前で、わざと母上が悪戯するようにとぼけてくる。こんなところでまた大人げない!!
そりゃあ騎士団長に副団長までいれは億人力で心強いけれどそこじゃない!!母上は騎士団長のみならず騎士隊を三隊も連れていくと言っている。戦でもない、純然たる外交に騎士団の十分の三を!!
父上と母上、ヴェスト叔父様三人での外交でだって護衛に連れていく騎士隊は平均として一隊と半隊といったところだ。
隣国のアネモネ王国への合同演習なら作戦指揮と後衛に優れた三番隊の半数と四番隊まるごとといったくらいだ。それを二倍!!まさかの倍!!私とステイル、そして母上の、王族三人の護衛に!!
母上が近衛騎士を連れていくことは納得だし当然だけれど、まさか騎士隊長の率いる全員とカラム隊長の三番隊まで!!むしろここまでくると一番隊と八番隊を連れて行かなかっただけ控えた方と考えるべきだろうか。
しかもこのお二人が訪れたということは既に騎士団長には命令が通っているのだろう。恐ろしい。改めて目の前にいる母上と叔父様がこの国の最高権力者達なのだと思い知る。
確かに女王がラジヤの支配下に足を踏み入れるのだから騎士団長の同行はわかる!けれど外交の護衛に騎士隊三隊も配備させるなんて。ハナズオの防衛戦だって総数でいったら騎士隊五隊分で足りた。
これでは経由地であるラジヤに一時滞在かそれとも侵略にきたのか疑われるレベルだ。……というか、あのくらいの小国なら間違いなく騎士団三隊で本当に侵略できちゃうだろう。
「プライド」
「はい?!」
落ち着いた母上の声に、今度は返事がひっくり返る。
肩が目に見えて上下してしまいながら母上に向き直れば、一人変わらず専用の椅子に座したまま不敵な笑みを私に浮かべていた。
「久々の家族旅行です。ティアラとアルバートが不在なのは残念ですが、親子仲良く無事に帰りましょう?」
「は、い……」
親子旅行ではなく外交遠征ではないでしょうか。その言葉も今の母上に言う度胸は私にない。むしろ純然たる家族旅行なんかしたこともないのに。
第四作目登場人物救出、……もとい母上とステイルとのハラハラバクバクの立ち寄り途中下車遠征が決定した。
あと母上、……絶対ちょっと楽しんでる。
Ⅰ622
Ⅱ566-1、591-2