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そして確認される。


「副団長の妹君が危機の時には必ず駆けつけるとお伝えしました」


そうか。と、クラークにしては珍しい枯れた声が零れた。

続けく笑い声もカラリと湿り気を失っている。全くハリソンに悪意も他意もなく、彼なりの率直な言葉なのだろうとまで理解した上で返す言葉がすぐには見つからなかった。


馬車の渋滞に並び、馬が足を止めたことでちょうど一休みを取ったところだった。

走りながらでも御者席で食事はできたが、大して空腹でもなかった為区切りの良い今を選んだ。時間帯的に間違いなくここで渋滞の足止めを受けることもわかっていた。

ハリソンから水を受け取ってから、何気なく尋ねた言葉も深い探りはなかった。「さっきの悲鳴は大丈夫だったか」「ネルとは話が弾んだか」と茶飲み話程度だ。

ネルが悲鳴を上げた時は敵襲も一応は考えたが、ハリソンからの返答を聞けばある程度は察しもついた。恐らく昨晩まで荷造りをしていた妹がハリソンとの会話の糸口を考える前に転寝でもしていたのだろうことも、そしてハリソンがその妹を荷物や外敵から完全警護しようとした結果目覚めた妹に距離感で驚かせたのだろうことも。


しかし、ハリソンから平坦な声で告げられた二人の会話内容報告を聞けばあまりにも一言に集約され過ぎていた。

一体どういう会話をすればそんな壮大は会話になるのかと流石のクラークも思う。

防衛戦や奪還戦などの大きな戦を控えているのなら、話題の流れとしてはまぁわかる。しかしつい最近極秘視察も終え、八番隊にも副団長である自分にも大した遠征任務は予定にない。

もし話題にさえなれば、ハリソンがそんな発言をするのも頷ける。しかし、逆を言えばハリソンは話題にもされずに突然そんな宣言を脈絡なく言葉にする男ではない。相手がどう思っていようと、自分がそれができていれば満足と考えている男だ。わざわざネルに脈絡もなくそんな宣言をするわけがない。

あるとすれば、ネルが会話の糸口が見つからず「兄を宜しくお願いします」か「兄がお世話になっています」とハリソンとの共通の話題である自分の話から派生したあたりだろうかと推測まで至った。


「どうかなさいましたでしょうか」

「いや、……お前らしいなと思ってね」

軽く片手で頭を抱えながら、水を飲む前に小さく俯く。

何故クラークが頭を抱えているかもわからないハリソンは、首を小さく傾けるだけだ。クラークに問われたままに説明したつもりだったが、何か粗相があっただろうかと考える。しかし、クラークが指摘をしないということはやはり問題ないかとそこで自己完結する。

自分の言葉足らずもクラークならわかってくれているに決まっていると考える。そして実際、クラークの推測は大幅輪郭を掴んでいた。

ハァ、と短く息を吐きながら水筒に口を付けるクラークは、冷や汗で頬に引っ付いた髪を耳にかける。喉を鳴らし一口分よりも少し多めに飲み切ってから、ハリソンへと顔を向け目を合わせた。


「休み中にここまですまなかったな、ハリソン。この後はどうする?もう城門を潜るだけだし、一足先に帰っても良い。それとも門までならこの前話した店に行くのもちょうど良い」

「最後までお共致します」

一足帰ってもちゃんと礼はするぞ?と続けて確認したが、ハリソンの答えは変わらない。

もともと鍛錬と休息以外の非番の使い方を持たないハリソンにとって、クラークの予定が最優先に決まっていた。せっかく自分に任せて貰えた役目ならば最後まで全うするのは当然でもある。大した理由もなくここで抜ける方があり得ない。


ハリソンの答えに「ありがとう」と感謝を告げながら、クラークはいっそ気を利かせるならここで城の用事が終わるネルの送迎も任せるべきかとも考える。しかしそれでは逆にお節介だとすぐ打ち消した。

行きは馬車が必要なほどの大荷物だが、帰りはトランクすら無しの身軽状態である。もし荷物が多くなるようであれば騎士団演習場にある副団長室へ預けさせて良いと伝えてもいる。

流石に成人の妹を行きも帰りも見送り送迎するのは過保護過ぎる。彼女にだってこの後の予定があるかもしれないのだから。

帰り道には王都もある上、ただでさえこの後会う相手はプライド達だ。それなのに兄やハリソンを待たせているなどになれば、気にしてゆっくり寛げない。


ならば今日は休みにも関わらず時間を作ってくれた部下に、労いをしようとクラークは静かに決めた。

ネルのことを探るつもりはないが、最近の八番隊、特にアーサーや退任未遂のノーマン。そして極秘視察はどうだったかの話もゆっくり聞くにはちょうど良い。


「腹は減っているか?朝食は食べて来たか」

「いえ、ですが先ほどマフィンを妹君から頂きました」

ぴくっ、とその瞬間にクラークは妹から渡された軽食の入った布袋を空けるのを直前に止めた。中身は既に確認済みである。

マフィンをネルから貰ったこと自体は良い。むしろネルが頑張っているのだとその努力だけがひしひしと感じられた。もともと料理に興味がなかった妹だ。

しかし、ここで自分が受け取った軽食も〝同じマフィン〟だと本人に知られて良いのか考える。


ネルからすれば、恐らくハリソンに焼くついでに複数焼いてくれたのだろうと思う。が、それを兄だけに知られるのと本命にまで知られてしまうのは天地の差である。

ハリソン一人への意思表示のつもりなのに、ただでさえそういったことに鈍いハリソンにここで〝副団長と同じ〟と知られれば余計に伝わらない。


結果、軽食を取ろうとした手をクラークは止め、ハリソンが荷台に戻ってからゆっくり食べようと決める。妹の努力を無に帰する真似はしたくない。


御者が綱を握り直すのを横目に、前方を確認すれば列が一台分進み始めていた。ハリソンへ荷台に戻って良いぞと命じれば、頷きと直後に短い風圧だけが残った。同時に荷車からまた妹の悲鳴が短く聞こえたが、今度は確認しない。

そういえばネルはまだハリソンの特殊能力については知らないのだろうかと考えながら、そこの説明だけでも馬車に乗る前にするべきだったなと軽く反省した。


マフィンを今度こそ取り出し、包みを剥がす。妹の恋愛に極端なことを考える気はないが、恋愛やこうして興味のなかった菓子作りにも手を伸ばす時点で今は忙しくても心に余裕はできているのだろうと思う。今の自分と同じように。


それだけでも純粋に喜ばしく思いながら、若干甘さが前のめりなマフィンを一口頬張った。


本日二話更新分、次の更新は水曜日になります。

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