Ⅱ591.虐遇王女は集まり、
「宜しければ、私がこちらの発明で皆様を写させて頂きます」
「ありがとう。なら任せようかな。……、…?君」
エフロンお兄様もこれには少し肩が揺れていた。
あくまでにこやかな笑みで「いかがなさいましたでしょうか」と反射的に近い速度で返したけれど、瞳が焦燥に揺れている。さらりと流されると思ったけれど、流石レオン。
無表情気味になりつつあったステイル、そしてアーサーも顔は強張るように目だけがレオンとエフロンお兄様へと向けられた。カメラに夢中だったセドリックも今はエフロンお兄様をがっつり凝視している。
じーっと丸い目でエフロンお兄様を見つめるレオンは、ゆっくりとした動きで前のめりに顔を近づけた。顎に曲げた指関節を添えて思案する様子のレオンは、ゆっくりと唇を動かす。
「初めての人……だよね?けれど、どっかで会ったことはないかい?変な話だけれど、ちょっと親近感があって」
「私もです、レオン王子殿下。以前見かけたことのある人物によく似ていると思っておりました。……声も同じだ」
ベースは貴方のそっくりさん顔だから!とレオンに心の中で叫びながら、セドリックも恐るべきと思う。
身嗜み確認で毎日鏡を見るレオンが親近感を覚えるのも当然だ。エフロンお兄様が変えたのはあくまでオレンジ髪の色と眼鏡という変装レベル。観察眼も優れているレオンに、見慣れた自分の顔と似ている人を見逃すわけがない。
しかもセドリックは校門前で何度もエフロンお兄様がアムレットを待っているところを目にしている筈だ。私達と大声で会話している時もセドリックはいたし、完全記憶能力を持つ彼なら気付かないわけもなかった。髪型や眼鏡は違うけれど顔と声照合はきっとレオンよりも早く勘付いただろう。……カメラにずっと夢中でなかったら。
王族二人の視線を受けて、エフロンお兄様の顔が段々と引き攣っていく。
じわじわと目に見えて汗まで染みているエフロンお兄様は無意識にだろうけれど背中も反り気味になっていた。従者としての自然体はできても、個人として見られるとまた話が変わるらしい。
ちらっちらちらっ!と助けを求めるようにエフロンお兄様からの視線を受け、ステイルが「ご紹介が遅れました」と大きく息を吐く。
「彼はフィリップ。僕の専属従者です。僕も姉君も最初は驚きました。なかなかレオン王子にも似ておりましたので」
まさかイケメン顔としてレオンを参考になんて言えない。
少し呼吸が疲れ気味になりながらも、ステイルが簡単にエフロンお兄様を紹介してくれた。
既に「フィリップ」という名前時点で確信に変わったように目を見開くセドリックに続き、レオンもなかなかのびっくり顔だった。生徒時のステイルの名前だし、セドリックにいたってはエフロンお兄様の名前もきっと私達が自己紹介された時に把握しているもの。
ステイルからフィリップという名前が一緒だったのは偶然ということを前置きつつ〝希少な特殊能力〟を持っている彼を、ジルベール宰相が見つけてステイルへ誕生日祝い代わりに紹介してくれたと。勿論従者としても優秀ですと締めくくるステイルがにっこり笑うと、エフロンお兄様もちょっぴりぎこちない笑顔で「恐縮です」と相槌を打った。
納得したように大きく頷くセドリックが「だが髪の」と言いかけた途端、私が口の動きで「言わない!」と伝え……るよりも前にぴしりと止まった。
燃える瞳が真っすぐに私の隣に釘刺さっている。見れば、ティアラが私の隣でセドリックへ向けて唇の前で人差し指のバッテンを作って睨んでいる。ものすごく可愛らしい仕草と怒るように吊り上げた眼差しにセドリックが完全に封殺された。
流石ティアラ。すごくそのポーズと眼差しだけで「喋っちゃだめです!」と言いたいのが聞こえてくるようだった。
悪気ない純粋な疑問なのにまずいことを言ったかもという焦りか、ティアラにまた怒られたからか、………その仕草のティアラが姉の私から見てもすごく可愛いからか。セドリックの唇が結ばれたままじわじわと顔の血色まで良くなっていった。
取り敢えずセドリックには後で事情を説明した方が良さそうだ。必要になるまでは「髪色を変える特殊能力者」ということで通す方向で良いだろうか。
「なるほど、僕に……。それにしてもステイル王子の専属従者かぁ。ジルベール宰相の紹介ということから考えてもつまりはそれだけ優秀な人材なのだろうね」
似ているのが自分だとわかったからか、速やかにレオンの興味がエフロンお兄様の顔から専属従者という立場に向いていく。
今まで専属従者なんて持ったことがないステイルが急にこの年になって付けることになったら、それだけでも興味を抱くだろう。まじまじと再び中性的な顔を近づけるレオンの目は、値踏みにもちょっと近い。むしろさっきよりも遥かに興味深そうな目だ。
「それほどでは」と言うエフロンお兄様に、それでも翡翠色の瞳が輝きを強める。エフロンお兄様を上から下まで見て、途中ちらっとステイルと見比べた。
「いや、優秀というよりも〝信頼〟を得た方が驚きかな。ステイル王子はとても用心深い人だと思ったから。ジルベール宰相の紹介とはいえ、城の新人を雇うなんて」
流石レオン鋭い。
ステイルがすかさず「まぁ傍に置く価値の実力がありましたので」と笑うけれど、レオンの眼差しは探るままだ。まさかステイルの元友人というところまで読めちゃうとは思えないけれど。完璧王子レオン相手だとそんな杞憂もしてしまう。
セドリックも「確かに」といわんばかりに首をうんうん縦に振っている。ティアラに怒られたからか、お口にチャックしたままの同意だ。
じー----っ、と見つめるレオンの視線とセドリックの凝視にエフロンお兄様が火傷しそうだった。
さっきより汗が滲み、緊張から眼鏡までうっすら曇りかけるエフロンお兄様に私からも何か助け舟をと口を開きかけた時、レオンの前のめりも止まった。
首を引き「突然悪かったね」と笑いかけるレオンは滑らかな笑みをエフロンお兄様に向けた。
「……うん。ステイル王子、彼も一緒に写って貰いたいのですが宜しいでしょうか」
直後、エフロンお兄様の肩がわかりやすく大きく跳ねた。
滑らかに笑いながらエフロンお兄様の肩に手を置いて許可を求めるレオンに、ステイルも「構いませんが」とちょっと眉を上げる。私も気持ちは一緒だ。
どうやらレオンにとってエフロンお兄様はちょっと興味深くなったらしい。
でも、確かにステイルが専属にするほど信用した人間となると気になるのもわかる気はする。
単純に第一王子の専属従者というだけなら気にしなかっただろうけれど、用心深い策士ステイルが懐にいれる相手なんて珍しいに決まってる。しかも自分に似た顔で、ステイルの偽名と同じ名前なんてそれだけでも面白要素が多すぎた、
ステイルからの了承に「決まりだね」と笑いかけるレオンの様子は、当時ヴァルと仲良くなりたがっていた時を彷彿とさせられた。
カメラ役にエフロンお兄様が不可能になった今、代わりにジルベール宰相の侍女であるアグネスを呼んでお願いする。カメラが貴重品であることと、扱い方を丁寧に説明するレオンにアグネスも顔を赤らめつつも落ち着いた対応で頷いた。
ちらりとジルベール宰相の方へ目を向ければ、私達がのんびり話し込んでいる内に食べ終えたらしいジルベール宰相とすぐに目があった。
ジルベール宰相のことだしもうレオンがカメラを出した時点で、この後の行動も予想がついたのかもしれない。
どこで写しましょうかと、周囲を見回すアグネスにレオンが「逆行では影に見えるかもしれないから」と窓が背中にならない位置を手で示す。