Ⅱ590.虐遇王女は一息吐く。
「ようこそ我が家にいらっしゃいましたプライド様」
「おかえりなさいジルベール宰相」
お邪魔しています。そう、私達が挨拶したのはパーティーが終盤に近くなってからだった。
城にいたジルベール宰相が、忙しい合間を縫って御自宅であるこのパーティー会場に帰ってきてくれた。今回の極秘視察でも本当に色々協力してくれた一人だし、ちらりとでも参加してくれて嬉しい。
扉から堂々と入ってきたジルベール宰相は自分の屋敷なのに、お先にパーティーを開かせてもらった私達に恭しく頭を下げて挨拶してくれた。
「ほんの顔出し程度しかできず恐縮ですが」と言うけれど本当に私とは比べ物にならない多忙な宰相なのに、ここへの往復分の時間を空けてくれたのも流石だ。
娘のステラちゃんが「とーさま!」と突撃と言わんばかりの勢いでジルベール宰相の腰回りに飛び付く。それを背中を少し丸めて両腕で受け止めるジルベール宰相は相変わらずの良いパパだ。
「抱っこ!」と甘えるステラを片腕で軽々抱き上げると、迎えるべく歩み寄ってきた奥さんのマリアを反対の腕で抱き締めた。「ただいま」と流れるように頬へ口付けするのも今では見慣れたやり取りだ。続けてマリアの大きくなったお腹を優しく撫でる様子がまた微笑ましい。
「本当に嬉しいわ。ちゃんとジルベール宰相の分も取っておいてあるから」
「お姉様と作ったお料理!是非召し上がって下さいねっ」
既に私とティアラの合作料理皿はどれも綺麗になくなっていた。
ステイルとアーサーが二巡目を取ってからすぐ、主に近衛騎士達が綺麗にさらっていってくれた。……まさか二巡目でなくなるとは思わなかったけれど。
全部なくなる前にカラム隊長がレオン達に呼び掛けてくれたり、アラン隊長が「こっちの大皿もう残り少ないんで皿ごと持っていって良いですか⁈」と響く声で確認してくれたお陰で、全員欲しい人は二巡することができた。
比較少食のレオンはセドリックの席に戻る前に二巡した皿で充分、セドリックは慌てておかわりに立っていた。
ティアラに差し入れて貰った分もいれたら三皿目だから彼も大盛りでないとはいえなかなか食べる方だと思う。なんだかセドリックを見ると、とっくに成人男性なのに〝育ち盛り〟という言葉が妙にしっくりきてしまう。……まぁ、彼の場合はティアラのお手製料理なんてお腹がはち切れても寧ろタッパを持参しても食べたいくらいだろうけれども。
セフェクとケメトも、まだ食べる!とデザート皿をテーブルに置いたまま確保に駆けてきてくれて、ステラもお腹いっぱいのマリアから一度離れて私達の料理も食べるべく取りに来てくれた。
そしてヴァルはもうコロッケだけで充分らしくその場から動かなかった。大皿丸々一枚に、私達やセフェクとケメトがつまみ食いしても元々がかなりの量だもの。
ステイルとアーサーも二巡目の大盛りの皿をテーブルに暫く潰れていて、やっぱりあの量二杯目はきつかったんだなぁと思う。今はお腹休めも済んでのんびり食べていた。
そうして二巡目を終えた全員の後、………びっくりするくらいあっという間に近衛騎士で大皿を綺麗にしてくれた。
正直、今回は種類を絞ったのと焼く揚げる作業は侍女達にお任せするからとその分作業が単純化したお陰もあって結構な量だったと思ったのに。
ヴァル方式で、量がもう殆ど少なくなっていた豚の生姜焼きの盛っていた大皿を取り皿代わりにしていたアラン隊長に続き、エリック副隊長もメンチカツの大皿に自分の取り分を乗せて一番隊二人揃って大皿なのはちょっと面白かった。肩が狭まっているエリック副隊長にアラン隊長が「大丈夫大丈夫!」って言ってたのが聞こえたから、多分アラン隊長と合わせての大皿作戦にしたのかなと思う。
カラム隊長は大皿にこそしなかったけれど、綺麗に大盛りにした取り皿二枚を両手に、後からサラダ山盛りも追加していたから総量はエリック副隊長ともそこまで変わらないかもしれない。
メロンパンとクッキーの大皿も、ハリソン副隊長がクッキーの大皿を傾けザララッと一気にメロンパンの大皿にお引越ししてから回収してくれた。アラン隊長が「ハリソン甘いの好きだっけ?」と聞いたら「食せる」と一言だけが返っていた。……主食系をアラン隊長達がどっかり回収したから残り物を取ってくれただけな気もする。
少なくともさっきみたいに〝メロンパンの生姜焼きがけ~トンカツとメンチを添えて~〟みたいなトンデモ創作料理にならなくで良かったと思う。
そして今、ジルベール宰相が合流した時点で、見事に私とティアラの合同料理の大皿は完売した。
しかも凄まじいことに各テーブルに回収された料理も、今や近衛騎士達は完食している。そして、続いてデザートエリアもがっつり食べているから本当にすごい。
騎士としては細身のカラム隊長はデザートよりサラダ多めだろうか。ハリソン副隊長もカラム隊長に「良い機会だ」とサラダを差し出されていたけれど、完全に無視だった。……その後、アーサーに「食いましょうよ!!」って叫ばれたら躊躇なくサラダ全部食べきっていたけれど。本当にアーサーのことは大好きなんだなぁと思う。
見ているだけでお腹いっぱいになるくらい食べている彼らは、数年前のパーティーでもわかっていた筈だけれど流石は運動量最強の屈強な騎士だと思い知った。アーサーも取り皿二枚分とは思えなかった山盛り生姜焼きは完食しているもの。
「おやおやどれも美味しそうですねぇ。こちらは新作でしょうか」
侍女のトリクシーが見せる皿を見ながら、そう言って切れ長な目を開いて褒めてくれる。パーティー前に取り控えておいてくれた料理の盛った皿だ。全部食べきれるように三分の一くらいの量ずつ切って皿に盛られているのが可愛らしい。
ステラを抱き上げたままマリアの背に腕を回したジルベール宰相が食事をするべくテーブルへ一緒に移動していった。ステラが一生懸命「これすっごい美味しかったの!」「これね、雪玉だったの」と説明する姿がまた微笑ましかった。
前回のジルベール宰相の屋敷を借りたパーティーでも、ジルベール宰相本人は食べれなかったしそれを考えても少しの時間でもこうしてパーティーの雰囲気と一緒に楽しんでもらえて良かった。未だガンガンお食事中の近衛騎士達と違い、セドリックやレオン、ステイルはもう食後ではあるけれど。侍女が淹れてくれた紅茶やお酒を味わってのんびり談笑している。
ステイルだけはちょっとお腹いっぱい過ぎでぐったりだろうか。ギリギリ残ってしまったメロンパン三個は皿ごと瞬間移動していたから、多分自室でおやつにするのかなと思う。王族なのにお持ち帰りという必殺技をこっそり使うステイルに、アーサーがあきれ顔で笑っていた。
セフェクとケメトはお腹ポンポンらしく、今は椅子に座るのも疲れるといわんばかりにヴァルの両隣で床に転がっている。
私とティアラ、そしてレオンとセドリックは無事お腹が苦しくない程度で留められただろうか。
セドリックも今は優雅にレオンと談笑中だし、総量を考えるとステイルよりは大食いな方なのかなと思う。意外ではないけれど。
「プライド。ちょっと良いかな」
ジルベール宰相のテーブルで談笑を終えた後、自分のテーブルに戻ろうとした私とティアラにレオンが手を振った。
私達が振り返ると、ゆっくりと椅子から立ち上がり自分からこちらに歩み寄ってきてくれる。もしかして私とティアラがジルベール宰相達と話し終わるまで待っていてくれたのだろうか。
セドリックも席で丸い目をしてこちらを気になるように目を向けているしと、私達からもレオンへと歩み寄ればちょうどお互いの中間地点で合流した。どうかした?と尋ねる私達に、レオンは滑らかな笑みで壁際にいる従者へ合図を出した。レオンがアネモネ王国から連れて来た一人だ。
合図を受けて早足と丁寧な動作でこちらに来てくれる彼の手には、布を掛けられた物体が抱えられていた。………恐らく、形状からして。
「パーティー中に馬車から持って来てもらっておいたんだ。ジルベール宰相が合流したら使いたいと思って」
「ありがとう」と従者へ一声掛け、丁重に両手で受け取るレオンは軽い仕草で布を取った。その瞬間、こっちを注視していたセドリックから「おぉ!」と早速声が上がる。
「先ほど従者に合図をされていたのはこちらでしたか」
嬉々としたセドリックまで席を立ちこちらに合流すれば、ティアラが合わせるように私の背中にぴゃっと隠れた。
ネイト発明のカメラだ。
以前にネイトのカメラに興味を持っていたから話したとアラン隊長からも聞いたけれど、この食いつき用をみると本当に凄く興味があるんだなと思う。気持ちはわかるけれど、写真なんてなくても見聞きした記憶全部を鮮明に思い出せる彼にはちょっと意外でもある。
話に混ぜて頂いても?と確認するセドリックにレオンも一言で快諾する。そのままカメラをセドリックへ「手に取ってみるかい?」と貸してあげた。このボタンは押さないようにだけ注意を受けて、セドリックはカメラを360度まんべんなく観察し始める。
「まさか今日お持ちになっておられたとは。やはり何度見ても精巧な………少年が作ったとは信じられません。まさに天才の名が相応しい」
「そうだね。僕も最初に見せてもらった時は驚いたよ。特殊能力といっても、これを手で作っているのは彼なのだから」
神子王弟と完璧王子から大絶賛。もうこれだけでも大ヒット間違いなし感が凄まじい。………この二人も、ネイト以上の天才ペアだと思うけれども。
目をきらきらさせてカメラに集中するセドリックに、ティアラの身体半分が私の背後から出てくる。セドリックにさっきも怒っていた様子だったし、また彼がなにか恥ずかしい発言でも言っちゃったんだろうなぁと思う。
レオンが個人的にネイトから買い取ったカメラ。使用限度の三回中、一回はもう私用で使ったらしいけれど残り二回は残っている。
そして今日、折角だしこの全員集合の記念写真を撮りたいとレオンが提案してくれた。
まさかの貴重なシャッターを今回のパーティーに使ってくれるなんて!とすごく光栄に思う。でも、確かにレオンの酒飲み仲間のヴァルにセフェクとケメトもいるし、カラム隊長とも最近は仲が良いと考えると、レオンらしいかもしれない。私だって彼の盟友だ。
「皆でやったら素敵だと思って。一枚目も大人数にしたんだけれど、すごく賑やかで楽しかったよ」
良いものも写り込んだし。と、滑らかに笑むレオンのその集合写真も気になる。彼のことだし城下の民との写真だろうか。城にご両親もいるけれど、そちらは宮廷絵師を呼べばいくらでも残せるもの。
是非!と気付けばティアラと返事が重なった。
私も王女の姿での写真は初めてだ。それもこの場の皆で撮れるならすごく嬉しい。パーティーの催しとしてもこれ以上はないかもしれない。
王族四人での会話に、大事な人が欠けていると気付き早速「ステイル!」と振り返る。ティアラも大きく手招きをする中、着席しつつもこちらを注視してくれていたらしいステイルはすぐに気付いて腰をあげ、……瞬間移動で目の前まで来てくれた。珍しく近距離で特殊能力を使うステイルに、思っていた以上にお腹が重いのかなと思う。はしゃいだあまりとはいえ、呼びつけちゃって申し訳ない。
よく考えればいつもなら私達で盛り上がっている時点で歩み寄ってきてくれたステイルが動かなかった、というよりも動けなかった時点で察するべきだった。
それでも「どうかなさいましたか」と眼鏡の黒縁を押さえながら尋ねてくれるステイルは顔色一つ変えない。
一瞬でこちらに移動したステイルに、アーサーや従者としておかわりの紅茶を淹れていたエフロンお兄様もこちらに気になるように目を向けてくれていた。私から二人にも会話へどうぞと意味を込めて手招きすれば、早足で歩み寄ってきた。
「レオンが、ネイトの発明を皆で記念にって。どうかしら?」
「良い、と思います。………俺も、この発明は好きなので」
少し途切れ途切れの口調で、最後はふっと柔らかく笑ってくれた。
ステイルからすればカメラには色々と思い出も多いからもあるだろう。歩み寄ってきたアーサーとエフロンお兄様にも説明をするけれど、アーサーは今はカメラよりもステイルの方が気になるようだった。
もう歩み寄ってくる時点でステイルへ眉が寄り気味だったけれど、その後に「俺らも入って良いンすか……?」と言いながらステイルの肩に腕を回していた。多分、お腹いっぱいでフラフラになりたいステイルを支えてくれている。
顔色は平然としたままのステイルだけど、アーサーが気遣っているのを見てもやっぱりお腹がはちきれそうなのだと思う。社交界でも式典でも食べる量も飲む量も自制するステイルにしては珍しい現象だ。
初めてカメラを見るであろうエフロンお兄様にもわかるようにレオンがカメラの機能について説明する。すごく詳細で分かりやすい説明に、もういつでもカメラを売りに出せるほど熟知しているなと思う。
すると、聞き終えたところで「でしたら」とエフロンお兄様がそのまま顔の横まで手を上げた。
「宜しければ、私がこちらの発明で皆様を写させて頂きます」
「ありがとう。なら任せようかな。……、…?君」
ぎくっ。
いつもの従者の一人としてだろう流れで笑いかけるレオンが、途中で軽く目を見開いた。